第262話  酒に沈め





「──────やるじゃん。これは楽しい勝負になりそうだ!ここ数百年で1番ね!」


「はッ!酔い潰れて叩き割れそうな頭を抱えながら吐く言い訳を考えておけ」


「最強の種族様を舐めンなよ?酒の神だろうが真っ向から酔い潰してやるよ」


「私達に……勝てると……思っている……その鼻っ柱を……へし折る」




 突如始まった……というよりもレツェルから煽って勝負に持ち込んだと言った方が正しいか、リュウデリア、バルガス、クレア、レツェルによる酒飲み勝負が始まってしまった。


 彼らに用意されるのは、内容量200リットルの大樽であり、もちろん中身は酒。これをどれだけ多く飲めるかというシンプルかつトチ狂ったゲームだ。


 リュウデリア達は肝臓も強いので自信があるが、相手は相当強い。レツェルはこれまでに酒の飲みっぷりに惹かれて言い寄られたことが多々ある。しかしその度に酒飲み勝負で自信を打ち負かしたら嫁にでもなんでもなってやると明言している。


 その言葉を鵜呑みにして勝負を挑む酒豪で大酒飲みの神々。しかし勝負してから理解する、レツェルという強すぎる壁。酔いもする。へべれけになる。千鳥足になる。言葉足らずになってふにゃふにゃになる。だがそれだけだ。最後は絶対に潰れないのだ。


 あと少しで勝てる……それを延々と繰り返し、いつかは挑戦者に限界が訪れる。それを繰り返すこと4000回以上。数百年掛けて行われたこの連戦に黒星をつけた者は居ない。4000連無敗。神格が足りず司っているわけでもないのに、レツェルはバチクソに酒が強かった。


 だが、だがしかし。今回の相手もまた相当に強かった。本来の体の大きさで考えれば圧倒的有利なため、体の大きさに依存したあの内容量になるよう魔法で体を弄っている。それでも信じられないくらい食べるし飲むのだが、今の彼らはレツェルと同じ土俵に立っている。




 ──────ガンッ!!!!




「──────ふーッ……ッ!次だ」


「ごきゅッ……ごきゅッ……っぶはァッ!あー、オレも」


「私も……次を……貰おう」


「あっはっは!いいねぇいいねぇ……ッ!いい飲みっぷりだねぇ!私も酒が進むよ!」




 飲み終わった大樽をテーブルに叩きつける。口の端の酒を拭って、信徒の子供達が運び込んでくる料理を鷲掴みにすると口に持っていき、噛みついて無理矢理引き千切って咀嚼する。料理の神のリーニスが作る絶品の料理で口直ししながら、彼等の前にはヴェロニカから渡される新たな大樽。


 お行儀よく蓋を開けるのは面倒だと言わんばかりに蓋へ拳を打ち下ろし叩き割る。酒飲み勝負が始まってから5つ目の大樽である。1000リットル目が注がれていく中、レツェルも負けじと樽を持ち上げて中身を飲んでいく。


 誰も一歩も引かない戦いを前に、子供達は料理を運びながら固唾を飲んで見守っている。どうやったらあの量の酒が体の中に入るのかと不思議になるのだが、そんな疑問が消し飛ぶくらい4者の戦いは拮抗していた。


 4000連無敗の記録を持つレツェルの酒の強さを知っているラファンダは、未だ全く酔った素振りを見せないリュウデリア達に、オリヴィア達と話している最中だというのに目を丸くして掛けている眼鏡の位置を整える。




「すごいわね。あの子達が飲んでるのは神界での勝負でレツェルが負けたことを理由にぶんどった神酒よ?度数も相当高いから酒の神でも酔う代物の筈なのだけれど……」


「レツェルは何をやっているんだ……」


「かなりの数持ってるって言ってたよね」


「まあ挑んでくる神もかなり居たから。告白しに来たのも居たけれど、単純に勝負しに来た神も居たわよ。それで勝つ度に大樽のお酒を奪うのよ」


「筋金入りの酒好きの酒飲みだな」




 友神のことながら、ここまで酒が好きで酒に狂っている奴はお目に掛かれないぞと、好き放題言って呆れる。大事な話があるときに酒を取り上げたら飲まないし、禁断症状が出るわけでもないのに、飲み始めると止まらない。延々と飲んでいる。


