第272話  大転送




 総勢400にもなるエルフ。一国と戦争を起こすにしては心許ないと感じる数だろう。たったそれだけの数で一国家を落とそうと言うのかと正気を疑うはず。


 しかし彼等、彼女等には魔法がある。全員が魔法に長けており、練度も高い。数秒もあれば複数の属性を持った魔法を放つことさえできるだろう。戦力として優秀すぎるくらいのスペックを1人1人が持っていることになる。


 数で押せそうに思えてそうとは簡単には言えない相手。トールストの兵士達が緊張していたと言うことを考えれば相手の強さが分かるだろう。だが兵士達にはアーラという頼もしい味方が居る。かの『英雄』の候補にすら上がっていたという元SSランク冒険者。現に数々の魔法を空間魔法の応用、転移という形で味方から遠ざけている。


 だが、そんなアーラの額には大粒の汗が浮かんでいた。それは空間系魔法の魔力消費量が多いことや撃ち込まれる魔法の数が多いこともあるが、1番の問題はこのままではエルフの老婆に化けている魔族に勝てるかわからないというものだった。




 ──────流石に一方的に魔法を撃ち込まれ続けるとジリ貧でいつか破綻する。兵士達には前に出て来て戦って欲しいところだけど、いつ転移漏れが起きるかわからない場所にいきなり突っ込むのは心理的に無理だよね。怖いよね、よくわかるよ。でもこのままだと、あの魔族と戦う時に魔力を残しておけなくなる。加えて森から搾取した魔力もある。いざという時のためにできるだけ魔力は残しておきたい。




 アーラが簡単に扱っている空間系魔法だが、実のところ扱うには難易度が高い。座標を瞬時に設定して転移させるものの大きさや重さも魔法に組み込んでおかなくてはならない。でないと転移させる魔法の一部が転移されなかったり、周りの無駄な空間ごと送ってしまい意味のない余分な魔力の消費をしてしまう。要は最善手の精密な魔法コントロールと計算を求められるのだ。


 ましてや、アーラは今魔道具を使用して広範囲の転移を行っている。脳には多大な負荷が掛かっていることになる。アーラ程の魔力があってこその戦法とも言えるこれは、長続きしない。ならばどうするか?相手の戦力を削ればいいのだ。アーラではなく、別の誰かが。




「──────アーラさんにばかり負担していただく訳にはいきません。私も行くとしましょう」




 冒険者ギルドの特出した最高戦力が1人。ヴェロニカは悠々とした立ち姿でトールスト側に立っている。立っているだけで異質な雰囲気を醸し出すヴェロニカに、エルフ達は肌で感じ取った。あの人間は、強いと。


 アーラの瞬間移動されている魔法に加えて、十数名のエルフ達がヴェロニカを狙い魔法を放つ。何故か、その魔法だけは瞬間移動されず、しっかりと着弾した。炎や氷、土といった複数の属性が一度に着弾し、爆発を起こした。しかし魔法が着弾する寸前、薄暗いベールの向こうから虹色に妖しく輝く瞳が見えた。


 エルフ達はゾクリとした。魔法が着弾する寸前に見えたその瞳は何の温度も感じなかった。妖しい光に反して色を感じない。自分達エルフのことを何とも思っていない。それはつまり──────




「──────が……ッ!?」


「私がお相手しましょう。魔法はいくらでもお使いください。私にはもう、意味がありませんから」




 ──────もはや敵とすら見ていないということになる。




 念のため次の魔法の準備をしていた女エルフの腹に拳が捩じ込まれ、背中から衝撃が突き抜けるよりも早く顎にも拳が入れられた。白目を向き、到底人が殴ったとは思えないほど上まで吹き飛ばされていき、どさりと落ちた。


 エルフ達が見たのは、肘から先の腕全体に一目で頑強だとわかる黒いガントレットを装着したヴェロニカの姿だった。異質な雰囲気に合わさり、どこか本能的な恐怖を呼び起こすそのガントレット。


 ヴェロニカは撃ち込まれた魔法に対して手の平を向け、触れた瞬間に握り込んで腕を振った。するとガントレットは撃ち込まれた炎系魔法の熱をものともせず、紙のように引きちぎって掻き消してしまった。純黒のその表面に傷はなく、究極の防御性能を見せつけた。


 正真正銘、龍の鱗で造られた世界に2つとない武器。素材は龍の中でも極めて強く、その他の龍ですら歯牙にかけない最強クラスの個体のもの。今までの所業から『殲滅龍』と称され、最高難度にして最優先討伐指定にされているリュウデリアにより作成された逸品。少し魔法が上手く扱えるだけのエルフの魔法では、傷つけるなど夢のまた夢。魔法すら引き千切るその性能に、ヴェロニカは内心で恍惚としといた。




