第273話 転送の応酬
「──────ごぼッ」
「──────ちょっと集中し過ぎたんじゃない?人間」
──────まったく……っ気づけなかった。というか、気づけても『大転送』のせいで防げなかったかも……ッ。まずい。あの魔族めちゃくちゃ強い。あんな簡単に山を転送してくるなんて……しかも多分魔力はあり余ってるだろうし、今出てきたからダメージなんかない。対して私はコレだもん。ちょっと……やばいかなぁ……。
「それよりも……ぐぶッ……応急処置しないとッ」
腹から入り背中から突き出た剣にはあまり触れないようにして空間魔法を起動。柄の部分と切っ先の部分を腹と背中の皮膚ギリギリまで転送して削る。今体内にある刃部分を引き抜くと出血多量で失血死する。
回復魔法なんてものはこの世界に存在しないのでその場しのぎの応急処置しかできない。体の表面くらいまで転送で削った剣を確認したら、ポケットからハンカチを手にして口に加える。次に転送した木の棒に魔法で炎を灯し、その炎を傷口に押しつけた。
「ぎッう゛ぅ゛ッ……ッ!!ん゛ぅ゛ぅぅぅぅッ!!」
「あーらら。痛そうだね」
「んばァ……っ。はッ……はッ……ッ!!あ、アタシはまだ死んでないよ……てかこれからでしょ……ッ!!」
血と涎で粘ついたハンカチを口から外し、ビクン、ビクンと痙攣していたアーラは、顔を上げると大量の脂汗をかきながら笑みを作って挑発してみせた。
剣の刃体内に入れたまま傷口を焼いて無理矢理止血した。きめ細かい綺麗な肌は無惨にも焼け爛れている。しかしそれを気にした様子もなく、笑ってみせるのだ。
まだ戦える。そう言うアーラだが目が霞んでいる。本当なら気絶してもおかしくない怪我だったところを、止血を兼ねて傷口を焼いた痛みで無理矢理覚醒したのだ。しかしそれでも致命傷なのは変わらない。
内蔵も傷ついているので、今すぐに治療しないといずれ死ぬ。だがアーラがここから下がるわけにもいかない。せっかく相手の親玉が出てきたのだ、ここで討てば戦争は一旦止まるだろう。
アーラはそれが最も難しいことを理解している。だがやらねばならないのだ。
大きく息を吸い込んで魔力を漲らせ、魔法を起動した。エルフが放った魔法を転送して魔族に向ける。加えてエルフに近接武器で挑んで無念にも戦場で散ってしまった兵士の武器を転送する。
魔法は魔族の周囲から。転送した兵士達の武器は真上から雨のように降らせる。全方位からの攻撃に魔族はエルフの老婆の姿のままゆっくりと目線だけを動かして周りを見ると、手に持つ杖を少し持ち上げて地面を先端で突く。
「かわいい攻撃ね。これだけだと寂しいから、つけ足してあげる。んんッ……お前達。私に魔法を撃ち込みな」
「はッ!聞いたかお前達!長老様の指示に従え!」
「あー……クソすぎ。あの魔族ほんとキライ」
アーラが向けた魔法と武器は合わせて200にもなるだろう。それを見て魔族は足りないと感じたのか、エルフ達に号令を出した。自身に向けて魔法を放つように。するとエルフ達は長老の言葉であるので従い、兵士達を一旦押しやると魔族に向けて思い思いの魔法を放った。
戦場にいるエルフが一斉に魔法を放ち、それらを転送しつつアーラから向けられた攻撃も全て転送し返した。その数途端に2000にもなった。凄まじい弾幕がアーラの視界を埋めつくしている。数が半端ではない。
宙に浮いている魔道具が視界を共有しているからこそ全て観測できているが、観測できているから一度に全部転送できるわけじゃない。思考処理にも限度がある。アーラは自身に近いものから順に転送していくことにより、どうにか届く前に魔族へ返す。
しかしどうにか返しているものを、魔族は涼しい顔で転送していた。転送をすれば転送されて返され、延々と繰り返す。転送による応酬が始まってしまい、アーラは兵士たちに向かっていくエルフの魔法を転送できなくなった。キャパを完全に超えているのである。
