第134話  気配の残痕




 神々の国をリュウデリアが1つ滅ぼしている時よりも少し時間を遡り、過去の神界へやって来たオリヴィア達。時空の狭間で別れてしまったまま時空の穴に入り込み、着地地点が大幅にズレてしまった。


 呼び戻すことは出来ないのかと、連れて来たシモォナに聞いてみたところ、肝心の呼び戻しの力は無いのだそうだ。連れてきたはいいが、帰す為には彼女の権能の効果範囲内に居なくてはならない。そして何処へ行ったかも解らないという言っている。


 無限の大地が広がる神界で、何処かには居るという言葉は絶望的だ。那由他の向こうまで飛ばされてしまっているかも知れない。そうなるといくらリュウデリアでも気配での感知も出来ず、魔力を飛ばしてもかなりの時間を要するだろう。


 故にオリヴィアはシモォナの事を殴り飛ばした。そんなふざけた話があるかと。これ以上無い程に愛している者と訳の解らない別れ方をさせられれば、彼女だって怒ることだろう。




「本当にごめんなさい……」


「謝って済む問題か愚か者ッ!!」


「まーまー、オリヴィアちょっと待て。確かにそこの女は随分な事をやらかしてくれたが、殺したらオレ達は元の時間軸に帰れるか解らねェぞ?それどころか殺した瞬間に訳分からん時間軸に吹っ飛ばされる可能性だってある」


「それに……リュウデリアならば……大丈夫だ。そこらの……神には……負けない。目的が……絞られて……いる以上……リュウデリアは……強大な……存在を見つけ……そして……私達と……合流しようと……している……事だろう」


「おい。お前シモォナっつったか?」


「は、はい」


「オレ達とリュウデリアの時間軸は同じなンだよな?違ェのは場所だけだろ?」


「はい。それは大丈夫です。同じ穴に入ったのならば、定めた時間軸なので私達と同じ時間軸に居る筈です」


「っつーことはだ。バルガスの言う通り、強ェ奴を探し出して見つければ、自ずとアイツもやって来るってことだ。心配すンなよ。むしろお前のつがいを信じろ」


「……はぁ……そうだな。私がリュウデリアを信じなくてどうするというのだ。意図せず離れ離れになったから頭に血が上っていた。少し冷静になるから待っていてくれ……」




 外していたローブのフードを被って、まるでリュウデリアを感じ取ろうとしているようにローブをキツく握り締めながらその場から離れた。木の陰で座り込み、熱くなった頭を冷やす。リュウデリアならば大丈夫だ。前最高神を正面から殺した龍だ。どんな敵が来ても不敵に嗤いながら殲滅することだろう。


 離れると理解してから別行動をするならまだしも、安全を確保出来ているのか、彼のところでは何が起きているか解らないという不安は重く心にのし掛かってくる。そしてそれは、彼を愛せば愛すほどより強く、へばりついてくることだろう。


 元気が無くなったオリヴィアに気を遣ってそっとしておく事にしたバルガスとクレアは、彼女の頭が冷えるまで情報を整理しておく事にした。此処は神界であり、過去の時間軸。リュウデリアとははぐれてしまったが時間軸は同じ。目的は神界を滅ぼしうる力を持つという強大な存在だ。


 まだ確認し合う程の情報は無いが、それでも認識の合わせをバルガスとクレアで行う。すぐに話し合いは終わったので、クレアはシモォナの傍に近寄り、上から顔を覗き込む。黄金の瞳を細くして妖しい光を放ちながら、殺気をぶつけて警告をした。




「時間軸が合ってるし、お前を殺すとどうなるか解らねェから生かしてるが、次に下手なことしてみろ。脳味噌弄くり回して権能で元の時間軸に戻させた後にぶち殺すからな。オレ達の中でお前を赦してる奴なンざ居ねェのよォく覚えとけ」


