第274話  自然を司る精霊の王






「──────ぁっ……ぁ……」


「それで、次はどうするんだ?」


「術式さえ刻めれば、あとは簡単だ」




 スリーシャを抱きかかえるリュウデリアはゆらゆらと尻尾を揺らして機嫌が良さそうに喋る。最初からバルガスとクレアとこうすることを話し合っていた。


 結局リュウデリアに対して甘いスリーシャが拒否することはないとわかっていてのこと。それに別にスリーシャを貶めるつもりはない。本当に日々の礼を贈ろうとしてのことだったのだ。


 ぴくぴくと痙攣しながらぐったりとしているスリーシャを抱えたまま、リュウデリアは静かに、しかし心臓のように脈動している魔水晶クリスタルの元へ向かっていった。バルガスとクレアはやろうとしていることを知っているが、オリヴィアとミリは首を傾げている。


 魔水晶クリスタルの目の前までやって来たリュウデリアは足を止めて腕の中に居るスリーシャに目を落とす。まだ笑いすぎた疲労感から帰ってこれていない彼女を見て、愛おしげな目をする。尻尾の先を使って額に張り付いた髪を退かしてやる。そしてそのままスリーシャをゆっくりと……魔水晶クリスタルの中に入れてしまった。


 全身に術式を刻んだスリーシャが魔水晶クリスタルの中で丸くなり、呼吸を落ち着かせてゆっくりと目を閉じる。そして魔水晶クリスタルの中深くへと潜っていった。姿が見えなくなると、リュウデリアは踵を返してオリヴィア達の元へ戻って来る。




「少し時間が掛かるが、待っているとしよう」


「よくわからないが、スリーシャは大丈夫なのか?」


「うむ。術式は完璧だ。あとは……スリーシャ次第だ。まあ、次第と言ってもあのスリーシャだ。?心配ない」


「ふっ。そうだな。リュウデリアの母親なんだ、私達はゆっくりと待っているとしよう」




 心配ないと言いつつも、やはり気になるリュウデリアは魔水晶クリスタルが見える位置で座り込んだ。それに倣うよう隣にオリヴィアが座って彼の肩に頭を置く。


 バルガスとクレアもあくびをしながらその場に座り込んだり寝転んだりしながら待ちの姿勢に入った。ミリは少し不安そうだったが、リュウデリアの頭の上に降りると膝を抱えて待つことにした。


 どくん。どくん……と、内包する膨大な魔力を脈動させる魔水晶クリスタルを皆で見つめているのだった。






















「──────かッ……ぁ゛がッ……」


「──────あれほどの大口を叩く割には大したことありませんね。所詮はその程度なのです。私の邪魔をしないでください」




 筋骨隆々のエルフがヴェロニカの前に立ちはだかり、アーラのところへ向かおうとするのを阻止していた。エルフの中でも随一の恵まれた肉体を持ち、近接格闘の才能を持つ彼だが、今は全身に打撃痕を痛々しく刻み込まれ、四肢がデタラメな方向に曲がってしまっている。


 頭をガントレットに包まれた手に鷲掴まれ、持ち上げられている。対するヴェロニカには一切の負傷なし。まるで相手にならず一方的な戦いで終わってしまったようだ。


 見た目ならばどう考えても筋骨隆々なエルフに分があるように見えるのだが、実際は全くの逆。渾身の力を込めた殴打は当たらず。それどころかいともたやすく受け止められてしまう始末。なのにヴェロニカの殴打は防いだとしても防御した腕をへし折る。見た目ではわからない筋力と、身体能力の爆発的な強化になすすべもなかった。




「お……まえは……ばけもの……だッ」


「そうですか。あなたのような者に何を言われても何も響きませんね。さようなら」




 鷲掴んで持っていた頭を、力自慢がリンゴを握り潰すようにして粉々にしてしまったヴェロニカは、滴る血やぶち撒けられた脳髄に一瞥すらなく、手を振って血払いをすると周りに目を向ける。周囲のエルフは恐怖し、怯えて後退る。


