第270話  魔族とは




 北に位置するエルフが住まう森の前まで、アーラの空間魔法の応用である瞬間移動でやって来たオリヴィア一行。彼女達は戦争の引き金となったエルフの秘密を知るべくやって来た。


 平和的な解決を求めて対話による終戦を試みようとする人間側と、何故か突然として戦争を始め、穏便に事を終わらせようとする兆しがないエルフ。


 戦争が始まる1年前。アーラが言うにはエルフ達の戦争の準備が行われていたという。何もしていないのに、突然戦争を仕掛けてくるのは不自然だ。ましてや、エルフは森から出ることは殆どないというのに、出てきてまでトールストを襲おうとしている。


 さて、これは何だか怪しいぞということで、アーラは独自に調べようとしていた。その際に、嘘偽りを絶対に見破る眼を持つヴェロニカを連れて行く。時同じく、その場に居合わせた事もあってオリヴィア達も同行することになり、現在戦う力を殆ど持たないミリと、酔い覚ましで離れているクレアとバルガスを除いて皆で来ていた。




「さってと、じゃあ入って行きますか!」


「隠密行動だろう?エルフは感知能力に関してはどうなんだ?」


「うーん、そうだねぇ。詳しくはわからないけど、森の精霊の力を借りて物事を見たりする……とは言われてるよ。それが本当なのかわからないけどね。森から出てきたエルフが言うにはそうらしい。まあ、取り敢えず用心するに越したことはないよ!」


「森の精霊の力を借りて……なぁ?」


「お、オリヴィア様っ。私は関係ありません……っ」


「いや、スリーシャのような精霊に探られたら易々と感知されそうでな」




 その場に居るだけで、全ての自然を下に置き女王として君臨する上位精霊スリーシャ。エルフが長年住む森であろうと、スリーシャが今何かを命令するだけで自然は全て従う。つまり、同じような精霊がエルフ達に手を貸していた場合、もしかしたら森が侵入者を報せてしまうかもしれない。


 エルフが敵として立ち塞がったとしても、オリヴィア的に言えば一向に構わないのだが、折角隠密行動をしているからには見つからないまま探りを入れたいところ。


 オリヴィアが軽口でスリーシャのような精霊が居たらもう見つかっているなと言っている一方で、スリーシャは微妙な感情を胸に巣くわせていた。エルフ達にバレないよう、森に命令を下さないように気をつけながら森の状態を読み取ると、あまり良い感情を抱いていないようだった。


 今森に深入りすると、エルフ達にバレる可能性があるのであまりやらないが、森が良い状態とは言えないことを知ったスリーシャ。振り向いたアーラが視界に全員を収め、空間魔法を発動した瞬間景色は移り変わっていた。




「……あれは」


「ここら一帯の森の魔力を少しずつ貯め込んで成長した魔水晶クリスタルだね」


魔水晶クリスタルが成長する事があるのか?」


「ないとは言い切れないかな。魔力を貯め込む性質を持つ魔水晶クリスタルは貯め込んだ魔力が膨大になると形を変えて成長することがあるんだよね。これはその典型。かなり大きいね。相当な魔力が込められてる。肌でビリビリ感じるし」


「……だから、森が疲れていたのですね」




 移動したところはエルフ達が集まって寝食している集落から少し離れた場所。高い木の丈夫な枝の上に乗っているオリヴィア達は、眼下にあるエルフ達の集落よりも違うものに目がいった。


 それは巨大な魔水晶クリスタルだった。魔道具などに使用される物質で、魔力を貯め込むことができる性質を持っているため、魔力を貯め込み魔法の術式を起動させるために重宝されている。しかしその魔水晶クリスタルは巨大だった。目測で20メートルはあろうかという程だ。


 成長した森に隠されて巨大な魔水晶クリスタルは森の外からは見えなかったのだろう。凄まじい魔力を内部から感じ取ったアーラは額に一条の汗を流した。


 魔法を巧みに扱うというエルフ。そんな彼等がこれだけ膨大な魔力を貯め込んでいるとなると、使う用途は1つだろう。十中八九この魔水晶クリスタルを使って強力な魔法を放つはず。そうなれば、王都には確実に大打撃だ。何百もの罪なき人々が死ぬかも知れない。


 思っていたよりも事態は急を要する状態であったことに、アーラは歯噛みした。1年前にはなかったものだ。つまり、この膨大な魔力を貯め込んでいる魔水晶クリスタルはアーラが最後に見た時以来に用意されたもの。もしかしたら1年近く魔力を貯め込んでいたかも知れないと思うとゾッとする。


 1年分の広大な森から抽出した魔力で放つ魔法。いくら王都には外部からの攻撃を防ぐ役割がある厚い防壁があると言えど、絶対ではない。強力な魔法を受ければ崩れて破れてしまう。




