第163話  自分自身




 勝負は決した。エルワールの死。リュウデリアの勝利という形で。純黒の刀、黑神世斬黎を天に掲げ、耳を劈くような咆哮をする。ほぼ無理矢理に近い形で解放してしまった力ではあるが、それでも……彼にとっては良い戦いを愉しめたと感じた。


 掲げた黑神世斬黎を降ろし、本来の自身の力を抑えて解放を解いていく。先まで感じていた全能感も清々しさも消えていく。重りを全身に付けているような感覚が訪れ、これが普通の状態なのだと思わなければ、無意味に力を解放してしまいそうだ。


 力を解放した弊害か、どっとした疲れが感じられる。初めての試みだった事を鑑みればまだ良い方だ。その内感覚の差にも慣れていこうという考えを頭の隅に追いやり、何処かにある純黒の鞘を呼び寄せる。黑神世斬黎を地面と平行になるように構えれば、鞘は独りでに飛んできて納刀した。


 しっかりと鞘に納まった黑神世斬黎を右手に持ちながら、左手を顔の近くまで持ってきて開いた。中には女の神が居て、恐怖は抱いていない様子だが、体を震わせてリュウデリアの事を見上げた。赤黒い雲は晴れていき、天変地異も消えていったのを見て、戦いが終わったのだと察したらしい。大きく深い溜め息を溢していた。そして女の神は佇まいを直すと、深く頭を下げた。




「助けていただきありがとうございました!アレが噂されていた獣……ですよね。本当に助かりました」


「……ふん。必要な事だっただけだ。念の為確認するが、お前の名は」


「あ、はい。名乗れずすみません。失礼でしたよね。んんっ、私の名前は──────。しがない鍛冶の見習いをしてます!」


「……はぁ。やはりか」


「……??」




 一目見た時からそうだろうとは思っていた女の神の正体。彼女の名はヘイスス。現在鍛冶の見習いをして技術を吸収している。そして、遥か未来にて、リュウデリア、バルガス、クレアの最高傑作と呼べる専用武器達を造る、神界で3指に入る程の腕を持った鍛冶の神である。


 小さく呟いたつもりがヘイススにも聞き取れてしまったらしく、リュウデリアの言葉に首を傾げていた。昔に命を救われたと言っていたヘイススだったが、どうやら命を救ったという相手、『あの方』の正体は自身であったようだ。ここまできて違うという方がおかしい。


 あの時、『あの方』という奴の正体は何者なのかと考えていた自分が滑稽に映る。まあ、それを悟らせなかったヘイススの演技も中々のものだったが。兎に角、手の上に居る神は昔のヘイススである。彼女は不思議そうな表情をやめて、真剣な表情になった。そしてお願いしたい事があると言うのだ。




「どうか、命を救ってくださったお礼をさせてください」


「礼……か」


「はい!このまま何もせずには居られないんです!どうか、お願いします!」




 相手が神ではなく、地上に住む生物だと解っていて頭を下げるヘイスス。彼女は今必死だった。あれ程の存在から逃げるのは無理だっただろう。ましてや目の前の存在があの獣を斃してくれなければ、きっと神界はもっと大変なことになっていた。代表して……という訳ではないが、少しでも恩を返したかったのだ。


 頭を下げて頼み込むヘイススの後頭部を眺めながら、リュウデリアはなるほど……と納得がいった。これでアレを頼むわけだ……と。右手をチラリと見る。赤黒い雲から顔を出した光を受ける純黒の刀、黑神世斬黎。これを今頼まなければ、未来は変に変わることだろう。それは流石に遠慮したい。使って強さを経験した以上、手元から離れるのはどうも嫌なのだ。




「ではお前に頼みを聞いてもらうとしようか」


「はい!何でも言ってください!」


「まず、俺はこの時間軸の者ではない。ある神の力で遥か未来から、この獣を殺すためにやって来た存在だ」


「えっ……!?」


「まあ聞け。今のお前に出来ることは無い。しかし未来で、最高神デヴィノス……だったか?その塵芥が死んで新たな最高神プロメスが後を継いだ時、お前は俺の元に来てコレを造れ。俺の名はリュウデリア。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。それとあと2匹、バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス。クレア・ツイン・ユースティアという赫い龍と蒼い龍の武器も造れ」


