第110話 専用武器達
全力で振りかぶられた赫雷を無差別に放出する金鎚は、リュウデリアが展開した八重防御魔法陣を易々と紙のように打ち破り、奥に居る彼へと叩き付けられた。
迸るという言葉が似合う状態で纏っていた赫雷が弾ける。視界いっぱいを一瞬とはいえ赫い閃光で塗り潰し、反射的に目を閉じると、爆発音と違わぬ音が響き渡って何かが弾け飛んでいった。いや、その弾き飛ばされた物体こそがリュウデリアであった。
全力で形振り構わず蹴っ飛ばしたボールのように吹っ飛ばされたリュウデリアは、本気で受け止めるつもりだったのに軽く飛ばされたことに驚いていた。威力が強すぎて何もしていないのに地面と平行に移動している。ものの数秒で1キロ先に到達した。
呆れた武器の強さだと認めながら、空中で翼を使い、態勢を整えながら脚で一度地面を蹴り上げる。強靭な脚力によってリュウデリアは空へ跳び上がり、そのまま翼で飛んだ。音の壁を突破してバルガス達の所へ戻る。地面を陥没させながら降り立った彼の元へ、オリヴィアが急ぎ足で駆け寄った。
「大丈夫かリュウデリア……っ!」
「問題ない。
「腕が今にも千切れ取れそうだが??」
口から大量の血を吐き出し、右腕が肘から千切れ取れそうになりながら、何でもないように言うリュウデリアに思わずツッコミを入れた。オリヴィアは痛々しい負傷をしている彼に両手を翳し、純白の光りを当てて治癒をした。腕の肉が再生していき、神経も繋がれて失った鱗も生えた。
元通りになった右腕を動かして問題ないと言うと、口元の血を乱雑に拭った。オリヴィアにありがとうと礼を言ってから手の中で金鎚を回して確認しているバルガスの元まで行き、実に素晴らしい威力だったと褒めた。吹き飛ばされた事など何とも思っていない事にズレていると思われるかも知れないが、彼からしてみれば傷付けられる程の武器の性能が体験できただけでも嬉しいのだ。
バルガスも始めて使う歴とした自分用の武器に満足そうにしていた。神々との戦いでパワーアップしたリュウデリアを正面から殆どの抵抗無く吹き飛ばし、負傷させることができたことが非常に優れた力を持つと解ったので、造ってもらって正解だと心の中でヘイススを褒め、頷く。
材料にバルガスの鱗や血を使っているのが原因なのか、とても手に馴染む。まるでずっと持っていたかのような感覚に、龍である自身が今まで魔力で形成した武器意外を使わなかったのは、この時のためだったのだと錯覚してしまうほど。クレアはバルガスの武器の威力を知ると、早速自分のも造ってもらおうとヘイススを連れて工房に行ってしまった。
その事をバルガスから聞いたリュウデリアは、まあ無理も無いかと納得して造ってもらうのが最後になることを良しとした。しかしそれとは別に、金鎚の強さに舌を巻いたので、是非とも一度だけ振らせて欲しいと頼んだ。バルガスは構わないと言ってリュウデリアに手渡す。
どの程度の重さがあるのかと、自身がやったらどのくらいの威力が出るのかと好奇心を煽られながら、出された金鎚に触れた。指先が金鎚の銀色に輝く表面に触れた途端、ばちりと赫雷が発生して触れようとした手を弾かれた。
「リュウデリア……?バルガス、イタズラか?」
「違う……私は……何も……していない」
「……あぁ。バルガスはやっていない。やったのはその金鎚だ。触れてから弾かれて解った。今、俺はその金鎚に拒否された。『触れるな』という強い力を感じた」
「武器が触れることを拒んだ……?」
「うむ。触れ続けたらどうなるか解らん。正真正銘、その武器はバルガス専用だな。他の誰にも触れることもできんのだから」
「……面白い……武器だ。形も……あの金属を熱し……打っていたら……勝手にこの形に……なった。ヘイスス曰く……その者に適した……形状を取るという」
「まるで意思が在るようだな。興味深い。……バルガス、試しに投げてみろ。何処かへ行っても俺ならいくらでも見つけてやるから思い切りな」
「私も……試そうと……考えていた」
生物でもないのに、触れようとすれば拒まれる。バルガス以外の者が触れるなと強く言っているように感じたリュウデリアは、無理矢理触れて持とうとするのではなく、潔く触れることをやめた。そもそも金鎚はバルガスの武器なので、拒まれたら相応しくないということだろうと諦めたのだ。
次に、リュウデリアはバルガスに金鎚を投げてみるように言った。意思のようなものがあり、バルガス以外の者が触れようとすると拒むならば、バルガスが投げて手放せば勝手に戻ってきたりするのではないかという実験だ。
元からそれをやってみようと考えていたバルガスは、大きく振りかぶって金鎚を投擲した。打ち付ける部分が前で柄が後ろという、回転もしないでその状態のまま飛んでいった金鎚は、急激に速度を落として逆再生されたカメラのように後退していく。そしてバルガスの元へ帰ってきて手の中へ納まったのだ。
