第247話  自然を従わせる女王






「──────仮でもいいからオレ達とチームを組んでみないか?もちろん、アンタも一緒でいい」


「え、えぇっと……」




 スリーシャは困惑した。人間が使う冒険者という制度。そしてその冒険者が利用するギルドに立ち寄り、登録を済ませると見知らぬ人間が声を掛けてきてチームを組まないかと誘ってきた。


 人間はまだ苦手だ。元々こんなに苦手意識は持っていなかったのだが、攫われて拷問を受けてから苦手になった。そんな人間とチームを組む?面白くない冗談だ。スリーシャは決してそんなことは望まない。リュウデリアやオリヴィア、バルガスにクレア、それにミリが居れば十分すぎる。


 態々わざわざ苦手になった人間と一緒に居ようとは思わない。だが突然話しかけられてしまえば、言葉が詰まる。スリーシャからして見れば十分威圧感のある冒険者が相手ということもあり、断りの言葉が上手く口から出せなかった。


 それに、メインで誘っているのはオリヴィアだ。人間達は彼女の戦闘力に期待をして誘っている。断りづらいという面もあった。どうすればいいのかとアタフタしているスリーシャの肩に手が置かれる。


 落ち着かせるため、肩に手を置いたのはオリヴィアであり、彼女はスリーシャと立ち位置を変えるよう前に出てきた。勧誘さてきた冒険者はオリヴィアと直接話せることに薄く笑みを浮かべ、握手をするための手を差し出した。あたかも仮とは言え、もうチームを組むことが決定しているかのような動きに対し、彼女ははっきりとした口調で断ると断じた。




「あー、仮でもいいんだが……?」


「ふざけるな。仮であろうとなかろうと、何故この私がお前達のような者達と一緒に行動を共にしなくてはならない?考えただけで不快だ。そもそも私より弱い者とチームを組むとでも?もっとよく考えてから喋るんだな」


「……オレは勧誘しただけだ。そこまで言われる謂われは無いと思うが?」


「事実だ。私は相当特別な理由が無い限りスリーシャ以外とチームは組まん。お前達のような弱い者共など以ての外だ。用が終わったならばさっさと失せろ。邪魔だということが分からんのか?」


「あまり敵を作るような発言はしない方がいい。冒険者ギルドは冒険者間の暴力沙汰に介入しない。完全な自己責任だ。怪我をしてからじゃ遅いぞ」


「はッ。私が怪我を?冗談だろう。力量も測れん者が強気な言葉を吐くな。いささ滑稽こっけいだぞ」





 表情は見えずとも、嘲笑の笑みを浮かべながら言っているというのが伝わってくる。男の冒険者は勧誘しただけ。冒険者ランクはAの打診が来ているBという状況で、オリヴィアが入れば確実にAランクに上がれるという打算もありはしたものの、単純な戦力としても欲していた。


 しかし、勧誘しただけで悪く言われた。誰だって良い気持ちはしないだろう。現に男冒険者は拳を握って震えさせ、額に青筋が浮かんでいる。今にも喧嘩が勃発してしまいそうな雰囲気に、ギルド内に居る他の冒険者達から視線が集まる。


 オリヴィアはいつでも掛かってきていいという心情だが、男冒険者はそうもいかない。ギルドで教えてもらった彼女の行動の中に、喧嘩をした相手を半殺しにしたというものがあった。手脚を斬り落とし、芋虫のようにしてやったと。斬り落とした手脚は焼いて消滅させ、2度と普通の生活には戻れないように念入りに行われた行為。


 たった1人でAランクにまでなった凄腕の女冒険者。それがオリヴィアの評価だ。挑めば分が悪いどころか、同じ目に遭わされてもおかしくない。ここで喧嘩を起こして冒険者として、人としての生活を放棄するか、怒りを呑み込んでここは終わらせるか。2つに1つ。そうして男冒険者が選んだのは……怒りをどうにか呑み込むことだった。




