第108話  求める物




 リュウデリア、バルガス、クレア、オリヴィアの皆の前に現れたのは男女の神だった。彼等とコンタクトを取るために神界から来たという。見に覚えもなければ顔も見たことがない神々なので、彼等が警戒するのも無理はない。


 それに、子供の姿をした男の方からは、尋常ではない気配を感じるのだ。オリヴィアが体に覆わせている純黒のローブは、物理も魔法も効かず、神に対する耐性を獲得している。しかしそれは絶対ではない。これだけの気配を醸し出す奴が相手ならば、ローブを貫通するかも知れない。故にリュウデリアはオリヴィアを腕の中で囲っている。


 しかし、彼等は敵ではないと言う。その証拠としてか、両手を上に上げて敵ではない事を示すジェスチャーをしていた。まあ神々行使する権能は予備動作無しで発動できるので、手を上げたところで何の安心も抱けないのだが。




「──────何の用だ?名も知らん神共」


「私はヘイスス。鍛冶の神の1柱だよ。……オリヴィアとは何度か話したことがあるよね」


「あぁ。2、3度だが、確かにある」


「で、ボクは前の最高神の後を継いだ、生まれて少しの──────プロメスだよ。よろしくね」


「……お前が次の最高神か」


「そっ。けど参ったよね。生まれたはいいけど、前の最高神が完全に殺されたみたいだから記憶も記録も何も受け継げなかったの。だからボクは最初から最高神としての何たるかを身につけ、覚えなくちゃいけなかった。いやー、最初は熱でも出るかと思ったよ。神だから熱なんて出さないけどね!」




 現最高神プロメス。リュウデリアが前最高神であったデヴィノスを根底から殺した事により、記憶などを引き継いで再誕することもなく、最高神という役に就くための神として誕生したのが彼。なので、前の記憶は無く、生まれたはいいが何をすれば良いのか分からないので、世話係の神から最高神のやることを教えてもらっていた。


 デヴィノスのような尊大な口調とは変わり、親しみやすい口調をしているプロメス。彼の見た目が子供ということもあり、少し口調が達者な子供そのものに見えるだろう。だが、隠し切れていない神格からくる気配が、全身から立ち上っている。


 小さな体に秘めているのは、前最高神であったデヴィノスを遥かに凌駕している。神としての格が違う。そんなことはリュウデリア達にも解っていた。目を細めて警戒と観察をする。女の神……鍛冶の神ヘイススはオリヴィアの知り合いであり、そこまで強い気配を感じないのでそれ程警戒するに値しない。でもプロメスは違う。


 何の権能を持っているか解らず、本当に敵対するつもりがないのかが判明していない。いつまでも警戒されているというのに、プロメスはニッコリとした子供みたいな笑みを浮かべているだけだった。




「もー。そんなに警戒しないでよ。ボクは君達を見つけて此処に彼女を連れて来る事こそが目的なんだから」


「……ふん。それで、ヘイススと言ったか。お前は何の用だ」


「私は『』の命により、あなた達の武器を造りに来た」




「「「…………………武器?」」」




「んんっ。あー、ヘイスス?リュウデリア達は龍だぞ?武器は必要ないと思うが……それに『あの方』とは一体誰のことだ?」


「それは言えない」


「……何?」




 目的は、リュウデリア、バルガス、クレア達の武器を造る事だという。それを聞いたリュウデリアたちは、一様に首を傾げた。何故鍛冶の神が、突然やって来たと思ったら自分達の武器を造ろうという話になるのかと。


 頭の上に疑問符を浮かべている彼等に代わり、オリヴィアが龍に武器は必要ないだろうと言った。確かに槍等を使っている節はあったが、主に使っているのは拳だ。肉体を使った戦いをしている。ただ、遠くに居るものに向けて投擲するということで、何となく魔力で槍を形成しただけで、人間のようにずっと使うことはない。


