第46話  王都の初依頼





「次はこの依頼行こうぜ!『陸蟹りくがに』の討伐!」


「酒だー!酒持ってこーい!」


「そんでそんでぇ、その時にソイツは何て言ったと思う~?」


「君たち、俺のところのパーティーに入らなーい?」


「何見てやがんだごらァ!?」


「上等だやってやるよボケが!!」




「王都というだけあって、置かれている冒険者ギルドも大きくて人間も多いな」


「ケッ。どいつもこいつも雑魚ばっか。強ェの居ねーのかよ」


「……リュウデリアが……言っていた……『英雄』というのは……居ないようだな」


「アレは人間の中でも最上位の者達だ。そう一地域に集中してはいないだろうよ。期待するだけ無駄だ。今回はあくまで冒険者ランクの引き上げだ」


「へーい。分かりましたよ~」


「ふふっ」




 マルロの屋敷で一晩泊まったオリヴィア達は、来るときに馬車の中からチラリと見た冒険者ギルドへとやって来ていた。現在の時刻は10時。朝食はマルロとティネを合わせて全員で摂り、今日は何をするのかと問われたので、4人で決めていた冒険者ギルドへ赴き、何か依頼を受けるということを話した。


 オリヴィア達が旅をしている者達で、ランクがEランクだということを知っているマルロは、微笑みながらそうでしたかと頷いた。ティネは使い魔という設定のリュウデリア達と遊ぼうと考えていたのか、少し残念そうだったが、やることがあると解ると大人しく引いた。


 別の日になら遊ばせてあげる。そうオリヴィアが言うと、パアッと表情を明るくさせて、子供の女の子の可愛らしい笑みを浮かべた。もう人見知りは完全に拭えたなと思っているオリヴィアの隣では、朝食をムシャムシャしてたリュウデリア達がギョッとしていた。如何にもマジかよと言っている顔だった。


 取り敢えず今日のやることは、冒険者ギルドへ行って良い感じの依頼を見繕って達成し、ランクを上げる為の経験値とすることとなった。そうして朝食を食べ終えたオリヴィア達は、マルロの屋敷を出発した。途中では店も多くあったが、今回は適当に流してギルドを目指して。


 王都メレンデルクは町等と違って国の首都なので住民も多く、此処へ訪れる冒険者も多い。なので冒険者ギルドは栄えて大きなものとなり、必然的に中に居る冒険者達の数も多くなる。朝から賑わっているギルド『燦々たる地平線ブライエント・ホライズン』に着いたオリヴィア達は、早速人が集まっているクエストボードの前にやって来た。




「Eランクの依頼書……Eランクの依頼書は……」


「……っ!」


「ん?バルちゃん、何か良いのを見つけたのか?……ふむ、『青真珠の納品依頼』で、個数は5個。報酬は5万Gか。何故これにしようと思ったのやら……リュウちゃんとクレちゃんはどうだ?これでも良いか?」


「「……っ!」」


「よし。ではこれで決まりだな」




 ランクに関係無くごちゃ混ぜになって依頼書が貼られているクエストボードで良いものが無いか探していると、左肩に乗っているバルガスが尻尾の先を向けて一つの依頼書を指し示した。両腕で抱えているリュウデリアを左腕だけで抱え、右手で画鋲で固定されている依頼書を取って読んでみると、納品依頼だった。


 納品依頼は、討伐依頼とは少し違うものだ。討伐依頼は、討伐対象となっている魔物等を狩って、その証拠に目標の一部分を提示すれば依頼達成となり、狩ったモノは自由に出来る。一方納品依頼や採取依頼は、定められた品物を取ってきて、ギルドへ直接代物を納める事を目的とした依頼だ。なので一部分を持ってくるだけでは達成とならない。


 討伐依頼で大きな魔物を斃した場合、証拠として提出したもの以外は全て自分達の好きに出来るが、提示されたものを納める必要がある納品依頼では、代物一つを丸々と渡すので報酬だけを貰うこととなっている。その代わりに報酬は少し高めに設定されていて、簡単な依頼でも少し大きな金を稼ぐ事も出来る。重複分も買い取ってもらえるというのも大きい。


 他にもいくつかEランクの依頼はあったが、特にこれがやりたいという指定がないので、バルガスが選んだ青真珠の納品依頼で決定となった。早速オリヴィア達は依頼書を持って、依頼を受けるために受付をする為に出来た人の列に並ぶ。


