第7話  衝突する魔力



 地図から完全に消え去ったイリスオ王国から、北へ数十キロの位置に、その王国は在った。ルサトル王国。領地はイリスオ王国程広いわけではないにしろ、王国の広さはイリスオ王国よりも広く。建設に関しては他国に比べて莫大な費用を費やしている。


 ルサトル王国で良く聞く話といえば、魔道具の開発が挙げられる。魔道具とは、日常生活をより豊かにするための道具で、中に入っている魔石と呼ばれる魔力を貯め込む性質のある石に魔力を与え、魔道具それぞれの使い道として効果を発揮させるものである。例えば、暗闇を照らすランタン。


 本来は中に蝋燭を入れて使う代物だが、魔石を入れる事によって火の強弱による明るさの高低を無くし、常に一定に、そして蝋燭の火より明るく照らすことが出来る。火は酸素があればあるほど良く燃える。それを利用して内部に空気を送り込んで火を強くしたりするのではなく、摘まみを回すことで簡単に明るさを調節することが出来る。


 そういった優れたアイテムを数多く作って輸出しているのが、ルサトル王国である。つまりは開発面で優れた力を持つ王国なのだ。しかし、このルサトル王国はイリスオ王国の歴とした同盟国である。つまりはスリーシャを攫う行動に一役買っているのだ。




「──────それにしても、あの精霊は我が国の良いなってくれましたな、陛下」


「ははは!全くだ。あの精霊から向こう20年分の資源が手に入った」


「しかし、アレはもうよろしかったので?」


「あぁ。限界以上に絞ってやったからな。残りカスに用は無い。だがこれで新たなことが判明した。質なのか解らんが、人よりも精霊の方が明らかに魔力効率が良い!故に命令だ。イリスオ王国がまた疲労軽減の魔石を欲したら好きなだけくれてやれ。それで得られる利益は莫大だ」


「畏まりました。開発部に伝えておきます」




 王の玉座に座る40代程の男は、喜色満面の笑みを浮かべながら、膝を付いて頭を垂れている男に命令を出していた。数日前に同盟国であるイリスオ王国から送られてきた精霊を使った実験で大成功を収めたからだ。開発面で素晴らしい技術を持つのは良いが、その為に必要なモノが枯渇しやすく、幾らあっても足りないと思っていた。


 そこで現れたのが精霊であった。結果は良好。ルサトル王国の国王は利益を報せる報告書を読んで、これ以上無いほどの上機嫌さであった。だからこそ大して気にも留めていなかったのかも知れない。イリスオ王国へ送った感謝の言葉と、近々また話し合いの席を設けようという事が書かれた手紙が、まだ返されていないことに。何時もならば直ぐに返事が返ってくるのだが、今回は矢鱈と遅かった。


 しかし、まあいいかと、上機嫌さに輪を掛けて機嫌の良い国王は気にすることなく、今日の分の責務に没頭した。精霊を使った実験で利益は右肩上がり。今まで数えるほどしか為し得なかった事を為したお陰で士気も向上している。まさに今は政策の絶頂期であった。だがそんな時、離れた所でも通信することが出来る魔道具に報せが入った。


 まだ改良が必要な試作品で、高さが成人男性と同じくらいある球体の水晶である。そこには各地に情報を集めさせる為の捜査員の男の顔が映っている。浮かべているのは焦った表情で、額にもぽつぽつと汗を掻いている。何かあったのだろうと当たりをつけた国王は、先程までの上機嫌さを消して真剣な表情で応答した。




「どうした。何か良くない情報が入ったか?」


『……はい。陛下、落ち着いて聞いて下さい。つい先程の話のようですが、イリスオ王国へ向かっていた商会の荷馬車が、イリスオ王国の在った場所に巨大な大穴が開いていて、国そのものが消えていたのを見たと』


「………………何?」


『そして、その場に居た商会の者によりますと、何かの大きな足跡が北へと向かって続いて、最後は足跡が途切れていたのだそうです。若しかしたら……』


「──────何かが此方に向かって来ている…ということか。それもこの国程ではないにしろ、一国を丸ごと消し去る存在…突然途切れた足跡……空を飛んだのか?ということは……まさかっ!?」


