第174話  辛口評価



 殺伐とした雰囲気が辺りに漂う。大気に罅でも入りそうな勢いに、周囲の龍達は固唾を呑んでチラチラと盗み見て気にしていた。爆発四散するか、頭を毟り取られるか。どちらにせよ死んでしまうが、相手の方はそれを片手間にやりかねない。実際、絡んだ龍の心臓をぶち抜いて喰っている。


 穴という穴に針を突き刺しているのではと錯覚する、鋭い気配を醸し出すリュウデリアの前には、気まずそうな表情をしながらも正面に立って対峙しているムシャラが居た。“御前祭”のメインを飾る戦いが終わり、龍王からの労いの言葉をそれぞれから貰った彼は、真っ直ぐリュウデリアの元までやって来た。


 目が完全に泳いでいるムシャラを見ながら、胸の前で組んでいる腕を指で叩いている。一定のリズムで叩かれるそれに、人化をしていて見えないはずの尻尾が、怯えでピクリと反応している。少なくとも、ムシャラは彼の前で堂々とする事ができなかった。そして彼は、勢い良く頭を下げた。




「お、俺を強くしてくださいッ!」


「お断りだ馬鹿者め。優勝は最低限。その他で何を示すかによって教えてやろうとは思ったが、光龍王に終始避けられ、怖じ気づいて降参しただけだろうが。よくそれで望みを叶えてもらえると思ったなァ?」


「そんなぁ……」




 お断り文句は秒である。もう一瞬の出来事で、教えてやらんでもない……と考えている節も無い。完全拒否。ムシャラは少しでもそう考えてくれていると希望的観測をしていたが、そんなこと無かったかーと肩を落とした。


 光龍王に攻撃を仕掛けても避けられるばかりで、挙げ句の果てに降参してしまった後にリュウデリアとの話を思い出した。龍の姿ならば解らなかったが、人化していれば青ざめた顔色なんてすぐに分かる。真っ青になりながら後悔したムシャラだったが、もう遅かった。




「じゃ、じゃあせめて!俺の直すべきところを教えてください!」


「その程度で生まれてきたことだな」


「全否定!?」




 ガーン……と、リュウデリアの言葉にショックを受けているムシャラに、内心で直すべきポイントの部分を教えてやるべきか否かを考えていた。教えを乞うだけの度胸と、超最低限ラインではあったものの“御前祭”の優勝を果たしている。


 視線に敏感なリュウデリアは、ムシャラから向けられる視線の中に侮辱するようなものが含まれていない事を知っている。やはり恐れている節があるが、それでも貪欲に強さを求めていた。何の為だとかは聞いていないので知りもしないことだが、他の龍と違って強くなろうとする姿勢は好感が持てる。


 色々と考えて出した結論は、優勝したのだからそれだけの分は教えてやろうということだった。つまり、今先程ムシャラが言っていた直すべきポイントだけ教えるのだ。両手両膝を付いて項垂れているムシャラに立てと言い、直すべきところだけは教えてやると言うと、目に見えて喜びを露わにした。




「それだけでも良いッス!お願いします!」


「全て教えていたら寿命で死ぬからな、大きな部分だけだ」


「そ、そんなにありましたか……」


「まず1つ。これは最もありえんが、お前の魔法についてだ」


「あ……はは。やっぱり直すべきッスよね」


「当然だろうが。雑魚になら負けんだろうが、相手が龍でそれなりの実力を持っている場合、お前は毎回辛勝するつもりか?遠距離が使える相手に近距離だけ使うお前は圧倒的に不利だ。他と一線を画す近接の才能を持っているならば別だが、お前のは痩せ我慢と勢いだけだろうが」


「耳に痛いッス……」




 やはりバレているか……と感じているムシャラは苦々しい表情をしている。決勝では出来ていた魔法のコントロール。過去に魔法を盛大に暴発させてしまってから、魔力の溜を作る遠距離の魔法が苦手になってしまい、近接に逃げていた。しかしそれは直すべきところに上げられてしまった。


 自分でも自覚はしていた。何せ戦っていて遠距離の攻撃をされるとどうしようもないのだから。リュウデリアの言っていた通り、被弾覚悟で突っ込んでいき、痛みを我慢し、気合いでどうにかしてきた。しかしそれは強さではない。勢いでしかない。