「……はい。本当にすみませんでした」


「……ケッ。ンで、疑問だったが、お前の権能は時間跳躍なンだろ。初めて会った時、どうやってオレ達の背後を取った?気配なンざ欠片もしなかったぞ」


「あ、それは私だけの力ではありません。未来を占えるという女神にお願いをして、あの存在を倒せる方を占ってもらい、接触できる場所も教えてもらったんです」




 シモォナは占いの権能を持つ女神に会いに行き、強大な存在を倒せる者を占ってもらった。すると、地上に居るという赫、蒼、黒の龍が、強大な存在を倒すことができるだろう者達だと示した。しかしそれは何千年も未来のことだった。


 強大な存在はその力故に、100年もしない内に神界そのものを滅ぼすとされていた。だから何千年も未来に生まれる3匹の龍に頼ることは出来ない。筈だった。そこに名を上げたのがシモォナだった。時間跳躍という権能を持っている彼女ならば、彼等に接触して連れて来る事が出来るだろう。そう考えたのだ。


 そしてバルガスとクレアが疑問を抱いていた、シモォナとのファーストコンタクトの時だ。気配も何も無かったのに、突然背後に現れた。それはどう説明するのかという問いだが、これはかなり面倒なことをしていた。


 数千年後のある場所なら、その強大な存在を倒せる力を持った3匹と接触が出来ると言われた。しかし細かい日付が解らず、強大な存在が襲ってきて全てを教えてもらう時間が無かった。なので虱潰しに1日ずつ調べていったのだ。接触できると言われた場所を。そこで少し過去に戻れば良いのではと思うかも知れないが、時間跳躍の過去行きは、未来行きよりも桁違いの力を使う。


 なので細かい日数を聞きに過去へ行くのを諦めて、未来に行って連れて来ることを選んだ。過去に行くと数時間しか居られない挙げ句に、元の時間軸へ戻るのと未来へ行く為の力が尽きてしまうのでやめたのだ。


 そうして虱潰しに探し始めること30日。シモォナはリュウデリア達が居る時間軸に到達することが出来た。それが最初のファーストコンタクトである。つまり会えると言われた場所で、目の前に居る状況で会うことが出来たのだ。因みに、シモォナ自身も驚いていた。




「なーるほどね。ご苦労なこって」


「私達を……この時間軸に……跳ばしている……間は……権能を……使って……いないのか?」


「使っています。なのでそんなに長期間は跳ばしておけません。しかし跳ばしている方の数は把握できても場所は把握できません。なので見つけるのは……」


「ふーん。一見めちゃくちゃ強い権能に思えるが、制約が厳しいな。ま、いいや。できねーもンやらせてる時間がもったいねェ」


「……すまない。頭を冷やし終えた。待たせたな」


「よーし。ちょうどオリヴィアも来たことだし、その強ェ奴探しますかねェ」




 今はリュウデリア個人を探すよりも、目的であった強大な存在を探して見つけ出した方が合流できる確率は上がると思い直し、頭の熱を冷ましたオリヴィアが戻ってきた。シモォナは急いで彼女の元へ行って深々と頭を下げた。こんな事になってしまって申し訳ないと。完全に実力不足だったと。


 確かに権能がそこまで上手く扱える訳ではないシモォナは、未来を思うがままにできそうな権能を持っているが、数々の問題と言える制約を背負っている。詳細を頭の熱を冷ましながら聞いていたので、もう攻めるつもりは無いと答えた。ただし、こうなってしまった事は赦さないとは言っておいた。


 それは承知しているシモォナは、はいと答えた。そしてオリヴィアはあることに気が付く。シモォナの首に純黒の首輪が取り付けられているのだ。これは、彼女の話を無下にして去ろうとしたリュウデリア達をその気にさせるために言いくるめようとした時、つまらない話だった場合、即座に彼女が吹き飛んで死ぬようにとリュウデリアが創った首輪だ。


 彼の感情とリンクされており、話を聞いてもつまらないだとか、失望の念を抱いた瞬間に自動で爆発するようになっている。その首輪がまだある。それに魔法で創られたものだ。もしかしたらバルガスとクレアならば魔力の繋がりを追って見つけられるかも知れない。


