第269話 空間系魔法の天才
「──────にしても、何で戦争なんかおっ始めようと考えたのかねー。トールストは別に敵視してないのに。あ、森に手を出そうとかも考えてなかったからね?彼等の生き方を尊重しましょうみたいなところあったもん」
「実際に見ていないので何とも言えません。それで、アーラさん個人は私に何を頼もうとしていたのですか」
「おっと、何で戦争が始まったのかの確認したら忘れるところだった!えぇっとね、アタシとしても何が原因で戦争を始めようとしたのか曖昧なエルフ達と戦うのはちょっと反対なの。戦うならせめて、明確な理由が欲しいわけ。そ・こ・で!ヴェロニカにちょーっと手伝ってもらおうと思ってさー」
「エルフが好戦的になった理由を探ることに……ですか?」
「そうでーす!ピンポーン!大正解!」
親指と人差し指を使って丸を描いてピンポーンと言いながらニッコリ笑う。ギルドマスターとしては、国王から言われてしまっている以上いくらか冒険者を戦争に向かってもらうよう指示を飛ばさなければならない。
しかしアーラ個人としては、エルフを無闇矢鱈と殺したくはない。なので、曖昧になってしまっている理由を、今回の明確にしようと考えた。もしこれでエルフ達が話し合った結果の戦争だとするならば仕方ない。アーラも覚悟を決めて冒険者達を向かわせる。違うならば原因究明を行い、解決したいと考えていた。
そこで実力があり、アーラ個人の動きに手を貸してくれそうな親しい人物をスカウトしようと決め、ヴェロニカに声を掛けようとしていたのだ。
「大人数では行けない。少数精鋭で、それもあくまで戦闘じゃなくて隠密行動で事の詳細を曝く。ヴェロニカ、手伝ってくれない?お願いっ!」
「……申し訳ありませんが、私は今他にやるべき事がありますので……」
「まあ待てヴェロニカ。別にいいんじゃないか?エルフのところへ行ってみても」
「オリヴィア様……ですが……」
「ギルドには顔を出した。ついでに適当な魔物の討伐依頼を受けようと思っていただけだ。急ぎの用事という訳でもない。無論、報酬は貰うんだぞ」
「……わかりました。では、アーラさんの話に乗ろうと思います」
「いいの?やった!それと、ヴェロニカに頼んだ後に言うとついでっぽく聞こえちゃうけど、オリヴィアとスリーシャもどう?手伝ってくれる?」
「ヴェロニカは『英雄』にすら届くと謳われている以上実力は折り紙つきなのは当然として誘うに値する。しかし私達を誘う理由はなんだ?私はSSランクどころかAランク。スリーシャに至っては最近冒険者登録をしたばかりだ。足を引っ張るやもしれんぞ」
『英雄』は謂わば、亜人種を含めた人類の最高峰の実力者達。その中に片脚入れていたヴェロニカを作戦に誘うのは理解できるが、オリヴィアは自分達を誘おうとしている理由がわからない。
当然、オリヴィアやリュウデリアの真の姿や立場を把握している者からすれば『英雄』どころの話ではないのだが、アーラはその事について知らない。なのにヴェロニカと一緒に居るだけで誘ってきた。それが少し気になった。
膝の上にリュウデリアを置いて優しく撫でながら、フードに隠れた朱い瞳でアーラを見るオリヴィア。真っ直ぐの視線を受けていながら、アーラはニッコリと笑みを浮かべた。
手を上げて人差し指で膝の上のリュウデリアを指す。彼女は会ったときから、オリヴィア達が只者ではないことを知っていた。
「オリヴィアが撫でてるその使い魔、リュウちゃんってめちゃめちゃ強いんじゃない?」
「何を以てそう思った?」
「ミリちゃん寄せるときに目で追いかけてたからさ、うわやばぁって思って。あとは勘?これでも元SSランクだからね!」
「ふーん。まあ別に(正体は除いたとして)隠していないがな。リュウちゃんは強いぞ。私やスリーシャよりもな。今はちょっと体調が悪いが」
