第101話  異様な階層




 国王の命令によって眠っているオリヴィアを暗殺しようとした者達が、気配で察知していたリュウデリアの手によって殺され、見せしめとして死体を玩具のように弄くられて大通りに飾られた。


 目撃してしまった住人達は、犯人がまだ見つかっておらず、捕まっていないということを憲兵達の様子から察し、いつも通りの日常に恐怖を抱いた。軽い気持ちで外に出れば、同じ目に遭わせられるかも知れない。それが何より恐怖を煽った。


 総じて同じような黒い装束を身に付けていた死体達から、何かの組織だろうことは解る。でも、だからといって一般の住人に魔の手が掛からないとは言い切れない。メッセージにも、怨念抱く者には罰をと記されていた。つまり、この行為に憎しみを抱けば同じ目に遭わせるということだ。


 嫌悪感や怒りは感じたりするだろうが、赤の他人が殺されたからといって憎しみは抱かない。だが殺された者達と親しい仲の者達はどうだろうか。妻や子供は?無惨な死体にされていたのに、憎しみの一つでも抱かないとでも言うつもりか。


 そんなはずない。親しい者が殺されれば、憎しみの1つや2つは抱いて当然。だからこそ、ミスラナ王国では無惨な時代を設置した犯人を探そうと、探し出して牢屋にぶち込み、死刑にしてやろうという動きがある。しかしそれは小規模だ。賛成できない、見て見ぬフリする者達は恐れている。同じ目に遭わされることを。


 そうして、ミスラナ王国では犯人探しが行われている一方で、その犯人と連れはダンジョンにやって来ていた。




「……ん?あぁ、あなたか。私の準備はできているぞ」


「何だ、死んでいなかったのか」


「死んでいて欲しかったのか!?」


「当然だろう?足手纏いを視界の中に入れなくて済む」


「うぐっ……」




 最後に到達した『最深未踏』の第75階層。リュウデリアの魔法で瞬間移動して瞬時に辿り着く。ダンジョン泣かせの移動方法をして来てみれば、置いていったティハネが既に目を覚まして行ける準備を整えていた。


 相も変わらず、所々が破けた見窄らしい格好に、オリヴィアに助けられてから水を浴びられていないから目立つ汚れ。彼女達の足音を聞いて来たと悟り、再び発生した魔物に襲われないよう隠していた姿を現したのを見て舌打ちをする。


 足手纏いが消えれば良かったのにと、隠すことなく悪態をつくとティハネがツッコミを入れてきた。まあ死んでもどうでもいい存在なので少し話したら76階層に向けて進んでいった。のだが、ティハネの横を通り過ぎた時、オリヴィアとリュウデリアが顔を顰めた。




「……おい」


「な、なんだ?」


「また臭いぞ、お前」


「そこまではっきり言うか!?」


「鼻が曲がる。酸味の強い生ゴミが陽の光に当たって腐──────」


「そ、そこまではっきり言うかっ!?魔物の血などが付着して臭いだけ残ったり掻いた汗が発酵しているからだ……っ!!私の体臭じゃないっ!!」


「ダメだ。吐き気がしてきた」


「ひ、ひどい……」


「リュウちゃん。この生ゴミを水で洗ってくれ」


「……っ!水はありがたごぼぼぼぼぼぼっ!?」




 汚れが目立つティハネの上に純黒の魔法陣が発生し、大量の水が降り注いだ。水と聞いてティハネが喜色を示し、よっしゃ来い!と言わんばかりに両腕を広げて上を見上げた。


 落ちてくる水の壁に顔から浴びて、体の表面にこびり付く汚れが圧力で落ちていく。それと同時に口を目一杯広げて水を飲み込んだ。本来、魔法で作られた水は本物の水ではなく、空気中に漂う魔素を魔導士が取り込み、体内で自動的に魔力へ変換し、魔法として発現させる。つまり本来の水のような実体がない。だが濡れるし溺れる。


 普通の魔導士が生み出した魔法による水を飲むと、魔力に変換されてしまうので腹は膨れない。それに、飲み込んだ水を形成する魔力に体が負けて体調を崩すという線も有り得る。なのでティハネの行動は一般的に推奨されない。


 しかし彼女は気付いていた。リュウデリアが何となくやっている魔法陣から生み出す水の特別性に。普通の魔導士がやれば魔力の塊である水だが、魔法を意のままに扱う彼がやると一味違う。それは純粋な水の創造。魔力で本物の水を創造しているのだ。


