第6話  鏖殺



 大きな足が緑の大地を踏み締め、跡を付けて音を立てながら進む。地面に生えている草を食べていた動物達は逃げ、そんな動物を狙ったり、通る者を狙っていた魔物が焦ったようにその場を後にした。何者も居なくなった草原を歩いて進み、一歩踏み締める毎に緑の草は萎れ、色を純黒のそれへと変えてしまった。


 怒りを抱き、感情の大きな起伏によって体内に内包する魔力が外へと溢れ出て、影響を及ぼしている。見上げねば見えない巨体の一歩は非常に大きい。故に一歩と一歩の間隔は広いのだが、純黒は間隔の隙間を容易に詰めてしまい、要因であるリュウデリアが歩いた後は純黒の大地へと変貌している。


 完全な異常。外的要因による変色。過ぎ去った事に安堵し、警戒しながら純黒に変色した草に近付いていく。間近まで近寄り、匂いを嗅いで、試しに草を食い千切って食してみる。すると、草を食べた鹿の体が一瞬で純黒に染まり、倒れた。もう鹿は助からない。既に絶命している。凶悪極まる純黒なる魔力は、相手を区別すること無く平等に命を奪う。


 触れてしまうだけで命を奪う純黒を身に纏わせながら、リュウデリアは真っ直ぐ王国を目指す。スリーシャを攫っていった不届き者であるイリスオ王国へと。場所はもう把握している。人間らしき気配が多く集まっている事を感知し、遙か上空から陸地の様子を把握できる視力で王国がある事を視認している。森から一番近く、小さな精霊が示した方角に位置する王国。間違いようがない。


 更に言えば、もう殆ど残っていないが、スリーシャの魔力の残痕がイリスオ王国へと道を作って続いていた。それが最も決定的な証拠になる。だがリュウデリアは腑に落ちない。気配を探れば蟻の大群のように集まる国の内部が解る。魔力を探れば全体の半分以下程度の存在を感知する。しかし、リュウデリアはその中にスリーシャの気配も魔力も感じなかった。


 妙である。連れ去られたのは7日前。普通ならばリュウデリアがスリーシャの気配であったり魔力であったりを感知しても当然だ。1年傍に居たのだから、忘れようにも忘れられない程、気配と魔力を覚えている。脳に焼き付いていると言っても過言ではない。だがそんなリュウデリアがスリーシャが何処に居るのか全く解らないのだ。


 気配と魔力が感じられない原因は全部で3つある。一つが何者かによって意図的に隠されている場合。魔法を使用して対象を見えなくさせたり気配を消させたり、または上級者向けだが魔力を察知させなくしたりすること。もう一つが、そもそもそこにはもう居ないという場合。その場に本当に居ない以上気配も魔力も感じることはない。何せそこには感知する対象が存在しないのだから。


 最後が、現状での最悪の場合なのだが、感知しようとしている対象が既に死んでいる場合だ。死人は生き物が発する気配を発していない。生命活動を停止しているので当然である。それと同時に体内に内包している魔力も次第に無くなって完全に消える。そうなれば気配も無いし魔力も感じられない、今のような状況へとなるわけだ。だがそれは繰り返すが最悪の場合だ。


 必死に死ぬ思いをしてまで小さな精霊が、遠方に居るリュウデリアの所まで助けを求めて来て、今こうしてやって来たというのに、助けようと思っていた存在が既に殺されていた。間に合わないだとかそういう話ではない。リュウデリアはスリーシャ達が襲われている事を知らなかった。知り得なかった。小さな精霊が助けを求めに来なかったら、恐らくあと数十年から数百年は気が付かなかっただろう。


 そもそもな話、違うところに居てどうやっても解りっこない事だった。そんなものどうやっても察知しろというのか。無理なものがある。だがリュウデリアは許せない。スリーシャ達が襲われている間、のうのうとしていたなんて。リュウデリア自身が到底許せなかった。