 樽の数は増えていく。5つ目が飲み終わり6つ目。7つ目と開けられ、中身を飲み干す。本当に体のどこにその体積分が入っているのかと問いたくなるものだが、彼等は手を休めず飲むか食べるかを繰り返していく。


 信徒の子供達が見守る中、とうとう樽の数は各々90を超えた。今持っているのは98個目である。流石にここまで来るとリュウデリア達が食べている料理は無くなりリーニスも調理場から戻ってきた。そして部屋の中にある散乱した大樽を見て呆気にとられている。




「はぁ……はぁ……ホント、やるじゃん……アンタら……ッ」


「ふーッ……ふーッ……お前も、飲めるではないか……」


「あ゙ー……クソ……さっさと落ちろよ……ッ」


「一つ一つの……度数が……高すぎる……」




「……っく……でもね、私は酒の神……酒で負けやしないんだよ……ッ!!」




 残り少なくなった98個目の大樽を飲み干し、99個目に手を掛けた。傾けて中身を一気に流し込む、ごきゅっ、ごきゅっと凄まじい音を立てながら飲んでいき、最後はリュウデリア達を威圧するように大樽を叩きつけた。ギラリとした視線でめつける。


 対するはリュウデリア、バルガス、クレアの3匹。やってやると言わんばかりに同じく98個目の大樽をすかさず飲み干し、99個目の大樽の蓋を叩き割って勢い良く飲み始める。数十秒もすれば、傾けられたそれは中身が空となった。


 これでまた数は同じ。リーニスはここまで熾烈を極めた戦いは無いと確信する。酒の神ですら容易に酔わせる酒をこれだけ飲んでおきながら、まだ飲めるというスタンスを崩さない。これは、この戦いは負けたくない。




「んぐッ……さぁ、100だッ!!」




 大樽を傾ける。中身を飲む。何度も繰り返し、最早作業と化したそれを見せつける。酒が舌を撫でる度に、頭が、思考がチカチカと明暗している。これを飲めば、これを飲めばこれを飲めばこれを飲めば……私が勝つ。そう何度も自身を鼓舞して……リーニスは中身が半分以上残っているまま後ろに倒れた。




「アン……タ等──────つよいねぇ……………」




「ふ、フフフ……俺達の勝ちは決まっ……ぅぷ……決まったが、ぐうの音も出ぬ勝利を収めてみせる」


「これを飲み干し……ぇぷ……飲み干して……終わらせてやる」


「私達が……勝ち……ぉぷ……リーニスが負け……勝負が……終わる」




 無敗の酒の神が倒れたところで安心してはいけない。実のところ3匹とも既に倒れそうではある。というより吐きそうだ。でもここで倒れたらレツェルと同じ個数になってしまい引き分ける。それでは勝ちとはならない。


 勝つと言ったからには勝つ。リュウデリア、バルガス、クレアは震える手で100個目の大樽に手を伸ばした。早く飲んでしまいたい。最早作業であり、同時に苦痛だった。だがそれでもと、これで最後だからと、3匹は覚悟を決めて大樽を傾けた。喉が鳴り、中身が彼等の胃の中に消えていく。


 最後にドンッと置いて立ち上がり、3匹は天を穿つように拳を振り上げた。そして……後ろへ倒れていった。




「勝っ……た……………ッ!!」


「大したこと……ねえぜ………」


「……吐きそう……だ………」




「主よ……大丈夫ですか?今お水をお持ちします」


「………んごぉー……がぁー……」


「ふむ、リュウデリアは寝たな。バルガスとクレアも寝ている。水は起きたときに渡せばいい」


「そっとしておいてあげて。……それにしても、レツェルが負けたところなんで初めて見たわ。樽もすごいことになっているし……酒の神に酒で勝つなんて、すごいのね、オリヴィアの旦那様は」


「ふふふ。敵と戦うならば良く頭が回るし、強くて凛々しいのにこういう時は子供っぽい。かっこよくてかわいいだろう?」


「ギャップって言うんだっけ、こういうの……?」




 ラファンダが感心したように倒れ、いびきを掻いて眠ってしまったリュウデリア達のことを眺め、ヘイススはオリヴィアの言葉に苦笑いしていた。


 オリヴィアは仕方ないなと嘆息して言いながら立ち上がり、大の字で眠るリュウデリアの隣に腰を下ろして頭を撫でる。その姿は愛する相手を見る女神そのもの。どこまでも愛おしいと雰囲気で語っていた。