「リュウデリア様……バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス……クレア・ツイン・ユースティア……」


「未来の俺の元に来るならば、次の最高神になるプロメスに言え。事情を掻い摘まんで話せば乗ることだろう」


「最高神プロメス……」


「そしてこれは必ず守れ。頼みではなく命令だ。この事は、未来の……お前と初めて会う俺達に絶対明かすな。昔助けられた事の頼みで造りに来たと言え。間違っても、俺が命の恩人だと未来の俺に言うな。それと武器には俺達の血液。鱗。心臓を使え。心臓は俺達龍にとって、死んだ後だとしても最も重要な代物、龍の魔力炉心だ」


「龍の魔力炉心……」




 リュウデリアの口から伝えられる情報を忘れないように、バッグに入れていたメモ用紙に書いていくヘイスス。未来の自分だとか、最高神が死んで後を継ぐ存在が現れるとか、色々と気になる情報があるが、今はそんなことを質問している時ではない。命を救ってもらった恩を返すためにメモを取る時だ。


 手の上に座って一生懸命にメモを取っているヘイススに、本当に恩を返したいのだなと思う。他の神々ならば地上に住む自分達なんぞ何とも思わず、それどころか神界に居ることすら赦さない。しかし彼女は、相手が地上の生物である龍でも、受けた恩は必ず返すと言い切った。


 この気概ならば、初めて会って心臓を寄越せと言われたとき、渡すに値するか、信用して良いのかを試すために、当たらないスレスレに魔法を撃ち込む事を態々教えなくて良いだろう。教えなくても、自分達のように一歩もその場から退かないと解るから。




「──────よしっ。未来で最高の武器を造るために、もっと頑張らないと……っ!」


「む、そういえば忘れていた。この武器を造る際に使う金属だが……」


「はい、きっと神界で最高の金属を揃えてみせます!」


「いや、神界で現存する金属ではダメだ」


「えっ……でも、そんなものを私が見つけられるか……」


「そうだな……あの金属は一体何処から……なるほど、そういうことか」




 何かに気がついたリュウデリアが、徐にエルワールの死体向かって歩き出した。手の上に乗っているヘイススは彼の取る行動が気になっているようで、メモしたことを読み返して違っていそうな部分を探しながら見ていた。


 死体となったエルワールの傍に来ると、リュウデリアは黑神世斬黎を手放して空中に浮かせ、手を貫手の形にして構えた。そして手を振り下ろしてエルワールの胸に突き刺す。声にならない悲鳴を上げるヘイスス尻目に、彼は体の中に突き入れた手を動かして何かを探している様子。


 少しの間手を動かしていた彼は、目当ての物を見つけたのか手を引き抜いた。ぬちゅりとした水よりも粘度の高い地がベッタリと付着して滴っている。風に流れて鉄臭い臭いに顔を顰めたヘイススを見て、これでは見辛いし話が真面にできないか……と思って魔法陣を描き、付着した血を全て綺麗に消し去った。


 臭いも取れた右手をヘイススの前に出した。何か有るのだろうかと、少し身を乗り出して見ようとしている。親指と人差し指と中指で摘まんでいるものを左手の上に置く。彼女からすれば大きなもの。それは、銀色に輝く謎の金属の塊であった。




「お前の権能ならばコレの加工もできるだろう。未来の俺達の武器は、この金属だけを使え」


「……こんなもの見たこと無いです。それに……とても硬い。コレがあの獣の体の中に……?どういうものなんですか?」


「さァな。俺にも解らん。途轍もなく硬く、鍛えられると俺達の専用武器になったということだけだ。硬さだけならば、俺の腕力でも凹みすらせん。無くすなよ」


「えぇ……。あ、でも……こんな大きさのものを私だけでは持って歩けません……」


「ん?あぁ、それは確かにな。失念していた。少し待っていろ」




 死体と成り果てたエルワールの体から出て来た謎の金属。形はリュウデリアが見た元の一寸も変わりない。まさしく、未来で初めて会うヘイススに見せてもらった塊の形だ。体内にあったというだけで謎なのだが、彼の力でも欠けさせる事すら出来ない硬度を持っているのだから不思議だ。


