第5話 破滅が近づいてくる
──────破滅が咆哮をあげる三ヶ月前。
そこはエンデル大陸という南側の大陸に位置する、とある王国……イリスオ王国。高く豪華な城が聳え立ち、広い城下町がある。それなりに広大な領地を所持しており、領地の中には村だって栄えている。家畜を育て、野菜を作り、兵士を大量に持つ。国としては良いと言っても過言ではない。そして何よりも……森に最も近く、森の精霊を見つけた国でもある。
ここ近年になってから、領地を更に拡大しようという政策に入り、そこで目をつけたのが森であった。何故か豊潤な魔素が森中に降り注いでいて、森の木々は水を得た魚のように元気に生い茂っている。他の森ではそのような事は無い。依然とした普通の森であった。
一体何の秘密があるというのか。それが気になり、同時に何か大きな発見があるのではないかと直感した。イリスオ王国の王はそういった勘が良く当たる。これまでも他国が攻め込んでくるタイミングも大方当てることが出来たし、育てている作物が豊作かそうでないかも、資料を見ないでも勘である程度当てられる。その為、イリスオ王国の国王は賢明な国王で知られている。
だが人間とは愚かな生き物だ。そうした場面が連続して当たると、あたかも自身が他者よりも格段に優れていると錯覚してしまう。それが覚めれば良いのだが、国王は覚めること無く、全能感に支配されながら今日という日を迎えている。
本当に森の件が当たりかどうかは解らない。故に最初は少数の兵士を向かわせて調査をさせた。流石に全兵士を調査に向かわせるわけにはいかないからだ。そして数日して戻ってきた兵士に詳細を報告させ、魔素の濃度は奥へ行けば行くほど濃くなっているということを聞いた国王は、更に送る兵士を増やして再び調査へと向かわせた。
そうした調査を何度も繰り返し、偶然調査の話を聞いた国王の信頼を獲得しており、国内で指折りの実力者である騎士団長が調査へ行くことを願った。まだ調査が必要で、騎士団長を送るほどではないと思っていた国王なのだが、森には魔物が多数居て、危険だという話も聞いていたので、調査班の護衛という形で同行を許した。普通ならば騎士団長という特別な人間をそう簡単に国外へと行かせはしない。騎士団長も単なる好奇心で不在となるのは如何なものだろうか。
つまるところ、イリスオ王国の国王と騎士団長、並びに止めようとしなかった家臣達は考え方が浅はかなのだ。故に魔力を持っていて、スリーシャが宿る大樹を視認することが出来る、イリスオ王国内で有数の実力者の騎士団長が大樹を視認し、調査の対象となってしまったのだ。
魔素を多く放出する大樹が存在し、多くの魔力を持つものでなければ視認する事が出来ない。その報告を受けた国王は自身の勘が外れていなかったことを悟り、更なる優越感に浸った。他の者達では気が付かなかった事を、自身は気付いていた。実物も捜し出した。自身は間違っていない。正しいのだと。
それからの調査は実に力の入ったものだった。魔素を放出する大樹の調査を命じ、最初とは比べ物にならない兵士を導入した。森の中には魔物も居る。だが騎士団長を初めとした訓練を受けている騎士や兵士が悉くを打ち倒し、死体を持ち帰って資源や武器や防具の素材。服や装飾品などにして金へと変えていた。もうそこまで行けば調査は更に力が入るというものだ。
行って大樹を調べながら金になる魔物を狩ることが出来るのだから。国王は日々を満足しながら過ごし、調査をし、結果を報告する調査班や兵士に騎士達の帰りを待った。そしてとうとう、大樹には大樹に宿る精霊が居る事を知る。
精霊とは、通常人の前には出て来ない。故にそうそう目にすることは出来ないのだが、スリーシャは森に入ってきて思い思いに調べていくイリスオ王国の兵士達に一言言ってやろうと、姿を現してしまった。そしてその半透明な美しい姿を見た兵士達は見惚れ、騎士団長はある事に気が付いた。そこが悪夢の始まりだった。