 早速とこの首輪から繋がるものでリュウデリアが居る場所を絞り込めないか2匹に聞いてみると、確かにと思ってシモォナの近くに寄った。細く白い首に嵌められた繋ぎ目の無い純黒の首輪。危険な爆発物だが、今回は彼を見つける手掛かりになるかも知れない貴重な代物となった。しかしそこであることに気が付く。




「……なンか、首輪細くなってねェか?」


「確かに……時間跳躍を……する前と……比べて……細く……なっている……気がする」


「……言われてみれば」


「そ、そうなのですか?私からは見えないので何とも……」


「……あー。なるほど。そういうことか。悪ィオリヴィア。時間切れだったわ」


「うん?」




 何かを察したクレアの言葉に首を傾げたオリヴィア。その直ぐ後の事だった。シモォナの首に掛けられた純黒の首輪は細くなっていき、砕けてしまった。何で壊れたのか解らず困惑していると、ある仮説が一瞬浮かび上がる。術者であるリュウデリアが死亡した場合、掛けられた魔法も消えるのではないかと。


 そんな悲観的な思いを気配で感じ取ったバルガスとクレアはすぐに否定した。リュウデリアが死んだからではないと。ならばどうして勝手に首輪が砕けてしまったのかという問いに、噛み砕いて教えてくれた。


 そもそも、リュウデリアは砕けてしまった首輪に、常に魔力を供給し続けていなかった。話を聞き終えるだろう短い時間の間だけ効果を発揮するだけの魔力を籠めておいたのだ。つまり、首輪は魔力爆発を起こすのに使う魔力の他に、維持しておくための魔力を使い果たして自然自壊してしまったのだ。


 なのでリュウデリアが死んだから首輪が壊れたということはない。しかし首輪が壊れてしまったので、繋がっている魔力を追い掛けることはできなくなってしまった。そもそも、離れている距離がありすぎて繋がりが断ち切れてしまっていたとのこと。なので、結局リュウデリアの居場所は分からず終いということだ。


 バルガスとクレアから一連の情報を教えられて、オリヴィアは静かにそうかとだけ返事をした。これで見つかるならばそれに越したことは無いのだが、残念ながらそう上手くは事が運ばなかった。無いもの強請りはやっても虚しいだけなので、すぐに気持ちを切り替えて強大な存在を探そうと声を掛けた。




「ンで、そのめちゃ強ェ奴は何処に居ンのよ。此処はお前が最後に見つけた場所なンだろ?」


「だが……私達を……見つけるのに……約一ヶ月……経っている。その存在も……この場から……去っている……のでは?」


「にしては襲撃された後が無ェな」


「ここら辺は壊してもすぐに元の状態に戻るんです。なので襲われた時の跡が無いのだと思います」


「は?地形が勝手に元に戻るンかよ。どういう原理だ」


「面白い……作りに……なっている……場所も……あるのか」




 今オリヴィア達が居るのは、強大な存在に襲撃された場所であり、シモォナが時間跳躍をする時に居た場所でもあった。しかし戦闘の跡は無く、自分達もリュウデリアのように到着する場所を間違えたのかと思ったが、そうではなく、地形に問題があったそうだ。


 魔法でも掛かっている訳ではないというのに、破壊されたりした部分を大地が勝手に修復させるのだそうだ。全てが全てそうという事ではなく、この辺り一帯がそういう場所とのこと。なのでオリヴィア達はこの場から移動して情報収集をしなければならない。


 この時間軸からすれば現代の住民のシモォナでも、時間跳躍の影響で約一ヶ月の事が跳んでしまっている。なので此処に居たのだろう強大な存在が何処へ行ってしまったのか解らないのだ。まあ仕方ないかと思いながら、クレアがオリヴィアを抱き抱え、バルガスがシモォナを抱き抱えながら空を飛んだ。


 林の中から一瞬で出て、上から辺り一帯のことを眺める。すると、確かにシモォナの言う通り、10キロ程度周りは何も起きていないように綺麗な木々や地面が見られるが、その外側は強大な存在にやられたのか破壊の跡が残されていた。


