第100話  見せしめ

 



 目覚めの良い朝だ。小鳥のさえずる声が窓の外から聞こえてきて、早朝故の眩しい陽の光がカーテンの隙間から室内へ入り込む。陽の光に照らされて部屋の中で舞う少量の布団から出た埃が映し出される。


 身動ぎをして温い布団の中でもう少し熱を求める。目を閉じたまま寝惚けているので、近くに何があるのか分からない。でも、手を伸ばせばすぐに硬い何かに触れた。鱗が生え、人型の龍。愛するリュウデリアだ。


 ゆっくりと目を開けて、最初だけぼやける視界に映るのは、やはり愛しの彼だ。彼の腕の中に閉じ込められ、彼の脚と尻尾に自身の脚を絡ませていた。寝ている間に抱き枕にしていたところを、今度は自身が抱き枕になっていたらしい。背中に回された逞しい腕にうっとりと表情が蕩ける。熱い吐息が漏れるのも仕方ない。


 閉じられた瞼に触れないように、枕に置いている頭の頬へ手を伸ばす。起こさないように優しく撫でてあげれば、喉から小さな唸り声が響き、少しだけ身動ぎをして自身の体をより強く抱き締めた。隙間なんて存在しない、ぴったりとくっついた体。抱き寄せられて顔がちょうど胸元の位置にあるので、胸板に頬をつけて耳を澄ませた。


 どくん。どくん。と、力強い鼓動が聞こえてくる。とても安心する音だ。ずっと聞いていても飽きないだろう。催眠術に掛かってしまったのかと思うくらい、彼に夢中だ。絶対に手放したくない。いや、手放さない。彼さえ居てくれるならば、他はどうでもいい。どうなったっていい。それだけの強い想いが胸の内に燻る。


 その燻る想いに、胸が締め付けられるような感覚を覚え、少しでも発散するために顔を上げた。上にあるのは彼の顔。その口先に唇を触れさせた。朝一番の愛の籠めたキス。でも1回では満足できず、何度もついつい口づけてしまう。すると、体が突然仰向けになり、黄金の瞳と視線が合ってしまった。起こしてしまった。あっ……と、口から声が漏れる。




「──────早朝からお盛んだな」


「す、すまないっ。リュウデリアが……その、愛おしすぎて……胸が苦しくなって、それを紛らわす為に何度もキスをしてしまった。起こしてしまってすまなんむっ……!?……ん……んんっ……」




 指の間に指を入れた、恋人繋ぎを両手にされて顔の横で固定され、身動きが制限された状態でキスが降ってきた。口先だけが唇に触れるキス。人間同士のように柔らかいもの同士を合わせたものではなく、少し不格好になってしまうが、これが良い。


 2度3度とリップ音を響かせていた口づけは、リュウデリアの口から伸ばされた長い舌によって激しい水音に変わった。口の中いっぱいになるまで伸ばされた舌が唇を割って入り込み、歯を前から奥、上も下も全部舐め上げ、自身の舌に絡み付いてねぶった。とぐろを巻いて巻き付き、ずちゅずちゅと淫らな音を奏でるディープなキスは、オリヴィアの表情を蕩けさせるのに十分過ぎた。


 口から与えられる快感と、淫らな音が頭の奥まで響いてきてどうにかなりそうだ。生理的な涙を目の端に浮かべ、何かを我慢するように足の指に力が入り、ベッドのシーツを脚の動きだけで乱す。そしてそんな染み一つ無い美脚に、長い尻尾が絡み付いて真っ直ぐに揃えられ、尻尾が巻き付きながら先端が脚を這い上がっていく。


 脹ら脛から太腿に差し掛かり、寝ている間に彼に着せられたバスローブの裾へと入り込んでくる。目指すのは1箇所だけとでも言いたげな動きに、もうすぐそこまで迫っていることを自覚し、顔をほんのり赤くしながらぎゅっと目を閉じる。何をされるか読んで決心した彼女は、口の中を蹂躙されながら覚悟を決めた。




「──────きゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」




「……っ!?んちゅっ……はぷ……ん、んんっ……りゅ、リュウデんむっ!?んーっ……リュウデリアっ……はぁ……はぁ……」


「何だ?」


「今の声は……っん……はぁ……何なんだ?」


「……あぁ。やっとみたいだな」


「……っ?」




 リュウデリアの下で呼吸を乱し、荒い呼吸を繰り返しながら何事かと問うた。口から抜かれた長い舌が自身の口から大量の唾液で作られた銀の橋を架けるのを見て顔を赤くし、顔ごと目線を逸らしながら。問われた彼は、やっと見つけたのかと呆れた口調で話しながら窓の方を見て、オリヴィアの唾液を大量に絡めた舌を口の中に戻してごくりと嚥下した。