森を荒らすな。動物達が怯えている。そう言ったスリーシャに従い、騎士団長はその日素直に帰っていった。だがしかし、後日騎士団長率いる武装した騎士や兵士が森へとやって来て、小さな精霊達を乱獲し始めた。血相を変えて出て来たスリーシャがどういう事か問うと、騎士団長は冷たい目線を向けながら、森に魔物が居るのは豊潤な魔素の所為であり、それ故に魔素を無為に生み出している精霊を残らず捕らえる。抵抗すれば排除すると宣った。
スリーシャは訳が解らなかった。この人間が一体何を言っているのか、全く理解出来なかった。それもその筈。理由は単なるでっち上げだ。体として用意しただけで、目的は精霊であるスリーシャ達の捕獲なのだから。
そもそも魔物とは、体内に魔力を宿した生命体であり、強さによって進化をしたりするだけで、発生方法は普通の動物と何ら変わらない。つまり、魔素があるからといって特別魔物が発生しているのではなく、単純に魔素が多く心地良くて寄ってきているだけであるのだ。それでも生態系を破壊するほど居るわけでもない。
スリーシャは説得を試みた。だが一切話を聞かない兵士達に攻め込まれ、スリーシャはイリスオ王国へ連れ去られてしまったのだ。小さな精霊達も多くを捕まえられてしまった。だがそれでも、どうにか助けをと思っていて思いついたのが、リュウデリアの存在だった。しかし精霊は数瞬迷った。嘗てリュウデリアには生まれたばかりだというのに、無理矢理にも等しいやり方で戦わせてしまった。今回も自身達の事だというのに、突然会って助けてくれでいいのかと。
精霊達はリュウデリアが善悪で言うのならば善ではなく悪側の存在だということは知っている。狩りをしていても痛めつけて追い詰めたり、恐怖させたり、生きたまま手脚を引き千切ったりしているのを見たことがある。つまり残虐であるのだ。そしてとても冷徹である。若しかしたら助けてくれないかもしれない。自分達の撒いた種なのだからと。そう言われてしまえば立ち直ることが出来ない。
だが、精霊達は捕獲されて涙を流している仲間を見て葛藤を捨てた。リュウデリアに助けを求める。拒否されたならばそれまでだ。そう判断して囮作戦を使って多くの精霊達が捕まりながらも、一匹だけ精霊を逃がすことに成功した。逃げることに成功した一匹の精霊は、捕まった仲間達の叫び声を背中で聞き、涙を流しながら飛んでいった。あの日リュウデリアが飛んでいった方向へと。それが彼の元へ精霊が辿り着く7日前の話である。
それから精霊は必死に飛んだ。リュウデリアの飛んでいった方向へと。広い森を抜け、何も無い荒野を行き、魔物に襲われても必死に逃げた。小さい精霊にとっては尋常じゃない高さの山を登り、下って行って、更にまた何も無い荒野を抜けていった。その間に風に煽られて地面に叩き付けられたり、魔物に襲われて体はボロボロであった。飛ぶのもやっとと言える状況で、精霊は諦めなかった。
荒野を抜けて広がる樹海には、魔物がかなりの数棲み着いていた。それにより何度も襲われたが何とか逃げ果せる。そして、あの破滅的に膨大な魔力が感じ取れ、最後に見たときよりもとても大きくなった翼のある純黒の翼を見つけたのだ。7日間。只管飛んだ精霊は限界だった。限界だったがそれでもリュウデリアの元へと辿り着いたのだ。
精霊は安心したように、自身を包み込む純黒の手に体を預ける。長い道のりだった。だがその苦労が消し飛ぶほどの助っ人が来てくれた。若しかしたら助けてくれないかもしれない…そう思っていたのが馬鹿らしくなるくらい、怒り、咆哮し、全速力で飛んでくれているリュウデリア。しかしその手は、壊れ物を扱うように優しいものだった。精霊は静かに涙を流す。リュウデリアにこれ以上無い程の感謝の気持ちを抱きながら。
