第8章

第107話  謎の神々




 また一つ、地図上から国が消えた。それなりに栄えていたミスラナ王国は1人の男の決断によって滅び去った。生き残りは当然居ない。誰1人として例外なく殺されてしまった。子供も親も妊婦も赤子も老人も全員だ。


 悲惨だろう。これが人間の仕業ともなれば大罪人として捲し立てられた事だろう。しかし犯人が龍となればそうはならない。運が悪かった。それだけで片づけられてしまう。個としての脅威というよりも、厄災や何かと考えた方が生産的であると皆が察しているのだ。


 最強クラスの力を持つ『英雄』が居るならば、怒りを露わにして討伐に向かったり、他の国から討伐依頼が出されるのだろうが、そんな『英雄』がそこらにいくらでも居る訳じゃないが為に、次の標的が我が国にならないようにと祈るのみだ。


 そうして、国を軽く滅ぼして計4つの、世間一般でいう極悪龍はというと──────




「──────きゃっ。ふふっ、やったなぁ?そらっ!」


「はははっ!そんな弱々しい水に当たるわけが……ぶふっ!?」




 ──────相棒の女神と水遊びをしていた。




 滅ぼしたミスラナ王国から発って数時間が経過した頃。今日は快晴の空が広がっていてとても天気が良いからということで、水でも浴びようということになった。しかし此処は次の街へ向かう道の半ば。そう都合良く湖などが存在している訳がない。が、都合が良い魔法がある。


 自分達の上に魔法陣を展開すると、程よい水が雨粒のように降ってくる。人間大のリュウデリアは上を向いて水を浴び、気持ち良さそうにしていたのだが、同じく水を浴びていたオリヴィアから水の魔法の水鉄砲を飛ばされて顔面に食らった。


 元々雨粒を受けて濡れていたとはいえ、結構強めの水鉄砲を受けたのでびっしょりと濡れてジト目になった。飛ばした側であるオリヴィアは、そんなリュウデリアにクスクスと笑っていた。面白そうに笑ってイタズラしてきた彼女に仕方ない奴だ……と思いながらやり返した。




「次は俺の番だ……なッ!」


「──────『現象反転リフレクション』」


「おいそれはズル……ぶふぁっ!?」




 同じように水の魔法で、食らえば濡れていない箇所がなくなるくらいの威力の水鉄砲を飛ばしたのだが、変わらず純黒のローブを着ていることを良いことに、魔法を跳ね返してきた。それもご丁寧に威力を2倍にして。


 生半可な攻撃は効かないと自負するリュウデリアだが、防御をしなければ攻撃を受けるのは当たり前。跳ね返された威力2倍の、中々の水量である水を前面から受けて後ろに流された。足下の土が水と合わさって泥となり、体中に纏わり付く。


 上から降る雨粒ですぐに流されていったが、やられたことに変わりはない。件のオリヴィアは彼に返した魔法が当たった事が嬉しいのか、手で口元を隠しながら肩を震わせて笑っていた。またジト目になった彼は、上の雨粒を降らす魔法陣に細工をして、オリヴィアのところにだけ集中的に滝のような水を落とした。




「ふ、ふふっ。油断したリュウデリ──────ッ!?」


「はははっ!油断したなオリヴィア?」


「あぁ……ものすごい水圧だった……」




 頭から強い水圧を受けたオリヴィアは、全身をびしょ濡れにしながら呆然とした。前からではなく、死角である頭上からの水には気が付かなかったのだ。頭でイメージしなければ反射の魔法は発動しないので、思い切り受けたということだ。


 その後はあくまで水遊びの範疇で雨粒が降る中、水を掛け合って遊び、存分に楽しんだ後は上空の魔法陣を消し、服を魔法を使って一瞬で乾燥させ、引き続き街に向かって進んで行った。2人が歩いた後は、快晴の日には不自然なくらい水浸しになっているがご愛嬌だろう。