『……推測をお話しする事、お許し下さい。私の見解ですと……我々の国に向かっているのは、恐らく……龍……ではないかと』


「……確実にあの精霊が関係しているな。……私は要請を送る。お前は防衛大臣へ兵の招集を掛けるよう話をしておけ」


『はッ!畏まりましたッ!』




 国王は直ぐに執務用の部屋へと向かい、執務用の机の引き出しから手紙を取り出した。同盟国であったイリスオ王国は、決して戦力が低いという訳ではなかった。兵の数で言うならば、ルサトル王国よりも断然多いだろう。そんな王国が一日と経たずに滅ぼされている。ましてや救援の報せが来ていないことを察すると、報せを出す暇もなく滅ぼされたと見て良い。


 兵の数で言えば、最も少なく、兵士の強さもそれ程強いとは言えないだろう。だがルサトル王国は大きい国だ。ならば国の戦力が心許ないというのに、どうやってこれ程大きく出来たのか。それは単に、魔道具然り、何かを作るという面に於いて他を抜いているからに他ならない。


 故に鉄壁のルサトルと周囲から謳われている。つまるところ、ルサトル王国の国王はイリスオ王国が出来なかった龍殺しを出来ると確信している。それだけの奥の手を持っているのだ。他種族を圧倒する強大な力を持つ龍が、万が一国に攻め込んで来たときに使う、対龍迎撃用手段である。


 それから少しの時間が過ぎた。その間に兵士の戦闘準備が整い、ルサトル王国の入り口である門の前に列を為している。鉄壁と謂われる所以を直ぐには使わない。先ずは兵士を差し向けて油断させる。そして兵士が全滅したところで秘密兵器を龍に向かって撃ち込む。最初から兵士を犠牲にする惨い作戦だ。


 だが国王は兵士の命程度、何とも思っていない。国を護るために兵士となるべく志願したのならば、兵士らしく国のために死んでいけ。そう思っている。兵士は単なる時間稼ぎと油断を誘うための駒。故に殺され尽くした所で何の痛手にもなりはしない。国王は口の端を吊り上げてあくどい笑みを浮かべた。これで、過去にも数度しか達成されていない龍殺しの称号は自身のものだと、既に殺した時の優越感に浸っていた。


 今にも高笑いしそうな国王の居る執務室に、ノックがされた。どうやら準備が全て整ったようだ。国王はニヤリと笑い、椅子から腰を上げて執務室を出て行った。その様子を足に丸めた手紙をつけた伝書鳩が開いた窓に留まって見ていたが、与えられた仕事を全うするために、飛んでいった。



























 リュウデリアは北へと飛んでルサトル王国を早くも発見した。殺したイリスオ王国の国王が言っていた北へ向かうと、暫くは何も無い平原が続いていたが、直ぐに聞いていた特徴と合致する王国を見つけた。イリスオ王国からルサトル王国の途中には平原しかないので、北へ向かって最初に見えた国がルサトル王国である。


 空を飛んで近くまでやって来たリュウデリアは、既に兵士達が国から出て来ているのを視界に収めた。格好も完全武装である。イリスオ王国のように、歩いて向かってくるリュウデリアを見つけ、武装して出て来るならば分かる。だが今回は明らかにリュウデリアが飛んでくるのを見計らって出て来た。つまり、予め王国に攻め込んでくる……ということを知っていたことになる。


 しかしリュウデリアは、人間が自身の行動を予測した……という選択肢を迷い無く切った。そんな筈がない。スリーシャが攫われた事を遅れながらも今日知り、直行してきたのだから。それにイリスオ王国から此処まで、道のりは数十キロだったが、30分やそこらの超速度でやって来た。恐らく、知っていたではなく、知ったというべきだろう。


 少し思考し、リュウデリアは何らかの方法で先程の滅ぼしたイリスオ王国の惨状を知り、離れた所に居る相手に言伝を送ることが出来る魔法か何かを使ったのだろうと当たりを付けた。そして驚異的な視力により王国から出て来た兵士達の表情を見る限り、龍がやって来た事に驚愕している節はない。となれば、イリスオ王国を滅ぼしたのが龍であるということは見抜いていたというわけだ。