 奥歯を噛み締めて、ギチギチと歯軋りをして更に爆発しようとしている怒りをどうにか霧散させる。これ以上魔力を滾らせたら、大地を伝ってイリスオ王国を純黒に変えて、中に居る人間を皆殺しにしてしまう。それは駄目だ。頂けない。確実に事情は知っているだろう、イリスオ王国の国王まだ生かしておかねばならないのだから。




「……出て来たな」




 リュウデリアは類い稀なる視力で、イリスオ王国の入口が開く瞬間を見た。門が開き、中から武装した人間が現れる。隊列を為し、武器を手に、目標のリュウデリアの方へと行進を始めた。兵士の数は2万。新兵から熟年の兵士まで全てを掻き集め、2万人の兵士が行軍している。


 黒い川を作り、近づいてくるリュウデリアを敵と見定める。一歩が大きいリュウデリアは、兵士達から見て数キロ先に居ると思わせたが、数分もしない内に直ぐそこまでやって来ていた。リュウデリアの全長は約25メートル。見上げれば、鋭い黄金の瞳が自身達を見ておらず、イリスオ王国の方を向いていた。


 目の前で武装して武器を構えているというのに、敵だと思われていない。国を簡単に滅ぼせる最強の種族が、今……目の前に居る。それだけで武器を握る手が震え、尋常じゃない手汗が滴り落ちる。敵だと思われていないならば、敵と認識されて殺気を飛ばされるよりマシかと思われるが、そうではない。


 国を滅ぼせる最強の種族、龍が……イリスオ王国を狙っている。それはつまり、己等の大切な家族。友人。恋人。親戚。それらが狙われていると同義である。大切な存在が背後に居る。ならば此処を通すわけにはいかない。通せば大切な存在を失ってしまう。それは、それだけは嫌なのだ。


 兵士の各々が頭の中に大切な存在を思い浮かべた。小さな頃から面倒を見てくれた家族。共に馬鹿をやったり、時には互いに励まし合ったりした掛け替えのない友人。愛おしそうにこちらを見つめ、抱き締め、接吻を交わす大切な恋人。その者達の為に、兵士に志願して国を護っている。相手が最強の龍だろうが神だろうが関係ない。最強と謳われて図に載っている龍に、人間の底力を見せてやる。そう意気込んで、先頭を進む兵士200が


 目も合わせない黒龍に突撃をしようと一歩踏み出した瞬間、横から黒い何かがやって来て吹き飛ばされ、体が砕けて肉塊と成り果てた。共に巻き上げられた土塊が砂埃を上げて場を包み込み、目を守りながら呆然とする。次第に砂が晴れると、前に居た兵士は完全に消え、残っているのは握っていた筈の武器だけだった。前に居た筈の兵士は横を向けば居る。ただし、真っ赤な肉の塊と成り果てているが。


 何が起きたのか理解出来ない。気が付いた時には既に何かをやられていた。額から嫌な汗が噴き出てきた。何があったのか全く解らず、兵士200人を瞬く間に殺した存在に突撃をしなければならないのか。戦わなければならないのは解る。だが恐怖を感じないという訳ではない。死ぬのは怖い。一方で大切な存在が死ぬのはもっと怖い。故に兵士はその場から逃げ出そうとする脚を、無理矢理その場に縫い付けている。絶対に逃げてはならない。逃げれば死より恐ろしい事が起こってしまう。


 前方で死の覚悟を決めながら黒龍へ突撃していく兵士を見て、後ろから一連の過程を見ていた兵士は顔面蒼白となっていた。兵士の横から飛来した黒い物体の正体、それは黒龍の長い尻尾だった。黒龍の大きさに圧倒され、攻撃する箇所を見定めている間に、横から途轍もない速度で尻尾が振り抜かれた。近くに居たから見えなかったのだ。それなりに後方にいれば辛うじて見ることが出来た。だが恐るべきは、尻尾の一振りで兵士が数百人殺されたということだ。


