第275話  自然の脅威






「──────総ての精霊の頂点にして自然を司る絶対の王。故に『精霊王』」




 薄緑色のドレスを身に纏う、大人の女性へと成長したスリーシャの美しい姿に感嘆とするオリヴィア。内包する計り知れないほどの莫大な魔力に絶句するバルガスとクレア。新たな存在に進化したことに目を輝かせるミリ。


 数千年現れなかった自然を司る『精霊王』に至った育ての母親に満足そうにするリュウデリア。ちなみに内心では、想像以上のパワーアップにめちゃくちゃビックリしている。


 キッカケさえあれば至れたという、稀有な可能性を秘めた上位精霊は、自然を司る最強の精霊へと進化を果たした。しかしいくら底しれぬ覇気を持とうと皆の知る優しい母親のような雰囲気と微笑みは変わらず、それ故にミリはスリーシャの胸元へ飛び込んだ。




「おかあさんすごい!とってもきれい!」


「ありがとう、ミリ」


「元から美しかったが、磨きがかかったな。美の女神よりも美しいぞ、スリーシャ」


「オリヴィア様……ふふ。ありがとうございます」


「……いーや、マジかよスリーシャ。オレ達が考えてたよりもハチャメチャに強ェじゃん。魔力だけで言うなら専用武器使ったオレよりあるぜ」


「私……よりも……ある。素晴らしい……成長効率。流石は……『精霊王』だ……凄まじい……魔力」


「俺達の予想を遥かに超えたな。俺の魔法が無くとも手を出して害せる奴は早々居まい。何匹かの龍王ですら怪しいな」


「バルガスさん、クレアさんもありがとう。リュウデリアもですよ。こんな特別な贈り物、嬉しい限りです。ローブについては使わせてもらいますよ。せっかくあなたがくれたんだもの」




 そう言って微笑んだスリーシャに、てっきり魔法がないただのローブで十分かと思っていたリュウデリアは何度か瞬きをし、フンッと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。バシンと地面を叩いて亀裂を入れる尻尾に、照れ隠しとわかっているスリーシャは上品にクスクスと笑う。


 少女っぽさを残していたスリーシャバルガス大人の女の姿に成長している。しかしそれでもスリーシャの微笑みは優しく、自然から発生する新鮮な空気のような心地よさがある。いつものスリーシャだ……と各々思っていると、彼女の表情に陰が作られた。どうしたんだ?とオリヴィアが問いかけると、ミリをリュウデリアに渡し、近くの一本の木のところまで歩いて幹な触れた。




「1つ上の存在となったことで、自然の声がより鮮明に……感情すらも受け取れるようになりました。それで聞こえてくるのは疲れ果て、生を諦めようとする自然の、悲しい嘆きの声です。聞いているだけでも胸が苦しくなります。このようになるまで魔力を延々と搾取されて……可哀想に。『大丈夫。あなた達なら大丈夫。元気を出して』」




 スリーシャが触れている幹の部分から薄緑色の光が発せられ、それが波動のように森全体に広がっていった。『精霊王』の持つ自然を司る力が作用した。魔力でも強制でもない。命令ですらない。彼女の声が自然に命の力を活性化させた。


 語りかけられた自然が元気を取り戻す。突然空気が澄み、呼吸する度に新鮮な酸素を吸って気分が良くなる。魔法ではなく、もはやそれは奇跡の類。それを言葉一つでやってしまうスリーシャに凄まじいものを感じたオリヴィア。


 彼女の中では、最強であり万能であるリュウデリアにできないことは殆どないという考えがある。それ故にアイコンタクトでアレはできるか?と聞いてみると、静かに、しかしはっきりと首を横に振った。彼ですらスリーシャと同じことはできないらしい。


 そんな奇跡を言葉一つで起こしたスリーシャが、幹の表面を撫でながら顔を少し俯かせていた。悲しそうにしていたのだ。しかし顔を上げると真剣な表情になっており、彼女から発せられる気配にバルガス、クレア、そしてリュウデリアが意識せず一歩足を後退させていた。




