第102話  攻略完了





 オリヴィアは100階層に到達し、その目で見たものは……何とも困惑するものであった。




「──────ぐがーっ……んがーっ……ん゛ごっ……んぁ?……え゛??」




「何をやっているんだ──────ウィリス」


「くくッ……ぶわははははははははははははっ!!!!」




 ウィリス。ウィリス・ラン・エレクトヴァ。忘れた者も多いだろう事なので補足しておくと、リュウデリアがまだオリヴィアと結ばれず、一緒に行動するようになってまだ日が浅い頃の話だ。


 まだ同族に会った事が無いリュウデリアが初めて同族として会った雷龍であり、街を襲うきっかけを作るために街の領主に並々ならぬ恨みを抱いた受付嬢を唆した張本人である。


 雷龍王の末の息子であり、同族に初めて会ったリュウデリアがテンションを上げてしまい、決闘でもない手合わせでこれでもかとボコボコにした相手だ。そんなウィリスが、龍の巨体のまま横になって、大いびきをかきながら気持ち良さそうに眠っていた。100階層のフロアはここだけしか無く、そしてそこまで広いわけではない。龍5匹入ったら押しくら饅頭になりそうな広さだけだ。


 最初からウィリスが居ることを知っていたリュウデリアは、彼の姿を見て困惑しているオリヴィアの肩の上で、腹を抱えて笑っていた。ゲラゲラと笑っていると、フードの中でジト目をしたオリヴィアに、笑って大口開けている口を親指と人差し指で摘ままれて塞がれた。




「……あ、あの小娘のことを忘れていた」


「───っ!──っ!んばはっ……はぁ。その人間ならば催眠の魔法を掛けて眠らせた。見た光景も記憶から消した」


「流石だな」




 見慣れているオリヴィアにとっては何の反応も示せない龍だが、ティハネからしてみれば違う。世界最強の種族が、何故かダンジョンの100階層で眠っていたのだから。無駄に騒ぎ立てることだろう。それにウィリスと会ったことがあるような、旧知の仲のような反応をしてしまったので、マズいと思ったが、リュウデリアの魔法によって事なきを得た。


 立ったままその場で白目を剥き、眠っているというか……気絶して目撃した情報を消されているティハネを放っておき、オリヴィアはウィリスを見上げる。気配で眠っていた状態から目を覚ました彼は、オリヴィア達のことをしっかりと覚えているので、此処に居る事に驚いて目を丸くしていた。




「なんっでテメェ等が此処に居るんだよ!?」


「それはこっちのセリフだ。何故お前がダンジョンの中に居る。それも態々最深に」


「ん?此処は最深なのか?」


「あぁ。そうだぞ。『最深未踏』は全100階層だ」


「おぉ……っ!とうとう踏破したということか!」


「あー、この場所ってダンジョン……?っつーのか。何となく潜ってみたら深くてよ。一番奥の此処に来たら食い物も水もあるわで居心地が良いから仮の住処にしてたわ」




 実はウィリスがこの100階層に来たのは、ほんの一月前だった。適当に飛んでいたところにダンジョンの入口を見つけ、興味本位で中に入ったのだ。1度リュウデリアに体を小さくする魔法を掛けられたことがあるので、それを真似して魔法を独自の力で創り、サイズを変えた。


 中に入ってからは、微弱な雷を放電して通路の先に何があるのかを探り、下の階層へ続く正解のルートを只管進み、50階層のボスを瞬殺し、この100階層に辿り着いたのだ。そしてこの上にある99階層には食べ物も水もあり、ダンジョンの最深部という性質上誰も来ることはない。つまり安息の場所だった。


 つい居心地が良くて一月もこの場に居座ってしまった。だがそれももう終わりだろう。オリヴィアとリュウデリアがやって来た以上、ダンジョンの核を破壊してダンジョンそのものを破壊してしまうのだから。何となく、奥の壁にめり込まれている半透明の水晶の形をした核が、このダンジョンで重要なものであるということは、魔力を視れば解る。故に彼は残念そうに嘆息した。




