第162話  絶技






「そろそろ気がつく頃合いの筈。だが、奴ならば残り少ない命だろうと向かってくるだろうな」




 黑神世斬黎の刀身を撫でながら、リュウデリアは小さく呟く。防御壁越しに体を深く斬った時、純黒で浸蝕を開始した。意図的に隠して気づいた時点で姿を現すようにしていたので、察しと直感の良いエルワールならば、もうそろそろで発現させるだろうと踏んでいる。


 猛毒よりもたちが悪い純黒の浸蝕は、その内四肢の動きや生命活動を妨げて停止させ、存在を塗り潰す。取り除くには浸蝕された部位を切り落とすしかない。しかし体の深くまで斬られたエルワールに、その対処法はできない。


 何もしなくても死んでいく。戦っても、浸蝕する純黒によって反応や動きは悪くなり、不利な状況に立たされ続けてリュウデリアに直接手を下される事だろう。それでも、彼はエルワールが向かってくるだろうと確信していた。そもそも、彼とてそんな終わり方は望んでいないのだ。


 不本意な形で黑神世斬黎を解放して本来の力を取り戻したが、もっと戦いを愉しみたかった。まあ、もうその時間に終わりが近いのだが。




「──────リュウデリア・ルイン・アルマデュラァッ!!私と存分に殺し合おうッ!!」


「ふ、ふふふ……フハハハハハハハハハハハッ!!死に損ないの犬がッ!!俺が直接殺してやるッ!!」


「愉しいなァッ!?お前との殺し合いは私を昂ぶらせるッ!!こんな感覚は久方ぶりだッ!!」




 体の前面の殆どが純黒に染められながら、瞬間移動をしてやって来たエルワールに咆哮する。権能で操られる木々。不自然な長さまで伸びてリュウデリアに殺到して絡み付く。手足を拘束して身動きを封じるのだが、遅れて斬撃が伸ばされた木々を細切れにした。


 手足が自由になる前、木々が殺到して拘束してくるよりも早く、そして速く黑神世斬黎を振っていた。訪れるはずの斬撃は驚異的な速さによって置いて行かれ、遅れてやって来る事になった。時間差での斬撃はエルワールを驚かせるのに十分で、尚のこと喜ばせた。


 時間が経てば経つほど強くなっている。エルワールは自身が乗っ取っている体も同じであるものの、リュウデリアの成長速度はそれを大きく上回っていることを確信する。凄まじい才能だ。覗いた事で知り得た龍という種族。必ず魔力を内包し、魔法と呼ばれる力を自由自在に扱う。肉体も最上級のもので、存在そのものが他種族を圧倒している。


 戦いを好み、戦いに取り憑かれ、殺し合いを楽しむ種族は、その高い闘争心から強さを得すぎて敵を消してしまった。戦いを好まない龍も一定数居るようになった中で、昔ながらの戦いを好む思考を持ち、底無しの力を持つリュウデリアは最高の存在に映る。故にエルワールは残り少ない命を燃やし、食らい付く。




「喰らい侵せ、神毒の凶狼ッ!!」


「無駄だッ!!権能なんぞ呑み込んで塗り潰してくれるわッ!!」




 権能で生み出された毒の狼。毒々しい色をしながら、溶けた狼の形を取ってリュウデリアに向かい駆け出した。触れるだけで溶かす神の毒はしかし、彼の元へ到達する事を赦されなかった。下から上に黑神世斬黎を振り上げる。斬撃が飛び、毒狼を縦から真っ二つにした。飛び散ったり流れたりする神毒は純黒の斬撃を受けて浸蝕されていく。


 神毒は狼を両断した純黒の斬撃は突き進み、エルワールに王手を掛けようとした。当たれば毒狼と同じことになる。それを瞬間移動を使って回避してリュウデリアの背後を取る。手を伸ばしたところで振り向かれて横凪に一閃。


 首が刎ね飛ばされる。斬られた頭が宙を舞うが、それはゆらりと揺れながら虚空へと消えていった。残像であった。エルワールの残像が斬られただけであったのだ。本体は身を屈めて避けていた。黑神世斬黎を振り払った後のリュウデリアに向けて、下から突き上げる蹴りを見舞った。


 首を仰け反らせて避ける。宙返りをしつつ後ろへ跳躍しながら左手に持つ鞘を投擲した。槍のように飛んでくる鞘を受け止めようと考えたが、結局回避を選択した。触れれば刀身同様純黒による浸蝕を受けるやも知れないと考えたからだ。


 宙返りをしながら距離を取ったリュウデリアが上から振り下ろす動作で斬撃を飛ばした。飛来する斬撃をエルワールは、体を2つにしながら回避した。分身体である。回避した後も限界数である4匹を超える6匹にする為に5匹生み出した。これで本体合わせて7匹となった。分身体の戦闘力は本体とそう変わらない。




