第246話  精霊の冒険者登録






「──────人間が作るこの本というのは良いものですね。此処とは違う場所の生態系、気候関係、高低差、載っている地図。何から何まで把握することができます。リュウデリアが夢中になるのも分かります」


「……人外というのは皆こうも頭が良いものなのか?それとも私だけか?何故言語の習得がこんなに早いんだ。それと読むのも早い」




「りゅうでりあ!このほんよんで?」


「お前は文字を覚える努力をしろ」


「えー。だってむずかしいんだもん」




「ミリ。私の味方はお前だけだ。お前はそのままでいて良いんだぞ」


「……?うん!」




 道を聞いて目的の図書館に到着したリュウデリア達は現在、目についた読んだことの無い本を虱潰しに読んでいた。最初、スリーシャは人間の使う文字について知らなかったので、文字を教えることから始まったのだが、リュウデリア同様あっという間に文字をマスターしてしまい、今では補足も必要ないくらいだ。


 加えて読む速度も早かった。リュウデリアやバルガス、クレアなどはページをただ捲っているようにしか見えない速度で読むことができるのだが、スリーシャは流石にそこまでの速読はできなかった。しかし2、3秒あれば1ページ進む速度なので相当なものだろう。


 オリヴィアも本は読める。文字も教えてもらって覚えている。が、そんな速読はできなかった。普通よりも速い速度が関の山だ。だからか、まるで人外全ては頭が良く速読が可能とでも言える状況に若干の置いてけぼりを食らい、ミリに仲間意識を持った。


 ミリにはまだ難しかったのか、文字を覚えようとする努力よりも、どの本をリュウデリアに読んでもらおうかという部分に集中して、子供が読めるような絵本をフラフラと持ってくる。それに溜め息を吐きながら、膝の上に乗せて読み聞かせをするお兄ちゃんなリュウデリアだった。




「読んだことあるヤツがあったりすっけど、結構知らねェ本があンな」


「ふむ……この本は……面白い。数百年前まで……『地球平面説』……というものが……一般的な……考えだった……ようだ」


「ンだそれ。まだ読んでねーな。平面?」


「地球の……大地には……限りがあり……それより……先へ行くと……奈落の底へ……落ちてしまう……というものだ」


「つまり地球が円盤みてーだって考えてた訳だ。オイオイ。上から見りゃ1発だろ。しかも落ちたらどうなるんだっつの。まあ、落ちたら出て来れないから何があるか判らない……ってのも分かるけどよォ」


「昔の……人間には……魔法を……使える……者が……少なかった……らしい。その……所為せいで……差別化が……生まれ……魔力を……持たぬ……人間と……魔法を……使える……人間とで……戦争が……起きた」


「明らかに魔力無しの方がキツいだろ。……あーあれか。思い出した。それに似た記述が載ってる本読んだぜ。だから魔力無しの人間共は魔法が使える側の人間の中で協力者を掻き集めて対魔導士用の『兵器』を造ったンだろ?」


「今では……それが……『古代兵器』と……なって……いる」




 地上に住む人間からは見えないため、地球上の大地には必ず限りがあり、そこより先へは行けないようになっている。もしそれより先へ行こうものなら、無限の奈落へ落ちる。という説が一般的になっていた。限りがある。有限である以上、地上もまた同じと考えるのは不思議ではない。が、龍からしてみれば笑い話だった。


 上空数千メートルを飛行する龍には、大地には限りがないことは分かっていた。海などといったものに面してしまい大地が途切れていることを除き、地球がそもそも球体状になっていて、重力が働いており、無限の奈落へ落ちることはないというのは当然知っていた。


 しかし、人間と龍とは交流が無く、その事実を把握するまで長い年月を掛けた。今でこそ地球は球体であることが当たり前となっているが、それ以前は地球平面説が普及していたのだ。その地球平面説に異議を唱え、地球はしっかりとした球体でありながら重力によって無限の奈落へ落ちることはないと提唱した人物が居た。それもまた昔の人間である。


『地球平面説』を説いたその者の名は、マナブ・チカク。生まれた時より不思議なことをよく口にする人物だったそうだ。だが、それでも彼の生涯は大層女性に縁があり、妻は6人居たという記録がある。




「ふぅ……オリヴィア様。私は今日のところはこのくらいにしておきたいと思います」


「ん?もういいのか?いや、本自体は300冊以上は読んだと思うが」


「流石に全部をこの場で読みきることはできないです。少し頭の中で情報を整理をしたいので。数日に分けてもよろしいですか?」


「もちろん構わないぞ。普通はそうする」


「間接的にオレ達がおかしいみたいに言うじゃねェか」


「この膨大な数の本を半日で読むのは普通じゃない」


「そうかァ?」


「龍というのは皆がお前達のように頭が良いのか?」


「知らね。嫌われてっから世間話なんざしねーし」


「……そうだったな」




 ちなみになのだが、他の龍でもそこまで速くは読めない。これは単純にリュウデリア達が特殊なだけだ。他の龍とそういった世間話なんてものは、突然変異の姿であったり強者特有の覇気だったり、仲間であろうと容易く殺したりする残虐性から素直に相手はされないので不可能に近いだろう。


