第13話  愚かなる者達



 強者は人を惹きつける。その言葉を良く耳にするだろう。何故か?それは簡単だ。強者はその他の有象無象には無いものを持ち、目立つからだ。目立てば目立つほど人の視界に入り、それが圧倒的強さを持つ故に、見た者は己と強者を己の持つ秤で比較し、真似できないと悟れば敬い、己にも出来ると思った者は対抗心を持ち、太刀打ち出来ないと実感すれば嫉妬する。


 善悪は関係無い。そこに愛情や憎悪を抱こうが、結局強者に関心や興味を持ってしまっているということなのだから。だからこそ力ある存在はよく目立ち、強さを知ろうとする愚か者が後を絶たず、結果強者の周りには人が集まっているのだ。強ければ強いほど人を惹きつけ、厄災を招く。


 そこに強弱はあれど、有無の関係は非ず。故に力を持って生まれた少年は、受け入れようが拒もうが、我こそはという者達に囲まれるのだ。今もそうだ。歴代最速のスピードで冒険者ランクをFからBにまで上げた天才……と持て囃され、最初の訝しんだ視線や身の程知らずが来たという侮辱的な視線が止み、是非我がパーティーにと誘いを出す。


 若しくはその力の強さに圧倒されて対抗心を持ち、人物像を殆ど知らぬ癖に悪意から出た言葉を誇張して撒き散らす。またある者は、自身には無い力を持っていて、尚且つ大した審査も調査もしないまま、嘘をついていないという理由だけでランクを上げられた事に嫉妬し、妬み、憎悪する。俺は私はこんなに苦労したのに……何故お前はそう簡単にランクを上げる事が出来る?何故お前だけ。


 だがそれを口にして言ってはならない。返ってくるのは、その強者に惹かれに惹かれ、心の中で全幅の信頼を抱き、恋という名の毒に犯された者の、又は現状を本当に理解していない者の冷たい言葉なのだから。悪く言うことは許さない。悪意があった言は認めるが、本当のことだ。嫉妬でものを言うな。嫉妬が無いと言えば嘘になる。だが正論だ。


 しかしそれ以上何かを言えば、強者による実力行使か、強者に近づく事が出来る、強者の次に強い者の鉄槌だ。理不尽だろう。憎いだろう。悔しいだろう。だが現実だ。現実でそんなことが罷り通っているのだ。何故ならば強いから。他を従え、黙らせる力を持っているから。だから従うしか無い。




「ぁ…あのあの……本当に私なんかが…パーティーに入ってもいいのでしょうか……?」


「もちろんだよ!俺はリィナが居てくれた方が心強いし、一緒に居て楽しいから!」


「ぇっ……ぁ、ぁりがとう…ございます……っ」


「これからよろしくね、リィナ!」


「は、はいっ!よろしくお願い…しますっ」


「はぁ……コイツの周りに女が増えたわ……私だけの場所だったのに……アレクのばか」


「……ん?サーシャ、何か言った?」


「……なんも言ってないわよ!」


「痛!?何も殴らなくたっていいだろ!?」




 そうこうしている内に、強者は新たな仲間を手に入れた。大剣を扱う美少女とは別に、双剣を使った軽やかな動きが出来る美少女の剣士である。控えめな性格の所為で中々魔物に斬り掛かる事が出来ず、実力はあれど仲間に巡り逢えなかったという不幸な美少女。それを目敏く見つけた強者は手を差し伸べ、欠点を克服させ、仲間に引き入れる。


 必然的に、己の為に色々と良くしてくれて、手を握られながら微笑まれた双剣の美少女ことリィナは、強者に恋心を抱く。そして同じ心の内を持つサーシャと何度も強者の奪い合いをするのだ。それを傍目から見ている者は面白く無いだろう。それは当然だ。長年掛けて今のランクに辿り着いたというのに、強者は初日でそれを抜き去り、見た目麗しい少女を両手に花状態なのだから。しかも強者は惚れられていることを自覚していない。