「──────ひっ、なんだこの黒い獣は!?」


「何故神界に龍が居るんだッ!!」


「こっちに来るぞォッ!!」


「うぁ……この黒いのが……体……を……っ!?」


「助けてくれェ──────っ!!」




「神共が巻き添えを食らって死んでいくぞッ!?」


「そんなものは放っておけッ!!死ぬならば死なせておいて構わんッ!!」




 避難をしていた最中の、オリヴィアとシモォナの手が届かなかった神々の元へ、瞬間移動をしながらやって来たエルワールとリュウデリア。7対1という数の不利を感じさせない動きで熾烈な戦いをしている。それにより逃げていた神々は巻き添えを食らって死んでいった。


 神の毒にやられて溶けたり、踏み潰されたり、戦闘の余波で巻き上がった大岩の下敷きにされたり、純黒に浸蝕されていくのだ。彼等の攻撃だと死んでしまうということが解ると、蜘蛛の子を散らして逃げ惑う神々を気にすることもなく、彼等は戦い続ける。


 しかし激しい戦闘を続けていると、エルワールの体に刻まれた深傷から広がる純黒が浸蝕で消失感と痛みを与えられる。ずきりとした激しい痛みに息を呑み、その場に止まって吐血する。ばしゃりとバケツをひっくり返した時の水のように大量の血を吐き出すエルワールへ、黑神世斬黎を振りかぶった。


 そこへ、瞬間移動をしながらやって来たエルワールの分身体。本体をやらせるつもりがないのか死を前提とした体当たりをしてきたので、標的を変えて分身体に向けて振り下ろす。真っ二つにされた分身体。しかしその奥から別の分身体がやって来て蹴りを入れてきた。リュウデリアは投擲した鞘に戻ってくるよう命令を出し、蹴りを入れてきた分身体の胸に背後から鞘を突き入れた。


 蹴りは受ける。黑神世斬黎を持っていない左腕で。高い威力を秘めた蹴りに後ろへ飛んでいく。飛ばされて空中である彼に、残る4匹の分身体達がそれぞれ、毒、炎、氷、雷のエネルギーの塊を差し向けた。空中でそれらを4振りの斬撃で斬り消したリュウデリアだが、その代わりに受け身を取り損なって背中から異様に硬い山へと激突した。




「チッ。何でできているのだこの山は。地味に硬い……ん?」




「ぁ……あ……」




 思い切り叩き付けられた山は鉱山だった。特殊な金属が採れるこの山は、他と比べて全体的に硬質なものだったのだ。なのでリュウデリアの巨大が突っ込んできても殆ど崩れることが無かった。この程度でダメージは無いが、どうせならば普通の山に突っ込んだ方がまだ柔らかい。


 右手には黑神世斬黎を握っており、左手だけで立ち上がろうとすると、下に気配を感じた。たった1つの気配であったので何となく下を見下ろしたリュウデリア。そこには、地面に付いている左手の人差し指と親指の間に神が居た。何とも運の良い奴だと大して興味を抱かなかった彼だが、気配と匂いから外した視線を元に戻して神を見下ろす。


 鉱山へ採掘をしに来ていたのだろう、神物の皮で造られた肩に掛けるバッグに鉱石を入れ、ぶるぶると体を震わせて涙目でこちらを不安そうに見上げる女の神。どこか見たことがある顔立ちに、リュウデリアは瞠目して顔を近づけた。喰われると思ったのか、俯いてギュッと目を瞑った。




「おい。お前だ」


「……っ。は、はい……っ」


「お前の名は。さっさと言え」


「わ、私は……っ」




「──────どうしたリュウデリアッ!!休憩でもしているのかッ!?」




「血を吐き散らしていた死に損ないが偉そうにッ!!お前が弱っている所為なのか分身体も実に斬りやすいぞッ!!まさかもう限界かッ!?」


「まだまだこれからだともッ!!」


「え、えっ……きゃあ……っ!!」




 小さくなって震えていた神を潰さないようにしながら左手の中に入れたリュウデリアは、翼を羽ばたかせて浮き上がって起き上がる。口から今も大量の血を吐き出しているエルワールと、その分身体がやって来る。手の中の神は、これからどうなるのか解らず恐怖で震えるしかなかった。


 左手の中には女の神が居る。つまり左手は使えないので、リュウデリアは右手の黑神世斬黎を使って応戦した。2匹を消したので今は5対1である。囲んできたり、一斉に攻撃を仕掛けてきたりと狡猾に来るが、それでも彼はその全てに対応した。


 斬り殺そうとした分身体が瞬間移動で避け、別方向から来た分身体を尻尾で串刺しにした。胸を貫通されて尚動こうとしていたので、背中へ突き抜けた尻尾の先を首に巻き付け、首を捻じ切った。これで4対1となった時、エルワール達と対峙しながら左手の中の神に声を掛けた。




