第261話  無敗と勝負






「──────美味ェッ!?肉うっまッ!?」


「料理の神が……料理をすると……こうなるのか……美味い」


「レツェルの出した酒も美味いな」




「あら、リーニスまた料理の腕上げたんじゃないかしら。とても美味しいわよ」


「酒もうめぇー!」


「それはリーニスが自分で持ってきたやつでしょ……オリヴィアはどう?大丈夫?」


「とても美味しい。流石はリーニスだ」


「そ、そう?なら良かったぁ」




 パーティーは始まった。生まれて100余年、同族からですら蔑まれたり悍ましいものを見るような目を向けられたりすれど、あたかも神であるかの如く信仰されることは初めてであり、十数人とはいえ信徒ができたことを祝うパーティー。


 神界の生物……地上で言うところの動物に位置するもの、略して神物しんぶつをリーニスに料理してもらい卓に並べられる。


 過去の神界へ渡った時、事故が起きてリュウデリアだけがオリヴィア達から離れてしまい単独で行動している間に向かってきたものを返り討ちにし、異空間に突っ込んで貯め込んでいたものが漸く使用された。


 優先することがあったので手をつけられることは殆どなく、いつかは食おうと思っていた神物は、リュウデリアを信仰する人間にも振る舞われ、神界には本来神しか行けないこともあり、この場に居る彼の信徒達は世界でも指折り数える程の稀少な体験をしていると言えるだろう。


 遠慮せず食えと言われたので恐る恐る目の前の皿に盛られた料理を口にする信徒達。肉料理や魚料理、チャーハンのような炒め物やスープなどよりどりみどりのものを好きなように取り、口にすると美味さが細胞に染み渡っていく。今まで食べた中でも1番美味いと言える料理に感動し、食べ進める手を止める手段は持ち合わせていなかった。




「おいリーニス!この丸焼きはそのまま食っていいンか!?」


「えぇ。大丈夫よ?」


「おっしゃァッ!」




 テーブルの上にいくつか置いてある丸焼き料理の内の1つに目をつけたクレアが食べ方をリーニスに聞き、そのままでいいと聞いた瞬間に風の魔法を使用して浮き上がらせ、自身の元へ弾き飛ばすと口で豪快にキャッチ。手で掴んで引き千切ると綺麗に口の形に肉が抉れていた。


 ばきぼきと、骨ごと噛み砕いて食べ、美味しそうに目を細めているクレアを見て、人間の子供達は呆然としている。が、クレアとバルガスもリュウデリアと同じ龍であることは説明されて知っているため、この豪快な食べ方も自然界での食べ方と考えれば自然と頷けた。




「誰かがやると思っていたが、もうやったぞ此奴こいつ……ッ!!」


「リーニスに……聞いた時点で……やると……思った」


「ンッヘヘ……んめぇ~……味つけも濃くて止まらねェぜ……」


「では俺も1つ貰うとしよう」


「私も……貰う」




 バルガスは目の前に置かれている丸焼きを、リュウデリアは離れたところにあるのを魔力操作で手繰り寄せて手にし、それぞれ思いきり齧り付いた。やはり2匹とも骨ごと食べてしまい噛み砕く音が聞こえる。凄まじい咬筋を使って何も残さず食べる姿は見ていて気持ちのいいものだ。


 ものの数秒でなくなってしまった丸焼き料理に、リーニスはそろそろ追加で作り始めないとマズいかな?と察して少し食べる速度を上げた。もう少ししたら厨房の方へ行って追加の料理を作るつもりなのだろう。


 素手で食べていたので旨みの油が手についており、それをベロリと舐めていたリュウデリアの傍に小さな気配を感じた。声を掛けられる前に振り向くと、そこには酒の入った瓶を持って見上げている少女が居たのだ。




「あ、あるじ様……お酒をお注ぎ、しますっ」


「ほう……ミーナか。では貰うとするか」


「お、お任せくださいっ」




 差し出された大きめのグラスに、緊張して強張った表情のままのミーナが酒を注ぐ。とくとくという音と共に葡萄酒が注がれていき、縁のギリギリまで入れろという言葉に従って溢さないであろうところまで入れた。それに良くやったと言ってリュウデリアは、グラスを傾ける。


 口の構造上人間のようには飲めないので、上を向いてグラス傾け中身を流し込む。大きめのグラスだったので相当な量があった筈なのだが、それを感じさせない飲みっぷりだった。ごきゅっ……と喉がなったかと思えば、1回で全て飲み干してしまった。




「あ゙ぁ゙……もう1回」


「はいっ」




 まだまだと言わんばかりに差し出されたグラスに同じ量を注ぐミーナ。またギリギリまでいけば上を向いて流し込み飲んでしまう。その飲みっぷりに注いだミーナも目を丸くしたが、飲み終わった後のリュウデリアが満足そうなので自身のことのように喜んだ。


