第106話  阻むもの無し






「──────ぎあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」


「クソったれが死ねッ!!」


「テメェの所為で全員が死ぬんだよボケがッ!!」


「ふざけんなアホ野郎ッ!!」


「やめんかお前達ッ!!」


「国王に攻撃するとは何事だ!?貴様等反逆罪で処刑されたいのか!?」


「既に現状が処刑だろうがッ!!」




 龍が現れ、国王が余計な事を言ったが為に全面的に戦争をする羽目となり、混乱に恐怖、精神的なストレスが蓄積されていき、冒険者や探索者は善悪の境界線が壊れて国王を殺しにかかっていた。


 国王は別に武を誇っているわけでもなく、戦いそのものに心得があるわけでもない。故に日夜戦いが仕事となっている冒険者達や探索者の攻撃を避けられる事などできず、思い思いの攻撃に晒されていた。


 剣で斬られ、槍で刺し貫かれ、魔法をその身に浴び、逃げられないように脚を斬り落とされた。抵抗する腕はへし折られて関節が増え、顔が殴る蹴る等の暴行で変形している。兵士達が止めようとしても彼等は止まること無く、相手は盗賊でも何でもないというのに殺していた。


 最早全員が錯乱状態。真面なのは長年冒険者をやっていたギルドマスターと、色々とぶっ飛んだ報告をしてくるオリヴィアのほぼ専属受付嬢をしていてある程度の耐性がついた受付嬢。そして冒険者歴が長い者達数名。それ者達だけが現状を正しく認識できていた。


 その正しい認識を持ったまま、今やるべき事を考えて応援を呼ぶことにした。50代くらいのベテラン冒険者が、紙に応援を求めるというSOSを書き記し、矢に結んで弓に番えた。魔法によって目的地まで飛ばそうというのだ。狙うは此処から最も近い街、クランカーだ。


 弓に番えた矢を上に向けて放つ。すると魔法によって進む力が強化され、仲間の魔法によって生み出された風に流されてクランカーに向けて飛んでいった。しかし途中で何か透明な物にぶつかり、矢は砕けて落ちてくる。そして何かに触れた場所から半透明で少し黒い魔力障壁が見えるようになった。


 障壁はミスラナ王国を丸々包み込んでいて、誰も一定の距離からは外に出られないようになっていた。良く見てみれば、リュウデリアにより破壊された壁の一部や、出入り口から住人達が出ようとしているが、結果として出られず、後ろの者が押して前の者が潰されるという状況に陥っていた。




「無駄だ。リュウデリアがそんなことを赦すとでも思うのか?殲滅、皆殺しと言ったら全員殺すだろう。赤子も女も男も老人も、何もかも全て」


「……もう交渉の余地はないんだよな?」


「無い」


「命乞いをしても見逃してはくれないんだろ?」


「ありえない」


「何度も交流があった受付嬢も、街で世話になった奴等もか?」


「皆殺しだ。例外は無い」


「……………………クソッ」




 一連の行動を見ていたオリヴィアに問い掛けても、答えは全てNO。皆殺しに決定され、例外なんてありえないとまで言われた。仮に彼女をどうにか倒したとしても、リュウデリアが止まることはないのだろう。それどころか攻撃が苛烈になることも予想される。


 ならば残る選択肢は限られる。オリヴィアを倒してリュウデリアも倒すのは現実的ではない以上、ベストなのは彼女を生かしたまま戦闘不能にし、今尚暴れているリュウデリアに鎮まってもらうよう脅す材料とすることだ。


 愛する龍だと言っているのだから、少なくともリュウデリアもオリヴィアに好意があると判断して良い。ならば彼女を交渉材料にすれば国の者が全滅するという惨い未来は回避できる筈なのだ。そのものに対して愛する者を人質にするのは盗賊とやっていることは変わらないと分かっていながら、生き残るためには仕方ないと割りきるしかない。