「──────ッ!?これ……は……」
リュウデリアは全速力で空を駆け、目的の場所であり、スリーシャが宿る大樹のある森へとやって来ていた。しかし、嘗て元気で力強い木々が生えていた森は山火事があったように、転々と円状に炭と化し、魔素を放出していた大樹は燃え尽きていた。
根元が真っ黒になって残っていること以外、大樹は見る影もない。到底元が300メートルを越える圧倒的な大樹だったとは、最早誰が見ても解らないだろう。リュウデリアはゆっくりと大樹の近くに降り立ち、歩いて大樹へと近付いていった。体が大きくなったリュウデリアの重量により、歩くだけで震動が生まれる。たったそれだけで、炭となった木々は崩れ落ちていった。
あれだけ元気で、天真爛漫の子供のような精霊は一匹も出て来ない。いや、それには語弊があった。出て来ないのではなく、出て行く精霊がもう此処には居ないのだ。集まれば前が見えなくなる程居た精霊が居らず、動物達の気配もしない。
大樹の元へとリュウデリアは辿り着いた。精霊を載せていない右手で炭となっている大樹の表面に触れると、全く力を入れておらず、触れただけでかさりと音を立てながら崩れてしまった。人間は隠れた精霊を炙り出す為だけに、木々に火を放ったのだ。それが次々に燃え移り、大樹に関しては弓矢を使い、矢の先端の鏃に火をつけて放った。故意による放火である。
手についた炭を握り締めながら、その場にしゃがみ込むリュウデリア。大樹の根元で何かを探す仕草をしている。そして太い根っこを掻き分けると、中から人一人入れるほどの空洞が現れた。リュウデリアはそれを見つけて手を握り締める。ここはスリーシャの本体があった場所である。
精霊の中で唯一半透明であり、実体でなかったスリーシャの本体は別の所にあった。それが大樹の根元である。リュウデリアは魔力を感知していたので、本体が居る場所は知っていたが、例え話しているのが本体でなくとも気にしていなかった。スリーシャはスリーシャであることに変わりなかったからだ。しかし、此処にはもう居ない。予め言われていた通り攫われてしまった。
「………疲労で倒れそうなのは解る。だが一つだけ教えろ。スリーシャが連れて行かれた方角は何処だ」
「……っ…あっち……あっちからきたの……。たぶん……もりをぬけたらみえる、にんげんのくににつれていかれちゃったんだとおもう……」
「解った。スリーシャ達の事は俺に任せ、お前は此処で休め」
「…っ…ごめんね……ごめんねっ……」
「良い。気にするな。スリーシャ達には言葉や魔法を教わり、食い物を貰った恩がある。案ずるな、必ず取り返す」
「…………ありが……とう…」
7日前に侵攻してきた人間が来た方角を指差した。そちらを見れば、確かに魔力の残痕が道を作っていた。普通は見ることが出来ない魔法を使用した後の魔力の残痕を、リュウデリアは可視する事が出来る。それを辿っていけば何処へ向かったのかが解る。
掌の上に載せていた精霊を大樹の根元にそっと降ろし、手を翳すと薄黒い膜が精霊を覆った。魔力で防御しているのだ。今の精霊は疲労で眠ってしまって無防備だ。そこで魔物に襲われたりしないようにするリュウデリアの配慮だった。
背中の翼を大きく広げて飛び上がる。今度こそ侵攻してきた人間を滅ぼす為に。巨体のリュウデリアが一度、羽ばたくだけで爆風が吹く。炭となった木々が崩れ飛んでしまうが、もうそんなことは気にしていられない。いや、もう燃え尽きていた死んでしまっている。気にしたところで意味は無いだろう。
故に、燃やされた木々や大樹の弔いは、侵攻してきた人間の魂を使って行うとしよう。リュウデリアは未だ見ぬ人間を思い浮かべ、黄金の瞳に憎悪の炎を滾らせた。