 トラウマの所為で使えない……という面を直さないと、と思っていたことではあるが、直せと言われて、はい直しましたで終わるほど簡単なことではないと感じている。どうすれば良いのかと試しに聞いてみると、目を細められた。教えてやる範囲から外れているということだろう。


 対処法の例などを知れたら、またちょっと違ったんだろうなと思っていると、これ見よがしに溜め息を吐かれた。ビクッと肩を震わせると、リュウデリアが右手人差し指を上に向け、その上に炎の小さな球を形成した、そして炎球は大きくなる前にボンッと音を立てて形を崩し、消えてしまった。どういう事だろうかと首を捻っていると、理解力がなさ過ぎると拳骨を入れられた。




「──────ッ!?い゙っだい゙ッ!?」


「何故今の話の流れで解らんのだ低能め。態々大掛かりな魔法を使って暴発するか恐る恐るやるよりも、規模の小さな魔法を使って意図的に暴発させれば良いのだ。要するに慣れろ。暴発しないようにするのはその後からだ」


「あ、なるほど……っ!逆転の発想ってことッスね!普通暴発させないように……ってやりますもんね!実際それで怖がってたのが俺ですし!」


「トラウマだろうが何だろうが、お前の力だろう。使わなくてどうする。魔法を恐れるな。遠ざけるのではなく理解してやれ。そうしなければお前はこれから先、何百何千と時を重ねようと魔法は応えんぞ」


「魔法に応えてもらう……。はい!ありがとうございます!……小さな魔法を作って……暴発させる……うん!これなら俺でも出来ます!」


「それも出来なかったら頭を毟り取っていたわ」


「あっぶなぁッ!?」




 軽口で頭を毟るとは言わない。本当にやるのがリュウデリアだったから、今の一瞬に命の危機があった事を察して、創り出した小さな炎の球をポフンと気の抜けた暴発をさせた。弱々しい魔法だな……と言われ、恥ずかしそうにしているムシャラは、それでも何度も小さな魔法を使用し、魔力を込めて意図的に暴発させた。


 決勝のここぞという時くらいにしか使わなかった魔法の暴発は怖い。でも、この程度の暴発なら全く怖くない。龍の体は頑丈で、人化をしても見た目以上に強靭なので、体の近くでやって余波が来ても、風が吹いていると感じるくらいだ。


 魔法を暴発させた事なんて無さそうなリュウデリアに見られながらだと、少しやり辛いが教えてくれているので恥ずかしさなどすぐに捨てた。何度も繰り返していると、あっという間に慣れたので、これを続けていき、その内暴発させないようにする特訓もしようと心に決めた。


 さて次を教えてもらおうと思った矢先、少し疑問を抱いた。あれ程の力を見せたリュウデリアは、魔法を失敗したことなんぞ有るのかと。小さな疑問だが、妙に気になってしまう。怒りを買うかも知れないが、おずおずと問い掛けてみることにした。




「あの……リュウデリアさんって魔法を暴発させてしまった事とかってありますか?」


「当たり前だろうが」


「そうッスよね!無いッスよね!……え?」


「最初から今のように魔法が使える訳ないだろうが馬鹿者め。俺とて練習はするし、失敗もする。それに、俺の魔力は俺自身どれ程あるのか把握出来ん総量だからな、暴発させた時は悲惨なことになる」


「そうなんッスか!?いや、あれだけ強いリュウデリアさんなんで、最初から強くて完璧なものとばかり……」


「覚えて操るまでの期間に個々差異はあれど、最初から100の者は居ない。0から始め、各々の速度で100を目指す。単純だろう。お前もそれぐらい頭の中に入れて強さを求めろ。いちいち龍王と自身の力を比べるな。アレはそれぞれ相当な年月を生き抜き、才能にも恵まれ、強者との戦いを多く経験した者共だ。今のお前とは何もかもが違う。比べるだけ無駄だ」


「……すっげー励まされました!ありがとうございます!頑張ります!」


「ふん」




 龍王は長生きしている龍達であり、龍王の座に就くまでの過程は凄まじいものだ。強い存在と命の奪い合いをし、勝って生き抜いてまた戦う。戦いの才能に恵まれ、豊潤な魔力だって持って生まれた。だから今、龍という種族の頂点に君臨する7匹の内の1匹になっているのだ。何もせず龍王になったのではない。


