第139話  獣との戦い




 獣は唸り声を上げて殺意を漲らせた。今まで喰い殺して消滅させた神々の数は膨大なれど、ここまで強い存在とは立ち合った事が無い。全高が自身の十分の一程度しかない小さな存在のクセに、純黒のソレはどれだけ弾き飛ばしても向かってくるのだ。


 確かに最初は困惑した。前脚を打ち付けても爆発四散することもなく、叩き付けても効いた様子が無いのだ。どれだけ攻撃を打ち付けても向かってくる。それに困惑した。しかしすぐにその困惑は憤怒と殺意、そしてに切り替わった。必ずコイツは今の内に殺さねばならないと。


 移動に使用している瞬間移動を行って跳ぶと、まるで純黒のソレは最初から知っていたように跳んだ先へ攻撃を仕掛けてくる。それを硬くしなやかな毛並みで受け止めたり弾いたりするのだが、ダメージそのものは逸らす事が出来ず、小さな痛みが全身をまだらに蓄積していった。


 神との戦いでは一切のダメージを受けなかった獣は、瞬間移動以外の攻撃的な力を初めて使った。前脚を地面に力の限り叩き付けたのだ。しかし地面が弾ける事も無く、まるでゆっくりと砂埃を立てないように優しく置いたように何も起きなかった。だが、代わりに黒いソレの真上から本来地面に伝わるはずだった力が叩き付けられた。


 知覚外からの衝撃を真面に食らい、黒いソレは大地へと強烈に叩き付けられる事となった。蜘蛛の巣状に地面を破壊しながら全身を打ち付けられた。明らかな隙。今までの攻防でこの程度では倒れない事を悟っているので、追撃を上から入れようと跳躍したところで、危機察知能力が働いて瞬間移動でその場から転移して元の位置に戻った。


 転移を終えた瞬間、先程まで自身が居たところに純黒の細い光線が放たれた。避けなければ危なかったと察せられる程のそれは、遙か上空まで1本撃ち放たれていた。触れていればその部分は確実に消し飛ばした魔力を凝縮した光線が更に細くなって消えると、陥没した地面が爆発して純黒のソレが跳び上がって前に降り立った。




「──────やるな、獣。衝撃だけを別地点に転移させたのか?器用な事が出来るではないか。さァ……もっとだ。もっとお前の力を見せてみろッ!!」


「■■■■■■■■■■■■……ッ!!」




 獣の相手をしている純黒のソレ……リュウデリアは楽しそうな声色を添えて話し掛ける。言葉を理解しているのかしていないのか定かではないが、上から目線の言葉が気に食わなかったようで、獣は3列に重なる鋭い牙を備えた口を噛み締めて、ギリギリと火花を散らせた。


 がぱりと噛み締めた口を開く。リュウデリアからしてみれば丸呑みされてもおかしくない巨大な口の中に、周囲の気温を急上昇させかねない煉獄の炎の塊が形成され、飛ばされた。自身の身の丈以上の大きなそれは、触れるものを瞬間的に溶かしてしまう超温度を放っており、土すらも溶かしてしまうものであった。


 彼はそんな危険極まりない炎球を瞬間移動で避けることもせず、真っ向から受け止めにいった。両手を前に出して脚を前と後に開き、50メートルはある超温度の炎球を受け止める。掌から感じる熱故の痛みに、嗤った。なんという熱量だろうかと。そしてなんという圧力だろうかと。踏ん張っている足が地面にめり込んで引き摺られそうになる。


 拮抗した状態を保っていたリュウデリアの元へ、獣はもう一つの炎球を撃ち放った。追いの一撃は最初に撃った炎球よりも一回り大きく、受け止められた炎球と、受け止めているリュウデリアを易々と呑み込んで光り輝き、諸共吹き飛ばす勢いで大爆発を起こした。炎が広がってドーム状に形作る。その内部にあるものは全て焼き尽くされて炭すら残らない。




「──────『廃棄されし凍結雹域ルミゥル・コウェンヘン』」




「──────ッ!!」




 だが、そんな炎の空間は刹那に凍てついた。大爆発してドーム状に広がった炎は純黒の氷と化した。急上昇した気温が急激に下げられていき、大地が凍っていく。その何もかもを凍てつかせかねない冷気が漂ってきて、獣は後退った。血のように赤黒い毛並みがぱきりと音を立てて凍ろうとしていたからだ。