豪華な机。豪華な椅子。煌びやかな壁に、一目で高価と分かってしまう置物。間取りは完璧を求められ、風通しの良い窓の配置。気分を紛らわす為のバルコニー。下を見渡せば、街並みの絶景が拝める。そう、ここはイリスオ王国に聳え立つ王城であり、その中でも限られた者にしか入室許可を与えられない、王の執務室である。そこでは勿論、イリスオ王国の国王が国の為に、民の為に執務をしている。だが、今日の国王の上機嫌だった。
隣国で昔から親交のある国と協力し、
故に、精霊などという種族が、領土を拡大しようとして目をつけている森を住処として居座っている事が我慢ならなかった。だから兵士や騎士を侵攻させた。さっさと邪魔な存在を消し去り、更に人間の国を、我が国を大きくするために。それが今叶っている。それだけで国王はここ最近上機嫌なのだ。
しかし、そんな上機嫌はそう長くは続かなかった。特別な者にしか入室許可を与えない王専用執務室の扉が、強くノックされた。何時もならば適度な強さでノックするのだが、まるで何かに急いでいるかのような、荒々しく乱雑なノックだった。国王は眉を顰めながら、早く入るように声を掛けて入室を促した。すると、扉をやや強めに開け放った臣下の大臣の一人である男が、額に大きな玉のような汗を流しながら、息も絶え絶えに入ってきた。
「国王様…っ!はぁ…っはぁ…っ…!大変です…!!」
「……何だ騒々しい。私は今気分が良いのだ。入るならもっと静かに──────」
「それどころではありません…ッ!!」
「わかった、わかった。何だ?愚か者が国内に入り込んだか?」
国王は鼻で笑い、大した事では無いと、余裕の表情を作った。過去、この国を攻め落とそうとした賊が居たが、洩れなく自身の兵士と騎士で皆殺しにした。それ程、この国の力は強かった。それ故の自信。それ故の慢心。それ故の──────滅び。
「我が国の領地に──────
「──────は?」
「……龍です。この世に存在する数多の種族で…その圧倒的力にモノを言わせて最強の名を欲しいままにする…あの龍です」
「……わかっておる」
「その強さは神をも畏れると謳われ──────」
「わかっておるッ!!!!」
国王は顔色の悪い状態で大臣に向かって叫んだ。いや、最早それは絶叫だろう。何度も言われても解る。攻めて来たのだ。あの龍が。龍、それは世界最強の種族。過去に人間が挑み、勝利を収めた事は有るには有る。だが、その戦いの後は死屍累々の数々が生まれた。
膨大な魔力を必ず持って生まれ、身を覆う鱗は業物の刀剣の一切を跳ね返し、ものともしない。強力な膂力から生み出される一撃は防御の魔法を施しても易々と貫き、吐く炎は太陽すらも思わせる。それ程の存在が一匹居るだけで、国一つが滅ぶと言われても、誰一人反論はしない。それが今……領地に現れた。絶望だろう。だが希望もある。領地に現れただけで、此処に攻めてくるとは限らないからだ。
しかし、そんな楽観視する国王を地獄に底に叩き込んだのは、他でも無い臣下の大臣であった。
「そしてその龍は──────此処を目指しています」
「……全兵士。全騎士を集めろ」
「……は」
「今すぐにッ!!我が武力の全ての戦闘態勢を整えさせろッ!!」
「──────畏まりました」
大臣はそれ以外にはもう何も言わず、静かに国王の執務室から出て行った。残された国王は椅子に座りながら机の上に上半身を倒してうつ伏せになる。ジッとして動かない国王はしかし、次第に体が震え始め、右手を上げて勢い良く机に叩き付けた。
国王は顔中から嫌な脂汗を掻き、机の上にポツポツと垂らしていく。顔色は青白く、死人のように見える。国王はもう信じるしかない。自身の国の武力で世界最強の種族を倒すことを。
国王は窓から遠くに見える、純黒の存在に怯えて震えながら、奇跡を祈ることしか出来なかった。
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