 正気な者達で視線でのやりとりをし、作戦を確認し合うと、一度頷いて各々の得物に手を伸ばした。そしてその瞬間から戦いのゴングは鳴り響き、純黒なる雷が天から落ちた。




「──────『純黒の落雷トル・モォラ』」




「な……に……?」


「何か思い付いたようだが、態々待ってやる必要なんて無いだろう?どうせ全員殺すのだ。遅いか早いかの違いでしかない」




 ──────……ダメだ。全く見えなかった。魔法で発生させた筈の純黒の雷が、気づいたら他の奴ら全員に落ちて消し飛ばしてやがった。俺の目でも捉えられねぇ速度。喰らえば即死。最悪だなこれ……Sランクでも通用すると言われていただけあるってことだ……。




 ギルドマスターは全身から脂汗を流して心の内では驚嘆していた。空から落ちてきた純黒の雷には誰も反応することができず、今立ち向かおうとしていた総勢18人が、瞬きする間に消滅した。燃えて消し炭になるでもなく、地面の純黒の痕を残して何も残らなかったのだ。


 回避不可。一撃必殺。そして何と言っても魔法を跳ね返す魔法まで備えているときた。近づくことすら儘ならない。絶望的と言わずして何と言えば良いのかという話だ。


 これでも対峙しているギルドマスターは元々Aランク冒険者だった。剣や槍といった長物は使わない、拳による攻撃が主な武器だったのだが、その特性上近づかなければ何の意味も無い。しかしオリヴィアに近づけば確実にやられる。嫌な汗の1つや2つは掻くのも仕方ないだろう。




「どうした。来ないのか?」


「……ッ。1歩動いたらあの雷の餌食だろう?だから動けねぇんだよ」


「ほう……それは解るのか。まあだからなんだという話であるのだが。来ないならば私から行くぞ?ずっとリュウデリアに任せっきりというのも忍びないからな。……お前達に彼の力の一端を見せてやろう」




 行くぞと言われれば、否が応にも構えてしまうのが元冒険者といった具合だろうか。それに反してオリヴィアは、攻撃する素振りは見せず、ただ普通に歩いて真っ正面から近づいてくるだけ。両者の間に嫌な静寂が訪れる。鳴るのは彼女が歩いた拍子に靴裏からの擦れる音だけ。


 1歩1歩が軽い歩みを見せながら、堂々と近寄ってくる。攻撃はいつ来るのか。どのタイミングで動けば良いのか。ギルドマスターは構えた拳から出てくる汗を滴らせながら、一切の油断なく見据えてその時を待つ。


 視界の中がゆっくりと遅緩している錯覚に陥る。極度の集中状態だ。このあとに訪れるのは生きたまま戦闘不能になったオリヴィアか、無惨にも殺されてしまって死体と成り果てたギルドマスターかの2つに1つ。さて、どちらがこの場に生まれるというのか。ギルドマスターの背後で両手を握って震える受付嬢は、懸命に祈った。


 その祈る相手が今、ギルドマスターの前からやって来ている神だということを失念して。




「──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」




「雄叫びは良いが──────私の勝ちだ。どうだ?これが彼の力の一端だ。……あぁ、もう聞こえないか」




 ギルドマスターの斬り離された頭部が宙を舞った。祈りながら見守っていた受付嬢の前で、血飛沫を伴って乱回転しながら飛んでいく。頭を失った体は正拳突きの体勢で止まっていて、切断された首の断面から大量の血を噴き出し、服を赤黒く染めていった。


 擦れ違い様に魔力で形成した純黒の刀で斬ったオリヴィアは、後ろを振り返る事も無く刀を虚空へ溶かすように消し、真っ直ぐに受付嬢の元へも向かう。飛んでいったギルドマスターの頭が地面に落ちて鈍い音を立てる。ごろりと転がって止まると、受付嬢の事を光りのない瞳で見つめていて、お前も今からこうなるんだと物語っているようだった。


