第271話  戦争が始まった






「──────そうか。そのようなことが……」


「申し訳ありません。私の勝手な行動によりこのような事態に……罰は如何様にも」


「いや、いいんだ。少なくとも近々本格的な戦争になるとは思っていた。そもそもこちらからの和平交渉には全く応じなかったエルフ達だ、予感はしていた」


「ですが……っ!」




 アーラは跪きながら顔を上げて前に居る人物に言葉を返そうとした。が、それを掌を見せることで静止する。王都へ帰ってきたアーラが対面している人物は他でもない王都トールストの最高権力者、つまりは王その人である。


 単独で、それも無断で潜入したら見つかってしまったことと、エルフ達を率いているのが魔族であることを報告していたのだ。王は報告を静かに聞いていた。全面戦争に発展するような、所謂引き金を引いてしまったことを謝罪したアーラに赦しを与えた。


 それは、もうこの事態を止めることなど最初から無理に等しいと以前より悟っていたからに他ならず、アーラが失敗せずとも近い内に攻め込まれるだろうということも予感していた。行軍した兵士達から凄まじい魔力を森から感じたと報告されていたからである。着実に準備を整えていることは推測しており、どうにかしなければとは思っていた。その第一歩として、本格的に冒険者へ協力の要請をしたということだ。




「どうしても罪滅ぼしをしたいと言うのならば、お主も戦いに加わってはくれまいか」


「私が……ですか」


「うむ。昔に脚を負傷し走れん体になったことは知っている。それ故冒険者を引退してしまったこともな。だが、今の状況ではとにかく戦力が欲しい。だがこれは命令ではない。私からの頼みだ。嘗て『英雄』の候補にすら挙がった空間魔法の天才……『空帝』のアーラへの……な」


「……はッ!私が仕出かした事態です。喜んで私も戦争の地に立たせていただきます」


「……そうか。すまないな。脚が不自由だというのに戦わせてしまって。だが許してほしい。私はこのトールストの王として、無辜の民を守らねばならないのだ」


「何を言います。私は元より戦争に参戦するつもりでした。あなた様は何も間違っていません。どうか、心置きなく号令をお願いしたく」




 再び頭を下げたアーラ。王は冒険者に対して命令はできない。だからこそ強制力のないお願いなのだが、それがなくても喜んで戦争に加わると言ってくれたアーラに感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。


 立場的なこともあり、そう易々と頭を下げることができないことが悔やまれるが、精一杯それを表現しようと、感謝の言葉を強く言った。元はと言えば勝手な独断行動をして魔族に見つかった自身が悪いと言うアーラだがそれでも感謝の念は尽きない。


 互いに感謝の言葉を言い合って話の区切りがついたアーラと王は別の話に移った。それは冒険者側でどのくらい戦いに参戦してもらえるのかという話だ。エルフは全員魔法に長けているため、魔法が使える魔導士たる冒険者の助太刀はほぼ必須と言える。もちろん兵士も魔法は使える者達で構成した魔法部隊が居るが、数がそこまで多くないため魔導士の戦力が欲しかった。


 アーラはギルドマスターのため、戦争に参加してもいいという報告を受けている。数にして約20名。それ以外の者は命が惜しかったり、大怪我を警戒して辞退している。中には冒険者になり立ての者まで手を上げてくれたが、新米の、それも戦闘経験の浅いものには荷が重いということで気持ちだけ受け取ったと言う。


 本音を言えばもう少し欲しかったが贅沢は言えない。むしろ20名も参戦してもいいと言ってくれている冒険者がいることに感謝すべきだろうなと、王は小さく溜め息を吐いた。




「しかし、ヴェロニカ殿には申し訳ないことをした。本来冒険者に命令なんぞできないというのに勅命を言い渡してしまった。後にそれ相応の労いはするとして、他にこの者はという者は居ないか?私が直接交渉してもいい。候補が居るなら是非教えてくれ。ヴェロニカ殿程の腕がなくても良いのだ」


「候補……。それなら、最近会ったばかりの彼女ならどうでしょう。私から見ても相当な実力者であり、実績もあります。過去には街を脅かす魔物の軍勢の殆どを1人で蹴散らし、『英雄』ですら手に負えない魔物を屠ったと聞きます」


「おぉ……っ!そんな者が今王都に居ると……っ!して、その者の名は?」


「彼女の名は──────」

























「──────オリヴィア!どう……?手伝ってくれない?」


「断る。興味がない。これはトールストの問題だ。戦いの参列に加わる理由がない」




 アーラは王城から出るとすぐに龍神信仰教会に居るオリヴィアの元にやって来た。もしかしたら善意で手伝ってくれるかも知れないという考えを一刀両断した。それにぐうの音も出ない。王都の住人でもなければ、命を賭けられる程の大恩がある訳でもないオリヴィアにとって、参加してやる義理がない。