 魔法の技術力が高すぎて何となくでやっている単純な水の創造。ティハネは最初の水浴びの時に口に入った水をそのまま飲み込んでしまった。だから体調を崩すかと思ったのたまが、そうならなかった。腹にも溜まった感覚もある。だから察した。あの水は飲めると。だからこの時を待っていた。寧ろ、この為に態と汚れるようにしていたところさえあった。


 大量の水を浴びながら体を手で洗っている……と見せ掛けながら、水をごっきゅごっきゅと飲んで水分補給していく。まるで生き返ったような感覚を覚え、カラカラだった体が瑞々しさを取り戻したように感じる。




「──────ぷはぁっ……ありがとう。私はまだ戦えるッ!」


「何だ此奴」


「……………………。」




 いやにキラキラした表情でサムズアップしてくるティハネに、少しイラッと感じながらフンッと鼻を鳴らして先に進んで行く。固形物の食べ物を食べた訳ではないのである種空腹感は否めないが、その代わりにこれでもかと水を飲んだ。たらふくだ。人間に必要な水は確保できたので十分だ。脱水症状にならなくて済む。


 服も濡れて肌に張り付き、水が地面に落ちた事で一歩一歩踏み込むことでぐちゃりと不快な感覚が足の裏から伝わってくるが、今はそれすらも気持ちが良いと感じる。水があるとは斯くも素晴らしいものだったかと。普段常に身近にあっても、無くなると困るものの第1候補になる水のありがたみを知った瞬間である。


 それからオリヴィア達は順調にダンジョンの奥へと進んでいった。発生する魔物はここら一帯に出てくる魔物の記録を使っているので見たことがあるようなものが多いが、奥に行けば行くほど強くなっていく。50階層からはそれが顕著だろう。その証拠に、Bランクとそれなりに高いランクに就いている、ティハネが苦戦一方になっていた。




「魔物が……強い……っ!!」


「どこが強いんだか。殴ったら木っ端微塵に砕けるではないか」


「気になっていたんだがその打撃は何なんだ!?普通の打撃は魔物が粉々にしないぞ!?」


「黙って手を動かせ。限界が来たら潔く死ね」


「本当にストレートな物言いをするな!?」




 ティハネに対して全く興味が無いからである。だから別に死んでくれて良いのだ。複数の魔物に襲われて逃げたりしてどうにかやりくりをしている彼女に対して、オリヴィアは体術のみで魔物を屠っていた。武器を振り下ろされれば間合いを計ってギリギリのところまで下がり、隙を見せれば絶死の一撃を叩き込む。


 どれもリュウデリアに教えられた動きだった。腰を落として脚をしっかり踏み締め、自身の力を十全に相手に伝える。魔力で肉体強化をしているが、それだけだ。それだけで一撃必殺と成り得るのだ。


 今はまだ『流塵』だけしか教えられていないが、その内にもっと技のレパートリーが増えていくことだろう。ただ、今このダンジョン内に湧いて出てくる魔物達にはこの1つだけで足りているだけだ。まあ最も、どうしても斃せないとなればリュウデリアが出張ってくるのだが。




「今は……85階層か」


「休憩は……はぁ……しないのか……?」


「まだいらんだろう」


「そう……か……」




 流石にキツくなってきた。進み始めてから4時間が経過していて、今の時刻は11時だ。それでもオリヴィアに疲労の色は見られない。ティハネは空腹が祟って動きが鈍くなっていき、逃げる動きすらも儘ならなくなっていく。


 最早オリヴィアに気が付いて襲い掛かってきたのを、彼女が斃し、ついでに鬱陶しいからという理由で他の魔物も全滅させるという形になってきている。完全に恐れていた足手纏いの状態だ。なのでティハネは、いつオリヴィアが面倒になって自身を殺しに掛かるのかと怯えていた。


 邪魔にならないように10歩分後ろを歩いているのだが、今にも振り返って殺しに来そうで怖い。ただついて行くことしかできず、殺しに来られたら絶対に抵抗らしい抵抗はできない。戦っているところを見ていれば解る。あまりの実力差が。そして体調の状態だって頗る悪い。


 だがティハネは運が良かったのか、オリヴィアが次の階層への正解ルートを連続で当てていき、あっという間に98階層までやって来た。魔物もそれ相応に強くなり、ティハネが斃すことはできなくなっていた。一撃貰うだけでも致命傷となる。しかし凌いだ。どうにか凌いだ。


 驚異の98階層。他の者達は未だに30や40辺りを攻略しているというのに、もうこんなに差が開いていた。まだ先があるかも知れないのだから油断はできないが、キリの良い100まで後少しなのである。