 リュウデリア達程ではないにしろ速読ができるスリーシャだが、この日の内に全部読んでしまおうという考えは持っておらず、数日に分けて読むつもりだった。読んで頭の中に入っている情報を整理するためだ。


 別に急いでいる訳でもないのでゆっくり読めばいい。数日に分けるのは一向に構わないとオリヴィアやリュウデリア達が了承し、一行は図書館から出た。


 そうして1つの目的を途中とはいえ切り上げた一行の内、スリーシャがオリヴィアに問い掛けた。図書館に向かいながら提案された冒険者登録をしてみないかという誘いだ。取り敢えず本を読んでからでいいということで返事はしていない。スリーシャは、本を読んだことで冒険者のことはある程度頭の中に入っている。なので、単純に冒険者登録はした方が良いのか?という疑問が頭にあった。




「無理に登録する必要はない。ただ、登録をして私とチームを組んだことにしておけば依頼を受けた際に色々便利だと思ってな。冒険者の証で、ある程度の身分も証明できる。それに、金も手に入るぞ?私が金を払うと申し訳なさそうにしていたからな、提案の1つだ」


「……そうですね。私には身分なんてものはありませんし、何よりオリヴィア様とリュウデリアが稼いだお金を使っていただくのも忍びないと思っていたところです。なので、えぇ。私も冒険者登録をしたいと思います」


「いいのか?必然的に人間と接触することになるぞ。受付をしているのは人間だからな。その他の冒険者共は相手にしなくていいとしても、それだけはどうしようもない」


「……いえ、大丈夫です。いつまでも頼ってばかりではいられませんから。ね、ミリ?」


「うん!わたしだって、おかあさんといっしょにがんばる!」


「そうか……分かった。では冒険者ギルドの方へ行き、登録をしてしまうか。なんだったらそのまま試しに依頼を受けてもいいな」


「それなら、1つ受けてみてもいいですか?」


「時間ならある。好きなものを選ぶといい」




 あまり冒険者として活動しないにしても、精霊という種族であり、今まで人間社会に触れたことが無かったスリーシャとミリには身分が無い。安価で済むが故に、そこまで強い効力は発揮しないが冒険者登録をすれば一応『冒険者』という身分は手に入る。


 当然ランクが低いと身分の効力も大したものになりはしないが、オリヴィア達のようなAランクや、その上にあるSランク等になれば強い効力を持つ。


 道端ですれ違う人間に冒険者ギルドが何処にあるのか聞いたオリヴィアが先導して進む。昼を過ぎて少し経ったくらいの時間帯なので、大通りにはまだ住民が多く居る。その間を縫いながら歩いて行き、やがてオリヴィア達は1つの建物の前に辿り着いた。入口の上部には木製の看板が設置されていて、そこには『凶暴な番犬ヤングドッグ』と彫られていた。


 両開きになる扉が正面にあるので、オリヴィアは敢えてスリーシャに譲った。彼女が頷いたのを見て、緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らしてか扉に手を掛けて押し、開いていった。立て付けの影響か、開きながらギィッと音を立てる。すると中に居る冒険者達が入ってきたスリーシャの方に目を向ける。


 ビクリと肩を揺らすスリーシャ。フードをしっかり被るためにフードを摘まんで下に降ろす。不自然な行動と、全身真っ黒なローブを身につけているという特徴から、奇異の目を向けられる。しかし彼女は立ち止まらず、ゆっくりとだが前に進み、受付をするためのカウンターを目指した。




「こんにちは。ご用をお伺いします」


「え、えと……ぼ、冒険者と、登録をしたい……ですっ」


「はい、冒険者登録ですね。ありがとうございます。冒険者になるにあたっての注意事項やランク制度についたのご説明は必要ですか?」


「あ、それは……大丈夫、です」


「わかりました。では登録するにあたっての手数料として2000Gをいただきます」


「それは私が出そう」


「……はい!2000Gを確認致しました。冒険者であることを証明するタグがこちらになります。なくさないよう気をつけてください。なくされると同じ手数料が必要になってしまいますので」


「わ、わかりました……ありがとうございます」


「いえいえ。それと、依頼書がある掲示板はあちらになりますので、依頼を受けられるようでしたらまたお越しください」


「は、はい!」




 受付をしてくれたのは大人の優しい雰囲気のある女性だった。どもりながら話すスリーシャに、他人と話すのが苦手な方だと察してゆっくりと解りやすく説明をし、受付を行ってくれた。