 それを忘れず、何かと龍王と比べようとするのはやめろと言う。それは本当に大事なことだ。目標があるのは良いが、その目標があまりにも遠すぎると失意を抱いたり挫折や無力感に苛まれる原因となりやすい。なので、俺は俺なのだと思いながら強さを求めた方が良い。


 その事を教えられたムシャラはリュウデリアに感謝の言葉を贈った。言われなければ、1度対峙してしまった光龍王と自分を比べていただろうから。何をするにも、光龍王だったらこの程度のこと……といった具合に。それを見抜いていたのかは知らないが、的確なアドバイスであることは間違いない。




「次に、お前は相手の戦い方を見抜くまでが遅い。その証拠に、見抜けるまでの間に攻撃を食らってダメージを負っているだろう。戦いの目を養え。行動パターン。使用する主な魔法の属性。肉体的強さ。癖。魔力の大凡の総量。知る知らないでは全く違う。お前は相手の力を見抜こうとしているにはしているが、やって来る攻撃をどう対処すべきか考える際に大半の思考力を割いている節がある。だから見抜いて把握し、戦いを有利に持っていくまでに時間が掛かり、結局突貫頼りになるのだ」


「た、確かに……俺がどうにか近距離に持ち込もうとするのに察せられて距離を取られ、遠距離の魔法を使われるとどうやって避けるかとか、防御するかとか考えてました」


「だろうな。だから遅いと言った。近距離戦を主体に据えるならば、体力的にも長期の戦いは自身を不利に持っていくだけだ。そうなると必然的に短期決戦狙いとなり、相手の力を見抜くまでの時間はそれ故に早くしなければならん。お前は戦闘スタイルと見抜くまでの時間が噛み合っていない。被弾が多いのはその弊害だ」


「ぐ、ぐうの音も出ないッス……。ちなみに、見抜いたり見極めるための目を鍛える方法とかは……」


「それらのことを主体として戦いに明け暮れることだな。数を熟せば、その内勝手に分析しているようになる」


「リュウデリアさんもそうやって……?」


「この程度のこと考えるまでも無いわ。戦いに於いて情報は武器だ。常に対峙する者の全てを頭に入れている」


「すげぇ……」


「当たり前のことを当たり前だと思いながらやっているだけだ。感嘆とされる事ではないわ」


「でも、それでも必要なことだって理解してずっと実践してんッスよね!?当たり前な事でも、俺は出来てなかったのですごいッス!」


「やっていて当たり前を自覚していなかったお前に褒められたところで全く嬉しくないな。喧しいだけだから黙れ」


「辛辣ッスね!?」




 辛口の口撃が飛んできてグサグサ刺さるのでガビーン……と落ち込んでいるが、それでも怒りなんて湧いてこない。何せ、リュウデリアが言っていることは本当のことで、ものすごく為になっているからだ。


 相手の力を見極める目を培っていれば、狙う場所などを先読みできて、何処へ回避しようか、防御すべきかなんて毎回考える必要は無いのだ。反射的に出来るようになっていれば、無駄な思考を見極めに使うことができて、戦いがもっと有利になるはずだ。


 これは流石に言われた途端から培われるものではなく、魔法の暴発の件のように、何度も繰り返しやることで身に付くスキルだ。その為には、見極めようという考えを抱きながら戦いを繰り広げていくしかない。数多くやればやるほど、ムシャラの身に付くことだろう。




「もう1つ、近接戦を主体にしているお前と噛み合っていないものがある。それは肉体的強さだ。見た限り、お前の体は他よりも少し優れている程度だ。元の強さが低くとも魔力で強化すれば良いが、主体とするならばまだ弱い。特に身を護る為の鱗が脆いな。少し強い程度の魔法で罅を入れたり焦げるのが良い証拠だ」


「近接戦がメインなのに、体がそんなに強くないってことッスよね……魔法が得意で魔力が少ないみたいなモンかぁ……」


「まさしくその例えの通りだ。龍の鱗は砕かれる度により強い鱗を生やす。強い者と戦っていれば未熟で弱いお前なら勝手に砕かれているだろう。戦うだけで複数の事を鍛えられるのだ、効率的だな。なんだったら今この場で全身の鱗を粉々にしてやろうか?」


