第87話  偶然






「──────ッ!!」


「3体目だな」


「ゴーレムも脆いんだな。風の刃で一刀両断だ」


「一応核を破壊せねば何度も再生するのだが、良く核の位置が解ったな?3体それぞれ違う場所にあったというのに」


「……?勘だ」


「勘……」




 えぇ……勘でイケるものなのか?と微妙な気分になるリュウデリアに、オリヴィアは胸を張ってフードの中でドヤ顔をした。ふふんと言いたげな表情に、やはりセンスがあるんじゃないか?と疑問に思いながら、肩から降りて倒れて崩れたゴーレムの元へ飛んで行く。


 ゴーレムというのは、土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した魔物の事である。本体は『核』と呼ばれる半透明の小さな球体が体の何処かに存在し、それを破壊することによってゴーレムは機能を停止する。核を破壊されない限り、周りにある土塊を吸収して欠損した部位を修復する。ただし、それには魔力を使うので、ジリ貧になるだろうが部位を欠損させるダメージを与え続けて魔力を空にすることでも機能停止させることも出来る。


 飛んでゴーレムの元へ行くと、リュウデリアは崩れた土塊の一部分に腕を突き入れ、中から半透明の球体である核を取り出した。風の刃で真っ二つになっており、それは中心をしっかり捉えている。魔力を精確に感知できる自身からすれば、魔力が最も集中している箇所が視えているので問題ないが、魔力が無いオリヴィアには苦労するものだろう。


 だがオリヴィアは、ゴーレムの核を捉えている。ど真ん中を確実に。それも集中して位置を決めるのではなく、見つけてから殆どノータイムで魔法を撃ち込んでいる。端から見れば勘でやったというよりも、核がどこに存在しているのか解っていたかのような動きなのだ。


 目を細めて手の中にある真っ二つになった核を眺めていたリュウデリアは、まあいいかと肩を竦めて異空間に仕舞った。受注した依頼の目的はゴーレム3体の討伐であり、今のが最後の1体だったので依頼は終了した。あとは街に戻ってギルドで報告するだけだ。


 ゴーレムは唯の土の塊なので食べられるところは無い。なので何時ものように依頼で指定されている量よりも多く斃して換金もせず、自分達で食べるということは出来ないのだ。より多く斃して追加報酬を貰っても良いが、金に困っている訳ではないので、今日はここまでにしておく事とする。




「1時間くらいで終わってしまったな」


「たったの3体だ。普通はこれ程簡単には終わらんだろう」


「んー、時間も余っているし、帰って宿探しをして、その後適当に食べ歩きでもしようか」


「そうだな。それで良いと思う……何だ?」




 足下が揺れた。地震が起きる時の初期微動のような細かな揺れが突如として発生する。攻撃的なものは一切感じ取れなかった。天変地異とも思いづらい。オリヴィアも突然のことで警戒していて、いつでも何かが来ても良いように、上に向けた掌の上に純黒の炎を灯した。


 一方リュウデリアはその目で魔力の流れを視ていた。大地に流れている自然の魔力が何処かへ流れている。それを追い掛けていくと、10メートル程離れたところの1箇所に集まっていた。それなりの魔力だ。誰かが意図的に集めているのだとしたらすぐに解る。それが感じ取れないということは、それも自然的であるということ。


 1箇所に集まった魔力が形を為していき、土が隆起して入口らしきものへと変貌した。人が横並びに3人入っていけるような大きさをしている。地揺れが起きてから現れた下に続く入口にオリヴィアは興味を持ち、肩にリュウデリアを乗せながら近付いていった。


 中を覗き込めば暗闇に包まれていて、奥がどうなっているのか見えない。しかし下に向かって続いていることは解るので洞窟のようなものだろうか。壁も人の手で掘っていった通り道のように無骨なものだった。




「これは一体……」


「運が良いな。これは“ダンジョン”だ」


「ダンジョン?」


「大地に張り巡らされている龍脈から魔力が流れ、地下空間を形成することがある。中は部屋のようなものがあったりする。魔物も存在するが、それはダンジョン内でのみ生きることを許された、謂わば魔物の記録だ。殺しても死体はダンジョンに吸収される」