 唾液を目の前で飲まれ、喉が嚥下したことにより動いているところを見てしまったオリヴィアは、顔を真っ赤にしてしまった。手はまだ囚われたままなので、顔を隠すことすらできず、彼の下で赤くなることしかできない。


 自身の上から退いたリュウデリアは、ベッドから降りて立ち上がり、うんと背伸びをして欠神をしながら翼を広げた。部屋いっぱいに広がった純黒の翼に惚れ惚れとしていると、綺麗に畳んで振り返った。手を差し出してくるので、手を重ねると引き上げられる。その頃には自身の格好は外行きのものへと変貌していた。魔法は便利だなと素直に思う。


 フードはまだ被っていないので自身の手で被ろうとすると、リュウデリアが手を伸ばしてきた。両手で頬を包み込み、右手の親指の腹で唾液に塗れた唇を優しく拭われた。そして顔が降りてきて触れるだけのキスをされてから、優しくフードを被せられて頭を撫でられる。




「気になるのだろう?一緒に見に行くとしよう」


「……うん」




 使い魔としてではなく、幻覚の魔法で姿を眩ませながら人間大のサイズで行くようで、自身の左手を右手で取られ、恋人繋ぎをしてきた。心が温かくなりながら、頭を優しく撫でてもらったことが何だか気恥ずかしくて、でも嬉しくて、繋いでいない方の右手でフードの先を摘まんで降ろし、赤くなった顔を隠したのだった。





















 外に出ると大通りの先で人集りができていた。国の秩序を守る憲兵が何人も2人の前を慌てた様子で走って横切り、その人集りへと向かっていく。チラリと見えた表情は焦っているようだった。何なのだろうか、寝ている間に何かあったのか?と首を傾げる。


 先導するように歩き出したリュウデリアに手を引かれて横並びに手を繋ぎながら向かうと、悲鳴だったり苦々しい声だったりと聞こえてくる。本当にこんな朝から何なのだと思っていると、人集りの一番後ろまで辿り着いた。結構な人が居るので目当てのものが見えない。背伸びしてもダメだ。


 すると繋いでいる手を離したリュウデリアがオリヴィアの体を抱き締め、翼を広げて飛んだ。周りの人々は幻覚の魔法を施されているので彼等の姿が見えない。ローブを着てフードを被る意味は、このままダンジョンに行くと思ったからであって、顔を隠すためではない。


 兎にも角にも、人集りの上を飛んで、一番前までやって来た。憲兵が懸命に人を一定以上近付かせないように複数人で手を伸ばし、押し留めている。そしてその奥に、人々が騒ぎ立てている原因のものがあった。中央に槍が1本突き立てられ、その周りに置かれている。


 全身が無理矢理球状に捏ねられ、骨を粉々にして形成された人の肉団子の上に、その肉団子にされた者だろう男の引き千切られた生首が上に置かれている。


 皆が使えるようにと設置されていたベンチに、上半身、下半身、腕、脚、頭とパーツ毎に千切られており、ベンチの背もたれには脚が立て掛けられ、腕が投げ出される形でベンチの座面に配置され、頭は中央に置かれている。上半身と下半身は頭がある左右の場所に飾られていた。


 頭が真後ろに向くよう捻られた体が、そこらの仕切として使っていた鉄の棒のフェンスの一部を使って立たされていた。棒は4本使って背中の両方の肩甲骨、前の鎖骨に腕を巻き込んで突き刺さってバランスを取らされている。腹は裂かれ、中に入っていた筈の臓器が全て取り出されている。心臓は鎖骨へ刺さった棒で固定された右手に乗せられ、左手には肺が、腕には長い腸が乱雑に巻かれていた。


 大通りの石造りの道に寝かせられた体は、四肢が千切られていた。肩から先には太腿の付け根から毟られた脚が足首まで繋がっているように見せ掛けられ、腰のところからは手首までの腕が繋がっているようにされている。取られた手と足は腹の上に置かれ、口の中に一輪の花が刺し込まれて生けられていた。


 上半身が裸にされた状態で、魔道具であり夜の暗闇をほんのりと照らしてくれる、電灯に括られた縄に首を縛られ、吊されていた。自重によって首の骨の関節が外れ、元よりも長くなっている。そして服を剥ぎ取られた上半身の前面には、肉を抉ってつけられたメッセージが彫り込まれていた。