 冒険者の証であるタグにはFと彫られていて、1番ランクが低いところからスタートすることになった。誰しもそれは同じなので思うことはない。偶に飛び級をする者も居るが、それだけの実績が周知されているということも無いので、従来通りのスタートを切った。


 促された先には依頼書が貼られた掲示板がある。スリーシャはオリヴィアに後をついてきてもらいながらそこまで行き、Fと書かれている依頼書を読んでいった。最下級のランクに斡旋される依頼はそれ相応のものだ。薬の調達や、弱い魔物の討伐。中には清掃などもある。




「さあスリーシャ。どれにする?どれも簡単なものだ」


「えぇと……では、この薬草の採取を」


「登録したばかりの私達と同じ依頼だな」


「ふふっ。同じですね」




 有って困ることがない薬草の採取依頼はどのギルドにも斡旋されていて、FやEランクに設定されている。雑草と間違えてはいけない程度の注意しかないので誰でも安心安全に受けられる。どの冒険者も大体は受けたことがあるだろう採取依頼だ。


 掲示板に貼られている薬草の採取依頼。それを剥がして手に取り、受付カウンターのところへ戻る。だがその途中のこと。スリーシャの前に男が立ちはだかる。突然前に出てきたので彼女は驚き、歩みを止めて見上げた。身長は190前後と大きめで、身長がオリヴィアよりも小さいスリーシャからしてみれば見上げないといけない。


 それに伴い筋肉質で威圧感があるため、人間が苦手というスリーシャにとってはただ怖いだけだ。そんな、突然進行方向にやって来た男はスリーシャとオリヴィアを見下ろし、口の端を持ち上げて笑みを浮かべた。




「その真っ黒な全身を包み込むローブ。見たことない魔物の使い魔。冒険者登録したばかりのアンタは違うのは当然として、後ろのアンタはオリヴィアだろ?Sランクの飛び級を蹴っておきながら実力だけでAランクになったソロの冒険者は」


「で、それがなんだ。スリーシャが依頼を受けようとしているんだ。邪魔をするな」


「まーまー。そう冷たいこと言うなよ。見た感じソロはやめてチームを組むんだろ?オレはその事について勧誘しに来たんだよ」


「オリヴィア様を勧誘……ですか」


「そうだ。常にソロで活動していたAランク冒険者がチームを組もうとしてるんだぜ?この機会を逃すなんてへまはしないさ。それで、どうだ?仮でもいいからオレ達とチームを組んでみないか?もちろん、アンタも一緒でいい」


「え、えぇっと……」




 冒険者は冒険者協会に情報として登録される。それは大陸の違いであろうと関係無く、登録した以上は情報が例外なく冒険者協会に送られる。受けた依頼。成功したか失敗したか。どのような武器を主に使い、どんな素性なのか。素行はどうかなど。ギルドから報告された情報が存在し、常に最新を更新している。


 そして、冒険者は他の冒険者について調べてもらうことができる。個人的な情報は明かされないが、どんな人物なのかを開示してもらえる。例えばオリヴィアの場合は、飛び級での昇級の話を蹴り、地道にランクを上げていった冒険者で、現在はAランク。実力はSランクレベルであり、王都を襲った魔物の群れを殆ど討ち払ったなどが書かれている。


 当然、ギルド内での他冒険者とのいざこざで、四肢を斬り落とした等といった情報まである。ただ、これに関しては完全に自己責任となっているので咎められることはない。


 つまるところ、オリヴィアは最近力をつけた強い冒険者という枠組みに居て、他の冒険者から注目されていた。しかし常にソロで活動していたこともあり勧誘はされなかった。が、ここにきて初めてチームを組もうとしているところを目撃したため、チームに入らないかと誘ってきたというわけだ。


 メインはオリヴィアであるため、ついでという形でチームに誘われたスリーシャは、フードの中で困惑した表情をしてオロオロとしていた。







 ──────────────────



 スリーシャ&ミリ


 スリーシャも本を読むのが速い。しかしリュウデリア達ほど速くは読めない。彼等は1日で図書館の本を全て読んで暗記できるが、スリーシャの場合は数百冊読んだら、情報を少し整理しないといけない。だがそれでも憶えてはいる。


 ミリは文字を覚えるのに飽きてしまい、何時まで経っても覚えられないのでリュウデリアにせがんで読んでもらっている。難しいのだと理解できないので、簡単な絵本などを中心に読み聞かせをしてもらう。





 バルガス&クレア


 スリーシャの肩に乗って使い魔の役に徹している。だが有事の際には動く。敵意が無かったので動かなかったが、もしスリーシャの前に立ちはだかった男が敵意持ちだった場合は、残酷にも手脚を斬り落としていた。





 オリヴィア&リュウデリア


 今までソロでやっていたのは、単純に人間と一緒に過ごすのが嫌なのと、必要性が超絶皆無だったため。勧誘は受けるつもりがない。だがオリヴィアは少し思いついた様子……?




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