 もう何歩か近づくだけで凍ってしまう程の冷たさに、獣が近づき倦ねていると足下が凍りついていく。マズい。そう思った時には凍りついた地面が純黒に変色し、足4本を捉えて凍った。身動きは取らせない。その場に縫い付けた状態に陥らせ、ドーム状に凍った純黒の爆発の余波が罅を入れて砕け始め、中からこちらに右手人差し指を向けているリュウデリアが現れた。




「──────『第二の疑似的黒星太陽リィンテブル・ヴィディシオン・フレア』」




「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 指先から放たれるは小さな黒星。弱々しい球体と思うことなかれ。これは膨大な魔力が籠められた小さくも巨大な恒星である。足が凍って動けない獣に向かって一直線に飛ばされた黒星は、目と鼻の先に到達したところで自動的に籠められた膨大な魔力を解放して弾けた。


 神界に純黒なる恒星が顕現した。周囲一帯を纏めて消し去る破滅的魔力が広がり続け、星のように球体になった。先程使われた凍てつくような冷気の魔法とは違い、今度は獣が放った炎球以上の超高熱を放出した。顕現した黒き太陽は、小さくも300メートルの大きさを誇る獣を呑み込んだ。


 周囲に生えていた木々が瞬く間に炭化し、砕け消えていった。内部に残された獣も、そんな消滅した木々のように、命を散らしてしまったのか。戦いはこれで終わったのかと思われるだろうが、神々を数多と殺してきた獣の力は伊達ではなく、その躯体も恐るべき耐久力を持ち合わせていた。


 黒き太陽の内部に2秒は居ただろう。触れたものを消し飛ばしていた超高熱の中なのにも拘わらずだ。なのに獣は瞬間移動をしてリュウデリアの上空に現れた。全身の所々が薄く焼け焦げていながら、健在であった。そして獣は、現れると同時に標高2000メートル級の山1つを持ってきていた。


 真上から超広範囲を巻き添えに山1つを墜とす。破壊範囲は隕石にも匹敵するだろうものを簡単に持ってきた獣に、使えるものは何でも使うタイプかと面白そうに嗤いながら、しゃがんで岩を1つ手に取った。その岩を純黒なる魔力で浸蝕させて染め上げ、魔力を籠めて覆った。その後投擲フォームに入り、全力で墜ちてくる山目掛けて投擲した。


 一条の矢となって、純黒に浸蝕された岩が豪速で飛んでいく。墜ちてくる途中の山に到達した後は中を突き進み、山頂から出て来て山を粉微塵に破壊した。空から山の残骸が数多く降り注ぐ中、リュウデリアは上を見上げて山が無くなった事で捉えた獣の目前に瞬間移動し、頬に尻尾を叩き付けたのだった。




「──────まだまだァッ!!」


「……ッ……■■■■■■ッ!!」




 尻尾を頬に叩き付けられただけで視界が大きく歪むほどの衝撃が訪れて、横方向に向かって飛ばされていった。しかしその進行方向に瞬間移動をして待ち構えているリュウデリアが居り、もう一度尻尾を叩き付けられた。


 今度は斜め下方向に飛んでいき、その先にはやはりリュウデリアが。真上に向けて蹴りを顎に叩き込み、打ち上がったところで両手を合わせた拳を脳天に打ち込んだ。地面に叩き込まれて土煙が上がる。急降下した彼が土煙の中に入り込んでいくと、もう一度強い音と衝撃が生まれた。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「雷勝負かァ?受けて立ってやるッ!!」




 地面に倒れ込んでいる獣の上に、急降下した速度のまま足から強く降りたって踏み潰そうとしたリュウデリアに、自身の肉体的強度だけで受けきった獣が、毛並みをばちりと放電させた。それを見て雷を使うつもりなのだと察して、自身の鱗にも純黒の雷を帯電させた。そして全くの同時に雷を全方位に向けて放電した。