「お前は助かりたいか」


「うぅ……え……?」


「奴に殺されれば神は真の意味の死を遂げる。喰われればという条件が、今の奴には当て嵌まらない。今なら爪で裂かれても神は死ぬ。お前も当然にな」


「そ、そんな……」


「故に助かりたいか。死にたくないかと問うた。で、答えは何だ。時間が無いんだ疾くしろ」


「た、助けてくださいっ!私にできることなら何でもしますっ!」


「──────その言葉、違えるなよ?」




 左手の中に居る神に問いを投げ、答えを聞くと助けてやることを了承した。神を手の中に完全に入れて余波などが及ばないようにすると、エルワール達の方へ向き直る。分身体は身構えているが、本体のエルワールは肩で息をしていた。限界が近いのだろう。


 咳をするだけで血を吐き出しているエルワールに目を細める。純黒も上腕や太腿、首元にまで広がっていた。放って置くだけでも幾何かの命だ。決着をつけなくてはいけない。右手の黑神世斬黎を正面に構える。辺りが静かになって音が消えていく。


 精神を研ぎ澄ませているリュウデリアに、エルワール達も動かない。静謐な空間はどれだけ続いたことだろう。1分にも1時間にも思える気の圧縮された空間で、最初に動いたのはエルワールの分身体だった。残り4匹となった分身体達が咆哮しながら一歩踏み出す。その瞬間、リュウデリアは彼等の背後へと抜けていた。




「──────ッ!?今のは……ッ!!私の分身共が……ッ!?」


「これで俺とお前の一騎打ちだ。最後のな」




 気配に気がついて背後を振り返る本体と分身体。だがその後、分身体の体は細切れとなり、崩れ落ちた後消滅した。殺された時の感覚が還元され、見ていた光景なども擬似的に経験できるが、何をされたのか解らなかった。しかし何をしたのかは解る。普通に近づいて斬ったのだ。4匹を細切れにするほどの斬撃を、瞬間移動したかのように見せる速度で行った。


 背後に抜けて悠然と佇むリュウデリアの左手には薄黒い膜で覆われていた。物理法則を受けない領域を作ったのだろう。つまり、そうしなければ手の中に居る神が死ぬと解っていたから。逆を言えば、それ程の動きをしたという証明にもなる。ありえない速度で動いて斬ったのは確実だった。


 立ち上る闘気。鋭くなる気配。エルワールはこれで決着がつくのだと悟る。故に、大きく深呼吸をして構えた。再び静寂な空間が訪れる。どちらも動かない。ぴたりと時が停まったように感じる光景がそこにあり、しかしその静寂な空間いとも容易く崩れた。


 エルワールが咆哮しながら一直線に向かってくる。それに対してリュウデリアはその場で、ゆっくりと黑神世斬黎を振った。目にも止まらぬ速度ではない。飛んでいる虫も捉えられないような速度だった。そうして2人は接近し、最後の攻撃に出た。




「──────ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「──────絶技……遅速ちそくつるぎ・『時界崩刀じかいほうとう』」




 ゆったりとした振りが終わり、リュウデリアにエルワールの伸ばされた手が到達する寸前。伸ばした手は、腕は細切れとなって崩れて落ちた。左腕も両脚も斬り刻まれた。全く見えなかった。いや、本当に直接斬られたのかすら解らない。だがこれだけは言える。エルワールは敗北したのだ。


 時の世界を崩す。黑神世斬黎は速さを捨てて時を凌駕した。繰り出した斬撃は遅くなりながらエルワールの四肢を完全に斬り刻んだ。四肢を失ったエルワールは地面に倒れ込み、仰向けとなった。身動きは取れない。龍脈からエネルギーも喰えない。純黒が浸蝕をしている。故に終わりだ。




「言い残す言葉はあるか」


「ははは……ッ!!お前との戦いは実に愉しめた。それに良い刀だ。大切に使うといい」


「ふん。お前に言われんでも使うわ」


「そうか。……それなら良い。良いのだ。では、さら……ばだ……──────」




 最後の最後で何かを口にしようとした瞬間、振り上げられた黑神世斬黎が落とされ、エルワールの首を断ち切った。長かった戦いが終わりを迎えた。決着は、リュウデリアの勝利によってつき、エルワールの敗北によって幕を閉じた。







 斬り落とされたエルワールの瞳から光が失われた。動くことのない体。喋ることのない頭。消失する頭の上の黒い輪。完全に死んだのを見て、リュウデリアは黑神世斬黎を天に掲げて咆哮した。







 ──────────────────



 エルワール


 リュウデリアに敗北して死亡。彼の本気を見て観察し、身を以て経験できたので思い残すことは無い。実に良い戦いを経験できた。





 リュウデリア


 黑神世斬黎による斬殺で勝利した。愉しんでいた戦いが終わってしまい、もっと続けたかったという思いがあれど、良い戦いであったと満足している。





 女の神


 リュウデリアの手の中で震えていた。が、助けてくれるという言葉を何故か信頼でき、恐怖を感じることは無かった。




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