「普通の魔物ではないということか……しかし、生き物でもないダンジョンが何故魔物を内部に発生させるんだ?」


「ダンジョンは本物の生き物ではないが、生き物と同じようなものだ。突如として生まれ、内部の最深にダンジョンの核がある。それを破壊されれば数日の内に崩壊するらしいぞ。魔物はそれを護る為に配置されている、謂わば侵入するウイルスを殺す為の抗体みたいなものだ」


「ふむ、態々中に入って核を壊す必要はあるのか?中に蔓延る魔物はダンジョン内部でしか生きられないのだろう?放って置いても良いと思うが」


「実はそうでもない。ダンジョンは其処らに転がっている誰かの武器やら消耗品を巻き込んで生まれる。武器や防具は魔物に装備させる。となれば、魔物を殺したらダンジョンに吸収されるから意味が無いにしても、装備している装備などは吸収されずにその場に残る。つまり、掘り出し物を狙えるかも知れんそれらを狙って潜る者達が多く居る。冒険者とは違い、ダンジョン一筋でやっていく者達を探索者と呼ぶらしいぞ」


「本の知識か?」


「うむ。大きなものは国が管理して1つの名物にしていることもあるとも書かれていた」




 本を読んで得た知識をオリヴィアに伝えて説明するリュウデリア。それを聞いて、近くにダンジョンが発生したのは偶然かと頷くオリヴィア。本当に偶然生まれただけなので、今日は運が良い日だなと笑みを浮かべた。


 入らなければ危険が無いと解ると、恐る恐る中を覗き込んでいた体勢から、堂々と中を覗き込む。しかし暗いので中を奥まで覗き込むことが出来ない。そこでオリヴィアは明るく発光する光の球をイメージして創り出し、中に向かって投げ入れた。明かりがあれば中が見えるので、20メートル程の斜め下に続く通路となっていて、その先は広い空間が広がっていることが解った。


 さて、このダンジョンは街に報告すべきものなのだろうかとリュウデリアが考えていると、人差し指の上に小さな光の球を浮かべたオリヴィアが中へと入ってしまった。早速行くのかと横を向いてみると、今は必要ないと判断したのか被っていたフードを外し、ソワソワとした顔をしている彼女を見た。




「すまんが、探索させてくれ。折角のダンジョンなんだ。良いだろう?万が一強い魔物が居てもお前が居るんだ。な?」


「……まあそうだな。俺が居れば万が一も無いだろう。どうせ街に戻ってもそこまでやることは無いんだ。ならば暇な時間はこのダンジョン攻略に当てるか」


「ふふっ。話が分かるなぁリュウデリアは。愛してるぞ」


「まったく……俺も愛している」




 ふんふんと鼻歌を歌いながら進んで行くオリヴィアの肩に乗りながら、リュウデリアは魔力を超音波状に飛ばしてダンジョン内を瞬時にスキャンした。全体の大きさに、生み出された魔物全ての数と配置。広場の数に階数。そして核の位置すらも把握した。


 リュウデリアを相手に迷路は意味が無い。答えを教えているようなものなのだ。全てが筒抜けだからこそ、彼を連れていれば最速でダンジョン攻略をすることが出来る。だが彼はオリヴィアに道を教えない。何故なら、折角楽しみながら潜っているのだから、答えを教えたらつまらないだろうと考慮したからだ。


 経験した事の無い新しいものを知れて、オリヴィアはご機嫌そうだ。歩く速度も速く、口の端が持ち上がって笑っているのが解る。普通ならば武装を整えて中に入るのだろうが、このダンジョンはそんなに大きくなく、強い魔物も居ないので大丈夫だろう。純黒のローブを身に纏っていれば過剰も良いところではあるが。




「む、魔物だ。あれは……なんだゴブリンか」


「最初だからな。所詮は一番最初に会敵するだけの存在だ」


「少し拍子抜けだが、燃やしてしまおう」




 傾斜の通路を降りて少し広い空間に出ると、錆びた果物ナイフを手に持ったゴブリンが5匹待ち構えていた。ダンジョンに入ってきたオリヴィア達は、謂わば侵入者以外の何物でもないからか、ゴブリン達は気付いた途端に向かってきた。錆びたナイフで裂傷を負えば、鋭いナイフで斬られるよりも重傷となるだろう。