「な、なんだ……あの女は……っ!」


「怯むんじゃない!奴は空間魔法の女に守られていない!今の内に奴を──────」




 困惑したエルフに活を入れた別のエルフだったが、彼が次の言葉を発する前に後方へ弾き飛ばされていった。一瞬の出来事。魔法に長けた種族でありながら咄嗟の判断も素晴らしい。身に危険を感じた瞬間には防御魔法を使用していた。


 しかしその上から、圧倒的力の暴力を叩き込まれ、顔面を殴り抜かれてその場から弾き飛ばされてしまった。拳を入れたヴェロニカは凛とした表情を崩さない。圧倒的力。単純で純粋な暴力。殴られて顔が陥没してしまっているエルフを見た周囲のエルフ達はゾッとした。


 あの人間の女は他と隔絶とした差が存在する。魔力を感じないからどうとかの話ではない。最大限警戒する必要がある。それに生半可な攻撃ではダメージを与えることすらできないと察した。故にエルフ達は魔力を込めて、各々強力な魔法を放った。しかしそれをアーラは見逃さない。




「なにっ!?」


「こんな時にィ……ッ!!」




 ヴェロニカを狙う魔法は空間魔法で返さない……と思わせた誘導。アーラのブラフに見事引っ掛かったエルフ達は当たる前提で放った高威力の自身の魔法の被害を受けることとなった。寸前で魔法や魔力による防御が間に合ったので誰も脱落することこそないもののエルフ側の体勢が大きく崩れた。


 アーラが後方で控えている兵士達に進軍するように叫ぶ。エルフ側の体勢が大きく崩れた今が兵士達を送り込む絶好の機会。魔法による遠距離攻撃を気にせず前に進める。兵士達は頷き合い、自身を鼓舞するように雄叫びを上げながら戦場を疾走した。






















「──────チッ。あの人間が邪魔だな」


「もう1人の人間の強さも凄まじいぞ。どうする?」


「腹立たしいがオレ達が加勢したところで空間魔法で魔法は返され、近接に切り替えたところでガントレットを付けた女に肉薄される」


「面倒な組み合わせだ。空間魔法の女の魔力切れを狙うか?」


「いや、それこそどれだけ保つかわからん上に兵士共が進軍してきた。数ではオレ達が不利」


「ならば……使?」


「それはあまりにも早くは──────」




 ──────ふーん?いい魔法の練度してる。もう1人の人間はすっごい身体能力。近接ではウチじゃ勝てないね。でも魔力を感じられない。感じるのはあくまであの腕につけた防具。アホなエルフ共じゃ雰囲気でしか感じ取れないだろうけど、凄まじい魔力。あれで常に肉体を強化してるって感じだね。それに信じらんないくらいの魔法耐性を持ってる。アホ共の魔法程度じゃあの防御力は抜けないだろうね。ましてや空間魔法を使ってる人間に返されるって警戒して全力で撃てない魔法じゃ、なおさらね。




 森の中。エルフの住処がある場所の中で1番大きな家の玄関先に立っているエルフの老婆……の姿を偽る魔族。その横には2人の護衛のエルフが居る。彼らは魔法で視力を強化して戦況を第三者視点で見ている。


 第三者視点だからこそ、エルフ達は自分達が不利な状況に陥っていることを自覚する。自分達の力は凄まじい。高い練度の魔法は誇れる。しかしそれが通じないからといって癇癪を起こした子供のようにはわめかない。あくまで事実を受け入れる。だからこそ奥の手を使うかどうか悩んだ。




「──────私が空間魔法を使う人間の相手をするよ」


「──────ッ!?いけません長老!あなた様は我々の長!こんなところで前に出られては……っ!」


「そうです!もしそれで長老様になにかありましたら……」


「じゃあ、あんた達で太刀打ちできるのかい?」


「そ、それは……」


「しかし……」


「反論がしっかりできないなら黙ってるんだよ。変に喋らせて年寄りの体力を使わせるんじゃないよ」


「申し訳ありません……」


「ですがどうか……お気をつけて……」



 護衛のエルフ達はその場で頭を下げる。どうか無事で……と。そんな彼等の言葉を聞いていたのか、いないのかはわからない。何故なら姿を偽る魔族は






















「──────ッ!!出てきたね……魔族……ッ!」


「──────出てきてやったよ、人間」




 森の中から忽然と姿わ現したのは、魔族だった。魔力を感知して魔族がやって来たことを察したアーラは中身が魔族なエルフの老婆に目を向けた。エルフの老婆の背丈よりも少しだけ長い杖を手にして現れた魔族に、額に一粒の汗を流すアーラ。