「しかし──────最深部に居るボスはウィリスか」


「…………………………ゑ?」


「オリヴィアでは荷が重いな。仕方ない、俺がやるか」


「……ちょっとタンマ。オレ50階層の奴みたいなんじゃねぇよ?確かにデケェスライムは居たけどオレが消し飛ばしてる。だからオレは関係ねぇの」


「神共を散々殺してから激しく動いていなかったからな。どの程度肉体が強化されたか確認できる。楽しみだ」


「神を……殺した……?お、オイオイ。ちょっ、待てよ。マジで1回待ってくんね?オレあれから見違えて強くなった訳じゃねーから、今のおテメェとやったら……ッ!!」




「さてウィリス──────俺とたわむれようか」




「嫌に決まっ──────」




 オリヴィアの肩から飛んで離れると、体のサイズを元に戻した。見上げる程の大きさ。天井に頭をぶつけて鬱陶しそうにしながら、逆に体のサイズを小さくしてその場から逃げようとするウィリスに手を伸ばして肩の部分に触れ、2匹はその場から忽然と姿を消した。


























「ぉご……から…だが……痛ぇ……めっ…ちゃ……痛ぇ……ふざけ……やがっ…て……ぇ………」


「……前はウィリスの雷を受けて少しの痛みを感じていたが、最早何も感じん。肉体が勝手に強くなってしまった。神々に散々鱗を破壊されたからか?また更に鱗が硬くなったな」


「元から強いのに、とんでもない速度で強くなっていくな。リュウデリアは」


「伊達に世界最強の種族と謳われていないからな」




 瞬間移動で何処かの遙か上空に行ったリュウデリアとウィリスが、久しぶりの手合わせをしたのだが、血塗れで鱗も殆ど砕けているウィリスと、無傷のリュウデリアがダンジョンに帰ってきたのを見て、オリヴィアは圧倒的な力で歴然の差を見せ付けて勝ってきたのだと察した。


 ただダンジョンの奥で悠々自適に過ごしていただけなのに、リュウデリアが来たと思ったら早速ボコボコにされたウィリスは泣いていいだろう。鱗も殆ど砕け、血塗れになっている。こちらは全力で攻撃しているし魔法まで使っているのに、リュウデリアはまさかの魔力すら使わないノーガードだった。


 前回ならば少しのダメージは入っていたらしいのに、もう全くダメージが通らなくなっていた。というより、何の理由があったかは知らないが、神を殺しているという時点でもう嫌な予感がしていた。だから絶対に戦いたくなかったのに、無理矢理何処かに連れて行かれ、戦いを始めさせられた。


 意識が飛びそうでぐったりとしている満身創痍のウィリスに、オリヴィアが近づいて純白なる光で治癒を始めた。リュウデリアの手によってボロボロにされた傷が瞬く間に治っていく。激しい痛みが引いていき、その事にホッと溜め息を吐いた。




「助かったぜ。あんがとよ」


「気にしなくていい」


「さて、ある程度の再確認ができた。ダンジョンの核を破壊してしまおう」


「あーあ、もったいね。折角“御前祭”まで此処に居ようと思ったのによォ……」


「……御前際?何だそれは」


「……?知らねーのか?」




 傷を完治してもらったウィリスがポツリと口にした言葉、御前際。何のことか知らないリュウデリアが問うと、特に隠すことでもないからという理由で話して教えてくれた。


御前祭ごぜんさい”とは、龍の住まう遥か上空に存在する浮遊する大陸、スカイディアで行われる祭りのような行事だ。100年に1度開催されるそれは、我こそはという龍がスカイディアに集まり、七大龍王達が見ている前で御前試合をするのだ。


 あくまで試合であるので決闘とは違い、命の奪い合いではなく、参ったと口にするか、動けない状況になる戦闘不能になるかで決着する。そうして勝者を他の勝者とぶつけていき、優勝した者を優勝者とする。そしてその優勝者は、大変な褒美を貰う事ができるという。


 大変な褒美。それは2択の報酬。一つは龍王の身辺を守護する精鋭部隊に入る。もう一つが……龍王への挑戦権。本来龍王になるには、龍王に実力を認められ、挑んでも良しとされた者だけが決闘に臨む事ができるのだ。その栄誉を御前祭で勝ち取る事ができる。それだけ重要な祭りだ。