 中々如何して推測力があるではないか……と、感心した。これでそこらに居る魔物の少し大きい程度がやったのだろうと思い、おざなりの装備で出て来た暁には、人間はそれ程頭の悪い種族なのだと基準にしてしまう。まあ、既にスリーシャに手を掛けている時点で印象はマイナス値を振り切っているのだが。




「……さて。人間の兵士共が出て来た以上、国を先に滅ぼすよりも兵士共を皆殺しにするのが先だなァ?」




 雲が近い高度で飛んでいたリュウデリアは急降下を開始し、断熱圧縮で熱を帯びながら地上を目指す。大地に近付くと速度を落としていき、最後は人間の兵士達の少し前に土煙を巻き上げながら降り立った。兵士達はやはり、顔を蒼白くさせてリュウデリアを見ていた。だがそれもそうだろう。同盟国を完全に消滅させて滅ぼしたのは、今目の前に降り立った黒龍なのだから。


 最強の種族が龍であるというのは、世界で共通の認識だ。中には我々の種族こそが最強であると訴える者も居るだろう。己の種族至上主義というものだ。紆余曲折。龍は唯単に最強なのではなく、他を圧倒する力を持っているからこそ最強と謳われている。つまりは、兵士として訓練した普通の人間程度が真っ正面からやり合ったところで、真面にやり合えるはずがないのは、想像に難しくはない。


 犬と象の対決を見て、どちらが勝つのかと胸を高鳴らせる者など殆ど居ない筈だ。ましてや人間と龍で、自身が命の奪い合いの土俵に立たされれば、もう頭の中は戦いに対する拒否感と、本能的恐怖により染まるはずだ。それ故に、リュウデリアは兵士達が自身を負の感情で濁った瞳で見上げているのは当然だと思っていた。しかしその中で解らないのは、濁った瞳の中に、一種の諦めが混じっている事だ。


 震える足で龍の前に立ち、手汗に塗れた手で己の武器を強く握り締め、勝てないと確実に解っているだろうに龍の姿から視線を逸らさない。だが諦めの感情が見え隠れしている。やっていることと感じ取れる感情がちぐはぐなのだ。流石のリュウデリアも、この矛盾に思える行動と感情に関しては、これがこうだからこの感情なんだ、とは言えなかった。


 まあ取り敢えず、最終的にはルサトル王国の国民は皆殺しにすると決めているので、諦めの感情を持っていようがいまいが関係ない。そちらから態々殺されに来るというのならば是非も無し。龍には勝てないのだと骨の髄まで思い知らせ、皆殺しにしてやろう。リュウデリアは右手を、雄叫びを上げながら駆けて向かってくる兵士達に翳し、人間が使っていた魔法の模倣ではない、自身の魔法を行使した。




「──────『迫り狂う恐怖フゲレス・フォーミュラァ』」




 魔法を発動したリュウデリアから、前に居る全ての兵士達に向かって禍々しい純黒の波動が放たれた。目には見えない音の波のように押し寄せる波動が兵士達に触れて突き抜けていき、決死の覚悟で雄叫びを上げて駆けて突撃してきた兵士達がその脚を止めていき、その場に突っ立って動かなくなった。


 全ての兵士達、数にして大凡一万人が立ち止まってしまった。誰一人声を上げる事も無く、しかし手に持つ武器は決して離さない。リュウデリアの放った魔法は炎を生み出したり氷を張るような魔法ではない。放った魔法は対象が持つ狂気的な迄に強制的に引き出し、露わにさせる魔法だ。


 そして無理矢理引き出すのは……“生きたい”という生存本能から来る感情だ。ならばそれは対象をこの場から逃げ出させる類のものなのかと問われれば、それは違う。この魔法は感情を狂気的な域まで発露させるものだ。つまり“生きたい”という感情を突き詰めさせれば、狂気的なレベルでというものへと変換させ、行動に移させる。結論から言うと、自分一人になるまで強制的に且つ徹底的に同士討ちをさせる、対多数に於いて畏るべき魔法である。