 黄色い雷と純黒の雷が衝突しあってけたたましい轟音を響かせる。互いの雷が相手に伝わっている状態で、リュウデリアはまだ余裕を見せて嗤っており、獣は負けじと応戦するも、やはり純黒の雷の電力には勝てずに根を上げた。


 放電しながら勢い良く立ち上がり、宙に放り出されたリュウデリアに向けて体当たりをした。しなやかだが硬いという特性を持つ毛並みと、300メートルを超える巨体から繰り出される体当たりの威力は凄まじいもので、リュウデリアのことを何百メートルも後方に追いやった。




「甘いわッ!!」


「──────ッ!?」




 しかし瞬間移動をして目前に現れ、獣の顎に拳を叩き込んでかち上げた。打ち上げられる顔に、訪れる痛みと、頭蓋骨内で揺れる脳。4つの目が別々の動きをして混乱している。思考が上手く出来ずに、意識が飛びそうになる。


 それをどうにか繋ぎ合わせて、別々の動きを見せていた瞳を元に戻し、口を噛み締めて唸り声を上げる。まさかだった。まさかここまで強いとは思っていなかった。これは油断していた。この純黒には勝てないと、勝てる方法が見つからないと認めた。


 獣はかち上げられた顔を元に戻し、リュウデリアを睨み付けた。勝てないことは解った。しっかりと理解し、認識した。だがだからといってそのまま敗北するつもりなんぞ毛頭無い。


 顎への一撃と、憤怒を噛み締めるために閉じていた口を限界以上に開けた。蛇が自身よりも太いものを呑み込もうとする時に顎の関節を意図的に外すように、元から大きく裂けていた口を無理に開けて、口の端の肉を引き千切りながら開ける。


 血が飛び散るが関係なしに開けられた大きな口で、リュウデリアを捕食するために覆い被さるように差し向けた。そしてばくりと口が閉じられる。数多の神々を喰らった神殺しの捕食だ。一溜まりもあるまい。そう思えればどれだけ良かったか。


 下顎に足を、上顎に手を向けて閉じられないように耐えている。3列に並ぶ多くの鋭い牙と、超硬度の純黒な鱗が軋み合って火花を散らす。咬合力と四肢の筋力勝負となる。獣は目を血走らせて噛み殺そうとし、リュウデリアは歯を食いしばって筋肉を隆起させて噛ませんとしている。


 一向に噛み潰せない獣は次の一手に出て、口内で先にも放った炎球を生成しようとした。しかしそれは競り負けたものだ。純黒の冷気に。リュウデリアは閉まろうとする口を受け止め、歯を食いしばりながらこれで終わりだと一言言った。


 手と足が受け止めている鋭利な牙が純黒に凍りつく。温度が高まった口内は凍てつく寒さを迎え、口が凍っていった。獣は瞠目させた。離そうとしてももう手遅れで、凍りつく浸蝕は首元まで進んでいた。そして体は毛並み1本まで全て凍りつき、鼻が凍って頬も固まり、4つの目も全て凍りつこうとしていた。


 だが最期の瞬間、獣は遠くに赫と蒼を見つける。リュウデリアと同じ姿形をした、そんな彼等を。この黒いのは強い。ならば、同じような姿をしたアレ等も同等に強いのでは……と、推測して完全に凍りついた。




「これで終いだ。良い戦いぶりだったぞ」




 完全に全てが純黒に凍りついて閉じられなくなった口の中で、手を上顎に生えた牙から離す。そして尻尾を薙いで上顎と下顎を起点に頭を砕き割ったのだった。体を残して砕き割られた頭は宙を舞い、地面に落ちて粉々になった。


 口から飛び降りて地上に降り立つと、凍った獣の体は少しずつ罅を入れていき、最期には自壊して砕けてしまった。再生能力も無いので完全に絶命した。消えた気配でもそれを確信し、1つの戦いが終わった事に、フーッと息を吐いてリラックスして気持ちを落ち着かせた。そしてそこで、慣れ親しんだ気配が近づいていることに気がつく。


 勢い良く顔を気配のする方向へ向けると、黒いローブを着たオリヴィアが駆け足で向かってきており、走っている途中で被っていたフードが取れて純白の長髪が露わになった。彼は急いで体の大きさを人間大に縮める。そして髪を靡かせながら、リュウデリアの胸元にオリヴィアが飛び込み、背中に両腕を回して強く抱き締めた。