 現実的な話をするならば、あなたが何年も掛けてオリンピック選手候補になったとする。そこにある少年がやって来て、いきなり驚くような技を連発する。すると少年は初めてやったのだと宣い、その場でオリンピック選手に内定するのだ。普通はそうはいかない。有りと有らゆる条件をクリアした者がなれる、名誉ある役だ。それをいきなり掻っ攫われ、尚且つそれを偶然見た、あなたの好きなアイドルが少年に心底惚れてしまう。


 あなたは当然意見をする筈だ。そんな事があって堪るか。そんなのは無効だ。あなたの意見は正しい。全く以て正論である。だが返ってくるのは無情な一言。お前には無理だ。


 やってみなきゃ分からないと話して説得し、いざ決闘すれば少年の神に愛されたとしか思えない才能の前に膝を付くのだ。そして好きだったアイドルからは、負けて当然、少年はあなたと違って努力してるし、強いし、優しいんだから。そう言われるのだ。何を見てそう思った?何故会ったばかりでそこまで言える?努力をしてる?笑わせるな。今初めてやったと本人が言っただろう。だがあなたの言葉に耳を傾ける者は居ない。何故ならあなたは負けて、少年が勝ち、少年は強者だからだ。




「……私は攻撃が出来ない。盾で防ぐことしか出来ない騎士のなり損ないだ。それでも……私を必要としてくれるのか?」


「ちょうどそういう人を探していたんですっ。むしろこちらからお願いしたいくらいですよ!それに皆さんおかしいですよね、イレイナさんみたいな美人の人を悪く言うんですから!」


「び、美人……!?いや、でも……私は攻撃が出来ないからな。言われて当然だ」


「なら、悪く言われたら言って下さいね!俺が絶対に言い返してやりますから!イレイナさんはすごいんだって!」


「あ……ありがとう……っ」


「うぅ……ライバルが増えちゃいました……」


「はぁ……まあアレクだしね。仕方ないわよ」




 強者はあなたを見ない。視界に映ってすらいない。何故ならば弱いから。そして強者は強く、更に人を惹きつけて止まないから味方を作っていく。種族も関係無い。年齢差も、善悪も、立場も、何もかもを捲き込んでいく。強者こそが絶対。そこに努力で埋める隙間は無く、足掻く気すら起こさせない。まるで自身が強者の立場を確立させる為だけに在るような気がしてならなくなるのだ。


 強者であるアレクは欠点が無いのだろう。顔が良く、心優しく、強かで、負けず嫌いで、弱き者を護り、負け知らずなのだ。だが敢えて言わせて貰おう。欠点が無いことが弱点だ。特に負け知らずという部分を押させて貰おう。負けが無いということは、負けた時を考えていないということに他ならない。窮地はあれど、最後は勝ってしまう。それだけの力が有るからだ。


 まるで主人公。世界が彼を中心に廻っているようだ。神の加護を存分に受けて周囲が弱体化している。その間には埋められない差があり、覆しようの無いものが有る。故にそんな彼へ絶望を与えよう。


 絶対に越えられないと周囲の有象無象に悟らせ、負けを認めさせる力を持って、自身を慕って離さない仲間を手に入れ、負け知らずの彼へ。


 世界の共通認識で最強を欲しいままにし、周囲の塵芥は飛んで当然で、負けどころか同じ土俵にすら立たせず、慕う仲間を必要としない、勝利を約束された星の下に生まれし純黒の黒星を。




「……なに……これ……」


「……ありえないです……こんなことが……」


「……これは一体……何が……」


「誰が……こんな事を……ッ!!」




 アレクがルサトル王国に初めてやって来てから顔馴染みの商人であるケイトから名指しで依頼を頼まれ、同じパーティーのサーシャ、リィナ、イレイナの4人で護衛をしていた。行き先はイリスオ王国。片道3日は掛かる道のりだった。途中までは良かったのだ。魔物に襲われこそすれど、仲間と共に戦うことで苦もなく倒せたのだから。だが問題は到着してからだった。