「光龍王はそんなこと言っていなかったが……何時に開催される」


「あーっと、確か一ヶ月後くらいだと思うぜ。オレはこう見えて雷龍王の末の息子だからよ。一応御前祭には顔出さねーといけねぇんだ」


「その強さで龍王の息子……?」


「悪かったなザコくてよォ……ッ!!テメェみてぇに化け物染みた力はねぇし、兄弟の中で落ちこぼれ様だわ舐めんな……ッ!!会う度に弱いだの何だの言われて肩身が狭い思いしてんのがオレだし……ッ!!」


「情緒不安定か」




 まさか龍王の息子だとは思わなかった。言われてみれば、謁見した時に居た雷龍王の気配に近いものを感じるが、龍王の気配は途轍もなく大きく、逆にウィリスからはそこまで強い気配を感じなかったから気が付かなかった。本人も言っているとおり、弱いので気が付かなかったといった具合だ。


 弱い弱いと何度も言われているのだろう、逆ギレして吠えるウィリスにジト目をしたリュウデリア。だが考えることは彼の言っていた御前祭についてだった。光龍王から龍に関することは大体聞いたのだが、そんなものがあるとは聞いていない。初めて聞いた単語だった。


 言い忘れていたのか、意図的に隠していたのか。何となくリュウデリアは後者なのではないかと思っている。自身が強くて龍王である光龍王が戦いたくないから教えなかった……という線は無い。そんな肝っ玉の小さいことをするような奴ではないことを知っているから。つまりそれ以外の理由だ。


 恐らく、所詮は推測になるのだが、自身が行って御前祭に出場し、他の集まってきた龍達を完膚無きまでに戦闘不能にすることを危惧しているのではないかと考える。自身の強さが相当上位であることは自覚している。つまり、勝負が見えている戦いをさせたくないから教えなかったと思っている。他にも、単純に興味を抱かないと思ったからとか。


 まあ兎に角、御前祭のことは頭の片隅にも入れて、今はダンジョンの核を壊すことが先決だろう。少し腕試しを挟んでしまったが、元々の目的は核なのだから。




「はーあ。じゃあなリュウデリア。次会っても勝負挑んでくるなよ。体が幾つあっても足んねぇよ」


「あぁ。また会ったら頼むぞ」


「虐めかよッ!!」




 これ以上此処に居ると何をやらされるか分からないと判断したウィリスは、説明は終えたのだからずらからせてもらうと言わんばかりの去りを見せた。体のサイズを小さくして通路を進み、自力でダンジョンの外へ向かっていった。


 リュウデリアは軽い返事をして同じく体のサイズを元に戻し、オリヴィアの肩に飛んで行って定位置に着き、指を鳴らした。すると立ったまま白目を剥いていたティハネが、ハッとしたように目の色を元に戻し、辺りを見渡して疑問符を頭上に浮かべた。記憶が適当に飛んでいるように思えたのだろう。事実、リュウデリアは適当に記憶を消したので、一部分がゴッソリ無くなっていることになる。




「わ、私は何をしていたんだ……?」


「この100階層に居た巨大なスライムを見て立ったまま気絶していたんだよマヌケ」


「立ったまま気絶していたのか!?それにもう何も居ないところを見ると……」


「戦闘は終わっている。お前が立ったまま気絶している間にな」


「…………………………。」




 お荷物すぎて今から殺されないよな?と、少し怖くなって静かに顔を蒼白とさせているティハネを置いて、オリヴィアは100階層のフロアの奥へと歩みを進めた。


 目的はダンジョンを構成している半透明の壁に埋まった水晶のような核。それを破壊すれば、速やかな攻略完了となる。長かったような短かったような攻略をして、オリヴィアはとても楽しむことができた。最初はゴブリンしか発生しないダンジョンだったので嫌気をさしていたが、本物のダンジョンに潜ってみると冒険をしていると感じられてワクワクした。


 1人完全なお邪魔虫が途中から増えたが、殆ど無視していたので居ないものとして扱って良いだろう。結局、大型のダンジョンと言われていて、納得するだけの100階層もあったが1週間も掛けずに攻略することができた。