 それなりに長い列が出来ていたが、並ぶ冒険者達を次々と捌いている受付嬢は慣れているのか、はたまた慣れていて且つ優秀なのか、あっという間に順番が回ってきた。次の方どうぞと言われたので、持っていた依頼書と冒険者の証を一緒に提出した。




「はい、『青真珠の納品』依頼ですね。……あら、あなたは見掛けない人ですね。このギルドは初めてですか?」


「昨日着いた。オリヴィアという。同じEランクの依頼だから受けられる筈だ。あぁ、それと確認したいのだが……この青真珠というのはどこで採れるんだ?」


「オリヴィアさんですね!よろしくお願いいたします。青真珠に関しましては、王都と岩壁との間にある湖がありましたでしょ?ちょうど半分に別れているアレです。あそこに生息する『湖貝こがい』から採れますよ!けど気を付けて下さいね、中に入っていないものもありますし、ある程度の大きさが無ければ一つとしてカウントされません。それでもこの依頼を受けますか?」


「なるほど、運も絡んでくるということか……。他の依頼書と比べて少し紙が劣化している。誰も受けたがらないということだな」


「そうなんですよね……見つけるにも苦労しますし、いざ見つけても中に無ーい!……って事も有り得ますので、殆どの方々は討伐依頼か違う依頼に目が行ってしまうんです……ここだけの話、依頼されている方も少し困っているようなので、受けていただけるとこちらとしても助かります……」


「ふむ……良いぞ。この依頼受けよう。仮に5個以上真珠が集まったら買い取ってくれ。持っていても私には使い道が無いからな」


「それは勿論!是非とも当ギルドで買い取らせていただきます!受けて下さりありがとうございます、オリヴィアさん!」


「なに、私は冒険者として出された依頼を受けるだけだ」


「ふふっ。行ってらっしゃいませ!」




 純黒のローブに全身を包み込み、顔をフードで完全に隠していながら使い魔らしき者を3匹も連れているオリヴィアに、初対面だというのに訝しげな表情すらなく、にこやかに対応してくれた受付嬢は、一ヶ月以上放置されている依頼を受けたオリヴィアに頭を下げて礼を口にした。


 慣れた手つきで依頼を受けたという情報を紙に書いて記録を録った受付嬢に見送られ、ギルドを出て行った。金属の鎧を着ている者や動きやすいように皮の軽量な防服を着ている者の中で、容姿が解らない程黒に包まれたオリヴィアは周りから少し浮いていたが、誰かが話し掛ける事は無かった。その後ろ姿を見つめる者達が居たことを除いて。


 ギルドを出ると買い物をしている主婦や、友達と遊んでいる子供が走り回っていたり、罅の入った道の補修工事をしている者達などで溢れていた。笑い声が聞こえ、店を宣伝して客の呼び込みをしている声も聞こえる。賑やかだなと思える今日は、清々しく晴れていた。


 大道である大通りを歩いて、王都の出入り口を目指した。馬車だとすぐに感じられたが、徒歩ともなると少し歩く。だが天気が良いので苦とは思えない。そもそも肉体労働なんぞはしない神であるオリヴィアは、歩いて何かを見つけたりするのが意外と気に入っている。当然リュウデリア同伴が前提だが。


 遠くから通り過ぎる店をウィンドウショッピングしながら向かって、門のところへやって来ると、立って警備している門番に入国の証である鉄のタグを見せて外へと出た。中間地点から半分に別れている草原と湖。今回は湖に用が有るので、水が広がる左側へと歩みの進行方向を変えた。




「……さて、貝はどこまで先に行けば居る事やら」


「浅瀬には居ないようだな。それらしきものは見えん」


「んじゃ奥の方行こうぜ」


「……その方が……良いな」


「泳いでいくのか?すまないが、あまり泳いだことが無いから自信ないぞ、私は」


「水の上に立つイメージをしてみろ。その程度の魔法ならば俺が創ったローブでも出来る。簡単な魔法だからな」


「解った。やってみるから少し待ってくれ」


「んじゃ、オレとバルガスは先に行ってるぜー。ひゃっほーい!」




 湖の水が一番浅い場所で、どうしたものかと思案しているオリヴィアに、リュウデリアがアドバイスした。難しい複雑な魔法陣が必要な魔法は行使出来ないが、簡単なものならばイメージ次第で何でも出来る。なのでオリヴィアは、初めての水上歩行のイメージなので、集中する為にフードの中で目を瞑った。