 龍は賢明な頭脳を持ち、強靭な肉体と尋常ならざる膂力を兼ね備え、魔法を巧みに操る。尻尾の薙ぎ払いなど攻撃の内には入らない。払ったというのが正しい。まさしく邪魔で鬱陶しい虫を払っただけ。それだけで人間には脅威となってしまう。ならば、そんな圧倒的な力を持つ龍が、更に魔法等を使ったらどうなってしまうのだろうか。解らない。解らないが、解る。きっと我々は何も残らずこの世から消されるだろう……ということが。




「ぉ…おぉ──────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「突っ込め突っ込めェッ!!」


「何としても…!龍をこの場で倒せッ!!」


「クソッタレがっ!死ねェ──────ッ!!」


「くたばれ龍がァッ!!」




 手汗に塗れた武器を掲げて雄叫びを上げ、逃げようとする脚に渇を入れて無理矢理前へと進み出た。前へ。前へ前へ前へ前へ前へ……人間に攻め込む龍を倒すために。大切な存在を護る為に。兵士は死ににいく。大切な存在が死ぬ代わりに、己の死を捧げるのだ。必ず自身が龍を倒さなければならない訳ではない。突撃して殺されようと、少しの隙を作ることが出来て、誰かが龍を倒してくれれば、人間の勝利なのだ。




 しかし人間の、心からの雄叫びと決死の覚悟による突撃は、黒龍の無慈悲な一撃にて、脆く崩れ去ることとなった。




 右腕を上げて、振り下ろす。それだけの行動で、黒龍の足元から地割れが発生し、兵士数千人が落ちていってしまった。強靭な膂力を龍は持っている。事前知識が有ったにも拘わらず攻撃を受けてしまったのは、どれ程の膂力があるのかを知らなかったに他ならない。考えてもみて欲しい。力無く上げられた右腕と、先の尻尾を振るった時の速度ほどではない速さで振り下ろされる、硬く握った拳。その結果が広範囲の地割れ。


 兵士は悔しそうに唇を噛み締め、長年連れ添ってくれた己の妻に謝罪する。もうただいまと言うことが出来ない。おかえりという言葉を受け止めることが出来ない。目尻から涙が流れる。悔し涙か哀し涙かは、兵士にしか解らない。そしてその兵士は、底が見えない地割れを落ちていった。もう誰も、知ることは無い。




「クソッ…!クソォッ!!」


「刃がッ……刃が通らないッ!?」


「ぐあァ……ッ!?」


「岩盤をひっくり返した!?避けろォッ!!」




 地割れから逃れる事が出来た兵士は、落ちていった兵士に心の中で謝罪しながら一瞥もすることなく、黒龍へと向かっていった。足で兵士を踏み潰し、尻尾の薙ぎ払いで人間を肉塊へと変貌させる。地面に手を突き刺して無理矢理持ち上げ、岩盤をひっくり返して押し潰す。岩を持ち上げて低めに投擲すると、兵士は飛んで転がる岩に吹き飛ばされ、潰される。細かい石を拾って投擲すれば、散弾のように飛び散って兵士に風穴を開けた。


 どう見ても一方的な鏖殺であった。逃げずに向かってくる以上、その全ての兵士を殺していっている。それに兵士達が解っていることは二つある。一つは黒龍が最強の種族と言われて納得する力を持っていること。もう一つは、兵士の一人だって生きて逃がすつもりが無いということ。


 あまりにも呆気ない仲間の死に気をおかしくした兵士が居た。突然笑い出して適当に武器を振り回し、そして戦場から高笑いしながら走り去ろうとした。黒龍の傍には兵士がこれでもかと居た。だが黒龍は戦場から離れる、気をおかしくした兵士を目敏く見つけ、岩を掴んで走る兵士に的確にぶち当てて圧殺した。一気に殺すならば足元を狙えば良いだけだ。それも戦っている最中であった。走り去る兵士を狙うのは不自然だ。