「囚われ、小さな精霊達を亡くしたあのときのように自然が悪意を以て無下にされている……私はそれが──────許せない」




「う……お……、ははっ。本当にスリーシャか?進化するだけでこんな違うモンか?オレ達一歩下がってたぞ」


「凄まじい魔力と……圧力……『精霊王』……その名に……間違いは……ない」


「仮にスリーシャが我を失う程怒ったとしたら、止めるのは相当骨が折れるぞこれは」


「気配を読めるようになっただけあって、スリーシャの強さがなんとなくわかる。これはそこらの龍では手に負えないな」




 少し怒っただけのスリーシャの気配に後退していた事実に気がつき、あの優しい彼女がこれ程の力を手にした事に笑うしかないクレア。強くなりすぎていることを同意して頷くバルガスとリュウデリアをよそに、スリーシャの姿が目に優しい緑の光を発してその場から消えた。


 広大な気配察知領域を持っている3匹は気がついた。スリーシャの気配が目の前から森の入口に移っている。どうやら、彼女は自然という敷地の中ならリュウデリアと同じく転移を可能にしているようだった。






 怒りに触れられた人外が訪れる。それなら、怒りに触れた者たちがどうなるかなど火を見るより明らかとは言えないだろうか?





























 人間に限らず、亜人種も『未知』というものを忌避する。特に自然的なものよりも、意思疎通を図れる『未知』の存在を恐れる。それも自分達より力を持っているならばなおさら。


 人外は普通の人間達と同じ思考をしていない。価値観が違う。存在意義が違う。考え方が違う。故に理解できない。さらに故にこそ、なにで怒りの琴線きんせんに触れてしまうかがわからない。なのに皆は自然の命を脅かす。容易に、安易に。


 森に住み出てくることは殆どなく、自然と共に生活していると言われているエルフだが、それはエルフたちが勝手に住み着き、それを見た者達がエルフは自然と共生していると吹き回しているだけだ。自然の言葉を確実に拾える存在など少ない。だから今回は相手が悪すぎた。




「──────無益な争いを、の傍で行うのはやめなさい。あなた達人間や亜人がどうなろうと構いませんが、自然を弄することは『精霊王わたし』が許しません」




 それはもはや自然そのものだった。見た目は人間の女と変わらない。しかし実力がない者にもわかった。彼女は上位種だ。人間なんてチンケな存在よりも明らかに上。見下されているのが当然と思えてしまうその覇気に、戦争で争っていた人間とエルフは動きを止めて見入っていた。


 エルフは跪きそうになった。共生していると思い込んでいる自然の、そのもののように感じる相手に。圧倒的覇気を持ち合わせる彼女に。


 争いを止めるように言われて無意識の内に武器を手放し、膝をついて降伏の姿勢を取り始めた人間と違い、エルフは愚かだった。自然そのもののような気配をしていても所詮は自然とはなんの関係もない人外。自分達こそ自然と共に生きている。自分達ほど自然と密接な関係がある者はない。


 だから、彼、彼女等は抗ってしまった。何者だと。自分達を差し置いて勝手に自然を語るなと。突然出てきて何様のつもりだと。自然を司る『精霊王』を前に、勝手に住み着いているだけのエルフが吠えたのだ。


『精霊王』は目を細める。その瞳に温情はない。人外は人外らしくその他の命に対して価値を見出していない。これで争いをやめて消えるならばまだ良し。敵対するならば……『精霊王』として然るべき行動を取るのみ




「ならば受け入れなさい。自然を。その命を。怒りを。悲しみを。嘆きを。そして──────自然の脅威を。恐ろしさを」




「──────やれッ!奴も敵だッ!」


森から出ていけッ!」


「火を放てッ!」


「奴を消し、我らが力を見せてやれッ!」




「──────『あなた達の敵が現れましたよ。私が消してもいいですが、己の手で消したい者は力を貸しなさい』」




 森が、自然がスリーシャの言葉を聞き届けた。彼女が発した言葉は何よりも優先される。相手に怒りを抱きながら優しく語りかける声色に歓喜の声を上げながら我こそはと名乗りを上げている。


 自然を司る『精霊王』の恐ろしい力の1つ。魔力を使用しない自然の強化。自分の意志で動けるようにし、魔力で肉体を強化するように木一本に至るまで全て強化を施す。その上から莫大な魔力を分配して魔力で自然の肉体の強化。重ねがけの強化により、自然は凄まじい耐久性と攻撃性を獲得する。