「投げてみて……解ったが……何処まで飛んでいったか……何処まで飛ばすか……そしてどのタイミングで戻すか……手に取るようにできる。体の……一部のようだ」
「なるほど。何とも言えん性能を秘めているのだな。クレアの武器もそうだが、俺のものも楽しみだ」
実験として金鎚を投げたとき、バルガスにはどの程度武器が離れているのかを把握することができた。投げて真っ直ぐに飛ばすことしかできないが、その代わりに念じれば戻ってくるのだ。無くすことがない昨日に満足し、それと同時に何故ここまで馴染むのかと不思議に思う。
龍の魔力炉心である心臓を使っているから、まるで自分の体の一部のように感じるのだろうか。まだ手にして間もないので全く把握できていないが、これから知っていこうと思う。既に彼の頭には、使わずに異空間に仕舞っておくという線が消えていたのだった。
金鎚を投げて手元に戻してを繰り返して感触を確かめながらバルガスは遊び、リュウデリアは魔力で繋がっている訳でもないのに手元へ戻る金鎚を観察して、オリヴィアは彼の隣に立っていた。プロメスは全体を見ながらリュウデリアとバルガスの観察をしている。神界に侵入して数多の神々を殺したという彼等が興味深いのだ。
それぞれが思い思いのことをして時間を潰していると、工房からクレアが出て来た。やはり製作の時間は早い。あっという間にできあがったのだろう。しかしクレアはなんだか不満げに顔を顰めていた。そしてそんな彼の手に持っている武器というのが、どこからどう見ても蒼い扇子だった。
「……何でオレのはこんなだっつーンだよッ!?武器じゃねーだろこれッ!!」
「扇子だな。本に載っていた」
「オレも読んだわッ!!だからおかしいだろって話ッ!!」
「だが……クレアの得意な……風を生み出せる。使ってみたら……どうだ。私が……受け止めよう」
「あーいいぜ?やってやるよこんちくしょーがオラァッ!!」
シンプルなデザインであるバルガスの金鎚とは少し違い、蒼い色合いな扇面に風を表す細かい絵が描かれていて、手で握る部分にも細かい風の装飾が施されていた。澄み渡る蒼々とした扇子は芸術的観点からも他を圧倒する出来栄えだろう。
しかしどうにもクレアは武器ではないことが気に入らないようで、投げやりな言葉と共に大きく振りかぶってから振り下ろした。すると扇子から出た風とは思えない蒼い爆風が生み出され、見えない不可視な風の刃が雨雲から降り注ぐ雨粒よりも多く発生してバルガスに向かっていた。
正面から受ければ細切れの肉塊になると察したバルガスは、右手に持つ金鎚に右肩から赫雷を纏わせて放電させた。そして同じく振りかぶって振るった。発生した莫大な電力を持つ破壊の赫雷と、計り知れない風圧と風刃を殺到させる蒼風が正面衝突した。
この規模はマズいと、リュウデリアが急いで魔力障壁を展開して、クレアとバルガスを包み込んで余りあるフィールドを形成した。内部では競り合う風と雷が破壊を撒き散らしている。中央からそれぞれの力に分かれて相手を呑み込まんとする光景は、見る者を圧倒させる。そして、力が限界に達して魔力障壁内部で大爆発を引き起こした。
爆煙が内部で充満し、大丈夫だと確信してからリュウデリアは魔力障壁を解いた。すると、強い風が荒れ狂い、爆煙を絡め取って螺旋を描いて上空に飛んで行き、弾けて霧散した。螺旋の爆煙の中心に居たであろうクレアは、扇子を上に振り上げた姿勢であった。不満げにしていた扇子は、他者にとっての死風を呼び起こす武器であった。
「へぇ……やるじゃねェかオマエ。偶には使ってやるからありがたく思えよな」
「ふぅ……まさかあれ程の風が発生するとは思わなかったぞ。魔力障壁で囲わねば工房も巻き込んでいた」
「おー、ワリーワリー。オレもまさか、ちっと薙いだだけであそこまで威力が出るとは思わなくてよ。ビックリだぜ」
「扇子で武器成り得るのかと思ったが、クレアに似合った代物だったな。……さて、次は俺の番だ。オリヴィア、頼む」
「任せておけ」
バルガスもクレアもさっさと心臓を自分の手で抜き取った。それと同じようにリュウデリアも、貫手で胸に手を刺し込み、体内にある心臓を鷲掴んだ。そしてそのまま力尽くで体内から引き千切って取り出した。すかさずのオリヴィアの治癒の光を浴びて傷を治す。
手の中でまだ動いている己の心臓を見下ろした後、ヘイススの工房の中へと入っていった。中は少し薄暗いが、見えないことはない。中では次の準備を進めている彼女が居た。取り出した心臓を渡しておき、炉に純黒なる魔力で生み出した純黒の炎を灯す。
熱を与えられるような状態になると、工具で掴んだ謎の超金属を炉の中に入れて熱する。リュウデリアが全力で潰そうとしても全く変形しなかった超金属は、ヘイススの権能によって加工可能な物へと変わり、熱を与えられて真っ赤になっていた。そこへリュウデリアから取った心臓と、適当に腕を傷付けて出した新鮮な血を与え、心臓に一番近い鱗も何枚か足した。