 よし、もう1回飲もうかと思ったリュウデリアだが、ミーナの後ろに緊張した面持ちの、ミーナよりも少し大きいくらいの少年が居たので目を向ける。少年は黄金の瞳と視線が合うとガチッと体を固まらせたが、失礼にならないように気をつけているのか、ゆっくりと手に持った皿を差し出した。




「あの、主様……お肉がお好きのようなので、持ってきました!」


「ほう……随分盛り合わせたな。サラダは?」


「えっ、あっ……も、申し訳ありません!」


「はッ。そんなに怯えて謝ることか。別の皿に盛りつけて持って来い。食ってやる」


「……っ!ありがとうございます!取ってきます!」


「うむ。あ、山盛りでな」


「リュウデリア、手を拭くぞ」


「ありがとうオリヴィア」


「いいさ。やりたくてやっているんだからな」




 隣に座っているオリヴィアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのを甘んじて受け、少年が持ってきた肉料理を中心に盛りつけられた皿に目を落とす。手は拭いてもらっている最中なので、魔力で操作して浮き上がらせると口の中に入れて食べた。それを3回ほど繰り返せば、皿の上は綺麗さっぱり無くなる。


 急いで持ってきたサラダも、山盛りで持ってきたのだが一口で食べてしまった。丸焼きといい盛られた料理といい、普通の人間ならもう腹は膨れあがって食べられないだろうに、リュウデリアは全く足りないと言っているように近くにある料理に手を伸ばす。


 そこへ、ヴェロニカがやって来た。手には巨大な肉の塊があり、こんがりと焼けている。それが2つあり、彼女の後ろには同じくらいの大きさをした肉が乗ったワゴンを子供3人が押して持ってきていた。肉の塊をそれぞれバルガスとクレアに渡して、最後の1つをリュウデリアに差し出した。




「足りないだろうということで、リーニス様が現在調理しています。これは出来上がったばかりのものなので是非お食べください」


「すんすん……美味そうな匂いだ」


「お酒もお注ぎいたします」


「待て、俺が持っているもっと大きなグラスがある。これに注げ」


「はい。畏まりました」




 異空間から取り出したもっと大きいグラスを差し出せば、酒を注いでくれるヴェロニカ。彼女はもう食べるのはいいのか、リュウデリアのそばに控えている。どうやらこのまま色々とやってくれるらしい。


 料理が美味しいのは確かだが、いかんせん量が多い。まだ子供ということもありリュウデリア達のように異常な量を延々と食べ続けることは無理だろう。チラホラと腹がいっぱいになったのか、料理を持ってバルガスとクレアのところへ集まる子供達を見れば自ずとわかるだろう。


 食べる人間達が少なくなっているのに、山ほどあった料理が無くなってきているのは率直に言っておかしい。それだけリュウデリア達の口に入る量がおかしいのだが、もうこの場ではそれにツッコむ者なんぞ皆無となってしまった。


 これからリーニスは3匹の腹ぺこの龍が満足するまで料理を作り続けることだろう。それだとその都度材料を引っ張り出さなくてはならない。それはもう面倒だなと思ったリュウデリアは、異空間から適当なバッグを取り出して魔法陣を生み出し魔法を施す。それを傍に居た信徒の子供に持たせた。




「それを調理場に居るリーニスの元へ持っていけ。異空間に繋がっているとだけ言えばいい」


「は、はい!」


「リーニス様だけでは手が足りないと思うから、調理を手伝ってきてくれる?何人かつれて」


「わかりました!」


「お願いね」




 バッグに施したのは、リュウデリアが使っている異空間を共有するものだった。中にはまだ取り出していない大量の神物達が入っており、調理場で取り出してそのまま調理することができる。これで態々リュウデリアが行く必要がなくなった。


 次々と子供達が持ってくるものを食べていると、千鳥足になっているレツェルが酒を持って近づいてきた。躓きそうになってバランスを崩しながらも、リュウデリアに抱きついてきた彼女は完全に出来上がっていた。




「うへへぇ~い。飲んでるぅ?私が出したお酒、美味しい~?」


「邪魔くさいな。まあ、酒は実に美味い」


「へへっ。さっきから見てたけどさ、リュウデリアもバルガスもクレアも相当飲めるねぇ?」


「魔法でいくらかこの体の大きさに合わせているとはいえ、元の大きさを考えろ。こんな程度で酔えるものでもないだろう」


「へー?じゃあさ、今はいっぱい飲めば酔えるってことだよなぁ?」


「ふん──────俺達に挑むつもりか?」


「えっへへ──────君達が挑むのさ」




「あーもう、また始まったわ」


「レツェルの悪い癖だな」


「この前ね、レツェルの飲みっぷりに惚れ込んだ男神が居たのよ。そこらでは1番の酒飲みだったらしのだけれど、レツェルったら勝負に勝ったらあなたのものになってもいい……とかなんとか煽り文句言って酒飲み勝負を始めたのよ」