 オリヴィアが核の方へ歩いて行って、手を伸ばせば触れられる距離まで来ると、右手で拳を作って無雑作に殴った。魔力を伴った殴打なので見た目以上に威力があり、核はガラスのように砕け散った。攻略の完了。ついでに割れたガラスみたいな核の一部を証明する為の物として回収したので、本当に完了した。




「良し。もう此処に用は無い。さっさと出るぞ」


「流石に私も一緒に連れて行ってくれ!」


「チッ」


「し、舌打ち……」


「言っておくが、瞬間移動できることを他者に漏らした場合、誰にも気付かれないような手を使って殺してやるからな」


「絶対に言わないと誓う!!」




 面倒だなと思いながらティハネの肩に手を置くと、景色はダンジョンの外になった。それもミスラナ王国の人目が無い壁の近くである。ティハネはやはりスゴいと、目を白黒させているが、オリヴィアは気にした様子は無く入口に向かって歩いていった。


 服がボロボロで下着も見えているティハネは、門番に羽織れる物を貰って探索者ギルドを向かう……前に言及してきた。あまり言いたくはないが、ダンジョン攻略の報酬については頼むと。とことん卑しい奴だと思いながら、大切な母親の為だからとそれらしい言い訳を述べている彼女に適当に手を振って答え、冒険者ギルドへ向かうのだった。




「あっはは……。オリヴィアさんなら攻略する頃だと思ってましたよ……」


「いや『最深未踏』攻略すんの早すぎだろ」


「潜ってから1週間経ってねぇじゃねーか……」


「流石は詐欺レベルのCランク冒険者」


「もうSで良くね?」




「要るかは知らんが、マッピングした地図だ。それとダンジョンの核の実物。その破片だ」


「は、はい。確認しました……」




 受付嬢に、リュウデリアが最深の100階層までマッピングした地図を明け渡した。実際核を破壊してしまったので、数日中にはダンジョンが自律崩壊を開始する。潜っても良いが、深く潜りすぎると崩壊に巻き込まれてしまうので自己責任になる。


 しかしそれでもより深い階層に行き、残っているかも知れない物品に期待を乗せて向かう探索者も居る。故に全く以て要らないという訳ではない。他にも攻略した証明として保管するという意味もある。


 報酬等といった金は明日受け取りに来るから用意しておけ。それだけ言ってオリヴィアとリュウデリアはギルドから出て行った。彼女達が強いということはもう知っているので、他の冒険者達はそこまで驚くことはなく、苦笑い気味だった。







 冒険者ギルドから出て行ったオリヴィア達は、いつものように食べ歩きをして宿に帰っていった。
























「『最深未踏』を攻略しおってェ……ッ!!おのれおのれおのれおのれおのれェ……ッ!!!!」








 ──────────────────



 御前祭


 スカイディアで100年に1度行われる祭り。力に自信があるものだけが望み、勝ち残れば精鋭部隊に入るか、龍王への挑戦権を得る。ただし龍王に挑むということは決闘を意味し、どちらかが必ず死ぬことになる。だが勝てれば、その者が新たな龍王となる。





 ウィリス


 リュウデリアが初めて戦った同族の雷竜。雷龍王の末の息子。ダンジョンに興味本位で潜ったところ、最深部が居心地が良いと気付いて住み着いていた。


 神々を殺したというリュウデリアに嫌な予感を感じたが、案の定ボコボコにされた。





 オリヴィア


 まさかウィリスが居るとは思わなかった。最初見たときは普通に驚いた。けど居た理由を聞いて納得した。確かに食べ物も何もかもがあって、邪魔する奴も居なければ居座りたくなるな……と。


 治癒の力はウィリスにもう見せているので、まあ治してあげるかという軽い気持ちでリュウデリアにやられた傷を治してあげた。





 リュウデリア


 前回は少しだろうとウィリスの雷で痛みを感じていたのに、もう一切何も感じなくなっていることから、肉体が勝手に強化されていることを自覚する。ついでに元から硬かった鱗も硬くなっている。つまりまた一段と強くなっている。





 ティハネ


 とうとう『最深未踏』を攻略したと、核を破壊するときにドキドキしていた。これで母親を救い出すことができる。でも正式にパーティーを組んでいるわけではないので念押しをした。卑しい奴め。





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