 故に兵士達は察した。今も兵士を数十人一気に捕まえて握り潰して肉団子を作った黒龍は、我々を一人たりともこの場から逃がすつもりが無いのだと。逃がすつもりが無い黒龍と、逃げるつもりが無い兵士。その二つが揃った戦場は、まさに地獄だった。黒龍の一挙手一投足によって生々しい肉塊が生み出されていくのだ。もうこれは戦いなどでは無い。黒龍にとっては雑草を抜いているだけに等しい児戯だ。


 故に黒龍は油断している。兵士で倒せるならばそれでいいが、本命は他に居るのだ。イリスオ王国には兵士とは別に騎士が居る。兵士よりも強く、魔法を扱い、王国戦力の精鋭部隊である。スリーシャを見つけたのだって騎士である。そんな存在が黒龍が油断する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。そしてその油断は今……為された。




「──────『爆破する矢アローボム』ッ!!」


「──────『貫き穿つ矢ウイングアロー』ッ!!」




 兵士の格好に紛れ込んだ騎士が手に持つ弓矢に魔法を付与し、黒龍目掛けて撃ち放った。矢は二本三本なんて規模では無い。数百本という規模である。絨毯爆撃を最初に放つ。油断している以上至近距離で放たれた矢を避けることは今更不可能。ましてや20メートルを越える巨体ではそれ程素早い動きは出来ない。その考えの基、魔法を付与した矢の一斉掃射であった。


 着弾と同時に爆発する矢と、風によって回転を加えて貫通力を上げた矢が黒龍へと撃ち込まれた。爆発により黒煙が朦々と立ち上り、視界を覆って目眩ましをし、貫通力のある矢が黒煙の中へと消えていく。一矢で終わらせず、直ぐに矢を番えて各々黒煙の中に居る黒龍へ撃ち込んだ。爆発音と鋭い風切り音が暫く続き、数分が経った。


 一人の兵士の格好に扮装した騎士が手を上げて止めの合図を送る。指示に従い騎士達は矢の打ち込みを止めた。爆発によって黒煙が広範囲に広がっている。兵士達は固唾を呑んで黒煙が晴れるのを待つ。風に流されて黒煙が晴れ、視界が良好になった。次に兵士達と騎士達の目に映ったのは、黒龍の翼だった。体を二枚の大きな翼で覆っていた。


 黒煙が完全に晴れ、翼で体を覆った黒龍と兵士達と騎士達がその場で止まり、静けさが生まれた。そんな静寂を破ったのは黒龍の翼の羽ばたきだった。体を覆っていた翼が勢い良く羽ばたいて防御の姿勢を解除した。中からは全く傷一つ無い黒龍が姿を現す。防御していた翼の方にも全く傷はついておらず、無傷のままだった。




「まさか……無傷だとッ!?」


「あれだけの魔法を付与した矢を受けて傷一つ無いッ!?」


「あの鱗は一体どれだけ硬いというんだっ!!」




 無傷の黒龍に驚きの声を上げながら攻撃を続ける。爆発する矢。貫通力の高い矢。鋭い槍や剣。それらを使って黒龍を攻撃するのだが、その一切を黒龍は受け止め、無傷であった。ダメージなんぞ全く受けていない。攻撃の勢いは全く緩まない。しかし兵士と騎士には龍と人間の隔絶とした差を実感した事による、絶望が広がりつつあった。そんな人間側の状況を知ってか知らずか、龍による王手が掛けられる。


 黒龍の拳大の岩を手にして両手で無理矢理砕き、小さな粒へと変えていく。そしてそれを上空へと巻き上げた。やっている事の意図が解らず、兵士と騎士は一様に困惑していた。しかし巻き上げられて落ちて来ることはなく、空中で滞空し続ける石の数々に嫌な予感を感じ、それが現実のものとなる。