「がッ……ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!生きたいィ……生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたいィィィィィィィッ!!」


「お前が邪魔だ……お前も…お前もお前も……お前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もおぉォぉォォォォぉォッ!!」


「こ、ころじっ!ここころじころじころじでやるう゛ゥ゛ッ!!」


「死ねッ!!死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!俺以外の奴等は死ねェッ!!」


「いぎ、いぎる……生ぎるのは…生き残って生きるのは俺だァ────────────ッ!!!!」


「けひッ…けひひッ……ッ!生きるの楽しいッ!生きるの楽しいよォッ!!だからおまえら邪魔なんだよォぉォォッ!!」




「くくッ……はははッ!!ハハハハハハハハハッ!!友人家族なんぞ関係無いッ!貴様等には平等に“生きたい”という感情をくれてやるッ!故に……くははッ……諦念の意思なんぞ持つんじゃないぞ?精々面白可笑しく──────狂い果てて死ね」




 兵士達は瞳を不自然な程真っ赤に充血させて血走らせ、口から唾液と泡を溢しながら身近に居る仲間の兵士に飛び掛かった。手に持つ槍で突き刺して内臓を引き摺り出し、剣で頸を跳ね飛ばし、相手の持っている武器を無理矢理奪って突き立て、武器を無くしたのならば素手で殴り殺し、狂気でリミッターが外れた筋力で掴んだ頭を引き千切る。


 誰が相手であろうと、生きたいと願う自身の為に仲間を殺す。今は正常な判断力を阻害されている所為で気が付かないが、兵士になったときの同期、小さい頃から一緒に育って共に兵士となった親友、親同士も仲が良い幼馴染み、それらの親しい者達も躊躇いなく手を掛けて己の手で殺して、殺して殺して殺して殺して殺し尽くしていく。


 魔法を掛けられる前は一万人も居た兵士は瞬く間に、もの言わぬ死体へと変わり果て、辺り一面赤黒い血の海と化した。地面の傾斜で血はゆっくりと流れ、赤黒く鉄臭い川を作り出した。リュウデリアの足元にも流れてくる。それを踏み付けて大地に滲ませる。人間の血潮を踏み躙り、覚悟と命を嘲笑する。


 口の端を吊り上げて真っ白な鋭い牙を剥き出し、黄金の瞳が除く眼を細めて嗤う。ゲラゲラゲラゲラと、眼下で行われる凄絶にして凄惨な同士討ちの戦いを観戦して見ている。愚かな存在だ。知らぬとはいえ精霊に手を出して龍の怒りを買い、親しい存在をその手に掛ける。見ていてなんと愚かで、脆くて、弱くて、つまらん存在だろうか。


 一人、また一人、いや……数百人単位で兵士が死んでいく。一万の軍勢は見る影も無く死体となって数を減らしていき、リュウデリアが魔法を放って少しで、もう既に兵士達の数はたったの一人になっていた。生きたいと狂気的に願っていた兵士は、これで思う存分生きることが出来ると、全身を赤黒く染め上げながら天を仰いで嗤い狂っていた。そして、リュウデリアは掛けていた魔法を解いた。




「はははははハはははははハははハははははハははははッ!!俺は生きるッ!!生きるッ!生きるッ!生きるッ!生き……──────あ……れ?俺は……生き……残っちまった……?へ…へへ……えへへェ……えひひひひひひひひひっ!!きィッひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」




 最後の一人になるまで生き残った兵士は、自身の行った今までのことを全て思い出し、真っ赤な掌を見つめて嗤いだし、頭や顔を傷付けるほど掻きむしって、最後は自身の頭頂部と顎を掴んで一瞬で捻りあげて首の骨をへし折り、嗤って歪んだ顔のまま死んだ。一万の軍勢はリュウデリアに指一本触れることなく、全滅した。


 一面に赤黒い絨毯が生み出され、血生臭い臭いが鼻腔を刺激する。死屍累々が生み出され、元凶は鼻で笑って死体を踏み潰しながら王国を目指した。ぶちり、ごきり、ぐちゅりと潰れていく死体は、どれもこれも怒りと恐怖を混ぜ合わせたどす黒い表情を浮かべている。最後まで惨い死に方しか出来なかった兵士達に勇姿はない。あるのは無惨で凄惨な死体の山だけだった。