 嫌な予感はしていた。向かう途中で計り知れない魔力を肌で感じ取ったからだ。全身を鋭いナイフで滅多刺しにされているような、尋常では無い程の莫大な魔力の波が、アレク達を襲い掛かったのだ。アレク達は身を寄せ合って耐えた。寧ろそうしないと発狂してしまいそうな、そんな恐ろしい程の魔力だった。そして、その魔力を感じたのが目当てのイリスオ王国の方角からだったのが、嫌な予感を倍増させた。


 商人のケイトに申し訳ないと思いつつ、出来るだけイリスオ王国へ急いで向かったところ、そこにイリスオ王国は無かった。あったのは底が見えない程開いている大穴だけだった。何も無い。在るべき物すら無く、在って欲しい者達の欠片すら見えなかった。完全に消し飛ばされていた。到底賊とかそういった生易しい存在ではない。国を丸ごと消す。神のような何かだ。


 大穴を見て呆然としていると、後から馬に荷車を引かせた男性がやって来た。男性もイリスオ王国が無くなっている事に気が付いて呆然としたが、直ぐに気を取り戻してケイトに説明を求めた。そこからは知っていることを話した。辿り着いた時からこの有様だったと。そして説明している時だった。サーシャが足跡を見つけたのだ。今まさにやって来た方向へ進む、巨大な足跡を。


 見た瞬間にケイトは龍であると看破した。大きさに地面の沈みの程度、そして途中から完全に足跡が消えていることから、空を飛べて巨大な躯体を持ち、国を丸ごと消し去る程の魔力と魔法を持っている存在。いや、こんな事が出来るのは、龍を置いて他には居ないと思ったのだ。


 アレク達は顔を蒼白くさせた。国を丸ごと消した存在が、今まさにルサトル王国へ向かっているというのだから。若しかしたらルサトル王国に立ち寄ることは無く、そのまま何処かへ消えてくれるかもしれない。そんな考えも浮かんだが、残念ながら嫌な予感がして仕方が無い。ケイト達に遅れてやって来た男性は、荷車の方に移って誰かと何かを話しているようだった。だが今はそんな事どうでもいい。やることは今決まったのだから。


 アレク達はケイトに断りを入れて、全速力で来た道を戻っていった。速く、速く速く速く速く。何も考えず、只管ルサトル王国へ引き返したのだ。来るときは3日も掛かったというのに、魔力を惜しげも無く使用して戻れば2時間で到着した。普通ならば早い。普通ならばそんなに早く到着しない。だが遅すぎた。余りにも、遅く、手遅れ過ぎたのだ。




「ぁ……ぁあ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「そんな……そんなぁ……っ!!」


「なんということだ……私達の国が……ルサトル王国が……っ!」


「みん……な……みんな……ッ!!」




 ルサトル王国は何も無くなっていた。地面が削られて、あたかも何かによって削り取られたかのように。アレクはルサトル王国にやって来てまだ3ヶ月である。その間に仲間には恵まれて、ギルドは楽しくて、街の人はみんな優しくて活気に溢れた国だった。なのに、その国は今や何も無い。人一人すら居ないのだ。まだ誰かの一部分があった方が良かったかも知れない。それ程、綺麗に何も無いのだ。


 見渡す限り荒野のような状態が広がっている。探しても探しても何も無い。手分けして探そうが無駄だ。何かが残っているという可能性は、限りなく……なんて言葉を使う必要が無い程、無いのだから。


 思い出の街。生まれ故郷。懐かしの店。知り合いの武具店。初めての冒険者ギルド。そして大切な仲間達。それが無へと消えた。サーシャはその場で座り込んで空を呆然と見上げている。リィナは膝を付いて顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしながら泣いている。イレイナは膝は付いてこそいないが、何も無い景色を見つめて唯呆気に取られている。そしてアレクは、ルサトル王国があった場所を見つめて、血が滴るほど手を握り締めていた。