「……これはかなりマズいね。早く王都に報せないと。けどその前に……ヴェロニカ、お願いね」


「もう視ています」




 冷や汗を流しながらも、冷静な思考は健在のアーラに嘘偽りを破る虹の眼を使って欲しいと言われるヴェロニカ。だが彼女は既に眼下にあるエルフ達のことを見下ろしていた。光を浴びて虹の色に輝く双眸は真実のみを映し出す。


 鬼気迫る様子で鍛練を行っている、美麗なエルフ達。男も女も関係なく鍛練に明け暮れており、その者達を眺めてもヴェロニカの眼には何も映さなかった。もしかしたらということもあって連れてきたが、これで何もわからなかったら戦争の原因は判らず終いだ。


 何百と居るエルフ達を虹の眼で視たヴェロニカだったが、嘘偽りはなかった。全て真実だった。何の反応も無かったことに首を横に振ると、アーラがはぁ……と溜め息を溢した。明らかな原因があるならばそれを取り除けば戦争が終結すると思ったのだが、そうもいかないらしい。


 無駄足を踏ませてしまったと、小さな声で謝ろうとするアーラにオリヴィアが手を出して待ったを掛けた。何だろうと思っていると、エルフ達が住む木製の住居の中で最も大きな家からエルフの老婆が出てきた。近衛兵として侍らせているエルフが2人居り、ヴェロニカはその3人を見やった。そして、目を細めるのだ。




「……あれは」


「なに?何かあった?」


「私の眼には、今先ほど出てきた老齢のエルフの見た目が皆さんとは違って見えます。あの姿は偽りの姿です」


「何……?ここからだと少し見づらいな……スリーシャ、場所を代わってくれ」


「……?そこからでも見えるはず……あっ!は、はい!今代わりますね」


「ありがとう」




 ヴェロニカの眼には嘘偽りの姿をしているという老婆のエルフ。オリヴィアやスリーシャ、アーラには本当の姿が見えないためどんな姿をしているか判らない。気になったオリヴィアはリュウデリアに助け船を出すために、話し掛けてもアーラにバレないよう距離を取るためにスリーシャと位置を交換した。


 流石に真隣に居たのでは会話を聞かれる可能性がかなり高いためだ。位置の交換を済ませて、オリヴィアは肩に乗っているリュウデリアに小声で話し掛けた。が、肝心の彼は酒が抜けきっておらず体調も悪いため、居眠りをしていた。




「リュウデリア……リュウデリア?」


「ンがッ……何だ?」


「……眼下に居る年老いたエルフが怪しいらしいのだが、リュウデリアはわかるか?可能なら、私達にも見えるように魔法を掛けて欲しかったんだが……眠いなら大丈夫だぞ」


「ッ……ンあぁあ……っふゥ……いや、大丈夫だ。少しうたた寝していただけだ。どれどれ……」




 すかーっと寝ていたリュウデリアはビクッとしながら起き、大きく口を開けて欠伸あくびをしたあと、オリヴィアに言われた通り下を見下ろした。リュウデリアの黄金の瞳が妖しい光を帯び、ヴェロニカの虹の瞳のように偽りの姿を見破る魔法を掛け、老婆のエルフを見た。すると、彼は首を捻って不思議そうな声を喉から出した。




「……どうしたんだ?」


「ふっ……いやなに、久しぶりに見たと思っただけだ。アレはエルフとは似ても似つかんな。魔法で見せてやろう。それと、正体については教えてやるから、ヴェロニカ達に言ってやるといい」


「わかった。ありがとうリュウデリア」


「うむ」




 リュウデリアがパチンと指を鳴らすと、アーラやスリーシャの目に魔法が掛かった。ヴェロニカと同じように老婆のエルフの姿の偽りを見破り、本物の姿を目にした。そして、その姿がエルフとは全く違うことに驚き瞠目した。




「今お前達の目に、ヴェロニカが見ている視界と同じにする魔法を掛けた。本当の姿が見えるようになっただろう?」


「そ、そう……だね。ねぇ、あの老婆って……」




「──────魔族まぞくだ」




 各々の眼に映るのは、顔に皺が多く入り、腰が曲がっていて杖をついて移動していても人の歩行速度よりも圧倒的に遅い老婆のエルフではなく、側頭部から前に伸びた2本の角と薄紫色の肌色をしていて、見た目は20代前半の若い女と言える。


 魔法を使っているようで、幻影を見せているのか、魔族の女は薄気味悪い笑みを浮かべながら背筋を伸ばして普通に歩いている。エルフが住まう住処にたった1人混ざっている魔族。普段森から出ることはないエルフ達が己の意思で出てきて戦争まで仕掛けてくる状況。


 見た限りでも、エルフ達の中で最も発言力がある存在に偽り紛れ込んでいる。これを見て無関係だと思う者の方が少ないだろう。




「魔族ってこんなところに居るものなの……?」


「すみません。私は魔族についてあまり詳しくないんです。それに関する本が殆どなかったもので……」


「私も冒険者だった頃でも1度も目にすることはありませんでしたので、詳しくありません」


「んんっ。では少し教えておこうか。魔族というのはだな──────」




 魔族とは、魔物とは違った独自の進化を行ってきた種族を指す言葉である。魔物と魔族を混合してしまう者が多いが、決定的なのは言葉を介するほどの知恵を身につけ、且つ魔力をその身に宿していること。魔物よりも多種多様な魔法を扱い、魔族という種族の中でも分類によっては非常に強靭な肉体を持つ者が居る。