「はー……快晴の日に水浴びも楽しいな」


「あの国で灰を被ったりしたからな。洗い流せて満足した。鱗が綺麗になった」


「そうだな。ピカピカしているぞ」


「ふふん」




 得意気に胸を張るリュウデリアに、可笑しそうにクスリと笑うオリヴィア。何とも和やかな雰囲気が広がっているが、リュウデリアの目が鋭くなり、気配も刺々しいものへと変わった事を察した彼女は、外していたフードを急いで被った。何が起きても良いように身構える。


 まだ何が起きているのか、いや、起きようとしているのか分かっていないオリヴィアは警戒することしかできないが、傍にリュウデリアが居るので心配は無いはずだ。それよりも気になるのは、気配が変わっただけで攻撃態勢にも入らないリュウデリアだ。


 少し上を見上げてから特に行動を起こさないともなると、相手に攻撃意思は無いのか、それとも彼にすら気配を掴ませない手練れが居るのかという話になってくるのだが、ふっと彼の雰囲気が元に戻り、フードを被ったオリヴィアの頭を撫でた。




「すまん。何でもなかった」


「そうなのか?」


「いや、何も無いという訳ではない。アレだ、クレアの魔力が膨れ上がったから何かと思っただけだ」


「……私の時みたいな非常事態なのではないか?」


「いや、魔力を形にしてメッセージを伝えてきた。『リュウデリアのところに集合しろ』とのことだ」


「では、今から2匹が来るんだな」


「あぁ。少し待っているとしようか」




 気配が変わったのは、親友とも言えるクレアの魔力が異常な程膨れ上がったからだ。それ程の強敵に会ったのか?それとも追い詰められているのか、それかまさか非常事態で助けを求めているのか。どんな理由なのだろうかと警戒していると、膨大な魔力を巨大な形にして文字とし、メッセージを示した。


 何故自身のところに集まるようにと言っているのかはまだ分からないが、まあ、来るというのならば拒否する理由は無い。ちょうど教えようと思っていた事もあるので、その場で止まって待つ事にした。場所が解るように魔力を高めながら。


 時間にして20分やそこら。リュウデリアとオリヴィアがその場で待っていると、慣れ親しんだ気配がそこまで来ていた。彼は眠っていたので解らないが、オリヴィアを救いに神界へ行って、地上へ戻ってきた時に死にかけたが、心肺蘇生をしてくれたのが彼等だ。彼等が駆け付けてくれなければ、今この場にリュウデリアは居なかったかも知れないのだ。


 ばさり、ばさりと翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる。巨大な体をオリヴィアとリュウデリアに合わせて人間大にしながら高度を下げ、ゆっくりと地上に降り立った。蒼い龍。赫い龍。黒い龍が1箇所に集まり、歩いて近づいていくと3匹で肩を組んで額を触れ合わせた。




「死に損なったかァ?リュウデリア」


「最後に……見たときより……元気そうだ」


「お陰様でな。……あの時は助かった。礼を言えていなくて心残りだったぞ。だからありがとう、クレア、バルガス」


「へっ。いいってことよ。無事で何よりだぜ」


「友の誓いを……交わした……ならば……私達は……助け合うもの」




 彼が目を覚ます前に居なくなってしまったので、礼の言葉1つすら言えていなかった。呼んでも良かったが、短期間にすぐ呼んでもアレだろうから、次に会った時にでも言わせてもらおうと思っていたのだ。まさかこんなに早く言う機会が訪れるとは思いもしなかったが。


 目を閉じて肩を組み、額を押し付け合ってしっかりと生きている事を実感する。友の誓いをした龍は、危機が迫った時助け合う。そしてともに強くなっていくため、互いに己の力を高め合うのだ。その相手が死んでしまったともなれば、遣る瀬ない気持ちになるだろう。


 3匹で生還を喜び合うと、組んでいた肩を離して一歩分後ろへ下がった。自身以外の2匹を眺めて、3匹は同時にうんうんと頷く。胸の前で腕を組み、右脚を更に引いて半身となる。不自然な立ち姿の3匹にオリヴィアが首を傾げていると、彼等は全くの同時に動き出した。