 ──────オリヴィアは綺麗になったわ。昔から綺麗だったけど、リュウデリアに恋をして、やがて愛するようになって、結ばれたら一段と綺麗になった。ふふ。とっても素敵ね。




「ねっ、ねっ!オリヴィアとリュウデリアの日頃のこととか教えてよ!」


「リーニス、それはさっき私とヘイススが聞いたわ」


「え~っ!?私料理してたから聞けないんだけどっ!?オリヴィアお願ーいっ!私もキュンとしたいっ!」


「もちろん構わないとも。リュウデリア達が満足する料理を作ってくれたお礼だ。どんな話が聞きたい?」


「ありがとうオリヴィア!そういうところ大好き!えーっとね、じゃあ……あっ、人間が居るところでデートする時ってどうしてるの?リュウデリアって龍じゃん?外普通に歩けなくない?」


「リュウデリアが自分に魔法を掛けて認識を曲げているらしい。龍には見えないし、人間に思える。だが覚えていられないくらいの存在として」




 リュウデリアに寄り添うオリヴィアを眺めていたラファンダは、昔から知っている中だからこそ、今のオリヴィアの方が何倍も綺麗であることを実感した。会ったときは綺麗は綺麗でも、孤高に立つ寂しい美しさだった。でも今は違う。


 友神であるから、こうして気軽に話せる仲でもあるが、あまり見せなかった笑顔を見せるようになった。彼女の周りが特別輝いているようにも見える。もっと噛み砕いて言えば、生き生きしていると表現するのがいいだろうか。




「手繋ぐときはどっちから!?」


「私が繋ぎたい思っているのを気配で読み取ってリュウデリアからしてくれることが多い。でも私からも繋ぎたいから、私からするときもある」


「ひゃーっ!リュウデリアって全身鱗があって硬いでしょ?抱き締められるとき痛くない?」


「痛くないぞ。鱗は確かに硬いが、包み込むように優しく抱き締めてくれるから苦にはならない」


「あの、き、キスってどうやってるの!?」


「ちょっとリーニス、飛ばしすぎよ」


「唇がないから普通のとは違う。合わせるだけのようなものだ。でも深いやつになると長い舌を私の口の中いっぱいになるまで入れて、舌を舌で絡め取って根元からしごかれる。ぐじゅぐじゅ音がして、頭がぼうっとするくらい気持ちいい」


「ごくッ……そ、それは……」


「ラファンダ興奮するの早すぎ。だからムッツリドエロ眼鏡って言われるのよ」


「リーニスそこに正座しなさい」




 こういう話題になるといつもそうじゃん!そんなことないわよ!ある!ない!と不毛な言い分の押し付け合いをしているラファンダとリーニスに、何時もの光景だなと思うオリヴィア。やがて2柱は言い合いに疲れたのか話に戻ってきた。




「ヘイススはどう?このムッツリドエロ眼鏡は興奮してるけど、見た感じそんな感じないよね?やっぱり結構経験ある?かわいいし」


「リーニス。後でぶつ叩くわ」


「えっ……いや、期待してるみたいだけど、そんなことはない……かなぁ……」


「……何で関わる女の神って皆処女なの??オリヴィアだけじゃん処女あげてるの。レツェルなんてアレだからわかるけど」


「アレって……」


「いや見てみなって。どう考えても最悪でしょ」




「ぷぇ……も、もう飲めまひぇぇん……んがぁー……ひっく」




「えぇっと……」


「ふふ、ね?」


「そんな綺麗な笑顔で問われてもなぁ……」




 視線の先。飲み終わる前に倒れて溢してしまったこともあり、酒の池に沈んだレツェルが鼻と口から酒を垂れ流し、白目をかっ開いて時たまに体を痙攣させながらいびきを掻いていた。女としての尊厳を自分から捨てた姿に、ヘイススはリーニスに反論することができなかった。


 苦笑いしながらあはは……と笑うヘイススに、レツェルは酒をやめない限り永遠に処女だからバカにして良いよと、ラファンダが言っていたことと同じようなことを言ってサムズアップした。いや、流石に可哀想だから言わないけどもと返答すると、えぇーとつまらなそうにした。


 と、そこへどこかへ行っていたスリーシャが神グループに合流した。話す前に借りてきたのだろう掛け布団をリュウデリア達3匹に掛けてやっている。見守る目線は優しげで、母親にも見えた。種族が違うのに不思議だなと、つい皆で見てしまい、それに気がついたスリーシャはほんのりと顔を赤くして照れた。