 早々と斃そうとして向かってくるゴブリン達に、オリヴィアが向けるのは純黒の炎の津波だった。左右いっぱいの逃げ場を与えない炎の津波が襲い掛かり、意気揚々と向かってきていたゴブリン達は呆然としたまま呑み込まれた。


 残っているのはゴブリンだった黒い焦げた何かが5つだけだ。それを少し眺めていると、地面に溶け込むように消えていった。リュウデリアの言う通り吸収されていった場面を目撃したオリヴィアは、おぉ……と、小さく感嘆とした声を出した。死体で、それも真っ黒に焦げて小さくなったものなのに、それすらも吸収するのかと。


 因みに、ゴブリンが手に持っていた錆びた果物ナイフは、ダンジョンが回収した代物なのでお宝扱いなのだが、どう考えても要らないので転がっているのを無視した。ゴブリンの殲滅を終えたので奥へ続く道へ入る。死体が残らないと邪魔にならないのでスッキリして良い気分だと感じる。


 斃して部位を剥いでも、その部位は時間が経つと砂のように姿を変えてダンジョンに吸収されてしまうので、会敵した魔物を真面目に相手するだけ無駄とも言えるだろう。下手に逃げれば追い掛けてきて、逃げた先に居る魔物と合わせて戦闘する羽目になるので、全部が全部無駄とは言い切れないが、少なくとも討伐したと報告することが出来ない。


 ダンジョン内の魔物は斃しても明らかなメリットにならない。しかしそれでもオリヴィアは楽しそうだった。元々金が目的ではなく、興味本位の探索なので何も無くても経験できているだけで楽しいのだ。




「次の広い空間に出たな。護っている魔物は……またゴブリンか」


「くくッ……ゴブリン率が高いな」


「武器は薪割りに使う斧か?……もう少し良い武器を持たせれば良かろうに」


「ここらには落ちていなかったということだろう。まあ仕方ない。こればっかりはな」


「むむ……じゃあ、今度は槍を使おう。魔力で形成したものだがな」




 リュウデリアが乗っている肩から飛んでい退いた。恐らく槍を投擲するんじゃないかと思ったからだ。その予想に正しく、オリヴィアは掌に純黒なる魔力で形成した槍を握り、右腕を振りかぶりながら左脚を前に出して踏み込んだ。


 2階の広い空間に居たのは柄の短い斧を持った3匹のゴブリンだった。1階に居た5匹のゴブリンよりも少し筋肉質になったこと以外は特に変わっておらず、ナイフが斧に変わったぐらいだ。当然武器の斧は錆びていて回収しても使い物にならないだろう。


 3匹のゴブリンは駆け出した。侵入者を討ち取る為に。それに対するはオリヴィア。距離を開けた状況で投擲された純黒の槍は、3列に横並びにして駆けるゴブリンの内、真ん中の眉間に吸い込まれるように飛来した。世凝る間もなく槍は頭を貫通し、半ばで止まった後光を放ち大爆発を起こした。


 魔力爆発で純黒なる魔力がドーム型になって広がり、両隣に居たゴブリンを容易に巻き込んだ。手に持つ戦利品に成り得た斧も消し飛び、ゴブリン達も当然の如くこの世から消えた。ダンジョンに吸収される死体も無いほどの徹底的な消滅であり、地面も円形に抉れ飛んでいる。リュウデリアは体のサイズを人間大にして、オリヴィアの隣に降り立った。