 死体を踏み付けながら王国を目指しているリュウデリアは、ルサトル王国から地響きのような音と、足元の地面から伝わってくる振動に首を傾げた。攻撃ではない。リュウデリアの足元から何かが迫り出てくる時の振動でもなく、ルサトル王国の方から地面を伝ってやって来る振動だ。要するに、振動の元はルサトル王国である。


 首を傾げているリュウデリアを余所に、膨大な魔力の感知と共にルサトル王国に変化が訪れる。広大な面積を持つ王国を円形に囲うように、上空から薄水色の膜が展開されて降りていく。それは膨大な魔力に形成された魔力の壁であった。それが上空からルサトル王国を完全に包み込む、薄水色な魔力の壁はルサトル王国をドーム型に覆ってしまい、完全な状態へと展開されてしまった。出入り口なんぞ何処にも無く、隙間も無い。


 そして更に、障壁に覆われたルサトル王国に隣り合う形で石造りの塔が隆起するよう3つ形成された。塔の上部先端から膨大な魔力が発生しており、巨大な塊が王国の上に形成されていた。明らかに何かを撃ち出すつもりのソレは、世界最強の種族である龍をも撃ち殺すと噂される魔法で、対龍迎撃用魔力砲撃『龍を撃ち滅ぼす鉄槌ディケイオン・ドラゴノーツ』であり、ルサトル王国の切り札である。


 発動するまでに時間が掛かってしまうのと、一発撃つのに膨大な魔力を必要とする。それ故にそう何度も撃つことが出来ないのが欠点なのだが、この魔法を複数回撃つ必要はない。一発だ。たったの一発で全てが決着する。だからこその最終兵器にして切り札。


 それに、例え殺しきれなくても、今や魔力の障壁で覆われたルサトル王国に手を出すのは不可能。尋常ではない魔力で形成した障壁は誰にも破れない。絶対的な威力の矛と、最硬の盾を持つ。それがルサトル王国の真の姿である。




「……国全てを魔力で覆うか。それにこの魔力は……精霊の……彼奴等の魔力に酷似している」




『──────聞こえるか、我が王国に攻め込んできた憐れな黒龍よ。貴様は終わりだ。我が王国最大の切り札の前に消え去るが良いッ!!ははははははッ!!あぁそれと、私の推測だが……貴様はあの精霊に用があるのだろォ?だが残念だったなァ!?あの精霊は魔力を限界以上に搾り取って残りカスにした後、西にある同盟国のジヒルス王国へ送ってやったわッ!!今頃弱者を甚振るのが趣味の国王に可愛がられているだろうよッ!!フハハハハハハハハハハハッ!!!!』




「…………………──────────。場所は分かった。居ないことも知った。ならば後は消すのみ」




 響き渡るルサトル王国国王の魔道具である拡声器越しの言葉に、静かに莫大な魔力を口内で溜め込むことで答える。ルサトル王国も準備が整った魔法に、更なる魔力を送り込んだ。


 魔法は甲高い音を響かせながら魔力を集束させている。溜め込まれた魔力は周りにも影響を及ぼし、岩盤が捲り上がって砕けていき、地響きが鳴り響く。強大な力を持つ魔物も一目散に逃げるだろう魔力が魔法に溜め込められていき、集められた魔力は青黒い魔力となっていた。


 対するは口内に純黒なる魔力を上限無く溜め込んで凝縮し、周囲が暗くなってしまったと勘違いしてしまう程の純黒の光を放っていた。完全に消し去る。跡形も無く、何も残させず。リュウデリアの憎悪と共にルサトル王国をこの世から全て消し去る。躊躇いも油断も躊躇も慈悲も無く、ただただ目の前の塵芥を無へ還す。


 両者が莫大な魔力を溜め込んでいるだけで、大地が崩壊して天変地異を引き起こそうとしている。そして、魔力を溜め込めるのが限界値まで達した魔法が魔力砲を撃ち放ち、同時にリュウデリアも魔力の光線を撃ち放った。