 喉が狭まって悲鳴にもならない声が漏れる。戦闘能力なんて皆無の自身では抵抗なんてできない。逃げたところで追い掛けられるだろうし、リュウデリアの広範囲の攻撃に晒されるだろう。王国の外へは魔力障壁が邪魔をして行けない。そもそも腰が抜けてその場でへたりこんでしまったので、考えるだけ無駄なのだろう。




「強い人だなぁとは……っ…思ってましたが、人ですらなかったんですね……」


「そうだ。その事をお前達は知ったが、お前達以外の者がその事を知ることはない。全員死ぬからな」


「……そうですよね……」


「言い残すことはあるか?」


「……こんな事を続けていたら、いつか必ず……必ず痛い目を見ますよ──────」




「──────人間お前達の尺度でに語るな。下らん」




 膝を付く受付嬢は、悲しそうな表情で忠告をしたのだが、オリヴィアが聞き入れることはなかった。魔力で形成した純黒の槍が、受付嬢の心臓を刺し貫いた。ごぽりと口から血を吐き出す。槍を抜くと力無く前のめりに倒れて動かなくなる。


 もの言わぬ骸となった受付嬢の体の下から、血が滲み流れる。足下へ到達する前に、オリヴィアは槍を消しながら踵を返してその場から去っていく。周りにある建物は粉々に破壊され、燃え上がり、倒壊し、人を押し潰す。逃げ遅れている人々が泣き叫びながらオリヴィアの横を通り過ぎ、背後で純黒の雷を落とされて消し飛んだ。


 国一つが滅びようとしている。その中心である王城は、今まさにリュウデリアによって崩された。長い尻尾を王城の1回を打ち抜くように振るい、達磨落としの要領で攻撃すると、王城はそんな攻撃に一溜まりもなく崩れていった。国を象徴する城が破壊され、城下町は火の海と化し、国の外には魔力障壁があって出られない。




「拡がれ──────『繊密な総観輿図ファルタラヴィア』」




 全身から発せられた微弱な音波状の魔力が、物体を通り抜けながら詳細な形をリュウデリアに伝えていく。彼の頭の中には、魔力から得られた立体的な地図が生み出され、常に総ての事を把握していた。何処にどれだけの人間が居て何をしているのか。指1本から髪の毛1本に至るまでの詳細な物の配置を把握する。


 地上に降りて破壊を撒き散らしていたリュウデリアは、一度だけ指を鳴らした。ぱちんと涼やかな音が響き、それを起点に上空で魔法陣が所狭しに展開された。純黒な魔法陣の1つ1つには膨大な魔力が籠められている。甲高い音を鳴らしながら中央に魔力を溜め込んでいき、一斉に魔力を解放した。


 細い純黒なる魔力の光線が降り注ぎ、逃げ惑う人間を1射で狙撃し、即死させていく。頭を撃ち抜くか心臓を撃ち抜くかの2択であり、避けることは不可能。気づいたときには既に射貫かれているのだ。ミスラナ王国に住み、まだ生き残っていた数千数万という人間が秒間何百と死んでいく。


 そんな純黒なる光線が降り注ぎ中で、オリヴィアは悠々と軽い足取りで歩く。国の出入り口に向かって。人々が笑ったり会話をして賑わっていた大通りは、血の海と死体の山で埋め尽くされている。盛んで平和だった国は、もう見る影も無い。そして両腕を広げてくるりと回る。口の端を吊り上げて嗤うのだ。




「ふふふっ──────あっははははっ!お前を愚弄した奴が死ぬのは気持ちが良いなぁ。なぁ、リュウデリア?」


「そうだろう。俺もお前を愚弄した塵芥を殺せて満足だ」


「生き残りは?」


「居ない。1人残らず殺した」


「ふふっ。とっても素敵だな。殆どやらせてすまなかったな」


「大した事をしていた訳でもないんだ、気にするな」


「分かった、ありがとう。愛してるぞ」


「俺も愛している」




 降り注ぐ光線は止まり、上空に数多く展開された魔法陣も解除され、体のサイズを人間大に落としたリュウデリアがオリヴィアの隣に降り立つ。攻撃されても傷一つ無い姿。横を見ながらうっとりと頬を赤らめて、手を差し出す。