「今だッ!魔法を撃ち込めッ!!」
「制限する必要はない!最大火力だッ!」
「奴らを殺せッ!」
「長老様があの人間を抑えてくれている間にやれッ!」
「ま、まずいぞッ!退避!退避ィッ!!」
「がああああああああああああッ!!!!」
「ダメだ!範囲が広すぎるッ!!」
「助けてくれ誰かっ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
エルフは魔法陣を展開し、爆炎や氷結の魔法などを兵士達に向けて加減なく撃ち込み始めた。アーラは今2000を超える転送の展開で手を伸ばすことができない。故に兵士達は爆発で体を粉々に吹き飛ばされ、燃やされ、氷漬けにされて砕かれ、魔法の風で切断される。
エルフが扱う魔法の範囲は広く、一撃で数十人の兵士が死んでいく。そんな中、戦場を疾走して次々とエルフを殴り飛ばしていく姿があった。ヴェロニカである。彼女は魔法の範囲内から一瞬で走り抜けて離脱し、急接近してエルフを殴打一撃で沈めていく。
避けられない魔法の弾幕が迫ると、ガントレットで殴りつけるだけで魔法が消し飛ぶ。限界以上に強化された身体能力により出される速度を捉えられるエルフは居らず、接近を許したと思った瞬間には殴られているのである。
防御魔法を正面からぶち抜く超攻撃力と、肉眼ではほとんど捉えられない超速度。全力の魔法を消し飛ばすガントレットの防御力。それが合わさり、ヴェロニカは戦場を駆け抜ける黒き流星と化した。
「は、速い……っ!!かっハッ……ッ!?」
「待て撃つな!巻き添えに……ッ!?」
「誰かあの人間を止め──────」
「幻惑系の魔法を使え!奴は魔法が使えない!」
──────やはり魔法に長けたエルフの相手を魔力を持たない兵士では荷が重いですね。少し数を減らし、アーラさんの加勢に行きましょう。兵士達の中にも魔法部隊が居ますし、全員をおんぶにだっこで助ける必要はありませんね。そもそも早くアーラさんの加勢に行かないと……あれは長く保ちません。
触れた者に幻惑を見せる霧が発生する。ヴェロニカの進行方向のため突っ込まざるをえないのだが、薄黒いヴェールの向こうにある虹色に輝く瞳が妖しく輝き、幻惑を看破する。嘘偽りを無条件に必ず見破る眼に、騙す類の魔法は一切効かない。
戦場を駆け抜けながらチラリと横目でアーラと魔族の戦いを見る。転送の応酬を繰り返している彼女達は互角の戦いに見えてアーラが押されている。数が多すぎるのと傷が深すぎる。それと魔力の消費が凄まじく、残りの量も乏しい。いずれ均衡は崩れさる。
「人間風情が……オレが相手をしてやるッ!」
「アーラさん、もう少し待っていてください。すぐに行きます」
線が細いイメージが強いエルフだが、ヴェロニカの前に現れたのは筋骨隆々のエルフだった。近接戦を得意としているのか剣ではなく拳にメリケンのようなものを嵌めている。
ヴェロニカは同じ戦闘スタイルのエルフかと思いながら止まり、手首を曲げて軽く準備運動を済ませると半身になって拳を構えたのだった。
「──────ということで異常成長した
「なんで来たのですか?リュウデリア」
「大切な人間共を助けてやろうと思ってな」
「清々しいほどの嘘ですね」
戦争が始まってからは遠くから眺めていたリュウデリアだったが、少し見ていたらつまらなくなって暇潰しに何かしようと提案してきた。アーラの魔法も見たし、ヴェロニカのガントレットも正常であることを確認したためだ。その他の人間は興味ない。
さて暇潰しとなると何をしようかという話になった時、バルガスとクレアとリュウデリアで肩を組んで秘密の会議を始めたのだ。偶にチラッと誰かが顔を上げてスリーシャの方を見るとまた内緒話に戻る……というのを繰り返すと、何故かキラキラした様子で森へ出掛けようと提案される。
