第150話  3匹の黒き獣






「……■■■■■。■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「……あ?」




 戦いの中で強さを得ていく獣が、リュウデリアの前で次の一手に手を出した。この黒き獣は強い。最近はめっきり自身を楽しませてくれる相手が居なかっただけに気分が高揚する。しかしそれと当時に、その戦いに決着を必ずつけなくてはならないというのが彼の高揚して早鐘打つ心臓を静めた。


 もっと成長してから、一番美味しい成長度で食らいつきたかった。そんな思いを抱いて残念そうにしているリュウデリアに対して、獣が見せた手というのは何て事の無い分身だった。これは黒き獣が喰らってしまった親の獣がやっていたものだ。しかし黒き獣がやることで、その技に磨きが掛かる。


 体から生えるように同じ姿の黒き獣が生み出された。その数2匹。だがそれだけならば親の獣とやっていることは同じだ。それどころか数が少ない。劣化版と言っても良いだろう。ただし、それが本当に親の獣が使っていたものと同じものならば……という話の場合だ。


 察せられるだろうが、獣がやった分身は違う。リュウデリアは間の抜けた声を口から漏らしながらも、黄金の瞳を細めて獣を観察していた。正確には、獣とその分身2匹だが。そんな3匹を見ていた彼は感じ取れる3つの気配に内心首を傾げている。


 親の獣がやっていた分身は、本体と比べて気配も小さく、内包している権能の数は同じであれど、最終的な威力はやはり本体に劣る。如何にも分身といった具合だ。他者に斃されると本体に見聞きした記憶と共に戻って還元するという力もあるが、取り敢えず分身は本体よりも弱く、本体は少しとはいえ力が落ちていたのだ。


 しかし今回は違った。親の獣がやった分身よりも、明らかに黒き獣が行っている分身の方が上位互換だった。というのも、気配に敏感なリュウデリアの察知能力を以てしても、分身と本体の見分けがつかなかったのだ。気配は全く同じ。匂いも動き方も気配も何もかもが。


 5匹だったところが3匹が上限なのかどうかはまだ解らないが、今言えることは分身という名だけの本体が1匹から3匹に増えたということだ。リュウデリアでも解らない程の本体の完璧なコピー分身。ならばもう本体と考えても良いだろう。




「何だ、3対1でも求めるか?俺は一向に構わんぞ。殺す気で来い。でなければ殺す」




「■■■■■■■■…………」


「■■■■■■……ッ!!」


「■■■■■■■■■ッ!!」




「……──────は?おい待てッ!何処に……ッ!?」




 中央に居る獣の両隣にそれぞれ立っていた分身の獣達は、本体が空に向かって雄叫びを上げると忽然と姿を消した。目にも止まらぬ速さ……ではない。親の獣から喰らって奪い取った瞬間移動の権能を使ったのだ。本体を残して分身2匹が消える。数の有利を取って来るのかと思っていたリュウデリアは、出鼻を挫かれて声を荒げた。


 だがそれよりも獣が真っ直ぐ突っ込んでくる。膨大な筋肉を強化して隆起させ、元の体の大きさまで戻す。それによって体の差異は無くして強化された肉体だけが残る。そんな肉体の出せる速度を存分に使って詰め寄ってくるのだ。


 対するべく両手を前に出す。奇しくも同じく両手を前に出した獣と手を重ねて手合わせの状態になった。筋力勝負となった時、リュウデリアは6割以上の力を使っても力勝ち出来ない事に少し驚嘆し、籠める力を強めながら嗤った。


 両者は一切譲らず、どちらの腕からもみしりと嫌な音を立て始める。歯を食いしばって歯軋りを起こし、険しい表情と唸り声を立てる。足下は力んでいることで広範囲に罅が入っていき、崩れようとしている。力比べだけで大地を砕く黒龍と黒獣は、大気を震わせんばかりの咆哮を上げた。























 リュウデリアと獣が力比べをしている時よりも少し前の時間。離れたところではクレアとバルガスがこれからどうするか話し合っていた。目的のものであった獣は見つけた。まさか親の獣ではなく、その親から生まれた子供の獣が神界を滅ぼせる存在だとは思わなかったのだ。突然変異で生まれてくる事を知っていれば、それは未来予知の領域だろう。


 だがそんな獣も、リュウデリアが相手をしている。ならば勝って殺すのが確定しているようなものだ。そう思っている彼等は、その戦いが終わるまでの間どうしていようか、そんなことを決めるために2匹で話し合っていた。場所が神界なので探検も良いが、離れすぎると気配を察知出来ずはぐれてしまう。するならば全員が揃った時だ。


 なのでこれから2匹でどうするかという事になったのだが、取り敢えずオリヴィアとシモォナとの合流でもしようか?となった。リュウデリアが造った純黒のローブがあるので大抵は大丈夫だろうが、絶対とは言えない。しかし2匹が傍に居れば絶対とも言い切れるだろう。そんなところが理由だ。




「さーってと。次やることも決まったし、サッサと行って合流しちまおうぜ」


「かなり……遠くに……居るな。リュウデリアが……投げたのだろう」


「どーしても暇だったら神の国吹っ飛ばして遊……バルガス」


「私も……気づいて……いる」


「何だ何だァ?──────オレ達にお客サマかよ?」




「■■■■■■■■■■■■■■……ッ!!」


「■■■■■■■■■■ッ!!」




 体の大きさはそのままなので、適当な大岩に腰を掛けて話していたクレアとバルガスは、次やることも決めたので立ち上がり、遠く離れているがオリヴィア達の気配のする方角へ歩き出そうとした。そんな2匹の背後から違う気配を感じた。声を掛けて同時に振り向く。そこには、2匹の黒き獣が並んで立っていた。