 空中で滞空していて動かなかった大量の石が突然動き出した。意思があるように不規則な動きを繰り返しながら兵士達に殺到して体当たりの如くぶつかっていく。それが唯の石で投げられた程度の威力ならばどれ程の良かった事か。兵士は隣の仲間が頭に石が当たり、止まることなく頭を貫通して飛び去っていったことに呆けた。石は人間の骨の中でも一番硬い筈の頭蓋骨を易々と貫通し、止まらずに次の標的を狙って飛び交う。


 阿鼻叫喚の地獄となった。どれだけ飛んでも地に着かず、速度も緩めることなく頭や体を貫通していく。迎撃しようにも石は剣や矢を交わしてぶつかってくる。それは魔法の付与。明らかに先の爆撃で使用した魔法陣を使われている。騎士は寒気が全身を奔った。見たばかりだというのに、もう魔法を摸倣して使いだしたというのか。魔法を巧みに操るとは聞いているが、これは話以上だ。騎士は有り得ない…と絶望しながら、飛来した石によって頭に風穴を開けられ、絶命した。


 大量の石が自由自在に飛び交い、兵士達を撃ち殺していく。そんな一方的な光景が続くこと数十秒後。2万も居た兵士は一人も生き延びることはなく、全員黒龍の前に殺され尽くした。誰も立っていない。虫の息の者も居ない。完全に生命活動を終えた死体と成り果てた。2万の兵士達は、たった一匹の龍に傷一つ付けること無く死んでいったのだった。




「──────この程度か……話にすらならん。つまらん塵芥共が。精々死して悔いるが良い」




 戦いの最中、一度も話すことが無かった黒龍……リュウデリアは喋り出した。いや、人間の兵士達に話し掛けてやる言葉など持ち合わせていなかったのだ。余りにも脆く、弱く、つまらない存在故に敵とも認識しなかった。精々群れる塵でしかなかった。魔法に関しても、第一波が飛んで来てから着弾する前に、使用されている魔法陣の解析は終えていた。その後には騎士が使っていた魔法陣を逆に使って石に魔法を付与した。速度と形の維持。後は魔力で操るだけで終わりである。


 あっという間に終わってしまい、足元には真っ赤な血の海が広がっていた。リュウデリアは何かを思うことも無く、血の海に倒れる人間の死体を踏み潰しながらイリスオ王国へ向かっていった。距離はそれなりにあるが、リュウデリアが少し飛ぶと、その距離は一瞬の内に縮まった。


 魔物に襲われても侵攻を防ぐため、入口と出口が兼用されている門は大きく分厚い。その分丈夫で、これまで巨体の魔物に突進されてもビクともしなかった程だ。そんな門を背後にして、リュウデリアは降り立った。空を飛べる龍に壁なんぞ意味を為さない。ならば、直接イリスオ王国の国王が居る王城に行けば良いのだが、リュウデリアの目的は別にあった。


 これから逃げようとしていたのだろう、国民が各々最低限の荷物を持って門の近くまで来ていた。リュウデリアの姿を見て、暫く呆然としていたが、我に返ると蜘蛛の子を散らすように叫び声を上げながら逃げていった。逃げ場なんぞ無いというのにだ。


 リュウデリアは振り返り、鋼鉄製の門に右手の人差し指を添えた。すると門は熱で溶けたように形を変え、直ぐに固まってしまった。イリスオ王国の門は両開きである。それに大きく作った事によって重量も凄まじく、人力ではそう簡単に開けることは出来ない。そこへ更に鋼鉄製の門を溶かして開閉する部分を混ぜ合わせて固めた事により、単なる一枚の鋼鉄製の板へと変えてしまった。つまり、これでもう中から外へ逃げることは出来ない。


