第161話  浸蝕






「──────ッ!?なんッだ!?こりゃァ……リュウデリアかッ!?」




「凄まじい……力だ。やはり……リュウデリアが……力を……解放すると……恐ろしい……程の……強さに……なる」



 総てを呑み込み、浸蝕し、塗り潰す純黒が解放された同じ時、それぞれが違う場所にて、計り知れない力の気配を感じ取ったバルガスとクレア。専用武器の解放を解除し、素の状態に戻って休憩をしていた彼等は、訪れて感じた波動に無意識で構えを取っていた。


 魔法陣を展開し、臨戦態勢を整える。その後に漸く、気配の主がリュウデリアであることに気がついて、臨戦態勢を解いた。驚きのあまり身構えてしまったが、それだけのものを感じた。相手がリュウデリアでなければ即座に専用武器を抜いていただろうと思えるくらいには。


 3匹の中で圧倒的魔力量を持つリュウデリア。際限の無い無限にすら感じてしまう程、底無しの魔力を持つことは知っているのだが、専用武器を解放したことで数百数千倍にその魔力が倍増し、本当に無限に思えてしまう。扱いを間違えれば天変地異では済まないだろう力。


 かなり遠方で距離があり、離れているはずなのに近くに居ると錯覚してしまうほど、距離感を誤らせる莫大な力の波動を受けて、力の解放に伴い感じていた初めて故の倦怠感を拭うために休憩を取っていた2匹は、それぞれリュウデリア達と合流するために動き出した。























「これが、俺の本来の力……生まれ変わった気分だ」


「素晴らしい。先のお前を遥かに凌駕している。ここまでの存在はそう居まい。しかし……ふむ、強くなりすぎたな。この肉体では耐えきれん。更に強くしておかねばなッ!」




 右手に持つ黑神世斬黎の刀身を眺める。純黒に煌めく美しい刀身だ。長さも自身の体の大きさに合っているし、手に良く馴染む。体の一部と言っても過言ではない。何でも斬ってしまう……いや、斬ってやると黑神世斬黎が言っているような、惹き付ける妖しい魔力を秘めていた。


 鞘の中に1度納刀する。スラリとした刀身が気持ちの良い音を出しながら納まっていき、最後はかちんと鳴らした。自身の内側に集中すれば、今までが何だったのかと問いたくなる莫大な魔力を自覚する。元より果てしない量を内包していたというのに、もうこれでは本当に自身の魔力がどれだけあるのか把握できないではないか。


 全身から立ち上って地震が起きている。何もしていないのに、どうしても漏れてしまう魔力でそれだ。大地が悲鳴を上げながら避けて砕けていく。頭上の赤黒い雲に穴が開き、光が差し込みリュウデリアを照らす。明るくなっても純黒は純黒。ほのかな光りよりも存在は強大で巨大だった。


 溢れ出る力に驚きを示しているリュウデリアに、エルワールは現状自身の強さを完全に上回られたことを確信する。戦えば、木の葉の上を流れる雫が地面に落ちるよりも早く殺されるだろうことが窺えた。故に、そんなつまらない戦いにしないためにも瞬間移動をしてその場から消え、太い龍脈の真上へとやって来た。


 権能を使ってエネルギーを。限界を超えたその先へと至るために。肉体が膨大なエネルギーの吸収に悲鳴を上げていく。内側から爆発しそうな感覚を味わいながら、それでもエルワールは自信の強化のために喰らい続けた。喰らって喰らって喰らい続け。数分前の肉体を遥かに凌駕した。力を解放したリュウデリアのように。


 初期の、龍脈からエネルギーを得る前のエルワールとは比べるべくもない破滅的力。存在が強化されたことにより、広がり続ける天変地異の拡大速度は大幅に加速し、発生している雷雨や雹、竜巻の規模も数も増えていく一方であった。まさしく地獄絵図。創り出した本人のエルワールは、この力ならば通用すると感じ、手を強く握り締めてクツクツと笑う。


 来る。……そう漠然と感じた。笑っていたところから一転し、不自然に思える笑いながらの緊急回避。理解や思考よりも早く直感で反射的に体が回避の選択を取った。兎に角の回避。真横へ急遽動いたのに、左腕は肩から、左脚を付け根から断たれた。


 肩の少し鎖骨よりからバッサリと斬られている体。片腕と片脚が血を噴きながら宙を舞っているのを視線の端に捉えながら即座に龍脈からエネルギーを喰らって生やして完治。斬り飛ばされた腕と脚が落ちる前の一瞬の出来事。凄まじい速度であったと感動すら覚えた時、エルワールの胴体は腰から上下に両断されていた。




「……ッ!?はははッ!なるほど、飛んできたのは1つではなく2つだったかッ!速過ぎて見えなかったッ!それに何という切れ味と射程距離。これだけ離れていてもこの威力か」