 そうして98階層から次の階層へ行く道を見つけて降りていく。次は99階層だ。100階層に王手を掛ける階層となる。だが、この階層は他のよりも毛色が違いすぎた。まず壁は土ではなかった。それに蟻の巣のように枝分かれもしていない。完全に1つの広々とした空間だった。それも緑がよく目立つ。つまり緑化された階層だった。




「なんだ……これは……っ!?こんなの、見たことがないっ!?」


「ほう……こんな事もあるんだな」


「……っ!?水が流れている!?まさか……しゃくッ……た、たべりゃれりゅ!?」




 足の踏み場には全て草が生えていて草原のようになっており、草むらがあり、木々があり、小さく浅いが川も流れていた。地下水だろうか、小さな川が進む先には壁に開けられた穴があり、吸い込まれるように流れていた。木の実や果実が生っている木が生えていて、この場所で生活ができそうだ。


 そして、驚くべきはティハネがやったように、生っている果物を食べることができるということだ。所詮はダンジョンが龍脈から取っている魔力で形成した物。魔力である以上採取した瞬間からダンジョンに吸収される筈なのだが、採取した果物は砂のようにならず、食べても問題なかった。


 腹が減っているティハネがそこらに生っている林檎やオレンジなどといった果物を採取し、貪るように食べていっている。それに知識として頭に入っているのか、毒の無い生えたキノコも川の水で洗って食べていた。最後に川に顔を浸け、水分補給をしたら満足したように顔を上げ、満たされた腹の余韻に浸った。




「はぁあぁぁぁぁぁ……生き返ったぁ……」


「此処は一体どうなっているんだ……?食べられる実が生っているとは……。それに……」




 オリヴィアは奥へ進んで行くと、大きな足跡が草原にくっきりとつけられていることに気が付く。深さからして相当な体重がある。足跡の大きさからしても想像ではあるが体も大きいことだろう。その体の大きさあっての体重。


 しかし、この緑が鬱蒼としている99階層にそんな大きな魔物が居るようには見えない。姿が何処にも無いのだ。それどころか何かが動いている気配すらない。極限状態で変に気配に敏感になっているティハネも何の反応も示さないのも後押ししている。




「食べ物と水はありがたかったが、本当にどうなっているんだこの階層は?食べられる実が生るなんて……珍しい事例だ」




「リュウデリア。お前はこの階層や足跡をどう見る?」


「……っ……ぶふッ」


「……なんで笑っているんだ?」


「んんッ……いや、何でもない。強いて言うならば、次の階層に行けば解るぞ……くくッ」


「リューウーデーリーアー?」


「いや待て、答えを教えたらつまらないだろう?俺が教えんでも次の階層に行けばすぐに解るんだ。それで良いではないか」


「……はぁ。仕方ないな。では気になるからさっさと行ってみるか」




 何かを意図的に隠しているリュウデリアにジト目をして話すように促してみるが、次の階層に行けば自ずと答えが解ると言われた。はぁ……と、仕方ないなという意味を込めて溜め息を吐き、歩みを進めた。緑で占領された広々とした空間なだけで、魔物すら1匹も出ないのでのんびりと歩いて行けた。


 自分達が来た方向と、単純な反対方向に向かって歩いていけば、大きな足跡が多くなり、果実が生っていた木と同じ木には木の実なんて一つも無かった。察するにこの足跡の持ち主が食っているのだろう。


 足跡やそういった何かを食べた形跡を見ていって、次に戦うかも知れない相手の規模を察してティハネが静かになった。どこか緊張したような固い表情をしている。だが進む歩みは止められることなく、今までと同じように傾斜となった道に入り、第100階層に到達した。






 強敵が居た50階層から考えれば、再び強敵が表れる確率が高い100階層。そこへ到達したオリヴィア達が見たものは……想像の斜め上をいくものであった。






 ──────────────────



 ティハネ


 空腹がヤバいのに、魔物との戦闘でますますヤバいことになっていたが、奇跡的に99階層にある食べ物を食して生き返った。動けなくならない程度に腹いっぱい食べて、水分補給をしたから完璧。だけど大きな足跡を見て明らかに図体の大きな魔物だと察して緊張している。





 オリヴィア


 魔物が他の階層へ跨いで移動するとは……と思いながら、足跡から解る体の大きさでどうやって通路を渡ってきたのか首を捻っている。でも、もう答えが解るので大丈夫だろう。その疑問はすぐに解決されることになる。





 リュウデリア


 実は魔力でスキャンした時に彼も99階層にある生い茂った自然に何で?と思っていた。壁も天井も足下も全て土のダンジョンだったのに、1つだけでめちゃくちゃ広くて木まで生えていれば驚く。


 そして100階層に居るだろう魔物のことも当然把握済み。だがそれについては笑ってしまう。




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