 木の根や蔓。枝が自然から不自然な程伸ばされてエルフ達の元へ殺到する。攻撃魔法を撃つよりも早い速攻に眉を顰めながら念の為防御魔法を展開して受けることにした。しかしその防御魔法を、鋭くなった枝や蔓、木の根がやすやすと貫通してエルフの体を刺し貫いた。




「ごぼ……ッ!?」


「ご、れは……ッ!?」


「なにが……どうなっ……て……ッ」




「──────そよ風が頬を撫で、風に乗る葉は肌を裂く。木の根は敵対者に根を下ろし、実を植えつける。咲いた花は養分を吸い、景色に色をつける。魔力は巡り。還され、また巡る。それは自然の生命力。払い消し去ろうと、種を蒔き、また新たな命が芽を出す。あなた達は鳥籠の中。自然の生み出す命の循環からは逃げられない」




 自然が喜ぶそよ風が吹いたと思えば、その風に乗った葉が飛び交いエルフ達の身を細切れに切り裂いた。体を貫通した、もしくは触れた木の根や蔓が、体に実を植えつけ、花が咲いた。花は肉体の栄養を吸って急速に成長し、魔力を放出する。


 それら魔力はスリーシャの元へ飛んでいき還元され、また自然の強化に使用される。花を早く除去しなければ栄養を吸われ続け、ミイラのように枯れ果てて死ぬのを見たエルフ達が急いで武器や魔法で花を消し去る。


 しかし花は攻撃される寸前で数多くの種を撒き散らし、肉体の別の場所に花を咲かせ、大地にすら花をつけて魔力を放出する。消そうとすれば増える。そのままにすれば栄養を吸われ死ぬ。そればかりに目を向ければ枝や蔓が伸びで心臓を貫き、応戦すれば風に乗る刃と化した葉が肉塊を生み出す。


 自然の脅威。硬いアスファルトをぶち抜いてしまう柔らかな植物の強さが強化され、魔力を得て、向かってくる。魔法でも抵抗できない攻撃力。魔法で攻撃しても簡単には砕けない防御力。消しても消しても次に繋いでまた増える生命力。これこそが自然の持つ脅威だと言わんばかりの猛攻が、エルフの数を一瞬で減らす。




「なんだこれは……夢かなにかか?」


「自然って、こんなに怖いものだったのか?」


「オレ、家帰ったら放っておいてた植物に水あげるわ」


「俺なんて植木鉢の花枯らせて嫁に怒られたばっかりだ。殺されねぇよな?」


「おいおい。死んだわお前」


「とりあえず手を挙げて敵対していないと示しておけ。俺たちも同じ目に遭うぞ」


「そりゃ勘弁だな。まぁ、そもそも俺たちの相手はエルフだ。自然じゃない。これは台風だと思うとしよう」




 降伏の姿勢を取っている人間に、自然は牙を剥かなかった。人間達には何もされていないことと、攻撃してこないことが幸いだったようだ。だがエルフは別だ。根絶やしにする勢いで自然に攻撃を受けている。


 数も攻撃も防御も、何もかも負けているエルフでは自然の脅威の前では無力も同じ。ただ彼らは蹂躙されているだけだ。それもこれはスリーシャの攻撃でもなんでもない。彼女の言葉を受けてエルフ達に反撃しているのが自然なのであって、彼女は魔力で強化を施しているだけに過ぎない。






 つまりこの惨状に──────『精霊王』の戦闘力は含まれていない。






「──────なんなのかなぁ、アレ。魔力も感じたことないものだし。あんなの魔王様より多いんじゃない?」


「──────よそ見してる場合ですか?」


「大丈夫だよ。だって──────負けるつもりないし」



 エルフの老婆の姿をした魔族に、自然の魔の手が伸ばされるが尽くを転送されてしまい近づくことができない。この魔族こそ自然が1番怨敵だと感じている敵。しかしその力は自然の力だけでは通じなかった。


 純黒のガントレットを装着したヴェロニカが、転送されそうになる度に効果範囲から抜け出し、身近に転送される武器の類を殴り壊しながら肉薄に迫るが肝心なところで拳が届かない。チラリとアーラの方に目を向けると、今にも崩れ落ちそうな様相で膝をつき、肩で息をしている。