 下半身という支えを失った上半身が崩れ落ちる。腕で着地すると、腕と脚を治したように、同じ方法で下半身を生やして立ち上がる。飛んできたのは斬撃だった。今エルワールが居るのはリュウデリアから200キロ程離れた場所。そこまで、振り抜いた際に生じる斬撃を飛ばしてきた。それも距離による時間差を感じさせない超速度で。


 一撃目の斬撃は縦だったので、大地は底が見えない奥深くまで斬り裂かれ、上空の赤黒い雲も避けていた。振り返れば後ろの遠方まで続いており、高い視力でも行き着いた先が見えない。二撃目の斬撃は横だった。それ故にエルワールの背丈の半分の位置、腰の15メートル付近までの高さがある山や大木は、斬られていた。山はズレ、木は倒れる。同じ位置で浮いている岩は滑らかな切り口を見せている。


 回避が間に合わなければ、エルワールの体は正中線から真っ二つであり、龍脈からのエネルギーによる完治は出来なかった。つまりそこで終わっていた。200キロ先からほぼノータイムで到達する鋭すぎる斬撃。ならばこれを生み出した刀身はどれだけの鋭さを持っているのだろうと興味が湧くのも致し方ない。


 そして忘れてはならない、その斬撃を正確無比に発生させて飛ばしてくるリュウデリアの技術である。武器とは無縁だろう龍がやったとは思えない絶技に、エルワールは愉しさを見出してばかりだ。こんなところで斬られては勿体ない。是非この目で直接見なければ。


 離れてしまった距離を縮めるべく、エルワールは瞬間移動をした。元の200キロ先まで跳んだ。そうして見たのは、右上から左下への袈裟斬りをしようと目前で構えていたリュウデリアだった。姿を現す瞬間に超速度で移動し、黑神世斬黎を構えていた。神速の速度である。


 振り下ろされる黑神世斬黎を防ぐため、自身へ到達するまでに描く軌跡の途中にあらゆる壁を造り出した。圧縮した空気の壁。土。岩。雷。氷。水。鋼。それらを可能な数用意した。その数は全部で445枚。薄いものを重ね合わせて1つにした。今造れる限界枚数だ。




「──────この程度では防げんぞ」


「がは……ッ!?」




 しかし、その鉄壁の防御壁を何も無かったように黑神世斬黎は斬った。音も無く刀身が壁に入り、抵抗なく最初から最後まで斬り裂く。防御壁の構築と同時に後ろへ跳び退いたお陰で体を袈裟に両断されることこそなかったものの、エルワールは左上から右下へと体の前面を斬られた。


 黒い高硬度な毛並みをものともせず、硬い筋肉の鎧すらも1度に斬る。かなりの深傷なのだが、壁の向こうのリュウデリアは、手元に伝わる斬ったときの微かな感覚で仕留めていない事を知り、小さく舌打ちをした。袈裟で断ち切ってやるつもりだったのだが、予想よりも速い回避行動だった。


 斬られたところから血を流しながら、エルワールは距離を取るでもなく、むしろ自分から距離を縮めた。指先を力ませ、鋭い爪で引き裂こうと右腕を力の限り振り下ろした。しかし途中で頭の中に嫌なイメージが湧き起こる。


 伸ばした腕が、鋭利な爪がリュウデリアの肉体に到達するよりも前に、黑神世斬黎の斬撃によって両断されるイメージだ。此処は龍脈が通っていない。つまり両断されてもすぐに完治させる……という事が出来ないのだ。深傷も深傷で、部位の欠損は流石に御免被るというものだ。


 振り下ろした腕を、伸びきる前に引っ込めた。その腕を引っ込めた直後、純黒の軌跡が奔る。頭に流れてきたイメージの通り、腕を斬り落とそうとした黑神世斬黎が、腕のあった場所を通ったのだ。寸前のところで腕を引くことに成功したエルワールは、鋭すぎる黑神世斬黎の厄介性を体験している。


 下手に攻撃をすると、伸ばした四肢を斬り落とされてしまう。防御の壁を全て斬り裂かれたのだから、耐えきれる訳がない。完璧なパフォーマンスをするためには、四肢のどれかを欠損させる訳にはいかないのだ。


 大口を開けて咆哮する。近距離のエルワールから放たれる衝撃波。当たった浮いている小石等は粉々に粉砕される。リュウデリアが触れても同じようなことになってしまうだろう。それを彼は避けようともせず、無雑作に黑神世斬黎で薙ぎ払った。


 形を持たない衝撃波を斬り裂いた。それどころか斬撃が発生して消し飛ばしながら突き進み、エルワールの頭を真っ二つにしようとしていた。黑神世斬黎を振れば斬撃が生み出されると踏んで、上体を反らして避けたエルワール。その背後は斬撃に触れてしまったものがもれなく全て斬り裂かれていた。


 反らした上体を戻しつつ、両手に炎と氷の凝縮されたエネルギーを創り出した。合わせて暴発させれば大爆発を起こす代物であり、完全に面での攻撃を狙っているのが解る。この2つをリュウデリアの黑神世斬黎で斬られない間合いの外で合わせて爆発させようとしたが、踏み込んできた彼が逆手に持った鞘を振り抜いた。