「え、どうして?」
「酒の飲みすぎだ」
「使い魔ってお酒飲むんだ……しかも二日酔いするんだ……」
Aランク冒険者してるオリヴィアよりも強いんだ……気配で強いことは知ってたのに契約者より強い使い魔って……と思っていたら二日酔いで体調不良である。何だそりゃと思ったが、だからずっと身動き取らずジッとしていたんだねと言って笑った。
スリーシャやオリヴィアの事も本人が強いことは知っている。これもまた気配で読み取り、勘にも出ている。この勘は良く当たる上に何度も冒険者時代には救われたので、アーラ的には勘に従わない理由がない。
もし仮にヴェロニカと一緒に居るオリヴィア達が弱かったら誘うことはなかった。それだけエルフ達の住む森に潜入することは危険を伴うからだ。エルフ達も1人1人が強く、戦争で気が立っているので万が一見つかったりでもしたら大変なことになる。なので中途半端な強さでは誘えない。
「で、どうかな?もちろんオリヴィアとスリーシャにも報酬は出すよ?結果がどうであれね」
「タダ働きするつもりは最初からないからな。私としては構わない。スリーシャはどうする?」
「私はエルフを一目見ておきたいので構いません。ミリは……どうしましょう……?」
「ミリちゃんはちょっと危ないから、お留守番かなぁ?」
「わ、わたしたたかえるよ!?これでもすごくつよいんだから!」
「でもなぁ、ちょっと怖いかなぁ……?」
「やだやだ!おるすばんはやだ!わたしもいっしょにみんなと──────すやぁ」
「リュウちゃん躊躇いなく眠らせたね?」
「……フンッ」
リュウデリアが居れば万が一は無いのだが、今は少し体調不良なので、彼自身万全な動きができるとは思っていない。そしてミリはまだ弱く戦う頭数には入れられない。一緒に連れて行ってはぐれでもしたらもうアウトだろう。
なので心苦しいが留守番してもらうしかない。アーラは困ったような笑みを浮かべながら掌の上で変わらずクッキーをむしゃむしゃしているミリに、留守番して欲しいと言うのだが、当然駄々をこねる。此処で1匹で居るのは嫌だろう。絶対連れて行ってもらおうとするが、リュウデリアの黄金の瞳が妖しく光った。
魔法を発動させて強制的に眠らせる。リュウデリアの高度な魔法をミリが弾ける筈もなく、そりゃビックリなほど一瞬で眠りに落ちた。いっそ芸術的な程綺麗にぱたりと倒れて眠ったミリに、アーラは苦笑いだった。仲間だろうに容赦ないねと。
「えーっと、テーブルで寝かせるのは可哀想だから、洗ったばかりのタオルを畳んで厚み持たせて……ソファの上に置いてあげれば大丈夫かな?」
「あぁ。そのくらいすれば大丈夫だろう。恐らくリュウちゃんは帰ってくるまでミリを眠らせておくだろうから、寝違えないようにすればいい」
「そこまでするの?」
「起きて私達が居ないと勝手にどこか行く可能性がある。そうなると後がめんど……大変だ」
「いやもう言っちゃってるからね?」
「ミリは美味しいものが好きなので、また何かあげれば気を取り直してもらえますよ」
「そっか!なら、アタシが隠してるとっておきのお菓子を後であげちゃおっかな。それじゃ、早速行ってみよー!」
「お前も行くのか」
「え?そりゃもちろん!あ、激しく動けないからそこが心配?そこは心配ご無用。アタシが居ると移動が大分楽になると思うよ~」
「ふーん?」
最近はずっとギルドマスターの仕事が立て込んでいて書類仕事しかしていないから、偶にはこういうのも必要だよねと言いながらソファから立ち上がり、軽い足取りで歩き出したアーラについて行く。
オリヴィアはてっきりアーラは行かず、ヴェロニカや自分達に潜入を任せるものとばかり思っていた。そもそも昔の負傷によって激しい動きができないというのだから、安静にしていた方がいいのではないかとも思う。
