第14話  最強種族の力




「お前は俺の大切な仲間を奪った。何があろうと絶対にお前を許さない。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」


「………………………。」




 仲間の死を経験し、アレクは覚醒した。人には限界の壁というものがある。ある程度成長すると、それ以上の伸び代が極端に小さくなる事だ。常に同じ成長速度で、それを死ぬまで続けられるということは殆ど無い。中には『英雄』のように、殆ど成長速度に限界が無いような存在も居るのだが、アレクもその内の1人だった。


 異世界から出でし異端の魂は、その世界での輪廻転生を迎えず、何の因果かこの世界の理に入り込み、剰え赤子の肉体に宿った。強く強靭に育ち、赤子には有り得ない豊潤にして膨大な魔力を宿す肉体へと。


 成長し、実戦経験を経て技には磨きが掛かり、キレが増した。咄嗟の判断力も付いたし、技のレパートリーも増えた。独自の魔法も開発した。神に愛されし子。そう称されても過大評価とは言えない。正しく悪を誅す為に生まれてきた弱きを助け強きを挫き、安寧を与える存在。


 ならば、それ程の強さを持つ存在には誰も勝てないのか?神に愛され、両親からも愛され、周りの者達からも愛された、そんな完全無欠の存在に、敵対する者は大人しく己が首を差し出さなければならぬのか。否。否、否、否。世界はそう甘くは無い。少なくともこの世界は、そんな愛されし子がその他全てを一方的に圧倒する、出来る世界では無い。


 上には上が居る。圧倒的強者の部類に属するアレクは人間だ。過去には人間の『英雄』が伝説を創った事だってある。それもその伝説の中には龍を見事打ち倒した……と、言い伝えられているものだってあるくらいだ。故に、人間だからと見下す理由にはならない。だが、愚かな行動を取りがちなのもまた、人間である。


 今回の騒動とてアレクは一切知らないが、元は理由も無く黒龍の恩人である精霊を襲い、意味も無く森に火をつけ、更には共に捕らえた小さな精霊を大量に殺した。それだけに飽き足らず精霊を己の欲を満たすために甚振り、殺そうとした。それだけのことをして、何故黒龍が怒らないと思うのか。知っていれば誰も手は出さなかった。


 しかし知らなかったは理由にはならない。知ろうが知るまいが、手を出してしまったのだから。故に国は滅んだ。龍が攻め込んできてその日の内にだ。


 紆余曲折。アレクは元々成長速度が異常で、限界が殆ど無い状態だった。そこで仲間の死による覚醒で、成長が数十段階飛ばして起こり、限界を超えてしまった。今のアレクは数十年後の、全盛期の力の数百倍の力を手に入れしまった。『英雄』と持て囃されるのも時間の問題だろう。だがしかし、その力は強いが、それはあくまで人間の中でという話になってくる。


 何度も言うが、世界最強の種族は龍である。世界最強というのは、読んで字の如く、世界で最も強い種族ということだ。そんな種族の龍が、たった一度覚醒しただけの子供に負ける道理が有るのだろうか。長年やってプロになった世界一のゲーマーが、その日は調子が良いからという初心者のゲーマーに手も足も出ず敗北するだろうか。




「──────『裁きを降す黄金剣インディール・グラディウス』ッ!!」




 余りの魔力の密度に可視化され、燃えるような赤い魔力はアレクの全身を包んで唸りを上げた。天に手を翳せば黒い雲が生み出され、中から100メートルはあろう巨大な黄金の剣が現れた。神秘的な装飾と雰囲気を醸し出すそれは、見上げて様子を見ている黒龍に向かって墜ちてきた。


 上から串刺しにせんと差し迫る巨大な黄金の剣。それを黒龍は両手で挟んで受け止めた。黒龍の足下の地面が砕けていく。重さと威力に足下の地面が先に力尽きようとしているのだ。黒龍は一瞬足下を見て、周囲の木々を見ると、黄金の剣を掴んだまま翼を広げて飛び上がった。


 強風が吹き荒れ、アレクは顔を腕で覆って凌ぎ、自身も魔法を使って上空に飛んだ。黄金の剣は黒龍を未だ突き刺そうとしている。鬱陶しく思った黒龍は、そのまま砕いてしまおうと力を籠めたその時、黄金の剣は眩い黄金の光を発して大爆発を巻き起こした。爆発によって生み出された球体状の炎が黒龍を包み込む。そこへアレクは更なる追い打ちを掛けた。