 純粋な人間。亜人に分類されるエルフや獣人とは違った種族の1つであり、他者とはそう簡単に武力で争わないエルフとは違って好戦的であり狡猾。物語などで人間の敵として描かれるように友好的な者は非常に少なく、己の欲望に従い他者を蹂躙しようとする傾向にある。つまりは、少なくとも人類の敵であるということだ。




「あの魔族がエルフにいらない情報流して戦争を引き起こさせた……って考えてよさそうだね」


「恐らくは。姿を偽って混じるくらいですから良からぬ事を考えてのことでしょう」


「さてどうする?この事を報告した方がいいのではないか?」


「そうだね。決定的な部分は見れたから、今日は取り敢えずこの辺で──────ッ!?」




 ギラリ……と、老婆のエルフに扮した魔族の女の視線がアーラを突然捉えた。本当に突然だった。各々が完全に気配を消しているというのに、上を向いてぴったりとアーラと視線を合わせたのだ。それも、本物の姿の方で弧を描くように面白そうとでも言いたげな深い笑みを浮かべたのだ。


 背中に薄ら寒いものを感じ取ったアーラは、見つかった、目が合った等といったことを考えるよりも先に魔法を起動していた。視界に映るものを視界に映るだけの距離瞬間移動させる空間魔法。それを連続使用してエルフの住処周辺から脱して森の入口までやって来ていた。


 冷や汗を流し、アーラは膝を付きながら少し粗めの息を整えようとしている。突然視界が変わったかと思えば森の入口に戻ってきていたヴェロニカ達は少し驚いたが、魔族の女が振り返っていたのを同じく見ていたので緊急退避したのだとすぐに察した。




「はぁ……はぁ……マズイね。全面戦争の引き金引いちゃったかも」


「可能性はかなり高いと思います。恐らくこちらが姿を見破っていることは察せられしまったでしょう。そのような印象をあの刹那で感じました」


「だよねー。……気づかなかったけど、あの魔族は相当強いと見た。隠してたけど最後に気づけたよ。内に秘めてる魔力がすごい。なんて魔力なの……」




「リュウデリア、あの魔族の魔力はどのくらいのものだったんだ?」


「アーラの約10倍と言ったところか。まあ、悲観するほど多くはない」


「『英雄』になれると言われていたアーラの魔力の10倍だろう?十分多いと思うがな」


「俺からしてみると……だ」




 どうでもよさそうに欠伸をしながら答えるリュウデリアに、用は済んだから寝ていても良いぞと言うオリヴィア。興味が欠片もなさそうな彼等に苦笑いしながら、人間はこれから大変なのだろうなとしか思っていないスリーシャ。ヴェロニカはガントレットが使えるような魔物が居ないか周囲を見渡していた。




















「──────へぇ。あの様子だとウチの姿が見えてるみたいだったね。面白いじゃん。アホなエルフに準備させるのも飽きて丁度良い機会だし、攻め込ませるかぁ……」


「大婆様。何かありましたか?」


「何も無いよ。ただ……──────そろそろ人間共に我々エルフの力を見せてやろうと思ってねぇ。さあお前達、広場に全員呼んでおくれ」








 ──────────────────


 魔水晶クリスタル


 魔力を貯め込む性質を持っている。そのため、魔力を持たない一般人が魔法を使えるようにする魔道具に内蔵され、重宝されている。


 許容量を超えた魔力を注ぎ込んでも溢れるか砕けるかなのだが、時々限界以上に貯め込まれた魔力を使って成長することがある。





 魔族


 魔物とは違った独自の進化を行ってきた種族を指す者達のこと。魔物と魔族を混合してしまう者が多いが、決定的なのは言葉を介するほどの知性を身につけ、且つ魔力をその身に宿していること。魔物よりも多種多様な魔法を扱い、魔族という種族の中でも分類によっては非常に強靭な肉体を持つ者が居る。


 純粋な人間。亜人に分類されるエルフや獣人とは違った種族の1つであり、他者とはそう簡単に武力で争わないエルフとは違って好戦的であり狡猾。物語などで人間の敵として描かれるように友好的な者は非常に少なく、己の欲望に従い他者を蹂躙する傾向にある。





 魔族の女


 アーラの総魔力量の約10倍の魔力を内包している。『英雄』にすら届くとされていたアーラに目が合った瞬間退避を選択させるだけの存在感を持つ。





 オリヴィア&スリーシャ


 人間とエルフが戦争を起こそうがどうでもいい。めちゃどうでもいい。





 リュウデリア


 体調不良中。ジッとしていると眠くて寝ちゃう。


 意外にも魔族に会ったことがある。



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