まあこれでもし激しい動きをせざるを得なくなり、結果アーラが死んでしまったとしても心は一切痛まないが、一緒に行って邪魔になるくらいなら最初からギルドで待っていればよかったのに……と後から思わせてくるのはやめてほしいものだ。そんなオリヴィアの考えを、アーラは行動で覆した。
「さーてさてさてぇ。エルフ達が居る森は、此処から北に向かった先にあるよ。歩いていくと数日掛かっちゃうから、アタシが連れて行ってしんぜよう!」
「浮いて飛ぶのか?」
「おっしい!けど飛ぶっていうのは正解。正確には──────跳ぶだけどね」
「何?……ッ!これは……」
アーラに合わせて、ギルドから歩いてトールストの正面門までやって来たオリヴィア達。エルフが住むという森は、此処から歩いて数日の位置にある。だがそんな時間を掛けてはいられないので、今回はアーラが移動を手伝ってくれるという。
となると、全員を浮かせて飛んでいくのかと考えたオリヴィアだが、それは全く違った。アーラがニッコリと笑いながら指を鳴らした。すると全員の見ている景色が数度突然切り替わり、目前に森が広がっていた。オリヴィアとスリーシャは少し驚いている。それを気配で感じ取ったアーラは得意気に胸を張った。
「驚いてくれてるねぇ、ありがとう!それだけでアタシはご飯いっぱい食べられるよ!」
「今のは……」
「アタシは空間系の魔法の使い手なんだー。かなり高度な魔法なんだよ?今使ったのは場所と場所を結んで転移したの。間の空間の省略だね!どうどう?初めて見た?初めて見たでしょ~?」
「確かに(リュウデリア以外に使っている者を見るのは)初めてだな」
「私も(リュウデリア以外の瞬間転移は)初めて見ました」
「いいねいいね!そういう反応大好き!」
「ですがアーラさんの瞬間移動は制約として明確に見える場所までが範囲と決まっています。なので先程の目に映る場面が何度か切り替わったのは、森までの間で数度瞬間移動を繰り返していたからです」
「タネ明かしされちゃった……アタシが言いたかったのに!」
「ではミリがリュウちゃんのところから移動していたのはこの魔法によるものだったのか」
「正解!そゆこと~。移動させるものを設定したら、見えてる場所まで瞬間移動!だからぱっと見消えたように見えた……でした!」
「軽く説明されましたが、この魔法でアーラさんは数々の高ランクの魔物を屠り、数え切れないほどの危機に瀕した冒険者を救ってきました。SSランクというのは、なるべくしてなったんです」
「褒められると気持ちいいねっ」
ピースしながらケラケラ笑って自身の使っていた魔法の説明をしたアーラに、オリヴィアはその魔法の難しさを使い熟している様子に内心舌を巻く。
1度見た場所ならば何処へでも行けるリュウデリアの瞬間転移とは違い、設定したものを見える位置に限り瞬間移動させるアーラ。空間系の魔法はかなり難しいとクレアとバルガスから聞いている。だからあの2匹は使わないとも。
元SSランク冒険者。またの名も『
──────────────────
アーラ
元SSランクであり、『
オリヴィア&スリーシャ
リュウデリア以外で瞬間移動する者を見るのは初めてで驚いていた。だからミリがいつの間にかアーラの掌の上に乗っていたのかと納得したし、高難易度魔法なのに人間が扱うとは……すごいなと思っている。
リュウデリア
自身の以外で空間系魔法を人間がしっかりと使い熟していることに感嘆としている。ミリを瞬間移動している時に目で追ってしまったのを指摘され、今度から気をつけようと思ってる。
ミリはうるさいので眠らせて黙らせた。
ミリ
すやぁ……。
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