「──────『無慈悲なる冰剣コルディール・グラディウス』」




 アレクの背後に形成された同じ大きさの驚くほど美しい氷の剣。それが炎に呑み込まれている黒龍に向けて発射され、炎に氷の剣が触れた瞬間、真っ白な煙を撒き散らしながら二度目の大爆発を迎えた。前に広がるのは視界を遮る白い煙。だがアレクは鋭い視線のままである。この程度で黒龍がやられるとは思えないからだ。


 有り得ないほどの硬度を持つ純黒の鱗に覆われたあの体は、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。恐らく二度の連続的な爆発によるダメージでも傷一つ付いていない事だろう。そしてその予想は正しく、黒龍の体には一切の傷が見当たらない。


 アレクは歯噛みしながら魔力を練り上げて、下に向けて魔法陣を展開した。対象は一本の木である。魔法を付与された木は突然上空に居る黒龍の高さにまで太く大きく成長し、生い茂る葉が太陽の光を遮った。突如背後に現れた大木に振り向こうとするが、その前に大木の枝から生き物のように伸びる蔓が絡み付いてきた。


 両手首と両足首、そして首に巻き付いた蔓は黒龍を大の字に括り付け、首を絞める。ぎちりと音がなるほど絞めているというのに、黒龍は苦しそうな声も上げない。依然として黙ったままだ。それが余裕の表れのように感じるアレクは奥歯を噛み締めながら、大木の太い枝を黒龍の体に巻き付けた。


 大きな蛇は獲物を捕らえた時、相手に巻き付いて締め上げる。そうして全身の骨を粉々に折って呑み込みやすくするのだ。今黒龍に巻き付いた枝は大蛇だと思えば良い。太く強靭な枝は黒龍の体を締め上げて、締め付けによって黒龍の鱗を砕こうとしているのだ。だが甘い。その程度では黒龍の純黒の鱗は砕けはしない。


 アレクは苛つきが募っていくのを実感する。どれだけ攻撃しても全く効果が無く、そして黒龍は全く反撃してこない。お前の攻撃なんぞ痛くも痒くも無いと言いたげな涼しい顔だ。それが更に苛つかせる。次はどうやって攻撃しようか。そう考えた時、仲間のイレイナがやられた時に鳴った音が聞こえた。


 ひゅるり。そんな軽い音が鳴っただけで、黒龍の背後にあった大木も、手首や足首に括り付かせていた蔓も、体に巻き付けた枝も細切れになって解けた。アレクはごくりと喉を鳴らす。これだ。黒龍の尻尾の先端に形成される、純黒なる魔力の刃が脅威なのだ。抵抗すら無く全てを切断してみせた。イレイナの盾は硬い超金属で造られている。出会ってから一度も傷付かなかった優れ物だ。それを豆腐のように両断し、鎧諸共イレイナを真っ二つにした。


 脅威なのは、あの異常な硬度の純黒の鱗と、尻尾を使った斬撃だけだ。それだけをどうにかすれば、あの黒龍を仕留めることが出来る。そうアレクは思った。実際はそんなこと有り得ないというのにだ。そもそも魔力の総量が違いすぎる。唯でさえ膨大な魔力を持つアレクが覚醒し、その魔力総量は倍増していると言ってもいいが、それでも黒龍の魔力総量には遠く及ばない。


 そして最も勘違いしてはならないのは、黒龍の脅威は鱗の硬さや魔力の刃だけではないということだ。黒龍は翼を使って飛んでいるが、その時の翼の動きが少し違った。大きく力強く広げたのだ。何か来る。そう身構えた時、アレクの視界の中に居た黒龍は、姿を忽然と消していた。そしてその代わりに背後に大きな気配が一つ。


 アレクは形振り構わず、全力で防御用の魔法陣を複数展開した。得られる防御力は並大抵のものではない。故にアレクは次に打ち込まれる攻撃を確実に防げると思った。それ程の魔力を流し込み、堅固な防御魔法を展開したからだ。しかし、その考えは甘かった。


 打ち込まれたのは拳だった。右の、硬く握り込んだ拳。それがアレクに叩き付けられた。一瞬だが意識が飛んだ。防御魔法を易々と貫通し、鋼の方が柔らかいのではないかと感じる拳が打ち込まれ、アレクは耐えきれず吹き飛ばされていった。覚悟は決めていた。防御してそれでも威力を殺しきれなければ、甘んじて受けると思っていたのに、来たのは防御魔法を貫通した拳だった。


 覚醒した自身の目にも捉えられない速度で動いたかと思えば、魔法を一瞬で貫通させてくる膂力を見せ付けてきた。もう訳が解らなかった。アレクは混乱するばかりだ。何故こんなにも強いのか。どうやってあの巨体でこれ程の動きが出来るのか。魔法の形跡は無い。つまりは素の身体能力でこれをやっているというのか。




 ──────何なんだ……っ!何なんだよこの化け物はっ!!ラノベに出て来る龍はもっと弱いはずだぞっ!こっちはこれだけ攻撃してんのに、何でこの龍は傷一つ付かないんだ!理不尽過ぎるっ!!