「ッ……ふーッ……。そんなだと、敵しか作らないぞ。いざ他の人の手を借りたいという時に貸してもらえなくなるからな」


「お前達に借りるくらいならば諦めた方がマシだ」


「……そうかい」




 最後までオリヴィアは男冒険者に対して冷たい対応をした。スリーシャはいざこざにならないかドギマギしていたのだが、相手が明らかに怒っていながら下がっていった事を不思議に思いながら、ホッと一息ついた。




「スリーシャ、あのような輩とは律儀に話す必要は無い。適当にあしらっておけ。人間と親睦を深める必要なんて無いんだ」


「そう……ですか?それは分かりましたが、何故あの人間は襲い掛かって来なかったのでしょうか?今にも……という雰囲気でしたが」


「前に襲ってきた冒険者の手脚を根元から斬り落としてやったことがあってな。冒険者ギルドは暴力沙汰に一切関与しない。負傷しようが完全に自己責任となる。あの人間は私に勝てないと踏んで諦めたのだ。もし挑めば同じように手脚を斬り落とされると察したのだろう。力量差は察せられんようだったが」


「では、私の場合はオリヴィア様のようにはいきませんね。そのような過去がありませんので、怒りを買えば襲われるでしょう」


「その時は殺さない程度に痛めつけるんだ。殺すと後が面倒だからな。そこだけ注意すれば、後は何をしようが関係無い」


「分かりました。それと、代わりに対応していただきありがとうございました」


「気にするな。元々私が目当てだった人間だ。私が対応して当然だろう?」




 オリヴィアから冒険者ギルドでの注意点と言うべきか、他の冒険者から絡まれた場合の対応方法を教えられたスリーシャ。実際、冒険者ギルドは冒険者間の暴力沙汰に介入しない。そういった説明は冒険者登録をする時に説明される。もし聞いていないとすれば、説明は要らないと拒否した場合だろう。


 そうなると、登録した時に説明を省くように言ったのだから、どちらにせよ自己責任だと言われるのがオチなのだが。

 どれだけ痛めつけられようと、死んでさえなければ罪に問われることはない。それがギルドの怖いところである。


 そこでふと、オリヴィアは今更ながらある事に気がついた。揉め事で喧嘩に発展するのはいい。人間達もやっていることだ。ただそこで見えてくるのは当人同士の戦闘力。オリヴィアが気づいたというのは、スリーシャの戦闘力に関してだ。


 知っての通り、スリーシャはリュウデリアの育ての母親だ。しかし種族が違う。ミリのような小さな精霊の上位種である上位精霊だ。内包する魔力総量はそれなりに多い。ミリと比べても比較にならないくらいにはあるだろう。だがそれだけで、魔法を使っているところを見たことがない。


 リュウデリアはスリーシャが魔物との戦闘が起きる冒険者をするという話をしても否定しなかった。つまり少なくとも戦う術を持っていると認識してもいいはず。ただし、彼女がどれ程戦えるかは判断ができない。




「あの……す、すみません!これを受けたい……の、ですが!」


「はい。薬草採取の依頼ですね?ありがとうございます。単独で受けられますか?チームを組まれますか?」


「えと、オリヴィア様と一緒に……」


「では2名での受注ですね。お手続きは完了になります。お気をつけて」


「ありがとう……ございました……っ!」




 冒険者に絡まれてしまい、少し時間を食ってしまったが薬草の採取依頼の受注が完了した。この依頼はスリーシャにとって初めての依頼である。内容的には彼女だけでも十分な簡単なものではあるが、オリヴィア達も当然一緒に受ける。


 どんな依頼も必ずソロでおこなって、FランクからAランクにまで上がってきたオリヴィアが誰かとチームを組む。冒険者ギルドの職員をしているだけあって、対応した受付嬢は表情を変えないまま心の中では驚いていた。


 全身を黒いローブで覆い隠しているという点と、声からして女性だということ以外は殆ど判らない人物が……それもまだ登録したばかりという新人と組むというのはどういうことなのかと疑問を抱く。しかしこうも思う。Sランク相当の魔物をも屠るオリヴィアが、登録と同時にチームを組む相手だ。それだけの有力な人物なのでは……?と考えた。