 それに彼等も武器なんて必要だと思っていないので、単純に要らないと思っている。だからこその要らないと思うという発言だ。そして、一番気になるのが『あの方』という存在だ。命令によって造ることを強制されているというヘイススに、リュウデリア達が頭の上の疑問符を消して反応する。




「つまり、俺達は何者かも解らん『あの方』という奴から命令を受けただけのお前に、武器を造ってもらわなければならんということか?」


「端的に言ってそうなるね」


「何故『あの方』とやらの素性を隠す?」


「私は『あの方』に昔、命を救ってもらった事がある。どうにか助けてもらった恩を返そうとしている私に『最高神デヴィノスが死んだ後、リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス。クレア・ツイン・ユースティアの武器を造れ』と言われている。そして、自身の事は何も話すなとも」


「……昔に助けられ、その場で俺達に武器を造るよう命令した?」


「何でオレのフルネーム知ってンだ?知ってるのはコイツらだけだっつーのによ」


「それに……最高神が死ぬことも……知っているような……口振り」


「まるで最高神が死ぬことに俺達が関わることを見透かしているような言い口だな。……ふむ、なるほどな」


「何か分かったのか?リュウデリア」


「フッ……──────さっぱり解らん」


「謎が解けたみたいな口調で間を開けながら言うのやめろや」




 バルガスとクレアからジト目を向けられながら、リュウデリアは手の平を上に向けて肩をすくめる戯けたジェスチャーをしながら、頭の中では情報を整理していた。


『あの方』という謎の存在。神界に居る神であるヘイススを助けたとなると、その存在は恐らく神。それが恩返しとして求めたのは自分達の武器を造るということ。他にも前最高神デヴィノスが将来的に死ぬことすらも予言している。言い方から察するに、デヴィノスの死と自分達が関わっている事も見抜いていることだろう。


 考えれば考える程、分からない。何故助けた対価として武器を造ってやることになったのか。何故、クレアとバルガスのフルネームを知っているのか。だがふと思い付いた。神ならば権能によって未来を見て、必要だと思ったから言ったのではないかと。




「因みにだが、その『あの方』に救われ、命令されたのはどの程度昔だ」


「数千年くらい前だよ」


「オレ生きてねーわッ!!」


「完全に……予言の類だ」


「神ならば未来を視るといった権能を持っていても不思議ではないだろう。意図は解らんとしても、今よりも少し未来に於いて俺達に必要になると考えて良いのかも知れん」


「……一応言っておくと、『あの方』は未来を視るとか解るとかの力は持っていないよ」


「……チッ。益々解らん」




 リュウデリア達は実のところ同い年である。生まれてから百余年しか経っていないので数千年前ともなれば生まれてすらいない。親龍すらも生まれていない事だろう。ならばもう、未来視の類の権能を持った神であると考えた方が良いだろう。


 しかし、ヘイススによって未来視の権能の線は否定された。ならばどういう方法で知ったのだろうか。問えば問うほど『あの方』とやらが怪しくなっていくし、謎が深まる。取り敢えず、ヘイススが言う武器をどうするかという話に戻そうと考えた。




「それで、どうやって武器を造るつもりだ?それと武器の種類はどうなる」


「造らせンのか?」


「知るための……情報が少ない……怪しい」


「確かにな。だが俺達が生まれた事を知っていたんだぞ。それに何故か俺達に武器を与えるという。もしここで断り、その武器が必要になったとしたら面倒だ。造らせるだけ造らせる。そして一応持っておき、必要なければ使わなければ良いだけだ。異空間に仕舞っておけばいい」


「……まあそれもそうか。必ずしも使わねーといけねぇ理由は無いわけだしな」


「ならば……鍛冶の神の……お手並み拝見と……いこう」


「話は纏まったかな?それじゃあ、ヘイススが使っている工房をそのまま此処にコピーするよ」


「ありがとうございます、プロメス様」




 右手の人差し指を立ててくるりと回すと、プロメスの背後に蜃気楼が晴れるように工房が姿を現した。ヘイススがずっと使っている慣れ親しんだ工房。そのコピーである。権能によって神界で見せてもらったものをそのまま記憶の通りに再現した。


