第268話  戦争が始まる前




 現役冒険者時代のヴェロニカの先輩であった、現ギルドマスターのアーラは元SSランクの冒険者であった。派手めな格好をしているが、困っている冒険者や人には優しく接する。それ故に大変慕われたギルドマスターだ。


 ヴェロニカは資金集めをするだけが目的で、龍神信仰の教会を建てられれば良かっただけ。金が貯まれば必然的に冒険者として動かなくなる。アーラは高ランクの魔物との戦闘により重傷を負い、激しく動くことができない体になった。その時点で現役の引退。


 しかしアーラより前に務めていたギルドマスターが、仕事が出来るアーラに声を掛け、次のギルドマスターとして就いた。ヴェロニカも冒険者として動かなくなってから会っていないので、数年ぶりと言える相手。元気そうで何よりだという思いだった。




 ──────ほう……魔法を使うのか、この人間。精度も良い。現役から退いたという割には“衰えた”ということはなさそうだ。動けないならば動けないなりに動いている……ということか。




「ミリちゃん。クッキー美味しい?」


「うん!あまくてさくさくで、すごくおいしい!」


「そっか、良かったぁ。まだまだあるから食べて良いからね。食べてーって貰うは貰うんだけど、多すぎて食べきれないんだよね。食べすぎると太っちゃうしさ。アタシは運動できないから、1回太っちゃったら大変大変。あ、オリヴィアもヴェロニカも食べてね!」


「貰おう」


「いただきます」


「い、いただきますっ」


「……リュウちゃん。食べられそうか?」


「…………………。」


「そっか。ではやめておこうな」




 酒を吐き散らかして喉がまだ少し気持ち悪いリュウデリアは、オリヴィアに差し出されたクッキーに首を横に振り要らないと伝えた。クレアやバルガスが元の大きさに戻って体調を戻そうとしている時に、1匹だけ使い魔サイズでいるリュウデリアからしてみれば、飲み食いはあまりできないのだろう。


 早く体調が良くなると良いなと言いながら、オリヴィアは差し出したが行き場のなくなったクッキーを自身の口に入れて咀嚼する。甘すぎない、ほのかな甘みのサクサク食感のクッキーは美味しい。彼女は食べながら、膝の上のリュウデリアの頭から尻尾までを優しく撫でた。


 ミリは相変わらずニコニコ笑っているアーラの掌の上でポロポロ溢しながらクッキーを頬張っていた。それはとても微笑ましい光景に見えるが、スリーシャは内心アーラに驚いている。


 リュウデリアにイタズラしてお仕置きをされていたミリが、いつの間にか彼女の元に居たからだ。全く見えなかった。魔法なのだろうが、どういったものなのかまだわからない。そんな芸当を息をするように行うのだから、目の前の人間が相当の実力なのは、元SSランクということもあり察せられた。




「いやー、それにしてもヴェロニカが誰かと行動するなんてね。アタシ人違いしちゃったかと思ったよ。いつも1人で動いてたのを見てた分余計にね」


「1人の方が効率良く資金を集められたからです。周りはアーラさんを除いて足手纏いの方々ばかりでしたから」


「一応それなりに強い人達居たんだけどなぁ……」


「アーラさん──────本題に入ってくださいますか。オリヴィア様やスリーシャ様にあまり時間を取らせてしまうのは避けたいので」


「……あははー。やっぱりバレちゃうよね?」




 ペロッと舌を出して、いたずらっ子のようにお茶目な笑みを浮かべたアーラは、佇まいを直してしっかりと向き合った。そこにはヴェロニカの先輩であるアーラではなく、多数を束ねるギルドマスターとしてのアーラが居た。


 どうやら接触してきたのは何かあったから……らしい。気配で何となく感じ取っていたオリヴィアは、リュウデリアを撫でながら聞く姿勢だけを見せていた。スリーシャもそれにならい、話は親しい仲であるヴェロニカが進めることになる。