 誰もが思う、スリーシャはどのような戦い方をするのか?森に住み着き、森の行く末を見守っていただけの無害な精霊。その戦闘力とは?だがこれだけは言えるだろう。リュウデリアの母親なのだから、普通の精霊とは一線を画している……と。















「──────これで目的の薬草は採取できましたね」


「……スリーシャが草を抜いているのを見ると違和感を感じるのは私だけか?」


「大丈夫だ。オレも思った」


「私も……思って……いた」


「おかあさん、おはなそだててたからね!ぬいてるとへんなかんじだよね!」


「も、もう!皆さん私のことばかり見ないでください!」




 サテムを出て近場で薬草を採取していたスリーシャ一行。普通にしゃがんで見つけた薬草を手で抜いていた彼女の姿を、物珍しそうに眺めるオリヴィア達。というのも、森に住んで、人間に焼かれた森の再生に尽力するような、謂わば自然の中の精霊が自然をその手で摘んでいるのが珍しく映ったのだろう。


 メインの木を生かすために、要らない木を切る間引き等もするので自然を全く傷つけない……ということは意外とない。恥ずかしそうにしながら薬草を抜いて、必要本数分抜き終えたスリーシャがリュウデリアに薬草を渡すと異空間に仕舞われる。


 依頼にあった薬草の必要本数は200。皆で抜いたので一瞬で終わった。報酬はお小遣い程度なので安いが、金に困っている訳でもないので報酬額は気にしていない。


 依頼内容が終わったので、早く帰って何か食べないかと提案してくる常に腹ぺこの龍達に笑いながら、来た道をそのまま返ろうとしたオリヴィアとスリーシャだったが、背後から動物の威嚇に似た唸り声が聞こえてきた。振り返ると、そこには魔物のウルフが4体、よだれを垂らして荒い息をしながら躙り寄っていた。


 極限まで腹を空かせているのだろう、本能でリュウデリア達の事を恐ろしいと感じていても、攻撃しようとする姿勢は変わらない。頭で理解していても譲れない空腹が襲っているということだ。オリヴィアがさっさと片づけようと前に出ようとして、やめる。スリーシャが代わりに前に出たからだ。




「私が戦いましょう。オリヴィア様に任せてばかりではいられないと話したばかりですから」


「そうか……では頼む」


「はい。おまかせください」




「■■■■■■■■■■……………ッ!!!!」


「■■■■■■……ッ!!!!」




 ウルフが2体、我慢ならぬと突進してきた。空腹に負けた証だろう。形振り構わず、連携も無しにただただ真っ直ぐ進み、一直線に獲物へ向かって駆けるウルフ達。痩せていても4足で駆けるだけあって人間が走るよりも断然速度がある。


 オリヴィアならば全く問題なく対処できる速度だ。魔力で武器を造り出せば何の問題も無い。近づいてくるウルフに、魔力の武器で斬るなり突くなりすれば良いだけなのだから。いつもそのようにして襲い掛かってくる魔物を屠ってきた。リュウデリアに教えてもらっているのに、今更低級の魔物に遅れは取らない。


 だがそれは武器に心得があるオリヴィアの話であって、武器なんて握ったこともないスリーシャの話ではない。一体どのようにして戦うのかと、興味があったオリヴィアは固唾を呑んで見守る。


 スリーシャは落ち着いていた。慌てる様子もなく、ただ右手を持ち上げて走り寄るウルフに向けた。風が吹く。何だか分からないが、不吉な風に感じる。薬草を採る為にやって来た林の中に今は居る。草木が風になびいて揺れ、騒ぎ始める。ウルフ達は気づかない。自然が全て……スリーシャの味方をしていることに。




「──────捕らえなさい」




「■■■■■■■■ッ!?」




 地中より、木の根が地面を突き破りウルフに殺到した。数多の木の根が不自然なほど速く動いて脚に絡み付き、動きを封殺する。宙吊りにした後木の根は胴体にも首にも巻きつき、逃げられないように拘束した。


 2体のウルフはそれだけで何もできなくなった。残る2体は仲間がやられたことに怯え、1歩後ろへ下がった。目敏くそれを察知したスリーシャが、今度は逃げようとした2体のウルフに手を向ける。緑色をした魔法陣が構築され、ウルフの足元に生えていた草が脚に絡み付く。