 右手を固く握り込んで握り拳を作り、3匹が中央に向けて拳を叩き込んだ。3つの拳が重なり合い、足下が力んだことで陥没し、拳を打ち付けた事によって衝撃波が円形に広がっていって粉々に粉砕していった。破壊された大地が周囲2キロに渡って広がる。


 突然の殴打と衝撃に目を丸くしながら、オリヴィアは魔力障壁で身を護った。足下は護られていたので無傷だが、他が見るも無惨な事になっているので肩をすくめた。しかしそれよりも、何故いきなり攻撃しあっているのかと思ったのだが、肝心の彼等は打ち込んだ拳をそのままにクツクツと笑っていた。




「やっぱりなー」


「そうだろうと……思った」


「まあ、あれだけのことがあればな」


「あー、リュウデリア、クレア、バルガス。何をしているのか聞いても良いか?」


「ん?あぁ、驚かせたか。神界の戦いを経てどの程度強くなっているのか測っただけだ。本気で殴れば破壊範囲が広がるからな。2割の力でやってみた」


「結果は?」


「肉体が純粋に強くなっていた。俺も、クレアもバルガスもな」


「良いことなんだけどよォ……強くなりすぎても日常生活に支障が出そうで嫌なんだよな」


「私と……リュウデリアは……もう既に……日常生活に……支障が出るほどの……筋力がある」


「だからまず覚えるのは力加減とは、まったく皮肉なものよ」




 なるほどな、とオリヴィアが呟いた。彼等は此処で決闘やら何やらをするつもりは無いらしい。というより、自分達がどのくらい強くなっているのか、一度全力で戦ったことのある友達と測っていただけだという。何の示し合わせも無しに、2割で殴打するとどうやって通じさせたのかは解らないが、どうやら結果として強くやっているらしい。


 短期間でそこまで変わるものなのか?と疑問に思うかも知れないが、彼等は他の種族とは体の構造が違う。在り方も違う。最強の種族と謳われながら、その生涯に戦いは必ずついて回る。そんな彼等の肉体は、酷使すればするほど強靭なそれへと作り変えられていくのだ。つまり、戦えば戦うだけ劇的に強くなる。


 ただし、その強くなる伸び幅というのは個人差が存在し、全ての龍が一律な伸び幅を得られる訳ではない。特に龍王クラスともなればその伸び幅はかなり大きく、他と比べて強くなる速度が段違いだ。故に龍の中でも最強クラスの力を手に入れている。


 細かいところまでは解らないが、一応強くなっているということが知れた3匹は今度こそ和やかな雰囲気になった。肩を叩いて笑いあう。会えたことの嬉しさを分かち合い、あの時は大変だったと笑い話にしている。楽しそうに会話をしている3匹に、良かったと安堵しているオリヴィアに、3匹が寄ってきた。そうしてリュウデリアが自分達について語った。




「ところで、俺はオリヴィアをつがいにした」


「ほっほーう?そりゃまたおめでたいこって。ま、そうなんのは時間の問題だろとは思ってたけどな」


「驚きは……しない。その範疇を……出ない」


「ンで、ガキはこさえねぇのか?」


「オリヴィアと……リュウデリアの子供は……気になる」


「こ、子供……」


「それはだな、オリヴィアがどうしても俺を独り占めしたいと言うものだから避妊の魔法を掛けて交尾をしている。もしかしたら将来は作らないまま終わるかも知れん」


「リュウデリア……ッ!?」


「ぶはッ!オリヴィア交尾中に死なねェだろうな?本来1週間ぶっ続けだろ?普通ならぶっ壊れるぜ」


「息も……絶え絶えなのが……目に浮かぶ」


「い、いくら友だとはいえ情事の事を言うなんて……しかも独り占めしたいから子供は要らないとか……まあ確かにそうだが……べ、別に言わなくてもっ……イジワルめっ」




 恥ずかしそうにフードを深く被るオリヴィアを抱き締めながら頭を撫でてやる。触れた時はピクッと肩が跳ねたが、頭を撫でられるとリュウデリアに身を任せて胸元に頬擦りをした。これだけで機嫌を直すのもチョロいと思われて嫌なのだが、撫でられていると心地良くてついどうでも良くなってしまう。