『──────『龍を撃ち滅ぼす鉄槌ディケイオン・ドラゴノーツ』発射ァッ!!』




「──────『總て吞み迃む殲滅の晄アルマディア・フレア』」




 青黒い魔力の光線と純黒の光線が衝突した。単純な威力の勝負となり、ぶつかり合った瞬間には衝撃波が周囲に撒き散らされ、地割れが発生して草は枯れ果て、上空にある雲が消し飛んでいった。だが拮抗なんてものは、同じ威力によるものの衝突で起こる現象である。つまり、青黒い魔力の光線と、リュウデリアの純黒の魔力の光線では拮抗することはない。


 ルサトル王国の魔力の光線が直径百メートル程なのに対して、リュウデリアの放った純黒の魔力の光線は直径が五百メートルを優に越える。当然そこまでの大きさが異なると威力も桁違いだ。衝撃波はぶつかり合った時に生まれたものであり、拮抗することはせず、ルサトル王国の光線はリュウデリアの光線に呑み込まれていった。


 そもそも、リュウデリアの純黒の魔力で放たれた光線とでは質も全く違う。純黒は総てを呑み込み塗り潰す、凶悪な魔力だ。それをありとあらゆる者の魔力を混ぜ合わせて量だけ溜め込んだ魔力に負けるはずがない。


 純黒の魔力の光線に呑み込まれたルサトル王国の光線は容易に決着がつき、ルサトル王国の最終兵器にして切り札の魔力を呑み込み消し去った。


 ルサトル王国の上に形成された魔力が、純黒の光線によって跡形も無く消し飛ばされた。まさか切り札がこうも呆気なく負けるなど思っていなかったルサトル王国の国王は、外の様子を映し出す魔水晶を覗き込んでこれ以上無い程瞠目し、全身汗で水浸しになりながらこのあとの事で最悪のパターンを思い浮かべた。


 想像したそれを現実にするように、リュウデリアの純黒の光線は未だ途切れていなかった。つまり、このまま真下へ軌道を変え、ルサトル王国を消し去るのだ。




『ま、まままま待てッ!!精霊については謝るッ!!ジヒルス王国の国王へ精霊の即時返還の言伝を送ってもいいッ!!だから攻撃をやめて──────ぎやあぁあァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』




 リュウデリアはルサトル王国の国王の言葉に一切耳を貸さず、放ち続けている純黒の光線を真下に降ろした。莫大な魔力によるリュウデリアの純黒なる魔力の光線は、広大な広さを持つ王国一つを消し去っていった。王国を膨大な魔力の障壁で覆っていようが全く関係無い。触れた瞬間から無へ還す光線には無意味だ。


 ならば生身の人間なんぞもっと容易というものだろう。抵抗なんてものが起こるはずもなく、ルサトル王国に住む国民も、貴族も王族も国王も、その総てを呑み込んでこの世から完全に消し去った。後には何も残っていない。草原の緑すらも消えて、大地の土が剥き出しとなって大きく抉られているだけであった。


 リュウデリアは消し去ったルサトル王国に一瞥もすること無く、すぐさま大空へと飛翔し、3つの同盟国の最後の国、西にあるジヒルス王国へと向かっていった。今しがた殺した国王が言う通りなのならば、スリーシャの身がかなり危険だ。追い打ちを掛けるようにルサトル王国に魔力を限界以上に奪われていて体力を消耗している。


 そんな状態で痛め付けられでもすれば、いくらスリーシャが精霊と言えども死んでしまうだろう。それは考え得る可能性の中で最悪の結末だ。故にリュウデリアはただ飛ぶだけでなく、魔力を惜しげもなく使用し、魔力を放出して莫大な推進力得て大空を一条の光となって飛んだ。


 ジヒルス王国。ここら辺にある王国の中で、唯一『英雄』が戦力として在籍している、戦争無敗の王国である。







 最後の王国目指して大空を飛ぶ。果たして、リュウデリアは無事にスリーシャを取り返すことが出来るのだろうか。それは……誰にも解らない。






 だが解る事が一つある。それは……リュウデリアの瞳は憤怒に塗れているということである。






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