第109話  武器






「──────ふざけるのも大概にしろ。何故俺達が心臓をお前のような大して知りもせん者にやらねばならん。却下だ。死ね」




 ゲラゲラと笑っていたリュウデリア達が一変して殺気を放ちながら、鍛冶の神ヘイススを睨み付けた。先頭に立つリュウデリアが、彼女に右手を突き出して魔法陣を展開する。複雑な機構から解るのは、一度放たれれば忽ち死に、完全に消滅するということだ。


 ヘイススは目前に魔法陣を向けられているのだが、それでも目を逸らさず、その場から退こうともしない。強い意志がある瞳だ。絶対に曲げないという気概が宿っていることが見て取れる。その瞳とリュウデリアの黄金の瞳が重なり合うが、魔法陣が光を発した。行使されたのだ。


 死ぬその瞬間まで諦めるつもりがないのか、ヘイススは魔法陣が光を発して魔法を発動されると察せられる状況でも、目を逸らさなかった。それどころか瞬きもしなかったのだ。しかしそんなことリュウデリアには関係無かった。魔法陣が齎す効果は破壊のみ。


 彼の前方は、撒き散らされた破壊の衝撃で土煙が舞った。一寸先も見えないくらいの視界を悪くする土煙だ。権能持ちの神でも一撃だろう。




「……──────はッ!これだけのことがあっても変わらずか」


「受けた恩は必ず返す。それが私なの」




 土煙が晴れて出て来たのは、無傷のヘイススだった。彼女の背後は地面が円形に深く抉れ飛んでいて、2キロ先まで破壊されていた。受ければ確実に死ぬ威力だ。しかしそれが彼女に当てられることはなかった。何故ならば試したから。これで逃げるという腰抜けに、心臓を渡すなんてことするわけがない。


 1歩でもその場から退いたり、逃げる動作を見せれば本当に殺すつもりだった。というより、1歩でも後ろに行ったり、左右に動けば消し飛ぶように、当たらない安全地帯の範囲を限定していたのだ。


 上げていた右腕をゆっくりと降ろして、ヘイススに近付いていく。人間大でも大きい方の背丈になっているリュウデリアが、目の前までやって来ると、ヘイススの肩に手を置いた。果てしなく大きく、重く、強いモノがのし掛かる錯覚に陥る。ごくりと喉を鳴らす彼女に顔を近付け、ほぼ0距離で口を開いた。




「怪しい動きの1つでもしてみろ。お前はその瞬間に消滅することになる」


「大丈夫。『あの方』に誓って無用な真似はしないよ」


「……ふん。さて、バルガス、クレア、誰からやる」


「ならば……私から……やってみよう……オリヴィア……頼んでも……いいか?」


「あぁ。任せておけ」




 内心多大に緊張していたヘイススは、リュウデリアが前から退いた後に大きく息を吸って深呼吸をした。問答無用で殺されてもおかしくなかったが、やり過ごすことができてホッとしているのだ。


 そんな彼女を尻目に、リュウデリア達は最初に武器を造ってもらう順番を決めていた。別に誰からでもいいので立候補制にした。すると最初はバルガスからということになった。


 例え生命力の強い龍であっても、心臓丸々1つ抜き取れば死ぬ。だが取った瞬間に死ぬことはない。心臓がなくても数分ならば生きられる。そこで、治癒の力を持つオリヴィアの出番だ。部位の欠損すらも傷跡なく治すことができる彼女が居ればこそできる荒業だ。


 全身に生えている鱗が、同族から見ても異常に硬い彼等では、生半可な攻撃で傷付けることができない。でも、自分は違う。バルガスは右手を貫手の形にして、躊躇いなく胸の中央に刺し込んだ。力で無理矢理やったので鱗を破壊し、肉を裂き、肋の間を進んで心臓を鷲掴んだ。


 どくん、どくんと鼓動を刻む心臓を掴みながら、口から血を吐き出したバルガスは、少しだけ間を開けて一思いに腕を引き抜いた。体内から抜かれた手には血に塗れた、まだ鼓動を刻みながら血を噴き出す心臓が握られている。胸には大きな穴が開いており、溢れ出るように血が流れてきた。