「なんで……何でこんな事を……ッ!!俺達が一体何をしたっていうんだッ!!」




 アレクは吼える。この惨状を作り出した龍へ向けて。だが彼は理解していない。何もやっていないのに、龍に襲われたのでは無い。何かをやらかしてしまったから、龍に襲われて消滅したのだ。無知。無知無知無知無知無知。何も知らない、無知蒙昧な小さき人間。人間だって突然魔物に襲い掛かっている。それこそ現れたから……とか、襲われたら大変だから……など、己等のことを棚に上げて、いざ襲われれば何故、酷い、有り得ない。


 所詮人間も魔物からすれば魔物だ。それも見掛ければ直ぐに襲い掛かり、魔物から造られた装備を手に取って掲げ、魔物から作られた装飾品を身に付けて喜ぶ。元仲間の亡骸を加工されて身に付けられているのだ。どちらが酷い、どちらが有り得ない?そして何故襲う。魔物を殺すのならば、魔物に殺される。当然の摂理だ。


 ルサトル王国は良い国で、みんな優しくて、活気に溢れた所。確かにそうなのだろう。だが裏でやっていた事は惨い精霊の売買である。それも街のエネルギーとなる魔力を、これでもかも搾取し、貯め込んだ。小さな……まだ名も無き小さな精霊達は魔力を奪われすぎて死んでいった。上位の精霊は限界以上に魔力を搾取し、残りカス同然にして、他の国へ売り払った。


 上辺の表向きの顔を見ていて、日常を唯謳歌していただけの人間が、少し襲われて仲間を殺された位で何を吼える。何を憎む。何に憤る。弱肉強食。文明の進歩や法律が生まれようと、根本的なものは一切変わらない。特に戦う運命にある者達にとっては、それこそ日常的なものと言える。故に、これは必然。ルサトル王国は滅ぶべくして滅んだのだ。




「……みんな、お願いがある。俺の…一生のお願いだ」


「……言われなくたって分かってるわよ」


「……ぐすっ……私も……同じ気持ちですっ」


「……私も今、アレクと同じ事を考えていると思う」




「……うん──────龍を見つけて、倒そう。俺達がみんなの仇を討つんだッ!!」




「仕方ないから乗ってあげるわ!」


「も、もちろんアレクさんについていきます!」


「私は最初からそのつもりだとも」




 そして人間は決心した。こんな惨状を作り出した元凶である龍を我等が討つのだと。いやはや、何と無謀なことか。龍が世界で最強の種族だというのに、挑みに掛かって倒そうというのだ。たかだか冒険者ギルドでトップレベルの実力と持て囃されただけの存在が。その場の勢いで仲間達の仇を討ち、話がまとまると本気で思っているのだ。


 冒険者で最高位のSSSランクが『英雄』と謳われているが、その『英雄』が手も足も出ずにやられたのが龍である。何故十何年しか生きていない子供に、そんな龍が倒せる思ったのか。崇高な目的を掲げるのは良い、許そう。だが実力が伴わないのに挑みに掛かるのは、挑みに掛かる相手に対する侮辱に他ならない。


 アレク達は直ぐに情報を集め始めた。周辺の村などに行って龍の影のようなものは見なかったか、何か異変は感じなかったか、何でも良いから情報をくれと、手分けして捜索した。すると、ケイトとは違う別の商人が、イリスオ王国の近くにある森から、龍らしきものが飛び立つのを見たという情報を手に入れた。


 幸い、アレク達はイリスオ王国の近くに集まっていたので目的の場所には直ぐに行ける。情報を集めるのに2日、移動に1日を掛けて、アレク達は話しに聞いていた森へと入っていった。此処に高い確率で龍が居る。そういう情報なのだから、居るのだろうが……何故だか進んでいく毎に全身に重くのし掛かるような魔力が感じられる。


 肌がナイフで滅多刺しにされているような、そんな覚えのある禍々しく凶悪な魔力だ。そう、その魔力はイリスオ王国が消されただろう思われる時に感じた、あの魔力だった。居る、確実に。探していた存在がこんなにも早く見付かると、何と運が良いことか。だが実際は、何と愚かな行為だろうか。会いさえしなければ、まだ残りの人生を謳歌出来たであろうに。


