第267話  ギルドマスター




 冒険者ギルドがざわつく。その理由は数年顔を見せなかった、トールストのギルドの最高ランク冒険者であったヴェロニカがやって来たからだ。


 何かの用事で寄っただけならばまだしも、友人らしき人物と一緒にやって来て掲示板を覗いているということは、数年ぶりに依頼を受けようとしているということ。それならばやはり騒ぐ理由になる。


 ただ、その渦中の中心人物は全く気にした様子はなく、オリヴィア達と共に掲示板に目を向けるだけ。彼女は慣れていた。女1人で冒険者をやり、少し注目を集め、魔力にも頼らず拳のみで頑強な魔物さえ粉々に粉砕する強さで注目度は増し、いつしか『英雄』にすら届くとまで言われるようになった。


 どれだけ強いのだろうかと、興味本位で挑んでくるような冒険者も居た。女が注目されるのが許せず差別的な言動をして絡んでくる者も居た。それらを全て力で黙らせてきたお陰で、こうしたスルースキルを手にしていた。




「オリヴィア様とスリーシャ様がフードで顔を隠す理由がわかりました。お二方は美しすぎるからですね」


「すぐ騒ぎが起こるんだ。だからこうして隠す。スリーシャもな」


「わ、私なんてオリヴィア様と比べたら……」


「おいおい。それはないだろう。自信を持っていいんだぞ。スリーシャは美しいんだからな」


「あ、ありがとうございます」


「折角顔を隠して騒ぎにならないようにしているというのに、私の所為で注目させてしまい申し訳ありません」


「気にするな。ヴェロニカは他国にまで名前が届く人間だ、騒がれない筈がない」


「何かありましたら、私が対応いたしますのでお任せください」


「そうか?なら頼むかな」




 ヴェロニカは申し訳なさそうにしていた。主な目的とすれば、彼女にリュウデリアから与えられた篭手の性能確認だった。なので、あくまでもついでに冒険者ギルドで依頼を受ければ一石二鳥になるという考え。変に注目を集めてめんどくさくなることは避けたい。


 そもそもとして、オリヴィアとスリーシャは騒がれるのと絡まれるのが好きじゃない。前者は単純に鬱陶しいから。後者は人間に迫害されたことがトラウマであまり積極的に関わって欲しくないから。


 加えて言うならヴェロニカも、行動していることに意味がないことがない……つまり予定があって動いているのでそれを邪魔されるのが好きではなかった。冒険者をしっかりとやっていた当時も資金集めのためだけに冒険者になったのに、やれ仲間だの開拓などに誘ってくるのは迷惑でしかなかった。




「──────ハハッ!数年顔を見せていなかった女が今更どんな依頼を受けようってんだ?復帰しようってか?それなら俺が付き合ってやるよ、夜までじっくりとな」




「オリヴィア様。スリーシャ様。私が相手をしますので、依頼の吟味をお願いいたします」


「あぁ。任せたし、任された」




 下品な言葉と共にやって来た男は人間大の大きさになったリュウデリアより少し小さいくらいの背丈をして鍛えられた肉体を持った30代前半程の男冒険者だった。腰につけた両刃の剣はよく手入れがされている。他とは違う雰囲気を纏っていた。


 しかし絡む相手はヴェロニカであり、男は突然話し掛けてきたにも拘わらず失礼なもの言いだった。その視線はシスター服を身につけるヴェロニカの体に向けられていた。程良い大きさを持ちながら引き締まったくびれにするりと長い脚。そして目を引くような美貌。男が放って置く訳がない容姿に、男冒険者は内心舌舐めずりをしていた。