 傍に居るオリヴィアがすぐさま治癒を開始する。開いた穴はあっという間に塞がり、体の中での足りないことで感じる違和感が拭われていく。心臓が再生したのだ。割れて砕けた鱗も傷一つ無い状態に巻き戻しが如く治った。




「…ッ……はぁ……これで……いいな。ありがとう……オリヴィア」


「体に違和感は無いか?」


「……ふむ……大丈夫だ……完治した……流石だな……素晴らしい」


「お褒めにあずかり光栄だ。さ、心臓が元気な内に始めてもらおう」


「こっちはもう準備できてるから、バルガスも手伝ってね。あなたの魔力を流しながらやっていくから」


「ふむ……馴染ませるのか」


「そうだよ。良く解ったね」




 己の抜き取ったばかりの心臓を持ちながら、ヘイススに言われるがままに工房の炉の所へ向かう。鉄を加工するための熱はバルガスの魔力で作られた炎を使う。魔法陣を展開して炉の中に火を灯し、熱を感じながら温度を調整していく。ふとそこで、ヘイススが思い出したようにリュウデリアにお願いをしてきた。


 というのも、砂が混ざったりするのを防ぐために壁を設けて欲しいというのだ。それに完璧なものを造りたいから、陽の光から与えられる熱も遮断したいとのこと。まあ確かに砂粒が入るのは勿体ないだろうなとのことで、リュウデリアは魔法で土を操った。


 ヘイスス、バルガス、工房をぐるりと囲う土の壁を形成して天井も作った。この場限りだから不格好でも構わないだろうと、少し大きめの四角い建物状にした。入口を作り、念の為に小さな空気の通り道、窓のような物も作った。これで砂が混ざることはないだろうし陽の光からの熱も心配いらないだろう。


 中でどんな工程がされているのかは解らない。人がやる鍛錬と神が行う鍛錬は違うだろうから。それに神界でも3指に入るほどの腕の持ち主ならば、そん簡単に他者へ作製中の姿を見られたくないだろう。魔法陣も創っているところを見られると構造が解ってしまうので基本見せない。それと同じだ。


 待っている間は暇なので、リュウデリアとクレア、オリヴィアは地面に置いてある謎の金属の近くに行った。既に必要な分はヘイススに取られている。権能によって材料を自身が加工できる材料という風に変え、切り分けたのだろう。一部分がすっぱりと切られて無くなっていた。




「この金属は何処で手に入れたンだ?得体が知れねぇぞ」


「神界でも見たことが無いな、これは」


「引き摺り込まれそうだな。どれ、少し硬度を見てみるか」


「間違えて粉々にすンなよ?」


「分かってい……む……?」




 金属の塊から発せられる雰囲気から、普通ではない硬度を持つのだろうと少し興味を持ったリュウデリアが、手を伸ばして一番上の部分に触れて握り込んだ。元が巨体であり、何十トンという体重を支えられるだけの握力を持つ彼が力を籠めれば、巷で破壊困難と言われるような鉱石も粉々だ。


 しかし、金属の塊は壊れる様子がなかった。それどころか砕ける様子すら見せないのだ。罅も入らない。まあこの位で壊れるならば期待外れも良いところだと思い、2割くらいの力から4割くらいに強くした。それでも変わらない。眉間に皺を作りながら8割の力に変えた。全く変わらない。


 掴んでいる右手に応戦するように左手も足して全力が力を籠めた。本気で握り潰すつもりで。腕の筋肉がぼこりと隆起してミチミチと音を立てた。鱗が無ければ体中に青筋が奔っていることだろう。歯も食い縛っている所為でギチギチと歯軋りしていた。


 リュウデリアが本気でやっていることを察して、クレアとオリヴィアは瞠目している。まさかあの彼が本気で握り潰そうとしているのに、1ミリも変形していないのかと。本気でやっているので腕が震えていく。そしてその強さから地面すらも少し揺れていた。暫く粘っていた彼だったが、これ以上は意味がないと判断して手を離した。




