第149話  残念な気持ち




 突然変異とは、必ずしも強い力を持って生まれることはない。むしろ、突然変異として生まれながら本来生まれた場合よりも弱い個体になる場合の方が多い。ということはだ、珍しい現象である突然変異の中でも、完全な突然変異というのは尚更珍しいということだ。


 最も身近にあるもので例えを出すならば、リュウデリア、バルガス、クレアが良い例だろう。世界最強の種族である龍。その完璧な突然変異である彼等3匹は、他の龍の追随を許さない圧倒的に莫大な魔力をその身に内包している。肉体もより強靭で、頭脳も明晰だ。そして何と言っても、戦いで戦いやすい姿形をしている。


 親の親龍の強さを考えれば、到底生まれることの無かった強さの塊。性格も冷徹で冷酷。他種族を何とも思っていない、龍らしいものへとなっていた。つまり、突然変異とはそれだけの新たな可能性を秘めていると言っても良い。


 完璧な突然変異である以上、本来よりも強くなるのは確実だ。ならば、本来生まれるだろう時から強い個体が、更に突然変異であったならばどうなるだろうか。当然、その分強くなる。スタートの戦闘力が1か10かとなれば、10からスタートした方が強いのは当たり前。それに見合う肉体も授かっているのだから尚のこと強いだろう。




「チッ……狡猾に攻撃しおってッ!」


「■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 黒紫色の毒を手に纏わり付かせ、殴打を繰り出す。触れないように避け、毒に塗れていない前腕中間辺りを狙って横から打撃を与えて逸らしていく。リュウデリアが避けたことで最後まで振り抜かれた拳から、毒の礫が飛び散る。それが地面に落ちた時、その場所はじゅわりと嫌な音を出しながら溶けていった。


 溶解液とも思える強酸性の毒を、空気中から肺に取り込まないように魔力で防御しておく。酸素は神界には無いので自力で造っているので、誤って吸ってしまうことは無いだろう。後は触れないように注意しながら戦うだけだ。もしかしたら鱗を易々と溶かしてしまうかも知れないからだ。


 一歩一歩後ろに下がりながら、猛毒塗れの拳を避けていく。リュウデリアの動体視力ならば避けることは容易い。ただ触れてはならないだけだ。そんな連発する不発に、獣は唸り声を上げた。父親と母親を喰らい、奪い取った全ての権能の中から毒に関するものを使い、手だけでなく脚にも纏わり付かせた。


 目敏くそれを見て察したリュウデリアが頭の位置を下げるために屈んだ。一瞬先まで頭があった位置にハイキックが通っていった。流石に地面を容易に溶かす強酸性を顔に食らう訳にはいかない。獣は蹴りすらも真面に当たらないことに苛立ちを覚えている様子。それを見て、彼はまだまだだなと、小さく呟いた。


 屈んだ状態で尻尾を使う。長く強靭な筋力を持つ尻尾を地に突き刺し、しなりを使って砂を巻き上げた。塊が獣の顔に掛かり、4つの目を潰して視界を遮る。目の中に入った砂に体を仰け反らして手で乱雑に払う。だがその状態こそが隙だらけであると自覚している。


 凄まじい嗅覚を持つ獣は匂いで動きを見極め、気配でも察知しようとした。だがそれよりも速く、リュウデリアは動いている。屈んだ状態で両手を付き、両脚を上げて揃えながら獣の顔面に叩き込んだ。後ろへと跳ね飛ばされていった獣に蹴りを入れたリュウデリアは、尻尾を地面に突き刺して体勢を戻して着地。


 その場の踏み込みで着地した地面周辺を粉々にかち割って、吹き飛ばされている獣に一瞬で接近した。体を縦回転させて踵落としを腹に叩き込んだ。下に打ち付けられて、強力な踏み込みよりも破壊の範囲が広い。爆発音と砂のキノコ雲作り出した。その中で、リュウデリアは獣のブレスを受け止めた。


 口を大きく開き、前方の広範囲に向けて強力な衝撃波を撒き散らすタイプのブレス。踵落としを入れて目と鼻の先に居たリュウデリアは、それを正面から受けた。寸前のところで両腕をクロスさせながら体を小さく丸め、翼で体全体を覆う防御態勢を整えて。砂のキノコ雲から弾き飛ばされる形で出て来る。




「範囲が広いなッ!……何処へ消えた?」




 土煙のキノコ雲から弾き出され、翼で体勢を整えながら足から着地し、獣道を形作る。ブレスの広範囲さに笑いながら前を向き直って獣の元へ行こうとするが、気配が消えていた。砂煙も上がっているが目視でも確認出来ない。目を瞑って周囲に気配が無いか探してみるが、全く見つからない。


 仕方がないので魔力を使用して見つけることにする。もしかしたら気配の感知できる領域外へと瞬間移動しているかも知れないからだ。リュウデリアの体から純黒なる魔力が全方位に向けて放たれた。波動状の魔力はものを貫通して、術者である彼に形状や距離の全てを教えてくれる。