「あの、ホント言葉の節々から棘が刺さってマス……。って、鱗どころか全身の骨ごと粉々にしますよね!?自分で相手見つけるんで大丈夫です!はい!」


「なんだつまらん」


「何でちょこちょこ俺を殺そうとしてるんすか……」


「直すべきところを教えてやっていると、お前の弱さを更に知って心底苛々するからだな」


「弱くてすいません!!」




 一体1日に何度頭を下げれば良いのかと自分に問い掛けたくなるくらいリュウデリアに頭を下げているムシャラは、腰が直角になるくらいまた頭を下げた。“御前祭”で優勝したからと言っても、彼の足元にも及ばないのは火を見るより明らかだ。殺し合いを始めたら1歩動く前に殺されると、胸を張って言える(?)。


 そんな相手にお前弱いから苛々すると言われ、弱い自分は頭を下げて謝罪するしか無かった。どんだけ俺の頭軽いんだ……と、ほろりと切ない涙を溢しながら、強い相手と戦っていくのが1番強くなるための近道だなと考えていた。


 下げていた頭を上げて、他には何かありますか?と聞くと、むしろ直すべき大きな部分がこれだけだと思うのか?と、呆れを含んだ言われ方をしたので黙るしかなかった。




「さて、次は──────」




「──────リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。少し話がしたいのだが、良いか?」




「え……え、え、え、炎龍王様ッ!?」




 ムシャラの直すべき大きなところ。それを口にしようとしたところで、上から煉獄の炎の塊が彼等のところへ落ちてきた。咄嗟に回避行動を取ったムシャラだったが、リュウデリアはその場に変わらず居た。すると、彼の目の前に赤い髪を靡かせ、炎の中から炎龍王が姿を現した。


 突然やって来た存在が龍王という、度肝を抜かれる大物にムシャラは反射的にその場に跪いた。遅れて龍王に仕える精鋭部隊が走ってきて彼等の周りを囲む。何が起きているのかと思いたくなる突然の事に、疑問符と驚きばかりだ。そんな混乱中のムシャラを傍目に、リュウデリアは目を細めて炎龍王を見て、ゆっくりと口を開いた。




「話の途中なのが見て解らんかったかァ?龍王のクセに空気も読めんのか、炎龍王」


「そう邪険にしなくても良いではないか。私とお前の仲だろう?チャンスを逃がせば中々会えなくなってしまうんだ。私とも話をしよう」


「何が仲だ気色悪い。それよりも、話の途中だと言っている。空気を読んで失せろ炎龍王」


「クククッ。私にそんな言葉を吐けるのはお前達くらいなものだ」


「俺の言葉が聞こえていないのか?ならばその飾りの耳は引き千切ってやろうかァ?」




 ──────リュウデリアさん!?相手炎龍王!!もうちょっと言葉選んでぇ!?あぁ……精鋭部隊の龍達が怒りで顔がとんでもないことになってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!




 もう本当に相手が誰だろうが態度を変えないリュウデリアに、炎龍王は楽しそうにクツクツと笑い、付き従っている精鋭部隊の者達は一様に怒りを露わにしていた。話し合いを拒否するリュウデリアに、まあまあと軽い態度で肩に手を置いて触れてくる炎龍王。






 7匹居る龍王の内、炎を龍王である炎龍王の相手に、少しずつ苛々し始めているリュウデリアに、ムシャラは生きた心地がしなかった。






 ──────────────────



 ムシャラ


 運が良いことに直すべきところを教えてもらう事が出来た。リュウデリアは失敗しない龍だと思っていたのに、彼の口から失敗もすると言われてそうなんだと驚いた。


 それに、見栄を張ったりせず、本当のことを教えてくれた事がすごく嬉しかったし、良い龍だと思った。節々で殺されそうになるけど。





 リュウデリア


 最初から失敗しない者など居ないというのが彼の言葉。並外れた力を見せる彼だが、彼だって失敗する。ちなみに、魔法を暴発させた時は、最下級の魔法で山2つ吹っ飛ばした。危うく自分も吹っ飛ぶところだった。





 オリヴィア


 実はリュウデリアの傍に居た。けど、ムシャラの悪いところとかがまだ良く解っていないので、一緒に聞いて納得したりしていた。


 炎龍王が絡んできて苛々し始めているのを感じ取り、あーあ、怒っているなぁ……と軽い気持ちで眺められる数少ない神。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る