 アレクの思考は理解不能で埋め尽くされつつある。理不尽な程強い龍。これが、この世界で生きていて、世界最強と謳われる龍の力。大いに侮っていた。この世界に転生した時、ラノベの主人公のように強くなれば、異世界ならではとも言える龍を倒すことが出来るかも知れないと。そんな漠然とした考えをしていた。


 今は全く違う。今ならそんなことを考えていた過去の自身を殴り倒せるだろう。そんなに優しい存在ではないと。これだけパワーアップしたにも拘わらず、黒龍は最初とは比較にならないほどの力を見せ付けてくる。つまり、全く力を出していなかったのだ。児戯にも等しい行為。


 それで、自身で言うのも何だが、ルサトル王国の中で五本の指に入るくらいには強い己を、その児戯にも等しい行為で弄ぶことが出来るのだから。


 頭や口から血を流し、吹き飛ばされている最中に魔法でブレーキを掛けて止まる。口の血を雑に拭って両手を合わせ、精神を集中させる。これから展開するのは、出来ればやりたくなかった奥の手。消費魔力が尋常では無く、使えば最後……動けなくなってしまうからだ。それだけの大業を、もうぶつけるしか無い。そうしなければ、もう黒龍にダメージを与えることは不可能と判断したのだ。


 これでダメならば、それ以上の攻撃をすることは不可能。現時点での最高にして最強の破壊力を持つ魔法を発動させる。アレクが両手を合わせて魔力を練っていると、大気が震え始めた。発動まで時間が掛かる魔法だが、黒龍はその間に動く様子は無い。やはり完全に遊ばれている。


 アレクは苛つきをまた募らせながら、絶対にその余裕を焦りに変えてやると意気込み、顔中に青筋を浮かべながら魔法陣を展開した。異変は直ぐに起き、黒龍は気が付いた。上を見上げて目を細める。アレクが行ったのは、あるものを召喚する魔法だ。だが規模が大きいため、消費する魔力が圧倒的に多いのだ。


 黒龍に向かって墜ちてきたのは、直径10キロにもなる、超巨大隕石だった。ラノベ主人公が取得する魔法と言えばありふれたものに思えるが、実際にやられると堪ったものではない。況してや今回は直径10キロである。普通ならば大陸が消し飛びかねない程のものだ。しかし黒龍は、それを見ても大して変わらなかった。変わったと言えば、アレクが蒼白になる程の底知れない魔力を、口内に溜め込んでいることくらいか。


 黒龍の口内に溜め込まれた底知れない魔力は、純黒の眩い光を放出している。アレクはそれを見て、感じながら悟る。これは人間の手には負えない……と。これは最早勝つ負けるの世界には存在していない。殺すか生かすかの一方的な世界に君臨しているのだと。





「──────『總て吞み迃む殲滅の晄アルマディア・フレア』」





「は……はは……………ありえない……だろ」




 結果を言うならば、直径10キロの超巨大隕石は跡形も無く消滅した。黒龍の放つ純黒の光線により、完全に消え去ったのだ。有り得ない有り得ないと思っていたが、最も有り得ない光景を見せ付けられた。どう考えても魔力の総量が違いすぎる。そして質も。使い方も破壊力も。考え得る全てが黒龍に劣っていた。


 これが龍。これが世界最強の種族、その本領。アレクは思い知ってしまった。この世界には勝てる勝てないの他に、触れてはならない存在が居るということを。まだまだ挑むべきでは無かった。それどころか近付くべきではなかったのだ。それを噛み締めながら、アレクは落ちていった。


 魔力が底を尽き、魔法で飛ぶことすら出来なくなった。だから落ちていき、偶然木があって枝にぶつかり、落下の衝撃を殺されて着地することが出来た。そして落ちた直ぐそこに、ばさりと翼を羽ばたきながら黒龍も降り立った。黄金の瞳が見下ろす。初めてその眼に見られたとき、見透かされているように感じたが、実際に見透かされていたのだろうと、無駄な考えが頭を過る。