「ヴェロニカが今日ちょうど良く来てくれたからこうして接触した訳だけど、本当は近い内に龍神信仰教会に直接行くつもりだったんだ」


「何故でしょう」


「そういう“お達し”でさ」


「なるほど──────エルフとの戦争に加わって欲しい、ということですね。それも国王様からの勅命ちょくめいでしょう」


「本来冒険者ギルドは国からの命令は聞く必要がないんだよね。ギルドを置かせてもらう代わりに、出された仕事は引き受けるという利害関係にあるから。でも内容が内容でさ。戦争ともなるとそうも言ってられないんだよね。勅命って聞くと命令みたいになるけど、実際は強めのお願いだよ。いい加減エルフとの戦争も終わらせたいみたい」




 国が冒険者ギルドを建てているのではなく、冒険者ギルドが国に許可を得て建てているというのが正解。つまり国の一部のようで、あまりそうとも言えない。置いてもらう代わりに仕事を振られれば受けるという契約だ。なので命令という形は取れない。


 今回アーラがヴェロニカに接触したのは、現在王都トールストで発生しているエルフとの戦争についてだった。いい加減この戦いをどうにかしたいと考えていた国王は、『英雄』にすら届くと謳われたヴェロニカに動いてもらえるようにアーラを呼んで説得した。戦争という重い事態なので、命令という形になってしまったが実際は押しの強い頼みというものだ。


 しかしこれを突っぱねても別に良いことはない。戦争はトールストで行われていて、冒険者ギルドは王都に建てられているからだ。必ずしも無関係とは言えない。現に今、戦争による影響で物価の上昇や兵士の減少が問題になっているのだから。




「Aランクとはいえ、目覚ましい活躍を聞いてるよオリヴィア。多分、もう少ししたら声が掛かるんじゃない?まだ冒険者なり立てのスリーシャは別だけどさ」


「度々冒険者も隊列に加わっていると聞きますが、今回の事は私のみに声が掛かったのでしょうか?」


「んーん。ウチの冒険者全員だよ。特別な事情が無いならば参列して欲しいってさ。ヴェロニカは特別。最高戦力だからね」


「そうですか。……そろそろアーラさんのお話を聞かせていただけると嬉しいのですが」


「……?何のこと?」


「惚けなくて結構です。今までの話はあくまで、国が戦争のために私の力を欲しているという報告です。アーラさんのお話はまた別のものでしょう。いえ、戦争とは無関係ではないと言うべきですか。それで、どうなのでしょうか。嘘や誤魔化しは意味がないですよ。私の眼は見破りますから」




 対面して座るアーラの目を真っ直ぐに見つめるヴェロニカ。彼女の虹色に輝く美麗な瞳が嘘や誤魔化しを看破する。それは魔法や行動に限らず、言葉でのやりとりに於いても発揮される。ヴェロニカを相手するならば、終始真実のみで対峙しなければならない。


 その力の凄まじさは、あのリュウデリアの魔法をも初見で見破っただけのことはあり、昔には罪人の取り調べの際に助力を求められ、事件を解決した実績もある。謂わば、虚偽に対する絶対の抑止力。虹色の瞳はアーラを見つめて離さない。


 数秒見つめられたアーラは、小さく息を吐いて両手を挙げた。降参の意思を見せたのだ。別に隠していた訳でもなく、隠そうとしていた訳でもない。久しぶりに再会したので、ちょっとやってみたくなっただけだった。それを正直に話して、顔の前で両手を合わせて謝罪した。




「ごめーんって!ヴェロニカに会ったら絶対やろうって決めてたの!にじ真眼しんがんは相変わらず健在だね!」


「それで、内容は?」


「せっかちだなぁ。んんっ。ヴェロニカ達はさ、このトールストでエルフと戦争を始めてどのくらいになるか知ってる?」


「私とスリーシャはこの王都の住人に1年ほど前から戦争を行っていると聞いたが」


「私もその認識です」


「うん、正解。1年くらい前だよ」


「含ませる言い方をするではないか。戦争以前のものは既に1年前から始まっていた……と?」


「そう。戦争が始まったのは約1年前。けど、




 実際に戦争が始まるのと、戦争を行うにあたって必要な物を準備し態勢を整える準備期間はまた別物。つまりエルフは、戦争が始まる1年前から既に戦争に対する姿勢を取っていたということになる。ただ、これには少し不可解な点がある。相手がエルフであるからこそともいえる点だが。