「何の用でしょうか。私達は今、受ける依頼を探している最中です」


「だから手伝ってやるって言ってんだろ?俺が手取り足取りよ。しかも夜までだぜ?もちろんその代わりに報酬は貰うがな」


「結構です。お引き取りを」


「遠慮すんなって!カワイイ奴だなぁ。なーに、俺はこう見えてAランクなんだよ。しかももう少しでSランクに到達だぜ?教えられることは多いんだ」


「それならば私はSSランクなのであなたに教わることはありません」


「だが数年現場から離れてたんだろ?教えてもらわねーといけねぇこととかあると思うんだがなぁ?例えば、男の悦ばし方……とかな」




 クツクツと笑みを浮かべながら、遠慮も何もせず、隠そうとする意思すら見せずにヴェロニカの肢体を舐め回すように見ている男に目を細める。敬語な口調は元からなので、普通に構うなと言っているのだが、一向に引く姿勢を見せない。嗚呼言えばこう言うとはまさにこの事で、彼の頭ではヴェロニカを抱くことしか考えていないようだ。


 冒険者ギルド内での揉め事に、冒険者ギルドは関与しない。ある程度の歳と金があれば誰でも冒険者になることができる以上、どうしても荒くれ者だったり暴力的な者が登録されやすい。なのでこのような輩は居なくなることがない。


 そして、冒険者ギルドでこの手合いの者達に手を焼かされているのは事実。ましてや実力があればあるほど面倒なことになる。なまじ強いからという理由で無理矢理……などという例もある。流石にそれは除名されるが、見えないところでされていることには全て関われるものでもない。


 要するに、このように絡んでいるだけならば冒険者ギルドの方は何も言わないということだ。当人達で解決してくれという方針。しかしヴェロニカは有名人である。強さのみでSSにまで到達した傑物。彼女がどうするつもりなのか、周りのギルド職員や冒険者達は固唾を呑んで見守っていた。


 そこへ、ツカツカと足音を立てながら迷いなく近づき、男の肩に手を置いて無理矢理後ろへ下げる人物が現れた。その人物は数歩後ろに下げた男の代わりに前に出て、ヴェロニカに薄く笑みを浮かべながら頭を下げた。




「ごめんねぇヴェロニカ、このアホが絡んで。イラついたっしょ?でも此処で暴れるのはやめて欲しいんだよね。絶対ギルドの方が無事じゃないからさ」


「……お久しぶりですね、ギルドマスター」


「チッ……おい!いきなり出てきて何のつもりだ?俺は善意で教えてやろうとしただけだぜ?」


「アンタは邪魔。女を抱きたいなら風俗に行くんだね。あと相手悪すぎ。ぶっ飛ばされる前に下がること。いいね?」


「はぁ?俺に命令すんじゃ──────」


「──────さっさと失せろっつってんだよ。優しく言ってやってるんだ、今の内に聞き入れろ」


「……チッ。うっぜぇ」




「あの人間……」


「どうかしたのか、リュウちゃん?」


「あの人間は強いぞ。ヴェロニカと同等くらいの強さは持っているようだ」


「……つまり、冒険者ランクで言えばSSランクはあるということか」




 やって来て凄まじい圧力を醸し出して男を無理矢理下げさせた人物は、身に張りついて美しいボディラインを見せるような赤いドレスを身に纏い、ふんわりとしたカールを描いた金髪の髪をした綺麗な女性だった。まだ若いその女性はこの冒険者ギルドでギルドマスターをしている。


 男はギルドマスターの威圧を受けて悔しそうにしながら荒々しく扉を開けて出て行ってしまった。その後に3人の男が出て行ったので、きっと仲間だったのだろう。止めに入らず離れたところでニヤニヤと笑っていただけなので中身は絡んできた男と同じだろう。


 最初から興味なんてなかったヴェロニカはそちらに一瞥もしないままギルドマスターを見て、小さく頭を下げてお礼を言った。




「ありがとうございました」


「いいよいいよ。絡んだアイツが悪いんだしさ、そっちのお2人もごめんね?他ギルドから聞いてるよ、Aランクのオリヴィアと最近冒険者になったスリーシャだよね?お詫びしたいからおいでよ。ヴェロニカに最近どうだったのか話聞きたいしさ。あ、急いでるなら大丈夫だよ?」