 スリーシャの登場と自然による蹂躙が始まった時に、魔族の意識も逸れたことで転送の応酬が一度止まったのだ。アーラは途切れそうになる意識をどうにか繋ぎ合わせながら、転送を途切れさせてくれたスリーシャに心の中で感謝した。




「んー。エルフ達はどうせこのまま全員死ぬだろうし、老いぼれの姿してる意味ないか。んーーッ……ふぅ……やっと狭いところから出れた感じ」


「……気配が少し変わりましたね」


「はぁッ……はぁッ……コイツ……はぁ……あれで、力が制限されてたの……ッ!?」


「仕方ないじゃん。殺したエルフの姿になる代わりに、そっちに力が合わさる形で相対的に弱くなるの。じゃないとウチの魔力に負けて姿変えられないし。ま、そんなことはどうでもいいじゃん──────続き、やろうよ」




 薄紫色の肌。整った容姿。側頭部から伸びた2本の角。無傷で佇むその魔族は、整った美貌に薄っすらと好戦的な笑みを浮かべて少しずつ魔力を解放していく。エルフの老婆の姿をしているせいで狭苦しい思いをしていたようだ。


 力を落とさないと殺したエルフの老婆の姿をとれなかった魔族は、うんと伸びをすると手を差し出し、人差し指でかかってこいと言わんばかりのジェスチャーをした。感じ取れる魔力は膨大だ。エルフを蹂躙した自然の脅威に背中を見せて余裕を示す。


 アーラはこれからが本番と言わんばかりの魔族に気後れしそうになるのを、歯茎から血が出るほど噛み締めて頭から消し去る。しかし疲労困憊に加えて出血多量が重なり膝が笑って立ち上がれない。ヴェロニカはアーラを背に庇いながら拳を構える。




「もっと見せてよ人間。もっと抗ってよ人間。うちはそんな無駄に頑張って、結局結果を残せない人間を眺めてるのが好きなんだ。いい暇つぶしになるからね」




 そう言ってニッコリと笑みを浮かべながら膨大な魔力を醸し出す魔族。彼女はそこらですぐに殺される運命を辿る魔族とは違う。強い者は強い。それを示すような、現実的な強さと絶望を見せつけた。








 ──────────────────



 魔族


 20代前半くらいの見た目をした女の魔族。無駄に抗って結果を残せず悔しがったり心が折れる人間を見るのが好き。暇つぶしに映画見てるようなもの。


 偽っていたエルフの老婆は殺したもの。この姿をとるために力が制限されており、全力にはなれなかった。姿を偽った状態でアーラの魔力の10倍の魔力を持っていたが、今は約30倍の魔力を持っている。


 人間の主人公に即殺される傾向にある魔族だが、強いやつは本当に強いを地で行くキャラ。スリーシャの言葉に従う自然の力を意に返さない。





 スリーシャ


 少し怒りをあらわにしただけで、3匹の龍を一歩後退させた。


 自然に語りかけるだけで動かせる。呼応した自然は動き出し、言葉をかけられるだけで力が増す。そこに魔力による強化が入るので凄まじい強さとなる。


 エルフを蹂躙した自然の力だが、それはあくまで自然の力なだけでスリーシャは魔力を分配して強化しただけ。スリーシャ単体の戦闘力なんてものは全く含まれていない。





 龍ズ


 スリーシャの怒りの気配を感じ取ってゾクリとした。無意識に一歩引いていたのに気がつくと嬉しそうにしていた。


 確実に過去の神界に現れた狼より強いと思っている。逆に言うと、今のスリーシャならば神界の狼を殺せるということになる。





 アーラ


 森から現れたスリーシャが自身の知っているスリーシャだと気がついていない。顔を含めて全身ローブに包まれていたので気がつけない。


 魔族が本当の姿を晒したことでパワーアップしたことに驚いている。全然本気じゃなかったことに歯噛みし、気後れしそうになるのを堪えて立ち向かっている。その姿を楽しそうに眺められていると知りながら。





 ヴェロニカ


 魔族を相手するのは問題ない。転送のタイミングもわかるのでそこまで苦労はないが、近づいても離れたところに転移されるのが面倒だと思っている。


 アーラの転送があればどうにかできるかも知れないが、今のアーラに頼んだとしてもできるかわからないので回復するまで時間を稼ぐ戦法にチェンジした。



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