 そうして、禍々しい凶悪な魔力が感じ取れる方へ進んで行き、見つけた、見つけてしまった。全身を純黒の鱗で覆い、巨大な体を持つ、純黒の黒龍が。黒龍はまるでアレク達が此処に来る事を知っていたかのように、その全てを見透かしていると錯覚させられる黄金の瞳に捉えられていた。いや、実際には捉えていたのだ。森に入った瞬間から。


 周囲の木々が燃えて炭となり、真っ黒になっている。そこに多少の疑問は持てど、今はもっと最優先の目標がある。アレクはこの黒龍がみんなの居る国を消したのだと理解し、奥歯を噛み締め、鍛えられて強化された剣の柄を握り締めた。




「……ッ!!お前が……お前がルサトル王国をやったのか…っ!!」


「……………………。」


「答えろッ!!優しい、何も知らない俺に笑いかけてくれたみんなを、仲間達を殺したのはお前だなッ!!」


「ふざけんじゃないわよッ!!お前のせいで……私の家族は……ッ!!」


「な、なんであんな酷いことを……っ!!」


「私は貴様を許さない。何があろうと、例え相打ちになろうと、貴様はこの場で倒すッ!!」


「……………………。」


「そうか、それが返答だなッ!!」




 黒龍は何も言わない。龍は総じて高い知性を持つことで、言葉を理解すると云われている。だが何も言わず、語らない。それどころかアレク達なんぞどうでも良いとでも言いたげな目をしていた。向かってきた所で何にもならない。敵とすら思っていない、無感情な目だった。それがアレク達の神経を逆撫でした。


 それぞれが武器を手に取り、黒龍に向かっていった。アレクはその場で待機しながら、特攻したサーシャとリィナ、イレイナに攻撃防御速度を飛躍的に上昇させる魔法を掛けた。それに足して鋭い感覚を与える魔法と、ある程度の攻撃を弾くシールドも付与した。普通はここまで一気に掛けられず、それも高い倍率を出すことは出来ないが、アレクは膨大な魔力と才能がある。


 黒龍はサーシャ達が突撃してくると、その巨体を起こして立ち上がった。聞いていた龍の姿とは少し違う。人間に近い姿をしているのだ。だがそんなことはどうでもいい。今は黒龍を倒すことだけを考える。


 アレクからの援護の魔法を受け、サーシャは自慢の超重量を誇る大剣を振りかぶり、跳躍して黒龍の頭目掛けて振り下ろした。跳躍中、迎撃されそうになれば、アレクから魔法の援護が入る手筈なのだが、黒龍は微動だにしなかった。だからこれ幸いと、頭を真っ二つにするつもりで振り下ろした。鋭い金属音が鳴り響く。大剣が弾かれ、手が痺れる。黒龍は防御なんぞしていない。鱗で受け止め、弾いたのだ。




「~~~~~~~ッ!!かっったいっ!!どんな硬度してんのよっ!!」


「なら、相手の硬度を下げる魔法を掛けるっ!!リィナ頼む!」


「は、はい!!」


「サーシャは一度私の後ろへ来い!防御は全て私に任せろ!」


「了解よ!」




 着地したサーシャは、大きな盾を二つ持っているイレイナの背後に回り、手の痺れを回復させる。その間にアレクは黒龍の足下に魔法陣を展開して魔法を発動させ、黒龍の鱗の硬度を最低値まで下げた。これで普通の武器でも鱗を斬ることが出来る。そこで攻撃者に躍り出たのがリィナだった。柔軟性のある体に素早い動きを可能にした双剣の戦闘スタイルは、翻弄しながら相手を斬り刻む。


 稲妻の形に走って黒龍を翻弄し、足下から双剣で斬っていく。更に魔法で足が壁にも吸い付くようにくっ付ける事が出来る魔法を使い、黒龍の体を駆け上りながら同時に双剣をこれでもかと揮う。頭までやって来て目に突き刺そうとするが、目を閉じられてしまう。だが大丈夫だ。アレクが掛けた魔法で硬度は下がっている。今なら貫通する。そう思って剣を突き立てた。そして思い知る。黒龍の鱗の硬度を。