 その間にクレアとバルガスは先に湖へと着水した。乗っていた肩から跳躍して湖の中へ入り、泳いでいる。飛んで探すのも良いが、折角の透明度の高い水なので泳ぎたかったのだろう。腕と脚に力を入れず、体を撓らせて左右へ揺らすことで前へと進んでいく。それが意外にも速いので、クレアとバルガスはあっという間に小さくなった。


 急がなくて良いと、付き添って見守ってくれているリュウデリアが言ってくれたので、魔法が発動するようにしっかりとイメージをする。そして出来たと思った時に一歩踏み出し、水に足を付けた。すると、足は体重を掛けても沈みはせず、もう一歩踏み出しても沈まなかった。問題ないと思ってそこから数歩歩いてみるが、水上歩行が出来ていた。


 見守っていたリュウデリアは、オリヴィアの腕の中で頷いた。ちゃんと出来ているらしい。普通ならば水上歩行なんて芸当は出来ないので楽しくなり、もう少し深いとこまで早足で歩いて向かった。水深2メートル位の所まで来ると、太陽の光に水面が反射して所々眩しく、水面に出来た波の角度で反射が収まって見える水の底は、目を凝らさなくても見えた。小さな魚が泳いでいたり、小さな蟹も居た。


 楽しくてついつい眺めていると、蒼いナニカが横切った。もしかしてと思った時には、ナニカはオリヴィアの足下に上ってきて、ばしゃりと水飛沫を飛ばしながら水上に出て来た。ナニカの正体はクレアで、水が掛かってフードの先から水滴を垂らすオリヴィア。それを翼を使って飛んでいるクレアがケラケラと指を指して笑っていた。




「なーにボーッと見てんだよオリヴィア!寝惚けてんのか?隙だらけだから顔を洗ってやるよ!だははははははははははは!」


「……折角濡れないように水上を歩いて移動したというのに……このっ」


「ぅおっと!やるじゃねーの。けど、魔力の流れで魔法発動のタイミングがバレバレだぜー?」


「じゃあ俺がやってやる。ほら隙だらけだ」


「────っ!?ごぼぼぼぼぼぼぼ……っ!!」




 濡らされたお返しで、下から上に指先を振ってクレアの真下から水の柱を立てた。無理矢理湖の中へ引き摺り込んでやろうと思ったが、魔法は龍であるクレアの方が長けているので、当たる寸前、余裕で回避された。ニヤニヤと笑っていたクレアにイラッとしたが、代わりにリュウデリアが制裁した。


 リュウデリアがやると魔力の流れを悟らせないので、まんまと引っ掛かった。クレアは水で形成された球体に閉じ込められ、叩き付けられるが如く湖の中へと突っ込まれた。流石にズルいと思ったのか、水の中でオリヴィア達に抗議している。


 フードの中でクスクスと笑ったオリヴィアは、両手で耳を指さした後、前でバツを作った。聞こえていませんよというジェスチャーだった。受け取ったクレアと言えば、絶対解ってんだろとでも言うような疑いのジトッとした眼差しをしていた。因みに、リュウデリアも一緒に水上を使い魔らしく四足で歩いている。




「──────ぶはっ!」


「おぉ、バルガス……何を食べているんだ?」


「…っ……ふぅ。……魚が居たから……水中で捕まえて……食べていた。……新鮮で……美味い」


「ほう……俺も後で捕まえて食ってみるか」


「食い過ぎるなよ?」


「分かっている。どれ、では俺も行ってくる」


「そういえば、リュウデリアは泳げるのか?」


「当然だ。スリーシャと別れて100年の間に身につけたからな。龍ならば自然と出来るようになる」




 そう言って水上歩行をするための魔法を解いて水の中へと沈み、クレアと同じように体を左右へくねらせて泳いでいた。水面に顔を出して、魚を食べていたバルガスも、息を吸い込んでまた水の中へ入っていった。下を覗いていると、純黒、蒼、赫の3色が自由に泳いでいた。


 群れている小さな魚の群れに突っ込んで蹴散らし、一気に移動させたり、15センチ程の魚を見つけたら追い回して捕まえ、食べていたりと楽しんでいた。一応依頼で来ているのだが、何も目的に一直線でなくても良いだろうと考え、フードの中で微笑んだ。だがオリヴィアは泳ぐつもりは無いので、適当に水上を歩き、上から貝を探した。




「ふむ……透き通った水のお陰で底まで見えるが、貝が見当たらないな……砂に紛れているのか?探すというのは、結構大変なんだな」




 意外と見つけるのに苦労しているオリヴィアは、そこらを歩き回って水中を覗き込み、貝探しを続けた。だが本当に見つけられない。もしかして物探しが苦手なのか?と自身に対して首を傾げていると、視線の先に純黒が入ってきた。