「──────リュウデリアっ!!」


「オリヴィア……ッ!すまない、近くに居たんだな。戦いに夢中で気がつかなかった」


「いい。いいんだ。大丈夫。お前と合流出来ただけで私は嬉しい。胸がいっぱいだ。それに無事で何よりだ」


「心配掛けたな。本当にすまなかった。あの獣を探せば、自然とお前達と合流出来ると思ったのだが、まさかこんな形で合流出来るとは思わなかった」


「あぁ。……本当に良かった」




 心底安心した様子でオリヴィアはリュウデリアの腕の中で安堵の溜め息を溢した。隙間が無いくらい強く抱き締め合って再会できた喜びを感じあった。


 リュウデリアは、目の端に涙が溜まっているオリヴィアに気がつき、長い舌を口から出してベロリと頬から始まって舐め上げた。生温かい感触に少し驚いた表情をして見上げてくるオリヴィアに、ちょっとしたイタズラで鼻の頭をペロリと舐めた。


 驚いた表情からキョトンとした表情に変わり、今度は可笑しくなってクスクスと笑った。リュウデリアも釣られて笑う。愛しい相手に会えてほんわかとした雰囲気を味わうと、体を離した。だが両者の手は強く握り合っていた。




「よっ。先にやられちまったかー。はーあ、オレもやりたかったンだけどなー」


「早い者勝ち……だから……仕方ない。私達の……運が……無かったと……思おう」


「ちぇっ」


「……?何だ気づいていないのか?」


「あ?何がだ?」


「はぁっ……はぁっ……皆さん足が速いです……っ!はぁ……あれ、どうかしましたか?はっ……あなたははぐれてしまった……っ!」




 遅れてシモォナが走り寄ってきて、はぐれたと思っていたリュウデリアを見て驚いた表情をし、怒られるかどうかビクビクと怯えているのを無視し、リュウデリアは戦いの最中で気がついたことを、合流出来たオリヴィア、バルガス、クレア達に教えるのだった。




。切り離されたものの末端だ」




「……はッ!?」


「あの……強さで……末端か……」


「本体ではなかったのか……?」


「そ、そんなっ!?」




 それぞれが反応を示す。あの獣が本体ではなく、何と切り離された端末の末端であるというのだ。それは驚くことだろう。つまり、神界を滅ぼすと言われていた獣を倒し終わったのではなく、これからであるということだ。






 本体でないのは残念だが、これよりももっと強い筈の本体が残っているという事実は、リュウデリア、バルガス、クレアのやる気を更に上げるものとなり、オリヴィアはへぇ……と言葉を溢し、シモォナは呆然とした。







 ──────────────────



 獣


 切り離された端末の末端。つまり弱い部類。それでも力を使うことができるので瞬間移動を使っていた。





 シモォナ


 まさかこんなにあっさりと怪物を倒すなんて!やっぱりヨアンセヌさんの占いは正しかったんだ!と思ってたら、駆け出したオリヴィア達に置いてかれた。合流したらリュウデリアに怒られると思ってビクビクしていたが、まさかまさかの倒した怪物が本物ではないと聞いて、ウソでしょ……ってなった。





 バルガス&クレア


 リュウデリアと獣の戦いの余波がこちらに来ないように、魔力障壁を展開してオリヴィアとシモォナを護っていた。戦闘風景を見て、いいなーと羨ましがっていて、倒し終わるのを見ると、あーあと落胆した。


 けど、その後に本体が居ることを教えられてテンションが上がった。





 リュウデリア


 獣との戦いの中で、獣が末端であることを知ったが、末端でこの強さならば、本体はかなり強いのでは?と推測して最高に楽しみになった。


 戦いに夢中でオリヴィアに気がつかなかったことを、心の中で悔やんでいるし、反省している。





 オリヴィア


 リュウデリアと合流出来たのが嬉しくて仕方ない。激しい戦いの中、駆け寄りたい気持ちを抑えるのに大変だったが、戦いが終わったのを皮切りに、満を持して駆け寄って抱き付いた。




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