 リィナの双剣は先端すら刺さらなかった。それどころか双剣の先端が半ばから折れてしまった。リィナは驚愕する。アレクの魔法で柔らかくなった筈の鱗が、傷付けることすら出来ないのだ。リィナは焦りながら黒龍の体から飛び降りていく。途中、黒龍の体を見ると、駆け上りながら斬った筈の鱗は、傷一つ無かったのだ。何故だろう。双剣の切れ味が悪かったのか。それとも斬り方が駄目だったのか。


 アレクの魔法は完璧だ。そう思っているから、問題は自身にあるのだと錯覚するが、実際はアレクの魔法なんぞ効いていない。黒龍は魔法を掛けられた直ぐ後に、アレクの魔法を純黒なる魔力で呑み込んで消し去ったのだから。つまり、魔法は最初から無効化されていた。リィナもアレクも、それに気付かず攻撃していたのだ。


 強者故の慢心。今まで通じていたからこそ、効いていると錯覚して効いていないという選択肢を見ていない。物理で黒龍に傷を付けられない。だが、これまでの過程は無駄では無かった。アレクは目を閉じて集中し、手を翳して巨大な魔法陣を形成する。そして膨大な魔力を籠めて、魔法を発動させた。これを耐え切れた者は居ない、使える魔法の中で最上級の破壊力を持つ魔法を。




「──────『迸り崩壊させる神の雷エレクトロ・ニクス』」




 白い雲が所々にある程度だった空が、真っ黒な雲に覆われて帯電し、渦を巻いて雷を轟かせる。そして、渦の中心から黒龍に向けて、超大型の雷が落とされた。落雷。そして遅れて音がやって来る。爆発音が鳴り響いて、衝撃が森中に渡った。最上級魔法を凌駕する、畏るべき破壊力を秘めた魔法である。ただし、この魔法はアレクを以てしても溜めの時間を有する為、最初は動かず、援護をしながら魔法陣を形成していたのだ。


 大きな砂埃が落雷の破壊力によって舞い、黒龍の姿を覆い隠す。いや、これだけの大魔法だ。賢者にすら1人では発動すら出来ないだろうと言わしめた魔法である。黒龍なんぞ肉片になってしまっているはずだ。仇を討つ事が出来た。我々は、あの龍に勝ったのだ。そう喜び合おうとしてサーシャがイレイナの後ろから出て来た瞬間だった。


 ひゅるり……と、何かが通り過ぎる音が聞こえた。サーシャは何の音だろうかと不思議そうに首を傾げる。リィナは何か嫌な予感がすると、顔を強張らせる。アレクは起きた事の、事の深刻さに顔を蒼くさせ、イレイナは驚愕に目を瞠目させていた。アレクは辛うじて目で捉えていた、だが一切反応が出来なかった。それ程の速度だったのだ。




「え、何々?何か飛んできた?」


「わ、分かりません……!けど、すごく嫌な予感が……」


「だ、ダメだ……ダメだダメだダメだイレイナさんっ!!」




「……っ……く……………ごぼ」




 飛んできたのは、先端に純黒の魔力による刃が形成されていた尻尾だった。それが飛んできて、イレイナの事を大きな盾ごと……上半身と下半身で真っ二つにされていたのだ。速すぎてイレイナの斬られた体が認識するのを遅れてしまい、数秒経ってからイレイナの体は横にズレて地に落ちた。がしゃんという着ている甲冑が音を立てながら倒れ込み、アレクが駆け付け、状況を理解したサーシャとリィナが武器を砂埃に向かって構える。


 サーシャとリィナは見た。砂埃が晴れて出て来た黒龍が、一切ダメージを受けていない姿を。アレクの雷が落ちる前と落ちた後で何も変わっていない。立ち位置も立ち姿も変わっていない黒龍が、そこには居た。


 体を真っ二つにされて倒れ込み、内臓がまろび出ているイレイナの頭を膝に載せ、アレクは涙を流しながらイレイナの名を呼んだ。イレイナは目の下を蒼くさせ、呼吸が浅くなりながらアレクの頬に手を置いて、今出来る精一杯の微笑みを浮かべた。