 水中で泳いでいるリュウデリアが、オリヴィアに気付いてもらえるように視界の中へ入ってきたのだ。どうしたのだろうかと疑問を感じていると、何かを投げる投擲の姿勢に入った。何かを投げるつもりなのかと身構えると同時に何かを投げられ、ソレは水中を真っ直ぐ進んで水面からちゃぽんと音を立てて出て来た。


 力加減が完璧で、丁度目の前の高さへ舞い上がったソレを両手で受け取り、手を開いて中の物を見る。そこには艶やかな表面を持つ、少し透明な青い真珠があった。驚いてリュウデリアの方をもう一度見ると、こちらに向かって手に持った貝を見せていた。そして再び泳いで行ってしまう。他のを探すためだろう。


 受け取った青真珠を右手の親指と人差し指で摘まんで上に掲げ、下から見る。綺麗に出来上がった青真珠は、空に漂う雲を透かして見せてくれた。思ったよりも綺麗な代物だと、感嘆としていれば、後ろから息を吐く声が聞こえて振り向く。そこには貝を手に持ったクレアとバルガスが水中から出て来ていた。




「うおっしゃ、12個見つけたぜ」


「……私は……11個だ」


「良くそんなに見つけられたな。私が見ていても一つとて見つからなかったぞ」


「あー、オレ達は目が良いからな。しかもコイツら砂を被ってるから見難いンだよ。ま、しゃーねーしゃーねー。ここはオレ達に任せな。つーか、リュウデリアどうした?まだ探してンのか?」


「……む、来たぞ」




 両腕の中に持った貝を見せあいっこして数で勝負をしていたクレア達の元まで言って話をしていると、どうやら貝は砂の中に居たらしい。だからオリヴィアは上から見ても解らなかったのだ。流石に砂で姿をカモフラージュしている貝を見つけ出す程目が良い訳では無いので、オリヴィアは残念そうにしていた。


 ここはクレア達に任せようと判断したオリヴィアを尻目に、リュウデリアはどこに居るのかと疑問を口にしたクレア。先程青真珠を投げ寄越した後はどこかへ泳いでいったのを見たが、それからは顔を上げていない。何時まで探しているのだろうと話した時、バルガスが上がってくるリュウデリアを察知した。


 固まっているオリヴィアの所へ純黒がやって来て、顔を出すと大きく息を吸った。そしてその腕の中には、クレアとバルガスが獲ってきた以上の数の貝があった。リュウデリアは滴る水を頭を振ることで飛ばし、クレア達の獲ってきた貝を確認して、ふふんと得意気な顔になった。




「獲ってきたぞ……29個なッ!最後の一つを獲る前に息が続かず断念したが、どうだ?お前達の2倍は獲ったぞ」


「いや絶対ェ魔力は使っただろ。魔法の気配は無かったけどよォ……魔力だけでどうやってそんなに見つけた?」


「……魔力だけとなると……どうやったか……気になる」


「何だ、解らないのか?……フッ」


「お?鼻で笑いやがって喧嘩売っとんのか??」


「……売るなら……買ってやるが?」


「ならば次の息継ぎまでの間に、俺より獲ったならばどうやったかタネ明かししてやるぞ。因みに俺が獲ったこの貝達の中には、全て青真珠が入っている。それも大きめのものだけだ」


「はーーーー?訳が解らないんだが??」


「……絶対に勝って……どうやったか……明かさせる」


「ふふっ。一先ず今獲ってきた貝は私が預かって……次に開始の合図をしてやろう。潜って息継ぎをするまでの間に貝を捕ってくること。魔法の使用は厳禁だぞ。魔力は有りだ。それでは位置について……貝獲り競争開始!」




「「「──────絶対負けん!」」」




 3匹が獲ってきた貝を受け取ろうとしたが、数が多いのでローブの魔力を使って空中に全て浮遊させる。そうして開始の合図として両手をパチンと鳴らした。音が響くと全くの同時に、リュウデリア達は大きく息を吸い込んで水中へと潜っていった。仲良く競争をしている彼等にひっそりと微笑み、待っている間に貝から青真珠を取り出す作業をするオリヴィアだった。







 王都に来てから初めての冒険者に出された依頼だが、やはり幸先が良く、これなるば相当な報酬が貰えるだろうと確信するのだった。






 

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