「オリヴィア様、どういたしますか?」


「んー……構わない。そう時間を取らないのならばな。スリーシャは?」


「私も大丈夫です」


「では、少しだけですが」


「お、ホント?やったね!じゃあこっちおいでー。特別にギルドマスター用の部屋に入れてあげちゃう!あ、普通はあんまり入れないから、他の人にはナイショだよー?」




 ウィンクしながら口元に人差し指をあてがうギルドマスターはお茶目な感じがして親しみやすかった。ヴェロニカ達は先導されながら2回へ続く階段を上がってドアをくぐって中に入り、廊下を進んで奥にある部屋に入った。そこは1人用にしては広い部屋になっていて、対面できるようにガラス製のテーブルを挟んだ高級なソファが置いてあった。


 飲み物を用意するから先に腰掛けてと言われたので、ヴェロニカとオリヴィアとスリーシャは腰掛け、リュウデリアはスリーシャの膝の上に置かれた。頭と背中を優しく撫でられ、上に乗って遊んでくるミリを尻尾で捕まえて締め上げた。




「う、うえにのってごめんなさいぃ……」


「フンッ……」




「はい、紅茶。まだ熱いから気をつけてね……って、使い魔ちゃんと精霊ちゃんは喧嘩?」


「いつものじゃれ合いだ。気にするな」


「顔が土の色してるけど……。まあ、ううん。じゃあ気を取り直して、ヴェロニカはアタシのこと知ってるけどオリヴィア達は初対面なんで……アタシはこのギルドのマスターをしてるアーラっていうんだ。よろしくね。わからないことがあったら言ってくれれば相談に乗るから、気軽ーに話し掛けてよ」


「よろしく頼む。知っているようだが、私はオリヴィア」


「わ、私はスリーシャといいます……っ!」


「こっちは私の使い魔のリュウちゃん。イタズラして締め上げられているのが小さな精霊のミリだ」


「も……ゆるじで……」


「あはは……よろしくね!いやー驚いたよ。ヴェロニカが誰かと一緒に居るなんてさぁ」


「ヴェロニカはアーラと少し親しいように見られるが」


「アーラさんは私の先輩でした。とても面倒見が良く、冒険者になり立ての頃は色々と教わりました。元SSランクの冒険者です。私は今でこそ『英雄』に届くと言われていますが、アーラさんが冒険者を続けていればきっと『英雄』になっていたでしょう。それだけの人物です」


「やはー。面と向かって褒められると照れるー。もっと褒めてっ。あと嬉しかったから美味しいお菓子あげちゃう!ミリちゃんもどうぞ?」


「あ、あれ?わたし、いつのまに……?」




 リュウデリアの尻尾で締め上げられていたミリは、いつの間にかテーブルの上に用意されていた甘い匂いのするクッキーを差し出されていた。






『英雄』に届くとまで言われたヴェロニカを以てして、引退しなければ『英雄』に至っていたという元SSランク冒険者のギルドマスターであるアーラは、目を細めているリュウデリアの目を見てニコリと笑った。






 ──────────────────



 ギルドマスター・アーラ


 ヴェロニカの先輩であり、若くしてギルドマスターの座に就いた、見た目の割にめっちゃ仕事が出来る女。元SSランクの冒険者だったが、厳しい戦いの後遺症で激しい動きができなくなったため引退した。


 ガールズバーに居る金髪ギャルみたいな見た目をしているが、仕事には真面目で悩みを抱えた冒険者が居ると相談に乗ってくれる。良くできた性格と親しみやすさから男女問わず慕われる若きギルドマスター。





 ヴェロニカ


 先輩であるアーラが来なければ、絡んできた男のことを殴り飛ばしていた。こういった手合いは1度ぶん殴って理解させた方が早いとわかっているだめ。ちなみに、これを教えたのはアーラ。





 リュウデリア


 アーラにミリを助け出された。強いと思っていたが、それもかなりの強さらしい。やるではないかと思っていたら目が合ったので、少し面白いと思っている。





 ミリ


 泡吹く前にアーラに助け出された。貰ったクッキーは美味しいのでむしゃむしゃ食べている。




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