 本来の大きさに戻ったバルガスとクレアでも普通にやったら付けられないくらい大きな大地への裂傷。深く抉り飛ばされて、スプーンで刳り貫いたようになっている山があったのだろう場所。広範囲が燃えて黒い炭と化した森。神々が集まって生活をしていただろう村のような場所は、家が粉々に壊されてしまい、住んでいた筈の神は1柱も見掛けない。


 そしてそういう場所には、襲われて殺された神々の血痕が残っていた。とてもではないが生存している者は居ないだろう光景に、高度を下げて飛んでやって来たシモォナは両手で口を覆い、抱えているバルガスの腕の中で震えていた。


 取り敢えず調べるために破壊された村の跡に降り立った一行。見るも無惨な姿に変えられてしまっている光景を見て呆然としているシモォナを尻目に、バルガスとクレアは目を細めていた。その様子から何かあったのかと察して、オリヴィアが何か見つけたのかと問い掛けると、首を横に振った。




「見つけてはいねェが、察しはついたぜ」


「何をだ?」


「神界を……滅ぼすと……言われていた……存在の……強さだ」


「上から見た光景でか?」


「いや、ここら辺にこびり付いてる、濃厚な気配の残痕でだ。こりゃすげェ。一ヶ月は経っていてこの気配の濃厚さなら、多分だが本体クソみてェに強ェな」


「私達が……殺した……神々よりも……明らかに……上の力を……持っているだろう」


「……お前達でも厳しいか?」


「……ぶはッ。おいおーい。やめてくれよ。すげェくらい強ェとは言ったが勝てないとは言ってねェぜ。むしろ……くくッ。楽しみになってきたぜ」


「どれだけの……強さ……力を……持っているか……期待が……胸を……躍らせる」


「……ふふっ。本当に、お前達は根っからの龍だな」




 空を飛んで破壊跡に近づいた時点で気がついていた。漂ってくる気配の濃厚さと強さを。一ヶ月前のものだろうに、頭にガツンと流れ込んでくる仮想の強大な存在。きっとこれは相当な強さを持っているだろう事が窺える奴が、居る。


 戦いを求めて強くなりすぎた龍らしい、好戦的な笑みを浮かべてバルガスとクレアの2匹は嗤う。きっと、此処にリュウデリアが居れば同じくあくどい笑い声を上げながら存分に嗤い、やる気を満ち溢れさせたことだろう。






 以前戦った神々よりも桁違いに強いと察せられる気配に、2匹はこれからが楽しみになってきた。心臓が早鐘を打ち、早くその強大な存在を見つけ出してやろうと互いに考えていたのだった。






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 シモォナ


 未来に行くのにも相当な力を使うのだが、過去に行くのは更に計り知れない力を使う。なのでリュウデリア達がいる大まかな経過年を教えてもらったが、細かいところを見てもらう前に強大な存在に襲撃を受けたので、仕方なく虱潰しに時間跳躍をしていた。


 それによって掛かった日数は30日。跳べる時間ギリギリだった。突然リュウデリア達の背後に現れたのは、時間跳躍をしてその時間軸に現れた瞬間だったから。





 バルガス&クレア


 シモォナの時間跳躍があれば、過去に行ってやりたい放題だから強い権能では?と思っていたが、過去には数時間しか滞在出来ない挙げ句、力を使い果たして未来にも跳べなくなるという事を聞いて、そこまでうまい話はないかと感じていた。


 破壊を撒き散らされた場所から、一ヶ月前の強大な存在の気配の残痕を感知し、今まで戦ったどの神よりも絶対に強いと確信した。ので、殺し合うのが楽しみになっている。相手が強ければ強いほど楽しみになるのはやはり龍の性。





 オリヴィア


 シモォナが付けていた純黒の首輪からリュウデリアの場所が解るかも知れないと思ったが、そう簡単にはいかなかった。バルガスとクレアが強大な存在との戦いを楽しみにしている様子なので、リュウデリアも気がついて是が非にも探し出そうとするだろうと思い、すぐに合流できる時を待っている。




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