 原理は解らない。普通はそんなことにならないだろうという、体内で精製されたと思われる謎金属。でも、その金属を使って彼等の専用武器が造られ、今も問題なく使えているのだから託して問題ないだろう。


 この謎の金属を使って、未来の自分達の武器を造れと言われたヘイススは、内心やる気を満ち溢れさせていた。こんな見たことも無い金属を使って恩を返せと言われている。確かに難しい注文ではあるが、鍛冶の神として否はない。でも問題が1つあった。謎の金属がヘイススの首元辺りまである大きさがあり、密度も相当なもので重さが半端ではないということだった。


 命を救ってもらった恩ある者からの頼みを聞きたいが、重すぎて持ち運べない。そこで、リュウデリアがあるものを創った。右手を握り締めてから開くと、符が2枚あった。何か書かれているそれは浮き上がり、ヘイススの手元までやって来る。受け取れば、それを金属に貼り付けろと言うので、試しにやってみた。




「えっ……っ!?小さくなった……っ!?」


「小さくする魔法陣と、軽くする魔法陣を刻んだ符だ。貼り付けている間はその石ころサイズのままだ。魔法自体はそう魔力を使うものではないものの、未来の俺に会うには数千年必要だろう。故に今俺が持つ魔力の殆どを込めておいた。恐らく保つだろう」


「へぇ……すごい」




 魔法陣が描かれ、魔法が付与された符を貼った金属は大きさを変えていき、ヘイススの掌に乗る小ささになった。重さも小さな石と同じものとなった。これで何処へでも持っていくことができる。ただし、今貼った符を剥がしてしまうと元の大きさに戻り、重さも戻ってしまうのでその場から動かせなくなるだろう。


 符は剥がさないようにと厳重に注意しておくと、ヘイススは何度も頷いた。やっていることは単純なことだが、込めた魔力は桁違いだ。黑神世斬黎を解放して擬似的に全回復した魔力の殆どを込めた。リュウデリアの、底が知れない莫大な魔力をだ。


 何が起きるか解らないし、肌身離さず持っていてもらった方が安心なのでそのような対処をしたリュウデリア。込められた魔力量から、千年は保つことだろう。ヘイススは彼の配慮にお礼を言ってから、小さくなった金属を懐のポケットに入れて無くさないようにした。


 これで過去の神界でやらねばならないことは終わった。目的だった神界を滅ぼしうる獣はこの手で殺した。ついでに未来の自分達に向けて贈り物も用意した。あとはシモォナの元へ行って元の時間軸へ戻してもらうだけだ。


 彼の掌の上に居るヘイススもいい加減に帰らないと、鍛冶を教えてくれている師にどやされると考えていた。ましてや鉱石を採りに来ていた最中に天変地異になっていたのだ。何故早く帰ってこなかったのかと言われるに違いない。なので断りを入れて帰ろうとしたヘイススが口を開くと同時、リュウデリアはヘイススの居る掌に右の掌を被せた。


 光を纏った武器が飛来し、彼の顔面に直撃して爆発した。武器は飛んできた1本だけでなく、その後立て続けに向けられて連続した爆発を起こした。全身を爆煙に包まれたが、翼の一羽ばたきで散らし、喉を唸らせながらある方角を睨む。そこには、空を飛べる履き物を履いて浮遊する、武装した戦いの神達が大群でやって来ていた。