 大切な番を腕の中に閉じ込めているリュウデリアに、クレアとバルガスは良かったな、おめでとうと祝福の言葉を贈った。普通の龍とは違う姿をした突然変異の彼等は、他の龍からは悍ましい姿をした龍擬きと思われているため、番を見つけるのは困難に近いのだ。


 純粋な気持ちで祝福してくれるクレアとバルガスに、リュウデリアもありがとうと返事をし、オリヴィアを抱き締めながら目を細めた。まるで睨んでいるような目つきである彼は、顔を上げて虚空を見つめた。




「それで──────アレは何だ?」


「……?リュウデリア?どうした」


「んー。まあ、オレがお前のところに集まれっつったのは、アレが原因だ」


「一向に……姿を現さない……何のつもりだ」


「おい、居るのは最初から気づいている。今すぐに此処へ来い。さもなくば──────殺すぞ」




 オリヴィアを腕の中に隠しながら、魔力を滾らせて威嚇した。鋭い目付きに、誰もが恐れるだろう莫大な魔力を全身から発して滾らせている彼は、ずっと見られているのが不快でしかない。視線を感じていたので居ることは知っているのだ。なのでさっさと出てくるように命令した。


 それでも出て来ないならば殺してやるとまで言うと、リュウデリア達が見つめている虚空に人影が現れる。1人はまだ子供の姿をしており、もう1人は女だ。男女の組み合わせで空中に浮いている2人は、ゆっくりと高度を下げて降りてきた。


 鋭い目つきで睨み付けるリュウデリアの5歩分の距離を開けて降り立った謎の男女は、敵意はないのだと示すように両手を上に上げるジェスチャーをする。




「──────まあまあ落ち着いて。ボク達は敵じゃないよ。本当だよ?それにボクは君達に勝てないからね。敵対する意味が無い。自殺行為そのものだよ。ね?」


「はい。私も敵ではないです。この度は少し、お話があるので彼にお願いしてやって来ました」




「…………。で、態々何の用だ?名も知らん神共」




 姿を現して目の前に降り立った男女は、神界からやって来た神々だった。子供の姿をした男の神と、女の姿をした神。オリヴィアを取り返すために乗り込んだ時、一度も彼等を見ていない。なので誰なのか知らないのだ。


 リュウデリアの腕の中に隠され、護られているオリヴィアは体勢を変えて2柱を見ると、男の方は知らないが、女の方は知っていた。それを何となく察して、リュウデリア達は少しだけ警戒心を下げる。オリヴィアの知り合いかも知れないからだ。






 女の神からは大した力は感じない。しかし、リュウデリア、バルガス、クレアは、男の神から尋常ではない気配を感じ取っていた。それこそ、神界で殺し合ったどの神よりも強い気配を。







 ──────────────────



 バルガス&クレア


 リュウデリアがオリヴィアを番にしたと言われても「へー」で済ませた。だってそうなるの時間の問題だって察してたし。けどしっかりと祝福した。自分達は容姿から番を持ちづらいということを理解しているから。


 実はリュウデリアのところへ集まるようにメッセージを送ったクレアが、男女の神に最初に会った。





 リュウデリア


 クレアとバルガスにオリヴィアを番にしたと明かしたとき、もう少し驚くと思っていたが、何だか察していたようでサプライズにならなかった。だから少し悔しい。


 上から此方を見ている気配には気が付いていた。しかし一向に姿を現さないので焦れったくなって警告した。因みに、無視したら普通に攻撃して殺すつもりだった。





 オリヴィア


 男と女の神が姿を現してから、神の気配を感じた。それに男の方は知らないが、女の方は知っている。と言っても少し話した程度の認識なのだが。





 男の神&女の神


 リュウデリア達を上から見ていた。最初にクレアに接触して、リュウデリアの元へ集まるように説得した。


 男がまだ子供の姿をしていて、女は16~18の見た目をしている。




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