「ア……レク。すま……ない………私……は………」


「喋らないでっ!!今……っ!今俺がどうにかしますからっ!」


「むだ……だよ。もう……私は……死ぬ……アレ……ク」


「待って……待って下さい……イレイナさんっ!」


「わたし……は……あれ……く…が……す……き…………だ……………──────」


「………────────────。」




「──────がはっ……!?」




「──────ハッ!?」




 イレイナは死んだ。瞼が閉じられる事は無く、半開きの状態で瞳の光が失われた。頬に当てられた手が地面に落ち、体内にあった魔力が霧散した。アレクは目の前が真っ暗になった気分だった。しかしその状態を解かせたのは、仲間の……リィナの叫び声だった。ハッとして気が付いたアレクが顔を上げると、リィナの腹部から大量の出血が見られた。


 黒龍が鋭い指先で引き裂こうとした所を、どうにか身を捩って回避したはいいが、回避しきれず、リィナの腹部に当たって深手を負ってしまったのだ。アレクはイレイナの顔に手を置いて瞼を閉じさせると、言葉を交わすこと無くサーシャと役を交替した。


 サーシャがリィナの傍に行って、腰に付けたポーチから回復薬を取り出してリィナに飲ませようとする。その間はアレクが殿を務める。だがアレクは殿として時間稼ぎをするのでは無く、黒龍を殺す気で向かっていった。冒険者になって魔物を倒し、手に入れた稀少な素材を使って強化された剣を強く握り、黒龍に向けて一閃した。




「喰らえッ!!──────『一刀両断』ッ!!」




 シンプルだからこそ強い、横凪の斬り払い。どんな魔物もこれで真っ二つに裂いてきた。例え硬い装甲を持つ魔物と言われても、この一撃で屠った。だから、黒龍にだって通用すると思ったのだ。しかし現実は違う。最早冒険者ギルドでお前に敵う者は居ないと言われたアレクだが、アレクの一閃は黒龍の左掌によって易々と防がれ、右手で繰り出す平手打ちに吹き飛ばされていった。


 手が叩き付けられた瞬間、可能な限りの防御魔法を施して、衝撃も殺した。だが打撃の衝撃は体の真にまで届いてしまい、口から血を吐き出した。そして右からの衝撃で左へ吹き飛ばされるのだが、吹き飛ばされる先に尻尾が現れる。純黒の尻尾がアレクを捉え、弾き飛ばされ、黒龍の前に戻されて上から下に叩き落とされる。


 訳が解らないほどのダメージを負いながら吹き飛び、大した時間稼ぎをする事も出来ず、アレクはサーシャとリィナの元へやって来てしまった。これでは時間を稼ぐ者が居ない。やってくれと言わんばかりの陣形である。アレクの言うラノベの世界ならば、敵はここで待ち時間を作ってその間には回復でも出来るのだろうが、黒龍は待ち時間など与えない。


 アレクは見ている事しか出来なかった。自身の流した血の所為で視界が赤くレッドアウトし、サーシャとリィナが赤い世界に取り残される。黒龍が尻尾に純黒の魔力による刃を再び形成し、振り下ろす。狙うのはまだ動けるサーシャだった。だが彼女はリィナに回復薬を飲ませようとして必死だ。気が付いていない。だからだろう、気が付いたリィナがサーシャの事を押し、身代わりとなってしまったのは。


 サーシャが押されて、リィナに手を伸ばすが届かない。リィナは緩やかな世界で、アレクとサーシャに言葉を送った。声など無い、口を動かすだけの無音の言葉を。




『アレク……大好きでした』


『サーシャ……ごめんなさい』




 リィナは死んだ。黒龍の純黒の魔力の刃によって、体を縦に真っ二つに割られたのだ。リィナは此方を向いていた。つまり体は横から真っ二つにされてしまったのだ。生きている仲間がまた1人死んだ。目の前で、手を伸ばせば届くような距離で。サーシャの目は暗く濁ってしまった。何と戦っているというのだろう。何に戦いを挑んでしまったのだろう。