 エルフ達が住む森にアーラと一緒に行ったのは、気になっていたエルフを見たかったからだ。それがもう達成された以上見に行く理由はなくなった。バトルジャンキーではないので進んで戦いたいという性格でもなく、リュウデリアも明らかな自分以下との戦いは心躍らないので必然的に気分が乗らない。


 スリーシャはオリヴィア達の意見を元に考えているので戦いに参加することはない。つまり、オリヴィア達に戦ってもらうことはほぼ期待できないということになる。


 アーラは最初報酬金を弾むと言って引き込もうとしたが、冒険者をやっているのは旅をするための路銀を稼ぐ程度の認識なので別に必要としていないと答えられた。そもそもアーラが把握している魔物の大群を退けた時に大金を得ているので、依頼なんぞ当分受ける必要がないのだ。


 まあ尤も、知っての通り龍、神、精霊の人外パーティーなので戦いになったら勝ちが確定するのでつまらない蹂躙劇にしかならない。オリヴィアとしてはヴェロニカが居るだけでもオーバーキルになると考えている。何せその両手にはリュウデリアから与えられた武器がある。




「私を引き入れようとしなくてもヴェロニカが居れば十分だ。そうだろう?」


「はい。私には下賜された至宝がありますから」


「……下賜?至宝?何のこと?」


「近い内に見ることになると思いますので、その時にお見せしましょう。龍神信仰司教としての、新たな力です」


「へぇ……それはちょっと楽しみだね。まあ、見れるのは戦争が始まった時のことだから縁起悪いけど……」




 ヴェロニカの場合はほぼ強制的に戦争への参加が余儀なくされているものの、オリヴィア達の場合は強制力のない任意。アーラとしては是非とも参加してくれるとありがたいのだが、そういうわけにもいかなかった。


 無理強いはできない。だからオリヴィア達のことは諦めるしかない。彼女達曰く、ヴェロニカが居れば十分だろうという強い信頼というか、確信があるようだが、戦力は多いに越したことはないので欲しかったというのが本音なのは仕方ない。


 とにかく、断られた以上はもう追求しない。ヴェロニカが手にしたという至宝とやらが気になるが、確かに戦争が始まってしまうのであれば嫌でも見ることになるのだろう。


 戦争が始まるきっかけを自身が作ってしまっただけに少し複雑に感じながら、親しいヴェロニカの新たな力を見るのが楽しみであるアーラ。







 エルフの住まう森から王都へ帰ってきて王へ報告し、そのたったの3日後のこと。アーラが恐れていたエルフ達との戦争が始まってしまったのだった。

























 始まりは突然にやって来た。元より戦争を始める準備を事前に整えていたエルフ達のことだ、開戦の鐘はすぐに鳴らされると思って警戒すること3日後、アーラの耳に異常事態を報せる警鐘が王都に鳴り響いた。


 街の住人は何だ何だと騒ぎながらざわついている。しかしすぐにエルフ達が攻めて来たのだと察した。何せ王からの知らせを既に聞いていたからだ。近々エルフが王都の方へ攻め込んでくる。巻き込まれないとも限らないので、避難する者は今すぐ避難せよと。


 ただ寄っただけの商人などは巻き込まれることを恐れて知らせを受けたその日の内にトールストを後にした。旅の途中の者や家族が居る者達も続々とトールストを出て行く中で、長年住んでいる者などは変わらず留まっている。


 ヴェロニカ達が居ると言っても絶対にトールストを護りきれるとは言えないのが戦争というものだ。住人は知り得ないが、エルフ側には1年間掛けて蓄えた膨大な魔力がある。解き放たれれば恐らく、大勢の負傷者がでることだろう。中には死人すら出てしまう。そうさせないために、アーラが居るのだ。




「……数はそこまでじゃないんだよね。けど全員魔法を使うのが痛いなぁ……まっ!できるだけ頑張らせてもらいますよー!」




 トールストの外壁の前。兵士達が並ぶその最前列にアーラは控えていた。手には何かの道具を持っており、完全武装した殺気を醸し出しながら森から出てきたエルフ達を見据えている。


 本来ならば森から出ることなく、明確な敵対行動を取らない限りは無闇矢鱈に襲ってくることもないエルフ達が、友好的にいこうとしている人間達に戦闘態勢を整えている。その全ては魔族の仕業であるということをアーラは知っている。


 見た限りエルフの老婆が居ない。もしかしたら行軍してくるエルフ達の中に紛れ込んでいる可能性もあるが、3日前に感じ取った凄まじい魔力の気配を感じ取れない。恐らく別の場所に居るのだろう。魔法で操っているならまだしも、その様子が見られない以上魔族を倒しても戦争は終わらない。