「……ヤベェな、この金属」


「ふーッ。異常な硬さだ。俺の力でも全く変形しない。魔法を使って無理矢理やらなければ傷一つ付かんぞ」


「ヘイススが切り離せたのは権能だからだろうな。でなければリュウデリアの力でも罅すら入らないこの金属を切り取るなんて芸当できないだろう。つまり、加工できるのもヘイススだからこそか」


「少しは楽しみになってきたな」


「どんな武器が造られることやら。ま、気長に待とうぜ」


「久しぶりに『龍の実』でも食べるか」


「食うッ!!!!!!!!!!!」


「声が大きいな……」




 本当に龍は『龍の実』に目が無いな……と思いながら、リュウデリアも異空間から出したリンゴに似た黄金の身を取り出して食べ始める2匹を眺めた。因みに、オリヴィアも食べるか?と聞かれたが、生憎龍意外には普通のリンゴにしか感じられないのでいいと断った。それ程腹は減っていないし。


 美味そうにシャリシャリしながら食べている2匹を微笑ましそうに見ていると、途中から話していなかった現最高神のプロメスがオリヴィアの元までやって来た。見た目は超美少年な彼が近付けば殆どの女神はつい隣を許してしまうだろうが、オリヴィアは顔を顰めて距離を開けた。


 如何にも近付いてくるのを嫌そうに見てくるオリヴィアに、流石にプロメスは苦笑いして3歩分の距離を開けて止まった。それ以上近付いたら攻撃すると脅してから、オリヴィアもそれ以上距離を取ることはなかった。




「何の用だ。私は最高神そのものが嫌いなんだ。用がないならばさっさと何処かへ行け」


「そう邪険にしなくてもいいでしょう?ただ、あのリュウデリアという龍について聞きたくて話に来ただけなんだから。君に危害は加えないよ」


「……何故リュウデリアについて聞こうとする。言っておくが、手出しすればお前は忽ち殺されるぞ。前のクズのようにな」


「あはは!一応色々な神に前最高神について聞いてみたら、大体同じような返答が返ってきたよ。ま、その前の奴とボクは違う存在だからどうでもいいんだけどね。まあそんなことより、彼って数千年前から生きてた……ってことない?」


「……その質問の意味は分からないが、リュウデリアはまだ百余年しか生きていない。それは断言してやる」


「ふーん。そっかぁ……分かった。ありがとね」




 プロメスから投げられた問いは、リュウデリアが実は数千年も昔から生きている古の龍ではないかということだった。しかしそれは絶対に無い。何せオリヴィアは、彼が生まれて少ししてから最近まで、ずっと神界から眺めていたからだ。なので絶対に違うと言える。


 答えたオリヴィアが嘘であったり適当に答えていないということを目を見て確認すると、プロメスは彼女から離れて行った。それだけが聞きたいことだったのかと思ったが、まあ答えたところで不都合になることではないから大丈夫だろうと放っておくことにした。


 オリヴィアから離れ、『龍の実』を食べて美味い美味いと騒いでいるリュウデリアとクレアの横を通って少し離れたところに行く。その間プロメスは、顎を指で撫でながら何かを思案している様子だったが、その表情が誰かに見られることはなかった。


 そしてそうこうしている間に、リュウデリアが形成した工房の中からバルガスとヘイススが出て来た。要求されて渡したのだろう、胸元の鱗が最後に見たときよりも少し無くなっていて、左手首からは血が流れていた。心臓に近い鱗と新鮮な血だ。オリヴィアが近寄って瞬く間に傷を治してやると、バルガスが礼を言った。


 そんなバルガスは、右手に銀色の無骨な片手で振るえる金鎚を持っていた。柄は彼の鱗と同じ赫であり、それ以外に無駄な装飾などない、シンプルなものであった。だが発せられる威圧感の尋常の無さをリュウデリアとクレアは全身で感じていた。初見で出されれば、否が応でも警戒するだろう程のモノだった。


 神の鍛錬は人が行う鍛錬と比べて短い時間で済むということも気にせず、リュウデリアとクレアはバルガスの方を見て目を細めた。どう考えても……強い。戦いを求める龍の本能が、死ぬほどの激闘を求めていた。まるで武器に挑発されているようだ。