 それを見てコレ以上の邪魔をしてくる者は居ないと確信したヴェロニカは離れたところに居るアーラの方に目を向ける。そこでは凄まじい転送の応酬を繰り広げている光景があった。


 向けられている魔法や武器の総数は増えており、今では恐らく3000近くにまで達していることだろう。そこまでくるとアーラの顔色はかなり悪く、苦汁を舐めさせられたような表情をしている。それも当然のはず。応急処置は済ませたとは言えど、腹を剣が貫通しているのだから。




「はぁッ……はぁッ……ッ!!この……ッ化け物ッ!」


「まだ無駄口叩ける余裕があるんだぁ?人間て結構スゴイんだね。見直したよ。まさかここまでついてくれるとは思わなかったんだ」




 ──────ついてくる?冗談!縋りついてる状態だっての!もう演算で頭酷使しすぎて頭痛いし鼻血出てきた!血の流しすぎて視界がぐにゃぐにゃしてきてる!残りの魔力も底を突きそうだしね!なのにアッチはまだまだ余裕とか!かつて『英雄』の候補とか言われてた身としては恥ずかしすぎて穴があったら喜んで入るよ!




「──────でもやらないとねェッ!」


「そういうの嫌いじゃないよ。面白いからね」




 まず第1として、魔族はエルフを人間にやられないように守らないといけないという認識がない。放っておいても勝手に戦う。負けて死んでもその程度という認識。


 第2に、魔力総量の地力が違う。『英雄』の候補にまで入ったアーラの魔力総量は他の魔導士と比べて断然多い。膨大な魔力と言って差し支えない。しかし魔族は軽く見積もってその10倍は有している。


 第3に、怪我の有無。これは圧倒的にアーラが不利。魔族との初手の攻防で腹を剣が貫いている。応急処置は死ぬまでの時間をどうにか延長するだけのもの。対して今姿を現したばかりの魔族にはダメージなんてものはない。


 第4に、魔法の練度の違い。空間魔法は使用難易度の高さから使える者が居ても使いこなせる者は殆ど居ない珍しい魔法。そんな空間魔法の天才と謳われたアーラですら、魔族の魔法の練度には舌を巻いている。


 ざっと考えただけでこれだけの不利がアーラにのしかかっている。肩も重いことだろう。事実その重圧に押し潰されんとしているので精一杯だ。このままならば押し負けるのは時間の問題。覚醒していきなり強くなるなんて都合がいい展開は現実にない。だが現実であり真実ならばやって来てくれる。この世で最も真実に体現に相応しい人物がやって来た。




「──────やはり、自身の転移も可能ですか」


「やっぱり来たか、鉄拳シスター」


「私は司教です。彼の御方を信仰する信徒……あなたにその力の一端をお見せしましょう」


「見せてもらおうかな──────遠くから」




 アーラの窮地にやって来たのは、向かってくるエルフを薙ぎ倒してきたヴェロニカ。魔族を横合いから殴りつけようと拳を振るったが転移されて避けられた。そしてヴェロニカの身に問答無用の転送が行われようとした瞬間、彼女は半身となって転送を避けた。


 魔族はエルフの老婆の姿をしたまま少し瞠目した。空間魔法は存在そのものに転送を掛けるのではなく、あくまでその物質に対するあらゆる情報を組み込んだ上で、その位置にあるモノを別の指定した場所に転送するもの。つまり指定した座標に重なる演算済みの物質が転送されることになる。


 要するに理論上は回避可能。しかし魔法の転送に速度はない。発動した瞬間には転送されている回避ほぼ不可能の攻撃。それを避けるということは、事前に察知するか、発動した瞬間にその場から転送される筈だったものの位置を座標範囲外にズラして転送を無理矢理失敗させるか。


 ヴェロニカが行ったのは後者。魔族が行った転送が発動すると同時に動いて演算結果を破却させ、魔法の発動を無効化した。それほどの察知能力と、それに追いつくだけの反射神経と優れた肉体。目に見えるものではないからこそ、今までそんな芸当を行った者は居ない。そう……