 固まって開かないことを触れて確認したリュウデリアは、その場から踵を返して奥にある王城目指して動き始めた。途中建物が建っているが、そのまま歩くことによって倒壊し、中に居た人間は崩壊する建物の下敷きとなって死んでいった。足元で逃げている人間も踏み潰していく。


 歩くだけで破壊と殺戮を撒き散らす黒龍の存在に、人間は心の底から怯えていた。それらの一切を気にすることなく、リュウデリアは目的の王城の前までやって来た。門番のつもりなのだろうか、王城の入口に立っていた二人の兵士は踏み潰した。


 王城の前に立って中の気配を探る。王城の中にもチラホラと気配がする中で、兵士達の中で一番の魔力を内包した存在に気が付き、その傍に一つだけ普通の気配を持つ人間が居た。確実にこの国の国王と、王を護る側近だろうと察する。弱い兵士を向かわせて、自身の傍らには最も強い者を置くとは、やはり己の身が可愛いかと、期待は全くしていないし殺意しか無いが、失望した。


 リュウデリアは右腕を引いて王城を見つめ、思い切り手を王城へと突き込んだ。巨体に似合わない速度で突き込まれた手の中に何かが収まっていて、そのまま手を純黒の黒炎を発生させた。最初は何やら断末魔が聞こえたが、数秒もしない内に何も言わなくなり、灰すら残らず掌の中から燃え尽きて消えた。


 燃やし終えたリュウデリアは手を動かしてその場から逃げようとしていた気配を的確に掴んで捕まえると、外へ手を引き抜いた。手の中に居たのは、頭に王冠の載せた初老の男だった。長く白い髭を生やし、皺の目立つ顔に、怯えきった目を向けてくる。このまま殺されるのだろうか。先程傍に居た騎士団長のように純黒の黒炎に焼かれるのだろうか。全身をこれ以上無く震わせて恐怖を感じながら怯えていた。




「──────人間。お前がスリーシャを攫っただろう。スリーシャを何処へやったァ?」


「し、喋った…!?う゛ぐっ…!?ぎやあぁああああああああああああああああああああッ!?」


「俺が問うているのに無駄口を叩くな塵芥め。お前が精霊のスリーシャを攫ったのは知っている。だがこの場には居ないな?何処へやったッ!!」


「ひ、ひぃいいいいっ…!?ど、同盟国が精霊の研究をしたいと言っていたから渡してしまった…っ!!捕らえて直ぐに送ったから、今頃はもう既に着いている!!」


「──────攫っただけでなく売ったというのだな……塵芥風情がァ…ッ!!」




 妖しく光る黄金の瞳で睨み付けると、国王は顔を蒼白くさせて震えていた。国王はリュウデリアに容赦がないということを身を以て実感していた。問いに直ぐ答えなかったというだけで、捕まえている手に力を籠められて両足を圧迫骨折され、更には粉々な粉砕骨折にされてしまっているのだ。尋常じゃない痛みが駆け巡り、恥も外聞も関係なく、大涙を流して泣いていた。


 それを見てもリュウデリアは何とも思わなかった。それどころか殺さないでくれ、精霊を売ったことには悪いと思っていると、その場凌ぎの言葉をつらつらと並べ始めているのだ。寧ろ今すぐぶち殺したい気持ちを必死に抑え、情報を聞き出している事を褒めて欲しいくらいだ。


 泣き叫んでいる国王に向け、耳の鼓膜を破りかねない程の声量で咆哮した。国王の顔の肉は咆哮の爆風に煽られて波打ち、頭に被っていた王冠は吹き飛んで何処かへ行ってしまった。突然の咆哮に驚き固まった国王に、やっと黙ったようだと、リュウデリアは面倒くささと殺意で握り潰すのに、心の中で自身に待ったを掛けていた。




「送った国の名と方角、その国の情報を全て吐け」


「わ、私に同盟国の情報を売れと!?そんなこと出来るわけが──────ぐえェ……!?」


「俺は教えてくれと頼んでいない。命令しているんだよ。何故お前の事情に合わせねばならん。それともお前はこのままゆっくりと握り潰されたいのか?そうか。ならば望み通り握り潰してやる」