「──────『繊密な総観輿図ファルタラヴィア』……見つからん。何処へ消えたあの獣は。まったく、面倒な事……をッ!?」




 魔力を放って周囲を捜索しているリュウデリアは、自身を中心とした半径20キロを過ぎても獣の姿が見当たらないことを不審に思い、まさか全く別の場所に逃げたのか?と思っていた。なので魔力の放出を止めてしまおうとしたその時だった。


 足下の地面が2箇所砕け、中から黒い毛に覆われた手が出て来た。まるで見えているかのような動きでリュウデリアの足首を強く掴んだ。引き摺り込込まれる。体重が数十トンもあるので下からやられれば思うよりも簡単に連れ込めるのだ。


 下は完全にノーマークだった。故に足首を掴まれて地中に引き摺り込まれてしまい、抵抗しようと腕を広げてみたが、接触した部分を砕いて潜っていってしまった。数秒間地中の中を移動して行き、出て来たと思えば地中に空いた空間に来たのだった。


 上から出て来て自由落下をしている最中、下を向いて足首を両手で掴んでいる獣を見た。蹴りを入れてやったが、大したダメージにはなっていないようだ。喉の奥から響く唸り声を上げてこちらを見ている。気配を消して地中からやって来るとは、考えるではないかと感嘆としながら、翼を広げて体を捻った。


 翼の広い翼膜で空気を捕らえ、体を捻りやすくする。上半身と下半身を捻って両脚を勢い良く薙ぎ払うと、強く掴んでいた獣の手を外した。そしてそのままの回転を使って回し蹴りを側頭部に打ち込んだ。だがそこで、獣は与えられた力の方向に逆らわず、むしろ自分からも同じ方向に向かって回った。すると蹴りの威力は最小限まで殺され、獣は回転しながら地面に向かって落ちていき、最後は何の苦もなく降り立った。


 明らかに先程まで体得していなかった技術だ。この短い間に自力で思い至って実行に移したようだ。他でも無いリュウデリアからの攻撃で。翼をばさりとはためかせ、ゆっくりと降下し降り立った後、魔力を全身に回して覆い尽くし、肉体を強化する。すると、獣の体からビキビキという音が聞こえてきた。


 筋肉が盛り上がったと思えば、収束して元の体の大きさに戻る。気配が大きくなった。いや、気配というよりも伝わってくる肉体のエネルギーだろうか。そういったものが強くなっている。


 地中の空間には何かの結晶が数多くある。それが光を放っていて視界を確保できていた。そんな微かな光に頼る空間の中に居る獣とリュウデリアは対峙し、獣が動いた。が……速かった。その動きが明らかに速かった。リュウデリアが迎撃態勢よりも防御態勢を取るくらいの速さだった。




「──────ッ!?ぐ……おぉ……ッ!?」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「ッつぅ……なるほど。先の筋肉の膨張は権能による莫大な肉体強化の作用か」




 最短距離で向かってきては殴り込んで来る黒き獣。肉体から発せられるエネルギーが膨大に増加したことを考慮して魔力を腕に集中させながら防御態勢に入った。その上から殴打を与えられた訳なのだが、勢いは止まらず易々と押し切られ、後方へと吹き飛ばされていった。


 壁に背中から激突する。轟音を響かせて叩き付けられ、体が半分ほどめり込んだ。恐らくその振動は地上にも出たことだろう。それだけの勢いで打ち付けられたリュウデリアは特に痛みを感じていなかった。パラパラと砂の欠片が頭の上に落ちてきて、肩を通って足下に落ちていくのを眺める。


 背中は別に良い。今更土の壁に激突したからといって痛いとは思わないし、その所為で大怪我ともならない。ただ、両腕の上から加えられた力の方が万倍も効いている。触れられた部分とその周辺がじんわりと痛み、少しだが痺れている。掌を開閉して動きを確認すると、最後にぎちりと握り締めた。


 何倍も強くなっているというのが解る獣からの殴打。数多く受ければ四肢がどうにかなってしまうかも知れない。魔力で厚めに防御しているにも拘わらずコレなのだ。そう思っていても良いだろう。めり込んだ壁に手を置いて体を引き摺り出す。体に付着した土を適当に払って、臨戦態勢に入ってこちらを睨み付けている獣に右手を向け、人差し指でかかってこいというジェスチャーをした。


 獣はまだ言葉も理解していない故に喋ることが出来ない。しかし非常に高い知能から、リュウデリアが自身に向けてやったジェスチャーが、己のことを軽く見ているということが解った。故に、食い縛って歯軋りを起こして怒りを表現した。言われなくても解る、憤慨した形相だった。




「ふはッ。何となくであろうと理解したか?ならば早く来い。俺はまだまだこの程度では足りんぞ」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「ぅおっと……ッ!速いな。だがまだまだ荒削りだッ!!」