 アレクは血管が千切れるほど頭に血が上っていた。最早頭の中は黒龍を如何に早く殺すかしか考えていなかった。だが体が動かない。指先すらも動かない。恐らく肋が数本折れている。腕や脚の骨には罅が入り、激痛を生み出している。立ち上がることすら出来ない状況で、無理矢理起きようとしている時に、黒龍の無慈悲な魔の手が、サーシャに伸びた。




「殺す……殺してや゛が…ッ!?ぁ゛が……ひゅッ…っ!」


「サーシャ……?サーシャ……っ!サーシャッ!!」




 サーシャが大剣を手にして黒龍に向かおうとした途端に動きが止まり、腕や脚を広げて大の字を作った。そしてそのまま上へ体が浮遊した。確実に黒龍の仕業である。黒龍が何かをしているのだ。だが正体が解らない。アレクは焦りながら、魔法を使うギルドの仲間達から反則と言われた、魔法削除という魔法を使ってサーシャを解放しようとするが、効かない。魔法ならばどんなものでも無効化出来る魔法が効かないのだ。


 サーシャの持っている大剣が手から無理矢理取られ、サーシャと同じように空中に浮かんでいる。大剣が軋み、悲鳴を上げ、捻じ切れて砕けた。粉々になるまで捻られて砕けて砕けて砕けて、大剣は砂のようになって撒布された。それを見せられたアレクは絶叫した。サーシャにしようとしていることを悟ったからだ。




「やめろッ!!サーシャを離せッ!!やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」




「あ……ぁ………ア゛レ゛ク゛…だずげ──────」





 ────────────ごちゅり





「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」




 サーシャの体は、関節を全て捻られ、捻じ切られてしまった。指の第一関節から始まり、手首、肘、肩、首まで、全て何回転も……ゆっくりと時間を掛けて捻られた。サーシャは苦痛の中で藻掻くことも出来ず、かといって直ぐに死ぬことも無く、関節という関節を捻られる激痛の中で苦しみながら死んだ。


 宙に浮いているバラバラになったサーシャの死体は、糸が切れたマリオネット人形のように地面に落とされた。びちゃり、どさり。そんな悍ましい音を立てながら、サーシャだった肉塊が漸く解放されたのだ。


 仲間は居ない。全員殺された。好きだと言ってくれた少女は、もう何も言わぬ肉の塊だ。放っておけば腐って朽ちていくだろう。アレクは握り込んだ拳を地面に叩き付けた。何度も何度も何度も。己の弱さを否定したくても、現状が突き付けてくる。弱いから仲間が死んだ。弱いから奪われた。弱いから護れなかった。弱いから黒龍の前に倒れている。


 だから強くなる。今、ここで。絶大な力を持つ黒龍を討ち滅ぼす為の力を解放するのだ。アレクは立ち上がった。立つことが出来なかった体から、今は溢れんばかりの力を感じる。その力の源は、死んでいってしまった仲間の体から光が伸びて、アレクに集束している。仲間の死によって、アレクは己の限界を今越えた。


 元々持っていた膨大な魔力が更に爆発的に上昇し、体を包み込む。大地や森が悲鳴を上げ、大気が絶叫している。地震が発生して大地を揺らし、天が割れて天変地異を引き起こしていた。アレクの今の力は元の数千倍にもなるだろう。溢れ出る力の波動。手を握って開いてを繰り返し、実感すると……見下ろす黒龍を睨み付けた。




「お前は俺の大切な仲間を奪った。だから俺は……何があろうと絶対にお前を許さない。リィナ…イレイナさん…そしてサーシャ。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」




「……………………。」







 アレクは今、人類で最高峰の力を手にした。神に愛され、加護を与えられたと言っても過言ではない力に、仲間の死によって到達した覚醒。果たしてその力で黒龍を倒せるのか。だがこれだけは言っておこう。







 世界最強の種族の力を──────舐めるんじゃない。






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