第48話 大群
王都のギルドで初めての依頼を達成したオリヴィア達は、ギルドを出て行った後、依頼の報酬と重複した分を買い取ってもらった金を使って食べ歩きをした。大通りに建てられている出店や、飲食店に立ち寄って、美味しそうだと思ったものを食べる。
人間の作る食べ物はどれも美味で、何度も食べている筈のリュウデリアでも、思わず尻尾が左右にゆらゆらと揺れてしまうくらいには楽しんでいる。そしてクレアとバルガスは、食べるものがどれもこれも美味くて美味くて大変驚いていた。
マルロの屋敷で使用人が作った料理を食べて、その上手さに驚愕していたが、簡単に買えてすぐに食べられる、所謂串ものだったりを食べても驚き、酔い痴れていた。
大量に食べ物を買って、そこらにある椅子に座って食べている時、リュウデリア、バルガス、クレアの3匹が揃って一心不乱に食いつき、翼と尻尾を振って食べている姿にクスクスと笑うオリヴィアの構図があったりもした。そうしてある程度食べ歩きをして、獲った貝をお裾分けも兼ねて料理してもらう為にマルロの屋敷へと向かった。
別にまた泊めてもらおうという魂胆があった訳では無いが、恩人なのだから遠慮せず泊まって欲しいと言われ、その日もまた厄介になることとなった。それから夜が明けて翌日。今度は討伐系の依頼を熟そうとギルドへやって来たオリヴィア達が見たのは、満身創痍になっている男と、傷だらけの女2人と男1人が何やら騒いでいた。
「騒がしいが、何があった?」
「うおっ、アンタか……ビックリした。えぇとな、朝早くから討伐依頼に出掛けたチームがやられて帰ってきたんだよ。倒れてる奴が居るだろ?もう虫の息だから傷薬じゃなくて、もっと高価な回復薬を恵んでくれって騒いでんだよ」
「よくある事なのか?」
「うーん……王都の外壁の近くに居る魔物はそこまで強くないはずだから、何とも言えないなぁ」
「そうか。助かった」
「いえいえー」
人集りを作っているので、近くに居た冒険者の男に聞いてみると、依頼先でやられてしまったということを聞いた。依頼先での負傷も自己責任になるので、ギルドに抗議しても意味は無い。だからか、倒れている男のチームである他の3人は、必死に傷薬よりも高価で効き目が早く強い回復薬を求めているのだろう。
だが、回復薬は本当に高価だ。大きな傷を負った時に使えば、痛みが和らいである程度の傷が塞がる。そんなものが安く売っている訳がない。当然作るにもそれ相応の材料が掛かる為だ。薬学に精通していて、しっかりとした知識が無ければ調合するのも難しい。
生傷が絶えない冒険者には必須に思えるが、その価格から、実際の所持っているものはとても少ないのだ。そして何度も言うが、負傷は自己責任。つまり、別に他の冒険者が死にかけようが、極論を言ってしまえば助ける義理は無い。人情がある者ならば真っ先に助けるのだろうが、求めるのは回復薬。おいそれと渡そうとは思えないのが悲しいところだ。
「誰かお願いっ!回復薬を譲って……っ」
「このままじゃ彼が死んじゃう……っ!」
「頼む!金は後で必ず返す!だから……っ!!」
「わりぃ、俺回復薬は持ってねーんだよ」
「あれたっけーからなぁ……」
「そもそも店に置いてある数も少ねーし……」
「悪いな……」
「そ、そんなぁ……」
「だ、誰でもいいんだ……っ!!た、頼む……誰か……っ!」
「このままじゃ……っ!!」
本当に持っていない者達と、持っていても渡してあげようと決心できない者達が人集りから出て行く。何だ何だと物見遊山で見ていた者達も散っていった。残された傷だらけのチームは困惑し、肥大化した焦りの感情が表情に出ていた。切迫つまっているからこその、助けてという叫びは、誰も答えることがなかった。