「そ、そんなに見ないでください。恥ずかしいですから……」


「はーあ。スリーシャかわいいなぁ」


「い、いえ。そんなことは……皆さんの方がずっとお綺麗です」


「くぅーっ!嬉しいこと言ってくれるじゃん!もう私スリーシャをお嫁さんに貰おうかな……?──────ね、スリーシャは私のことどう思う?」


「はぅっ……えっと……」


「コラ。悪ふざけはやめなさい」


「あいたっ」




 しっかりとお母さんをしていて、女としての魅力に負けてると思ったリーニスが悪ふざけをした。立ち上がってスリーシャの傍まで行くと腰に手を回して抱き締め、掌に掌を合わせて恋人繋ぎのように握り、至近距離から目を見つめて問いかける。



 突然何なのかと思いながら、スリーシャは顔を赤くしてアタフタする。しかしリーニスは逃がさず、より体を密着させて太腿の間に足を入れた。そこでラファンダストップが入り、背後から頭にチョップを入れて止める。スリーシャは解放されながら、熱く赤くなった頬を手で扇ぎながら冷ました。




「あれ、あのちっちゃい精霊ちゃんは?」


「ミリよ」


「ごめんごめん。んで、ミリちゃんは?」


「あー、リュウデリアのところに……」


「え?……ありゃ」




「い゙、いたずらしてごべんなざいっ……お、お゙があざんっ、たすけてぇ……っ」




「ミリったら……寝てるリュウデリアに何したの?」


「は、はなこちょこちょしたらっ……えぅっ……つかまって……っ!はやくたすけてっ……からだのなかのもの……くちからでちゃうぅっ」




 大の字に寝ているのは変わらないリュウデリアだが、腕だけを伸ばして飛んで逃げようとしたであろうミリを鷲掴んで捕まえていた。悪ふざけが過ぎたのか強めに握られているようで、顔色を蒼白くさせながら口を押さえて踏ん張っている様子。


 寝ているのをいいことに、顔の周りを態と飛んでみたり、鼻先をくすぐってイタズラしたのだ。その罰が今下っているところである。スリーシャはまたそんなことを……と呆れながら溜め息を吐いて、ミリを救出すべくリュウデリアの傍に行った。




「ごめんなさいりゅうでりあ……っ!おねえちゃんをゆるして……っ!」


「ミリは……世話の掛かる……バカな妹だな……まったく……ぐごぉー……」


「ねごとでもいもうとあつかいされてるっ!?」


「これに懲りたらもうイタズラはダメよ。リュウデリアは力が強いし意識が無いんだから。本当に潰されちゃったらどうするの」


「うぐっ……ごめんなさい」


「もうっ」




 寝ているリュウデリアに近づいたスリーシャは、ミリを掴んでいる手に両手を添えて優しく撫でてあげながら、語り掛けるように離してあげてくれる?と言うと、寝ていて意識がないのに勝手に手が開いた。おぉー……と、感嘆とした声と拍手を受けて恥ずかしそうにしながらミリを叱るスリーシャだった。








 龍が眠り、酒を飲み酒に沈んだレツェルが気絶する中、洗い物を終えたヴェロニカも加わりガールズトークが再開した。







 ──────────────────



 レツェル


 初めて酒飲み勝負で敗北した。とてもではないが他者に見せられるような顔をしていない。





 ラファンダ


 ムッツリドエロ眼鏡。





 龍ズ


 酒の場に於いて負けを知らない酒の神に敗北をわからせた。が、限界がやって来て3匹同時にぶっ倒れた。


 横でガールズトークに花を咲かせてもまったく起きる気配がない。死んだように眠っている。でも多分死んでない。





 スリーシャ&ミリ


 片づけを手伝っていたので合流するのが遅れた。人間はまだ怖いけれど、子供くらいなら大丈夫。皿洗いなどをやっていると、その姿からお母さんみたいと思われていることを知らない。


 リュウデリアにすぐイタズラをして痛い目を見るクセにイタズラをするミリ。危なく食べたものどころか内臓が出るかと思ったらしい




 鍛冶の神ヘイスス


 見習いをやってる時は出会いとかなかったし、リュウデリアに助けられてからは未来のために腕を磨くのに必死であり、神界で3指に入る鍛冶の神となってからは注文が多いのでことさらに出会いがない。


 処女なこと自体は別に気にしていないが、リーニス達も同じだと知った時はちょっとホッとした。



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