「投擲の技術が随分と上がったな。やはり戦いの才能があるぞ、オリヴィア」


「本当か?見様見真似でやっているだけなんだが……引き出しが増えたようで嬉しいな」


「今度槍だけでなく他の武器の扱いも慣れたらどうだ?他の奴等からすれば、強力な使い魔を持つ魔物使いの魔導士でありながら近接も熟す存在となるぞ」


「別に他の者達がどう思おうと興味は欠片も無いが……リュウデリアが教えてくれるならやるぞ?」


「……俺は龍だから武器の扱いを覚える必要は無いのだが……」


「もしかしたら使うようになるかも知れんだろう?折角クレア達を除いた他の龍には無い、恵まれた姿なんだぞ。使えるものは使ってこそだと思うが?」


「そう……か?……そうか。そうだな。使わないにしても覚えて損することは無いか。ならば後で練習するとしよう」


「頑張ってな。リュウデリアならば何の武器だって扱えるようになるだろうさ」




 曇り無く、全幅の信頼を寄せるオリヴィアに、ニコリと微笑みながら言われたのでは頑張らない理由が無い。龍だからと特別な技術は必要ないと考え、興味本位で振った槍以外は手を出していなかった。使い方は本を読んだのである程度理解している。となると、後は練習あるのみだ。


 隣を歩くオリヴィアの為ならば、少しの練習くらいどうということはない。頭の中で武器を扱う自身の動きを思い浮かべてシミュレーションを繰り返しつつ、次の階を目指した。






 あとどのくらいの階層があるのかと、リュウデリアの手を握りながら楽しみにしている横で、このダンジョンは残り2階層しかないんだよな……と、微妙な気持ちになっている彼に気が付かないオリヴィアだった。






 ──────────────────



 ゴーレム(土)


 土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した魔物の事である。本体は『核』と呼ばれる半透明の小さな球体が体の何処かに存在し、それを破壊することによってゴーレムは機能を停止する。核を破壊されない限り、周りにある土塊を吸収して欠損した部位を修復する。ただし、それには魔力を使うので、ジリ貧になるだろうが部位を欠損させるダメージを与え続けて魔力を空にすることでも機能停止させることも出来る。


 謂わば核に宿る魔力が動力源なので、時間経過だけでも自壊するのだが、薄らぼんやりとした自意識を持つが故に、近くに居る者に襲い掛かったりするので、魔物として討伐対象となる。





 龍脈


 大地に張り巡らされた魔力の流れる道のこと。簡単に言うと地球の血管みたいなもの。





 ダンジョン


 龍脈に流れる魔力が漏れ出て形を為し、地下空間を広げているものを指す。広さは1つ1つ異なっており、大きければ大きいほど、内部にある掘り出し物のお宝に期待が出来る。発生する魔物は生き物ではなく、記憶にすぎない。討伐されて死んだ死体が土に還り、龍脈を通じて記録されてダンジョンに使われる。


 地中に埋まっていたりする武器や防具、消耗品などが存在するのでそれを狙って潜る冒険者も居る。当然お宝が殆ど出ないようなダンジョンもあるため、そこら辺は完全に運との勝負。


 一番最深の場所にはダンジョンの核が存在し、それを破壊すると勝手に自壊する。すぐに崩壊はせず、数日掛けて崩壊していくので壊したからといって生き埋めになることは無い。だが間に合わないと生き埋めになるので注意が必要。





 探索者


 冒険者とは違い、ダンジョンに潜ってお宝を発見し、売却したりすることで生計を立てている者達。探索者のギルド等も存在している。


 ダンジョン一筋でやっていっているので、金目の物が目当てで不定期に潜る冒険者よりも経験が上で手慣れている場合が多い。





 オリヴィア


 ダンジョンというものを知らず、偶然近くにできたのは運が良いと良い気分になり、どんな感じなのかワクワクしながら潜っている。だが残念なことに、このダンジョンは小さくて全4階層しかないし、部屋から部屋へは一直線である。





 リュウデリア


 魔力を使ってダンジョンの全体像を早々に看破した。そしたら思ってた以上に小さくてえ!?と内心驚いて、めっちゃ楽しみにしているオリヴィアを見て微妙な気持ちになっている。教えてあげたいけど……なぁ?みたいな。


 オリヴィアが武器を扱えるようになりたいとのことなので、まずは自分が武器の扱いを覚えることになった。龍なので体と魔法が武器であるのだが、愛する者の為ならば是非も無し。




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