これもまた仕方の無い事なのだろうと、オリヴィアは特になのも思うことはなく、クエストボードの方へ歩みを進めた。するとそこで、助けを求める声を掛け続けていた女冒険者2人が、ギルド内でも浮いている純黒のローブを目の端に映し、気が付いた。
昨日、ギルド内でも屈指の力を持つAランク冒険者のチームを、たった1人で、目にも止まらぬ速さで倒してしまった、少し話題になっている人物。この人ならばと直感したのか、女冒険者2人はその場から駆け出し、オリヴィアの前にやって来て縋り付く目を向けてきた。
「あの……っ!お願いします、私達のチームメンバーが死にそうなんです……っ!」
「回復薬を恵んで下さい……っ!!」
「……何を以て私のところへ来たのかは知らないが、私は回復薬なんぞ持っていない」
「そんな……っ!魔法で治すのでもいいんです……っ!!どうかお願いします!!」
「彼を助けて下さい!!」
「治癒の魔法は古代の文明時代に失われているだろう。私は他人を治癒する芸当なんて出来ない。残念だろうが、他を当たるんだな」
「う、うぅ……っ」
「彼が本当に死んじゃう……」
「こんな所で望み薄の助けを求めるならば、診療所にでも連れて行けば良いだろう。そちらの方が余程建設的だと思うが?」
必死に食い下がる女冒険者達に、オリヴィアは否と答えた。治癒の女神の力を使えば、瀕死の重傷だって瞬く間に治すことが可能なのだが、だからといってその力を何の対価も無しに振り撒くなんて事はしない。いや、対価を出されてもやろうとは思わないだろう。
古代文明の技術である治癒の魔法は失われ、誰にも使えない。その確立すらも出来ない。あのリュウデリアでも出来ないと言われる魔法を、人間が出来るはずも無い。故に、ここで人を治せば必ず周囲の者達はオリヴィアを放っておかない。必ずやその力を我が物にと迫ってくるだろう。
リュウデリア達が居る以上、手出しはされないだろうが、一度広まった噂を取り除くのは不可能に近い。これからの行動にも支障が出る。だからオリヴィアは、リュウデリア達以外に治癒の女神の力を使わないと決めている。例え目の前で人間が死にそうになったとしても、何とも思わないのだ。
そして、助けを求めていた3人は、オリヴィアの言葉が正しいと冷静になったのか、倒れている血塗れの男を慎重に抱えてギルドを出て行った。診療所を目指しているのだろう。先まで男が倒れていて床に広がってしまっていた血を、濡れたモップで綺麗にしている清掃員。その光景以外はまた賑やかなギルドに戻っていった。
去っていた傷だらけの冒険者達に一瞥もくれぬまま、今度こそクエストボードの元に行って何が良いか選び始めた。4人で見ていって、今度はクレアが尻尾で討伐依頼を指したのでそれを取り、空いている受付カウンターへ行くと、昨日対応してくれた茶髪で泣き黒子のある笑顔を浮かべた受付嬢が居た。
「おはようございます、オリヴィアさん!今日はどの依頼に行かれますか?」
「おはよう。今日はこれに行こうと思う」
「『
「うん?何だ。Eランク依頼だから受けられると思うが」
「あ、そうではなくてですね?先程の冒険者の方々が居たじゃないですか?あの方々は最初、陸蟹の大群に襲われたと言っていたんです。陸蟹は大群の一塊にはなりません。なのでもしかしたら……少し異常が起きているのかも知れません。それでも今日これを受けますか?」
「ふむ……異常か。まあ私達ならば大丈夫だろう。いざとなれば撤退する」
「……分かりました。お気をつけて」
「あぁ。行って来る」
どうやら先程の冒険者達は、今オリヴィア達が行こうとしている陸蟹という魔物の大群にやられたらしい。受付嬢もあまり薦めはしなかったが、昨日の一件でどれ程の力を持っているのか知れたので、受注させても大丈夫だろうと判断した。