「──────。あなたの魔法が」


「………………く、くくくッ。あはッ!いいねぇ!アンタ面白いよ!ウチの魔法をなんの小細工もなく避けたのはアンタが初めてだよ!」


「それはよろしいことですね。では……私の番です」




 世界最強の種族。龍の中でも極めて上澄みの存在である『殲滅龍』の魔法を初見にて完全に見破った、見破ることに関しては最強の眼である……虹色に輝く真実の眼。その効果は嘘偽りを無条件に見破る……


 在るのに本来だと目に見えないものの可視化。例えるならば、リュウデリアの行う言霊は、言葉に魔力を乗せて現実の事象を捻じ曲げる特異な魔法であるが、言葉が見えない以上視認不可能。しかし見えないものを視れる真実の眼は、事象が捻じ曲げられようとしている対象物が何なのか突き止められる。腕を折ろうとするなら腕に魔力が集まるのを視れるように、見破ってみせる。


 魔族の目に見えない、頭の中で演算を行い術式を介して魔法を発動するプロセスはわからなくとも、発動した時に何に影響が及ぶのかが視える。故にヴェロニカは、自身が転送されるタイミングが判る。


 足場を蜘蛛の巣状に破壊しながら跳躍……かと思えば目前に拳があった。魔族はその異質としか言えない速度に驚きながら息をするよりも簡単に転移をしてその場を離れ、拳を回避する。しかし転移先でその魔族の頬に純黒のガントレットが掠め、頬が裂けて一筋の血が流れた。


 複数回転移してヴェロニカが止まってから、自身の頬を撫でて血が流れているのを確認した。血を流したのはいつぶりだろうと考えながら指についた血を舐め取り、口の端を思い切り持ち上げながら笑う。




「転移後の位置を見誤りました。ですが──────もう慣れました。次は打ち抜きます」


「おー恐い恐い。じゃあ、私も足掻かないとねぇ?」


「ヴェロニカが……はぁ……来てくれて……はぁッ……助かった……ッ!」




 拳を構えて腰を落とすヴェロニカに対して笑みを深める魔族と、転送の応酬のレベルが少し落ちたことに助かったアーラ。3者の戦いが熾烈を極めようとしている。



























 ──────どくん……ッ!!




「──────っ!きたぞッ!」




 同じ時刻。エルフの住処にて、リュウデリアが魔水晶クリスタルから一際大きな脈動を感じ取って声を上げた。


 内部から少しずつ光を放ち始め、魔水晶クリスタルに大きく亀裂を入れていく。ビキビキと音を立てながら亀裂はどんどん大きくなっていき、全体にまで広がっていった。


 待っていたリュウデリアが声を上げたので皆が魔水晶クリスタルを見守る。立ち上がり、今か今かと期待が膨らむ。亀裂から光が差し込むように漏れ出ていき、膨大な魔力が感じられる。


 その魔力の量と質は、リュウデリア、バルガス、クレアの鱗をビリビリとさせる程のもの。恐ろしく高い魔力。豊潤なまでの質。例えられるとすれば見渡す限りに存在する大自然とでも言っておこうか。


 魔力だけであのリュウデリア達をも威圧する凄まじすぎる魔力が魔水晶クリスタルの外殻を破壊していき、最後には砕け散った。そして魔水晶クリスタルから緑色の光の球体が現れ、宙をゆっくりと移動してリュウデリア達の前までやって来た。緑色の優しい光が収まっていくと少しずつ見えてくるシルエット。それを見てリュウデリアは嬉しそうに語る。




「元々素質があった。しかしキッカケがなかった。スリーシャにとって理由がなかった。そして必要な外部からの魔力が足りなかった。だから俺は、スリーシャにとって馴染み深い自然から抽出された魔水晶クリスタルに貯められた膨大な魔力を使用し、術式を刻むことで促した」


「おかあ……さん?」


「スリーシャ……その姿は……」


「流石はリュウデリアの母親だよな。滅多にお目にかかれねェぜこれは」


「私も……こんな機会を……見れたことに……幸運を……感じる」


「精霊から上位精霊に進化する者は一握りとされている。居れば珍しいものだ。だが、まず見ない。上位精霊の中でも僅か1%以下の者にのみとされている。故にその姿はここ数千年観測されていない。曰く、それに進化を果たした者は、自然という世界を創り出し、自然の理を捻じ曲げるという。それこそが──────」