 森に潜入した時に一瞬感じられた魔力は、隠されていても察してしまう程に濃密なもの。恐らく自身よりも数倍の魔力を持っていることだろう。空間魔法は使うだけでもかなりの魔力を消費する。いくら天才と謳われるアーラと言えどずっと使い続ければすぐに魔力切れになる。


 さぁ、どんな魔法を使ってくる?エルフ達の魔法を返しながら魔族を最大限警戒している。その一挙手一投足を見逃さないように、魔道具ではなく自身の2つの目で観察する。何を使われてもすぐに対応できるように魔法をいつでも起動できるようにする。


 エルフ側で1番警戒しなくてはならない存在。魔族は老婆の姿で口の端を持ち上げ、三日月のように歪めて笑うと杖を少し持ち上げ、先端で地面をコツンと叩いた。その瞬間、アーラは目を瞠目させて真上を見上げた。そこには戦場が影になるような存在があったのだ。




「──────空間魔法を使えるのがアンタだけだと思った?甘いよ」


「──────っ!?は、ハハ……嘘でしょ。信じらんない」




 突然戦場が影になって上を見上げた兵士達。それを見て顔を青くする。視線の先には巨大な山があった。標高1000メートルを超えるかといった具合の立派な山。それが真っ逆さまになって落ちてきていた。あんなもの、普通の人間が受ければ死ぬのは当然。魔力で守ったところでその後窒息死や圧死が待つだろう。


 凄まじい大質量攻撃。兵士達と一緒に見上げたアーラの口から、つい乾いた笑いが漏れてしまった。あんな大きなものを一度に転移させたことなどない。見上げるほどの大きさというか、山そのものの転送。それをこんな軽々と。一体どこから転移させたのか。つまり効果範囲そのものも自身より上?練度でももしかしたら負けているかも。


 頭の中にいくつも浮かび上がる言葉。混乱し困惑する意識。それらを一度投げ捨て、兵士達を襲う魔法の転送一度止める。魔法のリソースを全て1つに纏め上げる。一度瞬きをする間に極限の集中状態に入った。




「──────『大転送だいてんそう』ッ!!!!」




「……へぇ。やるじゃん、人間」




 転送するものの大きさによっても消費する魔力が変わる上に、近くに転送しただけでは被害を受ける可能性がある。なのでアーラは1000メートル級の山をできるだけ遠くへ転送する必要がある。頭の中で繰り返される演算と処理に悲鳴を上げる脳。大出力で意識を持っていかれそうな肉体。それらをどうにか繋ぎ止め、アーラは転送を実施した。


 巨大な円形の空間の裂け目が山の落下先に現れ、呑み込んでいく。演算処理が間に合い、合っていたようで山の転送ミスはなく吸い込まれていく。兵士達は歓喜の声を上げた。流石はアーラであると。歓声を挙げられながらどうにか山の転送を行い、離れたところから轟音が響いた。


 山が人の居ない別の場所に転送されたのだ。魔族はそれを眺めながら、やるじゃんと呟いた。全滅もあり得た攻撃を凌いだことに兵士達の士気も上がる。次は我々の番だと言わんばかりに進軍を再開する兵士達をよそに、アーラは蹈鞴たたらを踏んで後退った。




「やるじゃん人間。けど──────ちょっと集中し過ぎたんじゃない?」


「っ……──────ごぼッ」




 空間魔法の天才アーラ。魔族が転送した巨大な山を逆に転送して被害をゼロにした紛れもない『英雄』級の女性。しかしそんな彼女の腹部には一本の剣が突き刺さり、背中から切っ先が抜けていた。


 突き抜けている剣を呆然と見下しているアーラは、喉まで迫り上がってきた大量の血を吐き出して足元を赤黒く染めた。幻術ではない。本物の剣が腹から入り背中に抜けている。アーラはどうにか顔を上げて魔族を見ると、魔族は老婆の顔でまた三日月に口を歪めながら笑っていた。







 欠けてはならない最大戦力の1人が早々に、欠けようとしていた。







 ──────────────────



 アーラ


 魔族の山の転送をどうにか凌いだ、まさに『英雄』級の存在。しかし相手の方が上手だったがために集中し過ぎたところを狙われて致命傷を受ける。




 ヴェロニカ


 リュウデリアより与えられたガントレットの性能に惚れ惚れとしている。肉体をガントレットの魔力で極限まで引き上げられているので、いつもよりもより速く強い一撃を打てる。エルフの顔面を凹ませた時ですら軽く殴った認識。




 魔族


 エルフの老婆の姿に偽っている。リュウデリア曰く、アーラの総魔力量の約10倍の魔力を有している。


 修得難度の高さから滅多な使い手が居ないとされている、アーラと同じ空間魔法の使い手。それもかなり離れた位置にある1000メートル級の山を軽々と、それも丸々転送してしまう練度を持つ。


 事実として、魔力、魔法練度、共にアーラの上位互換。



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