 差し出された手を取ったリュウデリアは、指を絡めて恋人繋ぎをする。そうすると蕩ける程甘い微笑みをオリヴィアが浮かべるので、彼女の白く滑らかな頬に自身の頬を擦り付けた。くすぐったそうにクスリと笑うと、2人は仲良く手を繋ぎながら国を出て行った。


 背後を振り返ることなく、リュウデリアが繋いでいない方の手の中に純黒なる魔力で形成した球体を生み出し、後ろへ適当に放った。球体は不自然なほど飛距離を伸ばし、ミスラナ王国の中央に置かれていた、崩れて倒壊した元王城へと落ちた。そして純黒の光を発して煌めき、魔力爆発を引き起こして巨大な柱を立てた。後にその場所には、何も残されていなかった。




「これまでの殆どを北に向かって進んでいたが、今度はどうする?」


「北東に一番近い街がある。そこに行ってみるか?」


「西には何がある?」


「かなり遠くなるが、海とそれに面する港のある街がある」


「ほほう。なら、一旦北東の近い街に行ってから、色々と補充をしてゆっくりと港のある街を目指すか」


「俺は構わん」


「では決定だな」


「うむ」




 次の行き先は決まった。特に何かの目的があるわけでもない、宛ての無い旅であるが、2人は互いが居ればそれだけで十分なのだ。仲良く手を繋いで歩いている光景は中睦まじいものだが、後ろには底が見えないくらい円形に抉られた場所があるとなると不自然に映ってしまう。


 ほんの今さっきまで国一つを滅ぼしていたとは思えない、軽い足取りだった。彼と彼女です罪の意識は無い。罪悪感も嫌悪感も無いのだ。何故ならば、2人は人ではないのだから。龍と神。固く強い愛で繋がった珍しい組み合わせの彼等の歩みは止まらない。そして誰にも止められない。






 強い者はあらゆるものを引き付ける。彼等とてその運命からは逃れられない。だが真っ向から打ち壊す力があるのだ。ならば存分に見せてもらおう。彼等の辿る道と過程を。






















「あれが君の言っていた探している龍?……へぇ。内側には底が見えない力があるんだね。それにあの色は……なるほどね──────面白いなぁ」


「下手な手出ししないで下さいよ。普通に殺されますからね。本気で。今からやること自体命懸けなんですから」















《──────………。───────────。》








 ──────────────────



繊密な総観輿図ファルタラヴィア


 微弱な音波状の魔力を全方位に飛ばし、透り抜けた物の形を詳細に把握することができる魔法。魔法と言っても、魔力を飛ばしているだけなので従来の魔法とは少し違う。時々使っていたが名前が出ていなかった。今回は満を持して登場。





 オリヴィア


 世話になった冒険者ギルドのギルドマスターと、受付嬢をその手で殺したが、何とも思っていない。ギルドマスターでも目に追えなかった動きは、魔力で肉体を強化しただけで、特別なことはしていない。


 受付嬢には何の罪も無いが、連帯責任なので当然殺した。まあ仕方ないだろうな程度の認識。





 リュウデリア


 王国内を好きなように暴れて殺し回った。魔法で一撃というのも味気ないし、まだオリヴィアがお取り込み中だったからタイミングを合わせるために握り潰して殺したり殴り殺したり踏み殺したり、炎で灼いて殺したりしていた。


 最後はオリヴィアが終わったと察して、魔法陣を数百個展開して一気に残りを殺した。最後に国を消し飛ばしたが、最初からそれをやるつもりはなかった。理由は存分に恐怖しながら死んでいけと思ったから。





 国王


 リュウデリアやオリヴィアの手ではなく、冒険者や探索者達の手によって殺された。殴られ蹴られ刺され焼かれ、最後は武器を何本も体に突き立てられて惨い死に方を送った。最期の瞬間まで助けを求めたが、助けてもらえることはなく、死ぬほどの激痛の中で死んでいった。




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