「ほほう。一応聞いておくが、結果は?」


「結果は──────」




 友神の滅多にない恋話に興味を持ったオリヴィアがラファンダと話している。レツェルは酒の神ではあるが、酒を司っている酒神と比べると神格がまだ小さい。しかし根っからの酒好きと、凄まじい飲みっぷりにそこらに居る酒飲み程度じゃ勝てないぐらい酒を飲むのだ。


 リュウデリア、バルガス、クレアを相手にして、お前達が私に挑戦するんだとまで言ってのけたレツェルには、絶対の自信があった。負けるとは露程も思っておらず、どのくらい飲めるのか見てあげようという上から目線なのが見て取れた。故に、リュウデリア達はニヤリと笑った。




「酒の神が地上の生物に負けたら形無しだが、やめておくなら今の内だぞ」


「ま、吐いた唾は飲み込めねェけどな」


「私達に……勝負を……持ち掛けるとは……中々……肝が……座っている」




「へへ。そうこなくっちゃね!グラスとかに注ぐのはチビチビして面倒くせぇ!樽ごといこうぜ!中身は200リットルぐらい入ってる大樽けど余裕だよなぁ?これまで酔い潰した奴等から奪っ……えふんえふん……貰った大樽があと14000個くらいあるから、好きなだけ飲め!」




「──────結果はレツェルの圧勝よ。その場の他の大酒飲み20柱立て続けに相手して昏倒させたもの。これまでの数百年で4000柱は相手をしてきて未だ無敗。そろそろ酒を司ると私は思ってるわ」


「自分より酒が飲める奴がタイプとか言っていたな……」


「えぇ。だからレツェルは永遠に処女よ」




「──────ラファンダうっさい!聞こえてるからな!」




「あら、ふふふ。怒られちゃったわ」


「ふふっ。聞こえるように言うからだろう?さぁ、今から始まるアルコール合戦に巻き込まれないように違う席に移動しようか、ヘイスス」


「え、うん。私もいいの?」


「もちろんよ?私達はもう友神でしょう?私達ともっとお話ししましょう」


「……うん。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな。それに、オリヴィアとリュウデリアの話も聞きたいと思ってたんだ」


「ほほう。なら語ってやろうじゃないか。興奮して眠れなくなっても知らないぞ」




 ラファンダとオリヴィアは友神同士であり、そこに新しく友神となったヘイススを加えて席を移動した。酒飲み勝負に巻き込まれてアルコール中毒になるのを防ぐためだ。なんだったら近くに居るだけで酔うかも知れない。


 レツェルは酒飲みでいいらしく、どこにそんな力があるのか、単純に200㎏はあるはずの大樽を傾けて中身を飲んでいく。リュウデリア達は食い物も口に運びながら同じく出された大樽を片手で持って凄まじい勢いで中身を飲み始めた。


 4者の喉を鳴らす音だけが聞こえてきて、やがて大樽の中身を全部飲み干したのか勢い良く床に置くと、口の端から零れた酒を腕で拭ってニヤリと笑った。




「やるじゃん。これは楽しい勝負になりそうだ!ここ数百年で1番ね!」


「はッ!酔い潰れて叩き割れそうな頭を抱えながら吐く言い訳を考えておけ」


「最強の種族様を舐めンなよ?酒の神だろうが真っ向から酔い潰してやるよ」


「私達に……勝てると……思っている……その鼻っ柱を……へし折る」




 レツェルの腰につけられた小さなバッグから取り出された大樽を受け取ったリュウデリア、バルガス、クレアは、片手に持ちながら運ばれてくる料理を次々と口に入れながら酒を飲んでいく。








 酒飲み勝負4000連無敗の酒の神と、最強の種族の何の得にもならない勝負が開始した。







 ──────────────────



 ヴェロニカ


 レツェルから容量が異次元のバッグを受け取り、大樽を渡す係に任命された。リュウデリアが勝つことを信じており、心の中で団扇うちわを振る勢いで応援している。





 ラファンダ&ヘイスス


 オリヴィアとリュウデリアの話を聞いてガールズトークをしているが、途中から夜の生々しい話になって顔を真っ赤にしている。でも興味があるので、ひゃーっとなるだけで先を促す。





 オリヴィア


 ヘイススと折角友神となったのだから、リュウデリアとの甘くて蕩けるような恋と愛の物語を語ってやろうと思い話しているが、2柱とも交わった話になると食いつきがすごいので興奮させてやろうと画策している。





 レツェル


 大酒飲みの神から人気がある。酒飲み勝負で勝ったら自分のことを好きにしていいと言っているが、これまで4000回以上勝負して負け無しの酒飲み女王。


 200㎏以上ある大樽を持てるのは『お酒ぱわー』によるもの。


 こんな勝負ばかりしているため相手が居らず、未だ処女。本人はシラフの時にちょっと気にしてる。





 龍ズ


 挑まれた勝負は絶対勝つつもり。酒飲みだろうがなんだろうが受けるし勝つ。吐き散らかすレツェルを煽り散らしてやろうと思っている。


 料理が美味いので飲みながら食べてる。



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