「──────ッ!?わ、わぎゃっだぁ゛…!おじえ゛る゛がら゛ッ…や゛め゛でぇ゛……っ」




 本当に少しずつ潰し始めたことに焦り、肺を圧迫されて上手く喋れないながらも殺さないでくれと懇願して、同盟国の情報を洗いざらい吐いた。どの方角にあるのか。どれだけの戦力を持っているのか。どんな国王が国を治めているのか。どんな実力者が居るのか。どんな特徴があるのか。その全てを。


 最後までリュウデリアは沈黙したまま国王の話を聞いていた。何の反応も示さないことに国王は、こんな場面で何かしてしまったのだろうかと不安を多大に抱えながら、口から湯水の如く情報を吐き出していた。というよりも、そもそも、国王はスリーシャを攫っているので何かしてしまったのだろうかという話ではない。


 話を終えて肩で息をしている国王とは別に、リュウデリアは暫し黙って頭の中で情報を整理していた。人間が脆く脆弱であるという事は先の一方的な戦いで把握した。だがこの国王が言った通りの戦力であるという保証はない。いくら同盟国とはいえ、己の手の内を全て明かすとは到底思えないからだ。若しかしたらということも考えて、徹底的にやるのがリュウデリアである。




「じ、情報はこれだけだ!本当にこれだけなんだ!なっ?もう良いだろう?頼むから命だけは……っ!!」


「……何やら勘違いしているな。俺がお前をむざむざ逃がしてやるとでも思っているのか?この俺が、そんな甘ったれた存在に見えるか?」


「ひっ…!」


「頭の悪い塵芥だな──────この国の居る人間なんぞ皆殺しに決まっているだろう愚か者め。殲滅の道一つだ」




「ま、待っ──────ごぶォ」




 待ったを掛ける前に、リュウデリアの掌の中で握り潰され、おまけに純黒の黒炎を上げて燃やされて消える。イリスオ王国の国王は今この瞬間に死んだ。後はそう……逃げようとして開かない鋼鉄の扉を押したり叩いたりしている国民を皆殺しにし、殲滅を完了させるだけだ。


 リュウデリアは門の方へと歩み始めた。国民には巨体が響かせる足音が死神の足音に聞こえた。人間をゴミのように踏み潰していた黒龍がこっちに来る。それだけで大パニック状態と成り果てた。我先にと人を押し退けて門へと縋る。押しても引いても叩いても出られない。出られないようにしたのだから。


 出ようと門に蔓延る人間の塊に手を伸ばして鷲掴み、握り潰して殺した。踏んで殺した。燃やして殺した。民家ごと潰して殺した。地に埋めて殺した。水の中に落として溺死させた。リュウデリアは国民を無慈悲に、容赦無く、冷酷非道に殺し尽くした。何時しか叫び声を上げる人間が居なくなり、イリスオ王国の生存者が0となった後、リュウデリアは手の上に純黒の球体を創り出し、イリスオ王国の中心に放り投げ、大空へと飛んでいった。


 数瞬後、イリスオ王国は眩い純黒の光に呑み込まれ、光が消えた頃には、覗き込んでも底が見えない程深い大穴が、イリスオ王国が在った場所に出来ていた。人間の生き残りどころか、国そのものがその日の内に消えた。次に目指すは北。その王国の名はルサトル王国という。






「待っていろスリーシャ。そして覚悟しろ塵芥の人間共──────俺が皆殺しにして殲滅してやる」






 後悔しても、最早純黒の黒龍は止められない。話し合いも命乞いも懇願も届かない。求めるは恩のある森の精霊スリーシャ。為すは殲滅。女子供であろうと生かす理由は無い。






 何故なら──────黒龍に慈悲等無いのだから。






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