「──────最後の悪足掻きにしては、及第点だな」


「……っ!?し、喋れたのか……。何故……黙っていた…?」


「は、お前達は態々道端の石に声を掛けるのか?所詮お前達なんぞその程度だ。言葉を交わしてやる義理も無い。今言葉を交わしているのは、そうだな──────お前は今死ぬからだ。故に、俺の気分によって話した。それだけだ」


「…………お前にとって……俺はそんなに弱いのか…?」


「──────話にすらならん。……くはッ。よもや、己が強いとでも思っていたのかァ?ふ…ふふ……ははははははははははははははははははははッ!!傑作だぞッ!?その程度でそんな過大評価が出来るとはッ……くくッ」


「は…はは……そんなに…俺はッ……」




 子鹿のように足を震わせ、右腕を左手で庇いながら、アレクはどうにかその場に立ち上がった。見上げていると、黒龍はアレクをこれでもかと嘲笑した。まさかそんなに自身が強いと思っていたのかと。そんな虫けらのような力で強うするとでも思っていたのかと。話にすらならないと。言われたい放題。だがもう反論する事など出来ない。出来ようはずも無い。


 そしてもう後には残されていない。黒龍は殺すと言った。この第二の人生を、たった14年しか生きていない、まだ新しい人生を。ならばと、アレクは自身のことについて話し始めた。前の世界は魔法も何も無い世界で、此処へは転生してやって来たと。そしてチートのような体に恵まれたから、龍にすら勝てると思っていたと。




「……お前がこの世界の人間でないことは、一目視た瞬間から解っていた」


「……え?」


「体と魂がちぐはぐだ。本来魂は輪廻転生の過程に於いて真っ白な状態に初期化され、新たな肉体へと宿る。だがお前の場合、異世界から死んだ状態の魂が無理矢理新たな肉体に宿った。ならば魂と肉体が完全に定着せず、不完全となっても不思議ではあるまい。寧ろ当然だ」


「……そんなことまで解るのか。流石は……世界最強の種族だ」




 アレクは嘆息した。もうこの龍には勝てないと。知識という部分に於いても負けている。自身の体の事だというのに、アレクはそんなこと何一つ知らなかった。それにこの黒龍は、自身が異世界からやって来たということを話しても、然して驚く様子を見せなかった。何をしても、黒龍を印象付ける事が出来なかった。


 つまり、黒龍にとってそれ程、先程言っていた道端に落ちている小石程度の認識なのだろう。だから言語を理解しているのに、話し掛ける事はせず、攻撃を受けても反撃らしい反撃をしなかったのだ。傷付けられないと解っていたから。




「……なぁ。俺が、これまでのことを謝罪するから見逃してくれ……って言ったら、見逃してくれるか?」


「──────有り得んな。俺は敵対した者は必ず殺す。赦しはせん。悔いるならば死して悔いよ。この俺から逃れられる術は無いと知れ」


「……だよな──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」




 アレクは使い物にならない右腕を垂らしながら、我武者羅で黒龍……リュウデリアへと特攻していった。大して力も入らない左手に拳を作り、不格好に振り上げた。対するリュウデリアは溜め息を吐いて、拳を作った右腕を振り上げた。勝てる見込みはもう無い。だが、逃げられないのならば今やれる全力を出す。


 この日、前世は魔法も何も無い世界からやって来た、神童と謳われた14歳の少年アレクがこの世から去った。二度目の人生はそう長くは続かず、手に入れた絶大な力は、世界最強の種族である龍の前に呆気なく散った。


 純黒の黒龍であるリュウデリア・ルイン・アルマデュラに殺された4人の亡骸は、無惨にも誰かに見つけられる事は無く、血の臭いを嗅ぎづけた魔物によって食い散らかされ、骨も残らなかった。




「リュウデリア。大丈夫だったか?怪我を負ったならば治癒してやるぞ」


「要らん。傷一つ付いていないからな」


「ふふ。流石だな。あ、それはそうと……格好良かったぞ。とてもな」


「……ふん」


「クスクス。……何か食べよう。動いてお腹が空いただろう?」


「……肉が食いたい」


「ふふ。じゃあ一緒に獲物を探そう。出来るだけ大きいのをな」


「……あぁ」




 リュウデリアは殺したアレクの方に一瞥すらせず、隠れて見ていたオリヴィアを連れて何処かへ行ってしまった。これにて、異世界より来たれし転生者との戦いは幕を閉じた。






 自信のある者達よ。挑むならば挑むが良い。但し、挑む以上殺される覚悟を決めておくことだ。








 黒龍に慈悲は無く──────逃がしはしない。







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