「な、何が起きたんですか!?」


「戦いの神共だ。俺と奴が殺し合っている余波で危険視し、片方が死んだ今、もう1匹も消してしまおうという魂胆なのだろう」


「リュウデリア様を殺す……ッ!?それにあれは……国の精鋭部隊……ッ!!」


「まったく……今戦いが終わり、殆どの魔力まで使ったところだというのに」


「あっ……申し訳ありません。私の所為で……」


「お前が気にすることではない。そもそも頼んで符を創ったのも俺だ。俺がこの後のことを考えていなかっただけに過ぎん。まァ、あの程度の奴等にそれ程魔力は必要ないがな」


「あはは……あの黒い獣を斃したリュウデリア様なら大丈夫ですよね」


「だが問題はお前だ、ヘイスス。塵芥共が危険視する俺と親交があると思われれば、お前は後程罪に問われる可能性がある」


「……確かに」




 確かに怪しい存在に映ることだろう。何せ、周囲を見渡せば分かる程の大災害を撒き散らした者の1匹であるリュウデリアと、何やらやりとりをしていたのだから。もしかしたら、ヘイススがこの惨状を招いた元凶だと糾弾する者も現れないとは言えない。


 むしろ神々はそんなヘイススを作り出すことだろう。後始末をするにも納得のいく理由が欲しい。ならば、公とするに足る存在が必要だ。謂わば、この惨状を作り出した悪の頭が必要なのだ。そこで都合が良いのが、今言葉を交わしていたヘイススだろう。


 未来にて自分達の武器を造ってもらわなければ困るリュウデリアからしてみれば、ヘイススが罪に問われて自由な行動が無くなったりしたら困るのだ。そこで、彼は話を合わせろと彼女に言って、掌に乗せていた状態から掴んでいる状態へと変えて、やって来た神々に見せつけるように前に出した。




「──────愚かで矮小なる塵芥共よ。お前達の低能故の蒙昧さが招いた結果、俺が代わりにこの獣を殺したぞ。武器を向ける為に立ち上がらず、喰われて死ぬことに怯えて身を潜ませ、今更出て来た阿呆さ加減と低能さには拍手を贈りたいものだなァ?まあそんなことはもう良い。終わったことだ。そこで次の話だ。獣を殺してやった俺を讃え、お前達はその身を捧げろ。この女のようにな。俺は今、腹が減っているんだ。さぁ、早くするが良い」




「なんという存在だ」


「我々神の世界に混乱を招いた分際でなんという物言いか」


「ましてや女を攫い喰らおうとするとは」


「悍ましいこの気配。そして悪性。奴はこの場で消すに限る」


「神の崇高なる力を思い知るといい」




「はッ。怖くて近づけず、武器を放ることしかできん無価値なお前達塵芥風情が何を見せると?疲弊したところにのみ姿を現す小物さか?それで崇高とは片腹痛いわ。笑い話にもなれんな。酒が不味くなる肴とはお前達のような者のことを言うのだろう。くくッ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


「い、言い過ぎ……。んんっ、た……助けてください!食べられてしまいます!」




 あたかも喰らう為に捕まえたのだと言うように演技をする。まあ、本当に演技なのかは怪しいところなのだが、取り敢えずこのままいけばヘイススがリュウデリアと結託しているとは思われないだろう。彼女も理解して、心の中で謝罪しながら彼を悪者に仕立て上げていく。


 ここに至るまでに、リュウデリアは数多くの王都を襲撃しつつ神々を殺している。なので今更1つの悪性が追加されたところで何ともないのだ。向けられたヘイススを握る大きな手に、神々は眉を顰めて新たな武器を手に取った。







 狙うは巨大な悪性を内包する純黒なる存在。囚われた神を救い出して元凶を討つ。獣との戦いを終えた彼は、正義の味方的立場になっている神々へ咆哮するのだった。







 ──────────────────



 リュウデリア


 前の会話で出て来た『あの方』という存在が自分であったことに気がついた。


 偶然助けた相手がヘイススであり、金属の塊をエルワールの死体から取り出して渡し、未来の自分の武器を造るように言った張本人。






 ヘイスス(過去)


 リュウデリアに命を救われた神。鍛冶の神ではあるが、今は見習いとして師の元で修行をしている。


 託された金属は肌身離さず持っており、言われたその日を……最高神が死ぬ時を待っている。





 謎の金属


 エルワール……黒き獣の体内で作られていた金属。大きさは全く大したことない。人間と背が変わらないヘイススと同程度の大きさ。しかし異常な硬さを誇る。


 後に、リュウデリア、バルガス、クレアの専用武器を造る為の素材として使われる。




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