 温める為の炉や冷やすための水場。鉄を叩くための台などといったものが全て揃っている。ヘイススは設備の確認を行い、細かい道具なども揃っている事を見ると、プロメスに例の物をと言って、虚空から何かの塊を出してもらった。


 ヘイススの前に置かれたのは、銀色に輝く謎の金属の塊だった。光りを反射して爛々と輝いているその金属は、見た目こそ普通の物に見えるが、醸し出す雰囲気は異常だった。見続けていれば吸い込まれそうな未知の魔力を秘めている。その様子から、あのリュウデリア達が1歩……後ろへ下がった。




「この金属に名前は無い。『あの方』が私に渡した代物で、これ以外に存在しない、唯一無二の金属なんだ」


「……一体どういう金属だ」


「なんか知んねーけど、1歩下がってたわ」


「感じた事のない……雰囲気……言葉では上手く……表せない……代物だ」


「この金属を使って武器を造る。そしてこれが最も重要になるが……それぞれに専用とする武器にするため、あなた達の体の一部が欲しい」


「なんだ、鱗か?血か?」


「そのどちらも欲しいが、鱗は心臓に最も近い場所に生えているもの。血は採取したばかりの新鮮なもの。そして──────が欲しい」


「「「…………………………。」」」




 武器を造る上で体の一部が欲しいと言われたので、適当に鱗や血が必要なのかと言えば、まさしくその通り。鱗は心臓に最も近い場所に生えたものを必要とし、血は採取したばかりのものが望ましいという。まあその程度ならば別に良いかと妥協できるが、次の言葉で3匹は固まった。


 龍の魔力炉心が欲しいと言われた。それは龍の体の中でも、最も価値がある部分のことを示す。つまりは心臓だ。空気中に漂う魔力の素である魔素を体内に取り込み、魔力へと変換しながら貯め込む為の器官。魔力炉心と呼ばれるそれは心臓。つまり、ヘイススは心臓をそのまま寄越せと言っているのだ。


 静寂が一帯に広がった。誰も何の声も上げずに黙っている。ヘイススは自身が言っていることを理解しているので、額から汗を流し、手を固く握りながら震えている。しかし目は真剣だ。目を一切そらすことなく、正面からリュウデリア達と対峙していた。


 誰も何も言わない、言えない空気が少しだけ続くと、リュウデリア達が顔を下に向けて俯かせ、肩を震わせていた。まるで怒りが爆発するのを無理矢理押し込めているようにも見えるそれに、ヘイススがごくりと生唾を飲み込んで喉を鳴らす。しかしそんな彼女が聞いたのは、3匹の笑い声だった。




「ぷっ……ははッ!!はッはははははははははははははははははははははははははははッ!!!!」


「だーッはははははははははははははははッ!!ひーッひーッ……ぶはははははははははははッ!!!!」


「くはッ……はははッ!ははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!」




 腹を抱えて笑い出した。心底可笑しいと言わんばかりの大爆笑に、ヘイススはおろか、オリヴィアも目を丸くしている。いきなり笑い出してどうしたというのだろうか。そんなに可笑しいことだっただろうか。もっと怒り狂って糾弾されるのかと思っていた矢先の事なので、何て言えば良いか困惑する。


 ゲラゲラと笑い続け、3匹が互いに肩をバシバシと叩き合い、尻尾でも地面を叩いて罅を入れている。笑いすぎて目に浮かべた涙を拭って、はーっと大きく息を吐き出した。そして3匹は上を向いて笑った後の余韻に浸ると、顔を下げて目の前に居るヘイススを見やり、先頭に居るリュウデリアが右手を翳して魔法陣を展開した。




「──────ふざけるのも大概にしろ。何故俺達が心臓をお前のような大して知りもせん者にやらねばならん。却下だ。死ね」




 展開された魔法陣が甲高い音を奏でながら魔力を放出している。発動されればヘイススは即座に死滅することだろう。後ろに居るバルガスもクレアも、リュウデリアの行動を止めようとはしなかった。