 これは人間とエルフによる、歴とした戦争なのだ。誰も悪くない。悪いのは魔族だけ。なのにこんな戦争にまで発展してしまったことに歯噛みしながら、アーラは覚悟を決めた。


 総勢400以上のエルフ達が一斉に魔力を練り上げ、魔法陣を起動して数多の属性の攻撃魔法を発動した。砲弾のように向けられた数多くの魔法を前に、兵士達は怯える素振りすら見せない。何故なら信頼できる魔導士がこの場に居るのだから。




「見つめろ──────『千眺の瞳マティルス・ベール』ッ!!」




 手に持っていた球体を空に向けて放った。放られた球体は遙か上空まで飛んで行くと静止し、滞空した。そして表面に複数の眼が現れた。所狭しに眼が開かれて周囲を凝視している。その視線の全てが使用者であるアーラに送り続けられる。かなり脳に負荷が掛かるが、これこそアーラの使用する魔法を最大限生かす魔道具。


 エルフ達が詠唱を行って魔法陣を起動させ、統一性を見せない数多くの属性の魔法を放った。数は優に数百を超える。魔法を巧みに扱うエルフ達だからこそ、その一撃は相当なものだ。ましてや戦争なのだから加減する必要がない。本気で魔法を撃ち込む。


 数。内包する魔力。範囲。それらを加味して、着弾すれば相当な痛手だろう。そう、着弾すれば……の、話だ。ことこういった攻撃に対してはアーラに分がある。彼女の得意とする空間系魔法。それも位置と位置を点で繋げる瞬間移動は、制約として視界に映るものにしかその効力を発揮しない。


 人間の視界はそう広くない。しかし、宙に放たれ滞空している魔道具が、アーラの魔法の弱点である範囲の狭さを補う。全方位を見つめる瞳が膨大な数の魔法を視認し、視界の情報を全てアーラに送られる。条件は揃った。アーラの魔法の真骨頂である。




「──────『転送』」




 魔法の進行方向に円状の空間の裂け目が現れる。撃ち込まれた魔法は吸い込まれるように裂け目に入り込み、エルフ達の真上にいつの間にか展開されていた同じ円状の空間の裂け目から、入った魔法が排出された。点と点を繋ぐことで距離を0にする。来たものをそのまま返すことができる魔法。


 エルフ達は突然頭上から感じた己の魔法の魔力に驚きつつ、咄嗟に対する魔法を発動させて間一髪のところで撃ち込み、爆発を起こしながら相殺した。初手で決着をつけられたならそれに越したことはなかったのだが、魔法に長けた種族相手にそう簡単にはいかないかと、アーラは残念そうに溜め息を吐いた。




「ここから先は行かせないよ。アンタ達も魔法も何もかも。そのためにアタシが此処に居る──────この空間はもう、アタシのものだ」




 現ギルドマスター。元SSランク冒険者。呼ばれ、謳われていた二つ名は『空帝くうてい』のアーラ。修得難易度が高いが故に使い手があまり居ないことで有名な空間系魔法。それを極め、空間同士を繋げて操ることを天賦の才で為し遂げる空間系魔法の天才。


『英雄』にも届くとされ、候補にすら挙がっていた歴とした強者。膨大な魔力にも恵まれた彼女は、何人も後ろには行かせないと、指先で魔法陣を描いた。しかしその目は、森の入口に佇む老婆のエルフを強く睨みつけていた。


 また、老婆なエルフの姿をしたその者も、睨みつけてくるアーラに気がついて口の端をゆっくりと持ち上げ、三日月のように口を裂いて笑った。






 ──────────────────



 ヴェロニカ


 二つ名として『葬拳そうけん』と呼ばれていた。対峙した魔物は必ずその拳で葬ることからつけられた。また、盗賊なども同様で、襲ってきた者達を誰1人として逃がしはしなかったという。


 本人からしてみれば、後で報復としてまた来られるのが面倒なだけなのでその場で全員同じ殺していたらしい。





 アーラ


 空間系魔法の天才であり、視界の限界という弱点を魔道具で補うことで全方位の何処でも空間同士を繋げて攻防を一体とすることができる。魔力にも恵まれており、足に負った深傷さえなければ『英雄』になっていたとさえ言われている。


 それ故に国王からの信頼も厚く、冒険者達や住民からも好かれている。





 オリヴィア


 トールストに何か恩がある訳でもないので戦争への参加を断った。トールストが戦争に負けて多くの者達が死んだとしても何とも思わない。





 リュウデリア


 未だにグロッキー。催眠の魔法を掛けて眠らされていたミリに怒られたが、美味いものをあげて取り敢えずご機嫌をとった。チョロいなこいつと思ったが口にはしていない。





 ミリ


 眠くなって起きたら大体全部終わってて拗ねた。美味しいものをもらって、うんと構ってもらうことを条件に許してあげた。


 リュウデリアにお姉ちゃんムーブをこれでもかとかましてやった。ウザがられたが、構ってもらうことを条件に許してあげることにしていたのでムフーっと得意げ。




 わたしのほうがおねえちゃんなんだからね!



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