「──────まったく。リュウデリアは困った子ですね。でも、私はそんな困った子がとても愛おしい。ありがとう。あなたからの贈り物、しっかりと受け取りましたよ」




「──────総ての精霊の頂点にして自然を司る絶対の王。故に『精霊王せいれいおう』」




 薄緑色の美麗なドレスを身に纏い、頭の上に黄金に輝くティアラをつけた、大人の女性の見た目へと成長した美しいスリーシャが、その美しい姿と醸し出される王の覇気に目を丸くするオリヴィア達に自然の優しい微笑みを贈った。







 世界に誕生した、自然を司る王。これより自然を無下にする行為は──────精霊王の怒りを買うことと知れ。







 ──────────────────



 自然を司る精霊王 スリーシャ


 精霊の中でも一握りしかなれないという上位精霊。そしてその上位精霊の中でも1%以下の者に、その上に至れる微々たる可能性を持つとされる者の1体。それもかなり稀有な存在で、キッカケさえあれば至れたという程の可能性を持っていた。


 自然のみから抽出された、自然の魔力で純度100%の魔水晶クリスタル内の膨大な魔力を吸収し、リュウデリアの施した進化を促すための複雑な術式を経て、精霊の頂点にして王、精霊王に至った。


 曰く、その存在は数千年は現れておらず、自然という世界を創り出し、自然の理を捻じ曲げるという、精霊で最強の存在。


 最も魔力が多いリュウデリアを以てして、凄まじい魔力と言わしめる。


 内包する魔力総量だけならば、専用武器を使用して潜在能力を解放し、本来の力を取り戻したバルガスとクレアをも超える。





 オリヴィア


 少女の面影があったスリーシャから大人の女のスリーシャになり、その美しい姿にびっくりした。多分美を司る神よりも美しいなこれ……と思っている。


 魔力がどうのというのはわからないが、優しげな微笑みと美しさからは想像できない、王としての覇気を気配として読み取って肌がビリビリする。





 リュウデリア


 何気なくやっていたが、完璧な存在進化を促す術式を構築するのは普通に神業。人間では向こう数千年は辿り着けない極致の術式。それをスリーシャ専用に組み替え、魔力の吸収効率を爆発的に上げ、肉体への負担を0にした。


 成功するし強くなるだろうなとは思ったが、ビビるぐらいの魔力を感じている。汗を掻ける体だったら冷や汗掻いてた。





 バルガス&クレア


 スリーシャを精霊王に進化させたいというリュウデリアの考えにノリノリになった。3匹でどうやって進化を促すかの話し合いを行い、クレアの全身に術式を刻む方法が採用された。


 精霊王となったスリーシャの内包する魔力を感じ取り、あ……これ専用武器使って力を取り戻したオレ達よりもやべぇやつだと察した。


 成功したことに3匹でハイタッチした。





 ミリ


 可愛らしいお母さんが綺麗なお母さんになったことにびっくりしながら、目をキラキラさせている。





 ヴェロニカ


 目に見えないが確かに在るもの、例えるならばリュウデリアの言霊が掛かる対象などが視える。それにより魔族が行おうとする強制的な転移を察知し、範囲外へ出ることで演算を狂わせて魔法の術式を無効化することができる。


 嘘偽り、在るが見えないものを視ることができる、虹に輝く真実の眼を持つ。『見破る』に関して最強の眼。その精度はリュウデリアの魔法をも絶対に見破る。





 アーラ


 気合と根性で魔族との転送の応酬を成し遂げた。しかしあと少し遅かったら押されきって魔法の餌食となって武器に串刺しにされ死んでいた。


 内心では涙を流しながらヴェロニカに縋りついて感謝している。





 魔族


 なんの小細工もなしに転送を破るヴェロニカに驚いたが、戦いが面白くなると確信してボルテージが上がった。2対1は望むところ。


 エルフ達のことはどうでもいい駒以下の認識だが、アーラとヴェロニカのことは個人として認識しており、ここ最近で1番楽しんでいる。



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