水気の多い場所に生息する蟹だが、この陸蟹というのは歴とした魔物で、水気が無い陸地で繁殖している。1メートル程の大きさがあり、横長な体なためもっと大きく見えるだろう。土の中に潜り込んで、上を通過する者に襲い掛かって捕食するというものだ。左右で一本ずつ大きなハサミがあるが、右手のハサミが一番大きく、倒した証は小さい方のハサミでいい。
ギルドを後にしたオリヴィア達は王都から出て、王都を囲う岩壁の外に出た。地面は土なので陸蟹がどこに居るか解らない。草原ならば掘り起こされて土が露出している不自然な部分を探せば見つけるのは容易いが、そうもいかない。だが、ここには3匹の龍が居るので問題ない。
岩壁から歩いて1キロ程行くと、腕の中に居るリュウデリアと両肩に乗ったクレアとバルガスが翼を使って飛び立ち、それぞれ別の場所へ向かって、上から地面に急降下していった。小さな体なのに、着地するとどごんと鈍い音がし、砂煙が待った。風をイメージして砂煙を晴らすと、リュウデリア達は1匹ずつ大きな蟹を持ち上げていた。
「獲ったぞー!」
「……すぐに……見つけられた」
「これは熱湯で茹でれば美味いんじゃないか?」
「それ賛成」
「……乗った」
「ふふっ、こらお前達。まずは依頼にある5匹の陸蟹を獲って、ハサミを回収してからだぞ?」
「分かった」
「へーい」
「……了解」
クレアとバルガスは、自身で獲った陸蟹をリュウデリアに投げ渡し、2匹の陸蟹が到着するまでに、自身の持つ陸蟹の頭に尻尾の先を甲殻を突き刺して息の根を止め、やって来た2匹の陸蟹にも一瞬で同じトドメを刺して異空間へ跳ばした。
異空間へ跳ばす為の魔法陣が消える前に、クレアとバルガスが更に2匹、陸蟹を捕まえた。今度は自分達で息の根を止めてリュウデリアへと放り、また異空間へ跳ばす。あっという間に依頼にあった陸蟹の討伐目標は終えた。もう斃す必要は無いのだが、もう陸蟹を食べる気に満ちている腹ぺこ龍が3匹も居るので、まだ狩ることになりそうだ。
異空間に仕舞い終えたリュウデリアがオリヴィアの元まで戻ってきた。右肩に降り立ってある場所を指を指す。そこには少しだけ掘り起こされた土があった。どうやら陸蟹が居るところを教えてくれたようだ。顔を横に向けて一度頷いた。そしてイメージする。土を操る為に。
足下に落ちている石礫がカタカタと揺れる。オリヴィアが人差し指を向け、上へ振るとリュウデリアに教えられた部分の土が隆起し、中から陸蟹が現れた。地上へ引き摺り出された事に怒ったのか、着地すると一目散に向かってくる。だが動かしている脚に土が絡み付いて動きを阻害し、背後から尖った円錐状の土が陸蟹の頭を貫いたのだった。
「土の操作は初めてだが、上手くいったか」
「見事だ。動きを阻害してからのトドメは自然に出来たな。だが1つ言わせてもらうならば、土で甲殻を突き破ると後々の処理が面倒だ。食うからな」
「あっ……すまない」
「いや、後で砂だけを取り除くから構わん。魔法の行使はもう一人前だな」
「リュウデリアが教えてくれるからな。私も少しくらいは戦えるようにならなければいかないだろう?おんぶに抱っこはさせたくないんだ」
「そうか?治癒の力だけで十分だと思うが……それならばこれからも励んでくれ。俺も随時ローブの改造をしていこう。もう少し複雑な魔法が出来るようにな」
「ありがとう。頼んだ」
任せておけ。そう言って笑いかけるリュウデリアに笑みを浮かべる。そんな2人のやり取りをバルガスは静かに見守り、クレアは手を持ち上げてやれやれというジェスチャーをした。仲がよろしいこって……と言っているようだった。