 動きが遅れ、逃げるタイミングを逃した。その隙が大きすぎてしまい、スリーシャは次の攻撃に入る。木に生えている1枚1枚の葉が魔力を帯び、硬質化される。見た目は変わらず、硬さだけが変化し、刃も通さない硬度のそれへと変わった。


 番われた矢のように、独りでに動いて硬質化された葉が足を取られているウルフに向かって飛び交い、体を貫いた。1体に対して100は撃ち込まれた刃の如き木の葉。血が飛び散り、臓物が細切れになって溢れ出る。


 木の根に捕らわれたウルフ達は、巻きつく木の根が少しずつ絞まっていき、骨を砕き、皮膚を引き裂き、脚や胴体、首を無理矢理引き千切った。4体のウルフはあっという間に絶命した。味方をした自然は元の形に戻り、そこには不自然に惨殺された魔物の死骸だけが残っていた。




「ふぅ……みんな、ありがとう。助かりましたよ」




「あれは……木が味方したのか?」


「いいや。木とは限らない。自然を操る緑系の魔法を使うが、上位精霊だからなのか、生まれ持った特性なのかは知らんが、自然そのものが全てスリーシャの意のままだ。声を聞き、語り掛け、命令を下す。従わない自然は存在しない。自然にとって──────スリーシャが自然の女王となる」


「スゲーな。魔法で木を操るってより、魔力でちと強化しただけだぞ。命令しただけで独りでに動きやがった」


「魔法と……いうより……そういう……能力と……言われた……方が……納得……できる」


「そうだろう?相当な力を持たない限り、自然の中でスリーシャに勝てる存在など居ない。何せ、自然の全てが敵に回るのだからな。個にして軍とはこの事だ」


「スリーシャ……実は凄まじい力を持っていたんだな」


「えへへ。おかあさんはすごいんだよ!みんなとおはなしするだけで、なーんでもやってもらえるんだから!」




 誇らしそうに胸を張るミリの頭を撫でながら、オリヴィアはスリーシャの後ろ姿を眺めていた。人間が苦手になった優しくて強いリュウデリアの育ての母親は、実力も凄まじいものを備えていた。


 自然と共に生きる、自然の女王。彼女にはありとあらゆる自然が無条件で味方になる。優しいだけではない。人間と同じ姿に見えていても、本質は人外のそれ。命を奪うという行為には何も思わない。無駄な殺しはしないが、必要ならば躊躇いなんて無い。


 オリヴィアは悟った。小さな精霊達を盾にされていなければ、人間が軍を率いて責めてこようが彼女のみで殲滅できたであろうと。それだけの影響力があり、力があり、数があった。人畜無害そうな優しい笑みを浮かべる彼女に惑わされてはいけない。何せ、スリーシャもまた人ではない人外なのだから。









 ──────────────────



 スリーシャ&ミリ


 ミリは自然と話せるが、無条件での使役はまだできない。友達みたいな感覚。


 スリーシャには自然を無条件に使役する力があり、魔力を流し込んで強化する場合の影響範囲が膨大。つまり広大な森全てが1度に強化される。


 自然と共に生きる女王。それがスリーシャという上位精霊の正体。人外であるので、好き好んで他者の命は奪わないが、必要ならば命を奪うことに躊躇いが無い。





 バルガス&クレア


 スリーシャの魔法を見るのが初めてであり、魔法ではないのに口で命令するだけで自然を操ってみせたその手腕に感心している。魔法を使ってならば同じ事ができるが、語り掛けるだけでは絶対に真似できないと思った。





 オリヴィア&リュウデリア


 リュウデリアはスリーシャが自然を使って戦えることを知っていたので、冒険者になることを否定しなかった。自然に語り掛けるだけで動かすのは、リュウデリアでさえもできない。


 スリーシャが強いということに衝撃を受けたオリヴィア。危ないときは守ってやらないとと思っていたが、自然の中ならばスリーシャの方が強いだろうなと考えている。



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