『命を捨てし勇敢なる者達は死を以て理を得た』


『未だ見ぬ者には結末を』


『怨念抱く者には罰を』


『与えし者には終劇を』




「なんて……なんて惨いことを……っ!」


「ひどい……誰がこんな事を……っ!!」


「さいってー……っ!!」


「うっ……ぷっ………!?」




「あー……私が寝ている間に何かあったのか?」


「少し遊んだだけだ。どうだ?良くできているだろう?本で読んだ中に見せしめとして死体を弄び、晒すというものがあった。メッセージも残したんだぞ」


「……そうだな。察するに私が狙われたのか?なら、お前にこうされても仕方ないか」




 ありがとうという想いを籠めて、自身を抱き締めて飛ぶリュウデリアの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。眼下では人間の死体を使った地獄絵図が広がっているのだが、オリヴィアが思うものは無い。自身を何の理由か知らないが襲ってきたのを、彼が返り討ちにした結果なのだから。


 寧ろ細胞一つ消し飛ばされなくて良かったじゃないかとさえ思う。惨く殺された者達の母だったり妻だったりが駆け寄ろうとし、憲兵に止められてしまい、泣き崩れているところを見ても興味を持たなかった。


 頭を撫でられているリュウデリアが、何かを思い出したようにあ……と声を漏らした。どうした?と首を傾げて問うオリヴィアに、最後の仕上げをしようとしていたのを忘れていたと呟き、左後ろにある建物を指差した。そこには頭の千切られた死体が屋根の上に乗っており、彼が指を差すと宙に浮かび上がる。


 魔力操作によって浮かべられた死体は、死体達の中央に突き立てられた槍の元へ落とされ、股下から首まで一気に串刺しにされ、最後のトッピングが如く、体を貫通して出て来た槍の先端に生首を突き刺した。


 突如降ってきた死体が槍に突き刺さるという光景が目の前で繰り広げられ、集まっていた住人達は絶叫した。恐怖で泣き叫んだり、嘔吐したり、犯人を捜そうと周囲を見渡す者達も居た。憲兵も呆然としたが、職務を全うせんがために犯人を見つけようと周囲を探し始める。


 これ以上人が多く通る大通りに、弄ばれた死体を放置するわけにはいかないからと、急いで撤去されていく光景を眺めてからその場を去った。少し離れた大通りにリュウデリアが降りて、ふんわりと着地する。体のサイズを落として肩に乗ると幻覚の魔法を解除した。




「腹が減ったな」


「早朝だから、まだどこもやっていないだろう。異空間に仕舞ったもので適当に食べようか」


「そうだな」




 あれだけの惨苦な死体現場を見ておきながら、食欲はいつも通りの2人はイカレていると思うだろうか。しかしその考えは間違っている。普通の人ならば、食欲の1つや2つ損なって当然であり、例え大丈夫でも思うことはあるだろう。だが、彼は普通でもなければ人でもない。


 人ではないから人間の死体をいくらでも弄くるし、死んだ者達に何も思わない。憐憫の感情は抱かない。それどころか襲ってきたのだから殺されて当然だと思う。完全な弱肉強食。所詮は負けた奴が悪いのだ。


 殺されてしまった彼等は、王の命令とはいえオリヴィアを狙った。狙ってしまった。だから彼の手によって無惨な死体へと変えられてしまう。当然の帰結。当然の報い。手を出す相手を間違えたとしか言えないだろう。






 これを惨劇を報告される、変貌してしまった国王が何を思うかは、まだ分からない。だがこれでも止まらないならば……彼の行動も止まることはないのだろう。








 ──────────────────



 オリヴィア


 朝にディープなキスをされて腰が抜ける寸前までいった。けど、何度も激しくたっぷりと愛してもらっているので少しだけ耐性がついた。ほんの少しだけ。なので不意打ちでキスされたり頭を撫でられると赤くなる。まだまだウブ。


 まさか寝ている間に何者かが襲ってくるとは思わなかった。私が何かしたか?と思い返しているが思い当たる節が無い(当然)


 リュウデリアが自身の眠っている間に動いてくれていたと気付いてしょんぼりしたが、気にしなくていいと言って撫でてもらったので元気になった。殺された人間はどうでもいい。





 リュウデリア


 本で読んだ、残酷な見せしめの方法を試してみた。これ以上やるならばそれ相応の覚悟をしろというメッセージを残した。最後に槍に突き刺したのは様子を窺って情報を流していた男。なので時代の見せしめは全部で6つ。


 一番のお気に入りは心臓と肺を持たせて小腸大腸で着飾らせたやつ。


 首を吊らせていた死体にメッセージを彫っている時は、これを見た人間達はどんな反応を示すのかと、少し楽しみにしていたのでご機嫌でやっていた。




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