すると彼の体の一部がヘイススによって材料となり、熱せられた超金属と混じり合っていった。ドクリと一度鼓動を刻む。そこで魔力を流し込んでくれと言われたので、純黒なる魔力を熱せられた超金属に注ぎ込む。しかしそこで、引っ張られるように莫大な魔力を奪われていることに気が付いた。恐ろしい速度と勢いで持っていかれる。
他を無差別に侵蝕する純黒が、もっともっとと言わんばかりに吸い出されていく。幸いリュウデリアは自身でも把握しきれない程の魔力を内包しているので、好きなだけ持っていくといいと魔力を注ぎ込み続けた。そうして一方でヘイススが神の金鎚で打ち続け、時には熱してを繰り返すと、形ができあがっていった。
一つの塊が突如二つに分裂したりと、ヘイススも驚く現象を起こしたが、作業は恙無く行われていき、最後には完璧な完成を迎えた。最後は水で冷やして熱を取ると、リュウデリアの手に渡される。触れれば、なるほど確かに。今までずっと手に持っていたような感触だ。ありえないほど馴染んでしっくりくる。
──────それに……そうか。お前の銘は■■■■■というのか。
頭の中に突如として浮かび上がる武器の銘。それしかないと言っているような気がして、リュウデリアは手の中でそれの表面を撫でた。新たな己の一部。謎の言葉を残した『あの方』からの命令で、神界でも3指に入る技術力を持つというヘイススが手掛けた傑作。
手で感触と、握り込んで硬さを確認すると、リュウデリアは出入り口から工房を出た。外ではクレア、バルガス、オリヴィア、プロメスが居て、最後になる彼の事を待っていた。オリヴィアは新鮮な血を得るために傷付けた腕の傷を治してくれたので礼を言っておく。
そして、これまでの流れ通り、リュウデリアも武器の試しをすることにした。光をも呑み込むというブラックホール。それすらも呑み込めると思えてしまうくらい、どこからどこまでも純黒の色に染められたリュウデリアの専用武器。
神界の四天神が1柱が使っていたものと同じ……刀。加工中に二つに分裂したのは、刀の刃の方と鞘の方で分かれたからだ。本でも読んだことがある刀の基本的な使い方。左手で鞘に納まった刀を持ち、親指で鯉口を切って鎺を覗かせた。そして右手で柄を握ってゆっくりと抜刀。すらりと気持ちの良い音を出しながら、鞘の中から純黒の刃が現れた。
正面に刀を構えて上段に持ち上げる。手に馴染む程よい重さだ。それを重力に従っただけの振り下ろしをした。誰でも目で捉えられる速度の振り下ろしでありながら、上から下まで行って鋒が地面に触れた時、バルガスとクレアの間……地も空も雲も空間でさえも、残らず一刀の元に斬り伏せられた。
地平線の向こうまで、大地が斬り裂かれて底の見えない溝を作っていた。空に浮かんでいた雲は大地の亀裂に合わせた部分だけ消し飛び、青い空は不自然な黒い線を真っ直ぐに引いていた。そして空は次第に戻っていき、雲も風に乗って形を変えた。空間も斬られて消えた空気が元に戻ろうとして風を吹き荒らした。
「お前のは刀か。それも見事に純黒だな」
「凄まじい……切れ味……どの武器も……素晴らしい」
「まったく、これでまた一つ強くなってしまったな。必要に迫られた時以外を除いて使わないようにせんと、戦いがつまらなくなるぞ」
何の力も籠めずとも齎した破壊の跡を見ながら、必要な時以外に使ったら戦いがつまらない。そう言いながらも、彼は嗤っていた。そしてクレアもバルガスも嗤っている。
最強の龍達が新たな力を更に手に入れてしまった。誰にも制御ができない彼等は、より制御ができなくなる。そんな彼等を見つめるプロメスは、口端に笑みを浮かべていた。
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ヘイスス
あれだけ殺伐とした空気に晒されていながら、武器を全て作り終えるとニコやかに話し掛けられ、肩を叩かれ、良くやったと龍達に褒められた。恐らく、オリヴィアを除いた神で初めて好感触を受けている。
リュウデリア&クレア&バルガス
クソほどヤバい武器を手に入れた。しかしこれをずっと使っていたら戦いが楽しめないと察して、使うときは使う、使わないときは今まで通り戦うと決めた。
最初は何言ってんだコイツとなっていたヘイススの事も、今では大した仕事をする神だと褒めているし認めた。確かにこれなら3指に入ると。
クレアの武器は細かくて風を軸とした美しい装飾が入った蒼い扇子。リュウデリアの武器は鞘も刃も何もかもが純黒の刀。どちらも非常に恐ろしいほどの力を内包している。
オリヴィア
今回のMVP。彼女が居なければ武器が造れなかった。何せ心臓を毟り取る行為をしなくてはいけないから。世界で唯一治癒する力を持つ彼女が居たからこそ、今回の話が上手くいった。居なかったらヘイススは初手で死んでいた。
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