「フハハッ!随分と得体の知れん武器だな。銘はあるのか?」


「■■■■■……という」


「……あ?何つった?」


「■■■■■……だ」


「ダメだ。バルガスが言っているだろう銘を認識できん。どうなっている?」


「……?どういう……意味か……解らないが」


「……まあそこは追々知れば良いこと。ところでバルガス、少し提案なんだが──────俺に打ってみろ。その武器の強さを感じてみたい」


「あ、先越された!?」


「リュウデリア、大丈夫なのか?」


「念の為に防御魔法陣も展開する。バルガスの腕力だけでも魔法の防御を貫通する程あるからな。だから遠慮なくこい」




 銘を言っている筈のだが、何故か認識できないという事があったが、つけた銘が分からない程度は別にいい。そんなことよりも気になっているのは、バルガスがヘイススに造ってもらった武器がどの程度の力を持っているのかということだ。


 1つ目を造り終わって額の汗を拭っていたヘイススが、造ったからこそ解る強さを秘めているからやめておいた方が良いと忠告するも、リュウデリアは無視して打ち込んでもらうつもりであり、バルガスも試しにと打ち込むつもりだった。


 クレアが出遅れたことでつまらなそうにしながら、金鎚の強さに興味を抱いている。オリヴィアはまあこうなるだろうなと、予想の範疇を超えないので、仕方ないなと溜め息を溢している。プロメスも是非見せて欲しいと言って観戦側になっていた。


 少し離れたところに2匹は移動して対峙する。リュウデリアは防御するから全力でこいと言って、魔法陣を8枚重ねる八重防御魔法陣を展開した。バルガスはリュウデリアの準備が整ったと解ると、柄を強く握って全身に赫雷を纏った。すると、金鎚の方に赫雷が集中し、赫雷を周囲に迸らせて地面を焼いていく。そして……バルガスは駆け出して金鎚を大きく振りかぶった。




「──────ふんッ!!!!」


「──────ッ!?がッ……ッ!?」




 真っ直ぐ向かってきたバルガスが八重防御魔法陣の1枚目に赫雷を迸らせる金鎚を当てた瞬間、薄いガラス細工を割るように抵抗も無く砕き、8枚全てを叩き割ってリュウデリアの元へと迫った。


 真面に受けるのはマズすぎると、防御魔法陣が一瞬で破られた事に驚きながら、リュウデリアは胸の前に腕をクロスさせて足を開いて防御態勢を取った。腕に打ち付けられる金鎚。轟く赫雷。訪れる人知を超えた破壊力。






 ごきりと嫌な音を鳴らした後、リュウデリアは爆音すらも置き去りにして、目にも止まらぬ速さで後方へ吹き飛ばされていった。






 ──────────────────



 ヘイスス


 権能は『加工』


 どれだけ固い物も、加工不可能に思えるものも、自身に加工ができるように強制することができる。加工可能となった材料は、持っている効果も硬さも粘り強さも全てそのまま。ただ、加工ができるようになるだけ。ただし、これはあくまで材料にしか効果が無いので、敵に使うとかはできない。


 材料を武器にすると、材料ではなくなってしまうのでもう一度加工したり、材料として分解することもできない。造ることに特化した鍛冶の神にとって最高の権能。





 リュウデリア


 興味本位でバルガスの金鎚を受けたら、8枚魔法陣を重ねた防御魔法陣を一瞬で破られ、全力で防御したのにぶっ飛ばされた。受け止めるつもりだったのに、簡単に貫通してきたことに驚いている。





 バルガス


 ヘイススに武器を造ってもらい、威力を確かめようと思ったら想像以上の威力でやった本人が一番驚いている。防御する姿勢を整えたリュウデリアを本気で殴っても、ほんの少しノックバックする程度だと知っているから。


 武器の名前は、武器を手にした瞬間に頭へ浮かび上がった。なのでそのままの名前を使っている。





 ■■■■■


 見た目は柄の部分が赫いだけの、マイティソーが持っているムジョルニアみたいな感じの見た目。とてもシンプルな形。


 銘はつけてもらっているが、普通に言っては通じない。





 謎の超金属


 リュウデリアが本気で壊しに掛かっても1ミリも変形しなかった。異常な硬度を持つ。



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