何なのかと困惑しながら、せっかく提案してくれたのだからと肯定したスリーシャに、それは良かった!と言いながら3匹は喉の奥からクツクツとした声を出して笑った。ちなみに、
「いやー、しっかし随分と貯め込んだもんだ」
「
「これだけあれば十分だな」
「おう」
「あぁ」
「りゅうでりあ、くれあ、ばるがすはなんのおはなし?」
「なーに、ちょっとした面白いのを見せてやろうと思ってな。今に見れる、待っていろ」
「わかった!まってるね!」
「楽しそうだな、リュウデリア達は」
「はい。ですが何故でしょう、嫌な予感が……」
何故か寒気を感じているスリーシャが腕を擦っているところをリュウデリアが手招きをしてきた。最初はオリヴィアかと思っていたスリーシャが自身のことを呼んでいるとわかると、小首を傾げながら呼ばれるがままに彼のところへ向かった。
何か用だったかと聞こうと思ったとき、リュウデリアが正面からスリーシャのことを隙間がないくらいギュッと抱きしめてきた。彼の胸に顔を押し付けながら目を丸くしている。少し困惑しながら背中に腕を回してあやすようにぽんぽんと叩きながらリュウデリア?と問うと、頭の上から優しい声色が聞こえてきた。
「スリーシャ。お前には感謝している。俺を拾い育ててくれたことを」
「えっ……ふふ。いいえ。いいんですよ。私も感謝しています。リュウデリアに出会えて、育ててあげられたことは私の幸福です。とても楽しかったですから。こうやって一緒に旅をするのもまた、楽しいですから」
「ありがとう。そこでだ……俺はそんなスリーシャに贈り物をしたい。…………受け取ってくれる……か?」
「ふふっ。なにを不安になっているんです?あなたからの贈り物なら、なんでも嬉しいですよ」
「……そう……か……それなら──────気兼ねなくやれるなァ?」
「へっ?」
「クレア、バルガス」
「おうおーう。さーてスリーシャ、邪魔なモンは全部預かるぜェ」
「なに……安心して……いい。リュウデリアならば……失敗……しない……少し……くすぐったいかも……しれないが……すぐに……終わる」
「えっ、えっ、えっ?きゃっ……」
スリーシャは目にも止まらぬ超速度で動いたリュウデリア、バルガス、クレアの手によって着ているものを全て剥ぎ取られて全裸にされた。そして何かを思うよりも早く、異空間から出されたシートの上に仰向けにされ、頭の上で両手がリュウデリアの尻尾に拘束されてしまう。
リュウデリアは体重を掛けないようにスリーシャに腰辺りに座り、腕のストレッチをしながら見下ろす。どう考えても普通じゃない状況にサッと顔を青くしたスリーシャはバタバタと暴れるが、筋力でどう考えても勝てるはずもなく、リュウデリアはそれを見て不自然ほど優しい声で安心しろと言った。
「あまり激しく動くなよ?ズレて失敗したら描き直すのが面倒だ」
「リュウデリア……?ほ、本当に何をするつもりで……んっ」
リュウデリアの鋭い指先が、スリーシャの気も細かい美肌の上を傷つけないようにスルリと滑っていく。頬を撫でたかと思うと鎖骨、胸、腹へと通っていき、優しい手つきにくすぐったそうにし、だが恥ずかしくて頬を少し赤くしながら横を向いてしまう。
肌の具合を確かめたリュウデリアは、くびれた細い腰を両手で掴んで擦ると、右手の人差し指に魔力を溜め込み……肌に何かを描き始めた。その瞬間、スリーシャはあまりのくすぐったさに暴れ出した。
「ちょっ……リュウデリ……ぁ……あはっ……あははははははははははははっ!?や、やめてリュウデリアっ!ぃやっ……あっ……んぁっ……あっはははははは……っ!やだっ……はっあぁ……んんっ……んふふふふっ!いやぁっ……っ!」