 魔力の充填が終わり、魔法が発動しようとしている。それでも、ヘイススは瞬きすらせずに、ずっと彼等のことを正面から見続けた。







 ──────────────────



 プロメス


 前最高神であるデヴィノスから最高神の役を引き継ぐために誕生した、新たな最高神。見た目は子供であり、ギリシャ神話に出てくる神が着ているような、キトンに似たような服をお世話係の神達から無理矢理身着させられている。その内自分で選んだ服を着ようと考えている。


 金髪で顔立ちがやはり整っており、美少年。砕けた口調をしている。なので親しみやすいし、普通に話し掛けても怒らない温厚さを持っている。


 しかし、その実力は、生まれた瞬間から前最高神のデヴィノスを凌駕している。神は死んでも前の記憶を持って復活するので、デヴィノスを殺しても同じ記憶を持ったデヴィノスが生まれるはずなのだが、リュウデリアに殺された事で最高神という『役』に嵌まる為の神が生み出された。


 それ故か、全く違う最高神として誕生し、デヴィノスとは比べ物にならない程の神格を秘めている。大きさで言うならば、デヴィノスが月で、プロメスが太陽そのもの。つまり、正真正銘最強の神。


 なのに、自分はリュウデリア達には負けると軽く話している。勿論、彼等はプロメスの持つ力の大きさを理解しているので、一筋柔ではいかないということを察している。


 権能は『生誕の権能』


 その力は、自分の好きな権能を生み出して無限にストックするというもの。創り出すのに必要なものはなく、制限が殆ど無い。今は生まれたばかりなので使い方を理解しきれていないが、最強の神が持つに相応しい最強の権能。





 ヘイスス


 鍛冶の神。神界でも名の知れた鍛冶の神。他にも存在する鍛冶の神の中でも、3指に入る程の腕の持ち主であり、戦いの神が使用していた鎧や武器を鍛錬したのは彼女。


 四天神が1柱、剣の神ストランが持っていたリュウデリアの鱗すらも斬り裂いた刀は彼女が作製したもの。鍛冶の腕を買われて造った力作。神剣の製作は鍛冶の神ならばできるが、強度や切れ味といったものに関しては当然腕次第なので、最高ランクの腕を持つ彼女が3指に入るのは必然。


 見た目は短い赤い髪に美人な顔を持ち、全身が褐色に日焼けしている。黒く汚れている部分のある作業服の青いオーバーオールを着ていて、如何にも職人って感じ。





 龍の魔力炉心ろしん


 空気中の魔素を魔力へ変換して貯め込む為の超重要な器官。つまりは心臓。なので龍の体の中で最も価値があるのが心臓であり、伝説には、龍の心臓を喰らった者には計り知れない力を与えられるとされている。


 龍の心臓は魔力に最も触れていることから、取り出して時間が経過しても朽ち果てるその瞬間まで魔力を宿し続けるという。





 リュウデリア&バルガス&クレア


 実は何の偶然か同い年。しかも親龍から悍ましい姿をしているという理由から捨てられていた。リュウデリアはスカイディアから捨てられたが、バルガスとクレアは、地上で産み落とされてそのまま捨てられた。なので1度も顔を合わせることはなかった。


 ヘイススが心臓を求めてきて、あまりにも馬鹿らしすぎて腹を抱えて笑っていた。真っ正面から死んでくれと言っているのと同じだから。





 オリヴィア


 突然リュウデリア達が笑い出してどうしたのかと思ったら、まさかの魔法陣展開で、流れについていけていない。でも、取り敢えず魔力炉心というのが心臓であるということは分かったので、そりゃこうなるかって感じている。


 前最高神のデヴィノスとは、現最高神のプロメスはまったく別の神と分かっているが近付きたいと思わない。もう最高神そのものが嫌いになっている。



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