「──────ッ!!!!」




 踏み場の土を破壊する踏み込みをして突っ込んできた獣の速度は先程よりも速い。気がつけば傍に居る……という状況でもおかしくなかった。しかしそれでもやはり、リュウデリアの方が上手だ。1度見たものが立て続けに効く訳も無く、全力で振りかぶって振り抜いた右拳は、彼の顔目掛けていたが、首を右に傾けるように動かして避ける。


 そしてそのまま、左腕をラリアットするときのように構え、右下を通り抜けるように体勢を低くしながら踏み出した。構えた左腕は獣の右肩から左脇腹に掛けて触れている。リュウデリアはその状態で大きく息を吸い込むと、剛力を生み出す腕力と体の捻り込みを混ぜた力は、獣捕らえた状態で地面に向けて激しく叩き付けられた。


 地中の空間が罅だらけになり、轟音が響き渡った。背中から力の限りで打ち付けられた獣は、肺の中の空気を強制的に吐き出させられ、嘔吐いた。その上から、軽く跳躍したリュウデリアが振ってきて、ミシリと筋肉が軋むほどの力を込めていて、強大な右拳を打ち込もうとしていた。


 後ろに跳んで威力は殺せない。何せ背中には地面がある状態なのだから。右手に集中させた莫大な魔力を危機感知能力か何かで察したのだろう。4つの目を瞠目させている。危険を報せる警鐘が頭の中で鳴り響いている獣に向け、リュウデリアはその右拳をあらん限りの力で振り下ろした。瞬間、地中の空間は消し飛んだ。


 先に生み出したキノコ雲が何だったのかと言いたくなる程の砂煙が舞い上がり、大地は蜘蛛の巣状に細かく砕けていった。それもかなり広範囲にだ。踏み歩こうとすれば、底が見えない谷に真っ逆様となるだろう事が窺えるほどの大破。大地が齎された破壊行動に泣いていた。


 途方も無い一撃である殴打。純黒なる魔力は莫大に纏わせた拳の一撃は、神界の無限の大地でなければ大陸を隅から隅まで砕き割っていただろうほどのものだった。どう足掻いても直撃すれば死を匂わせるその一撃は、残念ながらも獣を寸前のところで避けられてしまった。


 巨大隕石でも衝突したのかと言いたくなる惨状となったクレーターが如くの大穴の中から、黒き獣が跳躍だけで素早く地上に上がってきて着地する。息は荒い。真面に受ければ致命傷になり得たかも知れない……という、初めての死そのものに首を擦られる感覚を経験した。




「──────おいおい。折角くれてやろうとしたのに逃げることはないだろうに。それとも……くくッ。怖かったかァ?死のイメージでもココで鮮明に思い浮かべたかァ?はっはははははは!カワイイ奴め。ほら、もっと遊んでやるからさっさと来い。バルガスとクレアに交代させられてしまうだろう?」


「──────ッ!!!!」




 超巨大なクレーターが如くの大穴から、ずしりずしりと重い足音を響かせながら歩いて出て来たリュウデリアは、右手人差し指で頭を示しながら侮辱するようにケタケタと嗤って挑発した。獣が一瞬とはいえ、明確な死のイメージを抱いて恐れたことを看破している。それ故に態と言っているのだ。


 言葉は解らないが、言っていることは解る。黒き獣は4つの目を吊り上げて鋭い所狭しと並ぶ牙を剥き出しにして唸り声を上げて威嚇する。飛ばされるのは歴とした殺意。あれだけの力を見て、死を感じ取っても一切引く気がない、負けるつもりも全く考えている様子の無い黒き獣に、リュウデリアは背筋にゾクリとした快感を覚えた。


 生まれて間もなくでこの強さ。完璧な突然変異。この獣が過程を得てしっかりと成長して力をつけていたら、一体どれだけの強さを得ていた事だろう。その全く別次元の強さを手に入れていたであろう獣と殺し合えないことに残念に思う。出来るならば殺さず、成長したところを殺したい。殺し合いたい。だがそうもいかない。リュウデリアは、残念な気持ちを誤魔化すように、拳を構えた。




「……■■■■■。■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「……あ?」




 仕方ないという気持ちで自身を誤魔化しているリュウデリアを尻目に、黒き獣に異変が起きた。それを目にすると、つい間の抜けた声を口から漏らす。戦いの中で強くなっている獣が次に出した手というのは、少しリュウデリアを驚かすことたり得るものだった。






 黒き獣の意図的な異変を目にしたリュウデリアは、なるほど……と口にしながら再びケタケタと嗤い出した。






 ──────────────────



 獣


 生まれて間もないが、初めて死というものを感じ取った。死が具現化し、首筋をそろりと撫でるが如き恐ろしい感覚は、獣の感覚をより強く研ぎ澄ませることとなった。





 リュウデリア


 戦いの中で、獣が恐ろしい速度で成長していることを感じ取っている。権能の使い方も上手くなり、狡猾な戦い方もしてくる。だがまだ足りない。


 これ以上強くなって、より高みへ成長した時の黒き獣と殺し合えたらと妄想するが、現時点では無理だと思って残念に思っている。




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