「あ、おい。そんなに動くな。全身にやらねばならないんだ、くすぐったくても我慢してくれ」
「ムリですっうぅんっ……っ!?うっふふふふふっ!やだぁ……あははははははははっ!たすけてぇ……っ!おねがっ……んんっ!?」
「待て待て暴れすぎだ。これを……うむ。よし、次は脇だ」
「ぇ……や、やめっ……─────────ッ!?」
腰から始まったと思えば腹。胸。脇。腕首。足は指先までびっしりと魔力で術式を刻んでいく。前面が終わって元の皮膚が見えなくなるくらい術式を刻まれ、息も絶え絶えになっているとくるりとひっくり返される。
うつ伏せにされたスリーシャは傷一つない背中や尻をリュウデリアに晒している。そして未だに解放してくれない両手にまたサッと顔を青くし、やめてと言う前にくすぐったさが襲いかかってきた。
「ふぁあっ!やっ……おねがっ……あはははははははっ!?もっ、ゆるし……やぁあっははははははははははっ!」
「まずい、ズレた。消すから我慢しろ」
「はっ、ぁんっ……っ!?わ、私はなんて声を……あはははははははははははははははははっ!?」
「よぉし消せた。再開するぞ」
「──────ッ!!──────っ!?」
声にならない悲鳴を上げながらリュウデリアの下敷きになりながら全身隙間なく術式を刻まれていくスリーシャ。当然助けてくれる者が居るはずもなく、オリヴィアはリュウデリアが楽しそうだなぁとほっこりしている。ミリはあわわわわわ……としながら顔を赤くしている。
バルガスとクレアはスリーシャの服を回収したらやることがなくなったので、近くにあったエルフの家の中に入って何か物色して遊んでいた。そうしてスリーシャが暴れながらも術式を刻む作業は終了し、やっと解放された。
「ぁっ……ぁ……ぁっ……っ」
「ふーッ。スリーシャが激しすぎてなかなか終わらなかったが、スッキリした」
「聞く奴によっちゃ最悪なセリフだな」
「あわわわわわ……っ……おかあさんが、りゅうでりあにめちゃくちゃにされちゃった……っ」
「ミリ……言葉を……もうちょっと……選んだほうが……いい」
「それで、次はどうするんだ?」
「術式さえ刻めば後は簡単だ」
「ぅんっ……」
ぴくぴくと痙攣してぐったりとしているスリーシャを抱き上げたリュウデリアは、楽しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしている。スリーシャが何故全身に術式を刻まれたのかわからないが、楽しそうだしまぁいいかと思ったオリヴィアだった。
──────────────────
スリーシャ
3匹の龍に裸にひん剥かれ、リュウデリアの手によってめちゃくちゃにされた(全身に術式を隙間なく刻まれた)。
アーラ
転送の応酬が始まってしまったが、余裕がないため兵士達の元に飛んでいくエルフの魔法を転送できない。というか早く戦いを終わらせて治療しないと死ぬほどの致命傷を受けている。
魔族
アーラのことを人間のクセに少しはできるやつという認識。だがまだまだだなと思っている。魔力も転送する数もまだ余裕があるため、アーラがどのくらい堪えられるか見ものだと笑っている。
ヴェロニカ
エルフ達を一撃でノックアウトしている。魔法も正面から殴り消す。ガントレットの魔力で肉体を強化しているので超速度で動く。幻術系の魔法は真実の眼で絶対見破る。
1人で普通にエグい戦力となっている。
龍ズ
普通に悪巧みしていた。けどリュウデリアがスリーシャに感謝の印に贈り物をしようとしていたのは本当。
オリヴィア
スリーシャが笑い死にかけていたが、リュウデリアのやることだから意味があるだろうし、楽しそうだからという理由で暖かく見守っていた。
ミリ
あわわわわわわわわ……っ。
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