 手の中にある球状のエネルギーを鞘で叩き壊した。合わせて爆発させるつもりだった2つの球体は、無理矢理壊されたことでその瞬間から大爆発を起こした。だが、5度斬撃が放たれ、2つのドーム状のエネルギーは斬り刻まれて掻き消えた。何もかもを斬り捨てている黑神世斬黎に、エルワールは舌を巻く思いだ。




 ──────本当に何でも斬ってくるな。近づけば間合いに入って斬られ、距離を取れば斬撃によって斬られる。遠近両用であの斬れ味は凄まじいものだ。それにしても、あれは何から造られた?あれ程の純黒はありえないだろう。奴の力が浸蝕しただけか?それにしては普通の武器ではないように思えるが。




「……──────ッ!!そうか。その武器はを使ったのかッ!!よもや加工できる者が居ようとはなァッ!!はははッ!!」


「笑っている暇があるのか?」


「この次元かそっちの次元かは解らんが、中々如何して良い力を持っている者が居るではないかッ!!私は嬉しいぞッ!!ごぼッ……ッ!?」




 黑神世斬黎の柄頭で腹部を突かれた。全身に罅が張り巡らされて、殴打されたガラスのように砕けたのではないかと思えてしまう力が与えられた。力が腹から背後まで突き抜けていき、後方へと跳ばされる。山に突っ込んで反対側から突き抜けて出て来ると、回り込んだリュウデリアに顔面を殴られた。


 致命的に思える殴打の威力に、一瞬視界が白くなる。真下に向けて弾き飛ばされ、地面に叩き付けられた。地上部分を貫通し、偶然できていた地下空間に出て来る。エルワールが乗っ取られる前に1度リュウデリアが引き摺り込まれた時と似たような空間で、仰向けから上体を起こして頭を振る。


 やはり力を解放したことで肉体的な面でも大きすぎるほど強くなっている。殴打一つでここまでダメージを受けるとは思わなかった。戦闘に支障はあまりないだろうが、袈裟に斬られた胸元の痛みが続いている。とても大きな消失感を味わっているようだ。


 ふと、そこであることに思い至る。リュウデリアと同じ総てを呑み込み塗り潰す、黒よりも黒い純黒。黑神世斬黎の色も純黒をしており、純黒なる魔力に呼応していた。ならば、刀で斬られた部分はどうなるのだろうかと。


 急いで視線を下に落とす。見た目は何も変わっていない。痛みが続いているだけ。斬られたところを奪い取られたような消失感も加えて有るだけだ。だがその消失感がおかしい。何故斬られたのに失った感覚があるのだろうか。不自然だと思いながら深い斬り傷に手を這わせると、エルワールが気がついたことを察したように、傷口周辺に純黒が現れた。


 浸蝕していたのだ。斬られたところから。ただ、それを気づかせないために意図的に隠されていた。発現したトリガーは気づきだろうか。エルワールが思い至り、少し触れただけで浮き上がるようにして現れたのだから。傷口の周辺を大きく覆うように広がっている純黒は、最早切り放すことは不可能だろう。


 範囲を広げ続ける純黒を止める術は無い。猛毒よりもよっぽど厄介極まりないものだ。解毒方法も無ければ浸蝕を遅らせる方法も無いのだから。それもかなり深く斬られているので体内も同じようなことになっていることだろう。つまり、あの斬られた瞬間から、戦いの終わりまでは秒読みが始まっていた訳だ。






 このまま何もしなくても死ぬ。向かっていっても今の肉体ならば必ず死ぬだろう。死の未来しか存在しない分岐した未来で、エルワールはどんな未来を今にするのだろうか。






 ──────────────────



 エルワール


 本気となったリュウデリアに、肉体面でも勝てないと踏んで龍脈から更にエネルギーを奪い喰らった。元より持っている神に対する耐性から、この時点で神々はエルワールに勝つことはほぼ不可能となっていた。


 刀で斬られたところから浸蝕されていることに気がつかず、気づかせなかったリュウデリアに、素晴らしいと心の中で叫んで喜んでいた。





 リュウデリア


 飛ぶ斬撃を放てるようになっていた。頭の中にやり方が流れ込んできて、その通りにやったらできた。


 訪れる全能感と破壊衝動を抑えるのに、以外と大変な思いをしている。何でもかんでも斬ってしまいたいという欲求が沸々と湧き上がってくる。そして、黑神世斬黎の切れ味にものすごく満足している。





 黑神世斬黎


 想像を絶する切れ味を持っている。不思議な金属から造られたからなのか、折れず曲がらず錆びず、切れ味を一切落とさない。大きさもリュウデリアの大きさによって変わるという親切設計。


 斬ったものに純黒なる魔力の浸蝕を問答無用で与える。一度斬られればその部位を斬り落とさない限り浸蝕していき、いずれ死ぬ。破壊しようとしても壊れず、手元から離れさせてもリュウデリアの意思1つで戻ってくる。


 使われていることに狂喜乱舞している。




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