乗っていた肩から飛んでオリヴィアの仕留めた陸蟹の元まで行くと、空気中の水分を集めて水の塊を造り出し、土の円錐で貫かれたことによって付着してしまった砂を洗い流した。中を確認して大丈夫だと判断すると、魔法陣を描いて異空間へ跳ばす。これで6匹の確保である。
さて、もっと集めようとリュウデリア達が位置に付いた瞬間、周囲一帯の地面が揺れた。震動が足下から伝わってくる。大きな何かが動いているのかと思ったオリヴィアだったが、震動を起こしている正体は違った。原因が何か分かるかとリュウデリアに聞こうと視線を向けると、遠くを指さしていた。それに従い目線を変えると、そこには夥しい数の陸蟹が此方に向かって進んでいた。陸蟹の大群である。
これがギルドに居た傷だらけの冒険者チームが出会したという、陸蟹の大群かと納得した。視界一杯に陸蟹が溢れており、これを4人で相手するには厳しいものがあっただろうなと思いつつ、再びリュウデリア達の方を見てみれば、獲物を発見したとでも言いたげな杜撰な笑みを浮かべて嗤っていた。
オリヴィアは静かにあーあ、と察した。恐らくあの陸蟹の大群は1匹も逃がしてはもらえないだろう。もう腹ぺこ龍3匹が、食べ物として捕捉してしまったのだ。何もこのタイミングで来なくて良いだろうに、運の悪い者達だと憐憫の感情を抱いた。今夜もマルロの屋敷へ行くことになりそうだ。
「じゅるっ……ご馳そ……んんッ……あれは放って置いたら危険だ。うむ、実に危険だ。ここに居合わせたのが俺達で良かったな。見つけたのだから責任を持って全部狩るぞ」
「本音を言ってみろよ」
「あれを見たら腹が減った」
「だと思った。オレもだけど」
「……魔法は無し……頭へ最小限の致死的な一撃のみ……数は?」
「んー、245匹だ」
「私がやると原形を留めておけなそうだから、ここは任せても良いか?」
「任しとけーい。えーと?1匹につき約80か。一番殺した奴が一番多く食べられるのどうよ?」
「「──────乗った」」
「ふふっ、頑張れ」
魔法を使わないと戦えず、しかし使えば加減が上手く出来ず原形を留めておけなくなりそうなので、オリヴィアは自主的に見学側に回った。リュウデリア達はやはりというべきか、全部仕留めて食べるつもりなのでやる気に満ち溢れている。
オリヴィアの前に3匹が翼で飛んでいる。手をバキバキと鳴らして嬉しそうに嗤っていた。200を超える魔物の大群は普通に緊急事態とも言えるが、これならば問題なんて一つも無さそうだ。そうして忽然と姿を消す3匹の龍達。次に現れたのは一番先頭を走っていた陸蟹の目の前だった。
大群どころか群れで移動することはないと言っていた陸蟹がこうも大群を為すとは、その原因は何なのだろうかと思案しながら、オリヴィアは次々と斃れていく陸蟹達と、嗤いながら狩り続けるリュウデリア達を見守っていた。
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回復薬
傷薬の上位版。高い回復力を持っていて、深傷も治すことが出来る。しかしその一方で値段はかなり張る。
なので、生傷が絶えない冒険者には必需品に思えるが、値段が高いのであまり持っている者達が居ない。少なくともBランク冒険者にならなければ、よし買おうとならない。
水を必要としない蟹。地中に埋まっていて、上を通ったものに襲い掛かる。良く見れば土の部分が掘り起こされているので気付ける。
遊んでいる家族同伴の子供や旅人が襲われる事件が発生しているので、討伐が出された。
何でリュウデリアは陸蟹の大群の数が解ったの?
一目見て計算したから。
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