「……それは」


「うん、おかしいよね。エルフは森人もりびとって言われるぐらい森から離れることはない亜人種。中には見聞を広めるために森から出て普通に外で生活しているエルフも居るけど、大体は森から出ることはない。森の中で生まれ、森と共に生きる種族。そんな彼等が戦争が始まる1年も前から準備しているのは既に変なの。両者間の仲は良くもなければ悪くもない。そんなものだったのにね?エルフが明らかに敵視してる」


「エルフがトールストを敵視しているのはわかった。だが、それなら何故この国は態々エルフの住む森へ行軍している?森から出て来ないならば放って置けばいいだろうに」


「それがねぇ。普段は森から出ないクセに、戦争になると出てきてトールストに攻め込むって言うんだよねー。エルフは魔法の扱いに長けた種族。攻め込まれたら外壁なんて魔法でドカン。住んでいる一般市民に被害が出るかも知れない。だから国王は、話し合いによる終戦の方向を視野に入れながら軍を向かわせてるの。冒険者は謂わば魔法対策の1つだね」


「トールストにとって争う理由はあまりない訳だ」


「まあね。広大な自然を破壊するつもりはないし、エルフみたいな亜人種を敵視してる訳でもない。むしろ友好的にいこうとしているくらいだよ?でもエルフ達が争いの姿勢だと、そうもいかないよねっていう感じ?」


「そ、そういえば……アーラさんはどうやってエルフ達が戦争の準備をしていると分かったのですか?」


「え?あーそれ?へへっ。魔法でちょっと森の中のエルフの住居に侵入してきてさ。めちゃめちゃ物騒で剣呑な雰囲気で訓練とか物質の製作してるの見たからね!いやー、あれで見つかってたら戦争開始の原因になっちゃうところだったね!」


「何をやっているのですか……」




 てへぺろをしながらケラケラ笑っているアーラに、ヴェロニカはジトッとした目を向けながら呆れた。思いつきで行動する時が偶にあるので、それに付き合わされたことは何度もある。この人も変わらないなと思いながら、話しの続きを促したのだった。






 ──────────────────



 国と冒険者ギルド


 冒険者は一般市民には含まれない。移住権や永住権を得ているなら話は別だが、市民と冒険者は別物。国にギルドを置くことと敷地分の税金を払うことを条件に、仕事をさせてもらっている。もちろん国の方から依頼が来ることもある。


 オリヴィアが以前国の周りに形成されていた壁を修復する依頼が出されたが、それが国からの依頼の尤もたる例。


 国が冒険者を法に則り裁くことはできないが、冒険者協会に事の詳細を送れば然るべき罰が与えられる。除名された場合、冒険者ではなくなるので国の法に則り罰を与える事が即座にできる。ただしこれは、相当仕出かした時の場合。除名の決定権はギルドマスターも持っている。不当な除名を行った場合は、当然ギルドマスターも処罰される。


 そのため、冒険者ギルド内には必ず1人、冒険者協会から派遣された監視役が居る。誰の味方でもない、常に中立公平な立場から見ており、何かあれば冒険者協会に報告を行っている。





 アーラ


 戦争が始まるかも知れないことを戦争開始の1年前から知っていた。魔法でエルフ達の住処に侵入して盗み見していたため。


 行った理由は、エルフに会いに行こう!と思い立ったから。そしたら負の気配を感じ取ったので忍び込んだ。





 ヴェロニカ


 偶に思いつきで行動するんでしたね、この人……。と、アーラの事について思い出していた。


 魔法による幻影や誤魔化しの他に、会話による嘘なども見破ることができる真眼。そのため、国からの依頼されて犯罪者の尋問に手を貸して解決した事がある。何と答えても嘘である限り看破し、真実ならそのままの情報のため。





 リュウデリア


 胃と喉の調子が……というか体調が悪いのでクッキーを食べるのもやめておいた。アーラが極稀にしか見ない魔法の使い手であることを既に看破しており、強いことを察している。


 お前はいつまでクッキー食ってるんだ。





 ミリ


 だっておいしいんだもん!りゅうでりあもたべなよ!はいっ、あげるからあーんして?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る