 何も無いところから現れた気配。喰って奪った瞬間移動の権能によるものだと確信する。そして全く同じ気配。匂いに、限りなく本体と同じ分身だろうと推測。2匹はひっそりと横目になってある方角を見る。巨大な土柱が上がり、地響きを露わにする轟音。そんな戦闘音と景色を。つまるところ激しい戦闘中のリュウデリアが居る方角だ。


 察しの良いクレアとバルガスはすぐに理解する。本体が自分達に対して意図的に差し向けた高度な分身であると。殴られ蹴られ、吹き飛ばされる瞬間に身近で感じた気配と全く同じだった。リュウデリアを相手にしながら、自分達の相手をするほどの余裕があるのか。それとも完全に自律型でそこまで負担にならないからやっているのかは把握出来ないが、今はそんなこと良いだろう。


 やることが無くなってしまったと思っていた矢先、獣の方から来てくれるというのならばありがたい。例えその相手が分身であろうと、本体と同じ力を持つならば気になるほどのものでもないだろう。




「運がイイねェッ!!オラかかってこいやァッ!!」


「先の……分を……返そう」


「■■■■■■■ッ!!」


「■■■■■■■■■■■■ッ!!」


「……ッ!?ちょ、なんか力強くなって──────」




 獣の1匹が動き出した。その初速の速さに少し驚きながら、意気揚々と前に出て魔力で肉体を強化しながら拳を振り上げる。同時に拳を繰り出し、打ち付け合ったはいいが、クレア拳は奥へ進もうとはしなかった。1度打撃を貰えば、その者の大凡の力は把握できる。なのに拳から感じ取った力は想定していたものよりも遥かに上だった。


 押し込もうとするどころか、押し込まれてしまう。何があったのかと問いたくなるくらいの明らかな力の倍増。リュウデリアやバルガスに比べて筋力という面では劣ってしまうクレアは、魔力で肉体を強化していたというのに、獣に押し負けてしまった。拳が弾かれ、仰け反って隙を晒したところに肩を前に出してタックルを打ち込んできた。


 風の結界を寸前で構築したので威力全部が乗っているということは無かったが、止めるつもりで張った風の結界はほんの少しの抵抗を見せただけで、粉々に砕き割られてしまう。その後、獣の体当たりがクレアに炸裂し、後方へ小さな山に風穴を開けながら行ってしまった。


 その光景を振り向いて眺めていたバルガスに、もう1匹の分身の獣が襲い掛かろうと跳び上がった。指先に力を込め、鋭い爪による引っ掻きをしようとしている。バルガスはそんな獣に、振り向き様に腕を振りながら赫雷を迸らせた。落雷の轟音とは比べるべくもない衝撃音と、破壊を齎す赫雷が獣に襲い掛かる。




「……何?」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「なるほど……権能による……吸収か。雷に……限定されて……いるのか……自身に向かう……力を……吸収して……いるのか……厄介な……ものを……持っている」




 右手で繰り出した引っ掻きをバルガスは左腕を体の前に出すことで受け止めた。呼吸をするように魔力で肉体を強化したので、鱗も強度は上がっている。にも関わらずその鱗に引っ掻きによる切り傷を5本入れた。それもその指先に赫雷を帯電させているのだ。


 跳び上がって空中に居て回避行動が取れないことを隙と見て、バルガスは赫雷を差し向けた。しかし赫雷が獣に触れた途端に浸透するように吸収されてしまい、引っ掻こうとしている手の方に赫雷が現れたのだ。威力も純粋に上昇した引っ掻きはバルガスの硬い鱗を切り裂くにまで至った。


 翼を広げて後方へ距離を取るバルガス。防御して爪跡がある左腕を曲げて切り裂かれた場所を見る。肉には達していないがかなり深く切られている。ここに大きな衝撃を与えれば脆くなっていることを加味して罅が入り、周辺の鱗が容易に砕ける事だろう。それだけの力を持ち、赫雷を少しとはいえ吸収して使用した獣を見やった。


 手の方だけに帯電していた赫雷が、何時の間にか全身にまで広がっている。権能の力をこの一瞬の内に使い熟せるようにしたのだ。赫き雷はバルガスの力を示す代名詞のようなものだったが、それを獣は手に入れた。取り込んで使用可能の吸収という権能は厄介だが、それでもバルガスは楽しそうにクツクツと喉の奥で笑い声を出しながら両拳を構えた。




「どこまで……吸収できるか……試してやる。私の……赫雷を……全て……吸収することが……可能ならば……やって見せろ。私は……それでも……一向に……構わん。赫雷が……効かぬならば……純粋な……魔力の……強化のみで……嬲り殺す」


「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 足下を砕きながら驚異的な跳躍力を持つ足のバネを使って一歩の踏み込みで懐に潜り込んでくる獣。下から掬い上げるように開いた状態の手を持ち上げる。再びの引っ掻き攻撃。狙っているのは首……に見せ掛けた目潰しであった。フェイントを織り交ぜる戦い方を身につけている獣は、目に見えて重要且つ弱い眼球を狙った。


 遅れて下からの攻撃に顔ごと目を向けたバルガスに、言葉にせずとも取ったと思った獣。実際防御が間に合える状況に無かったからだ。だがしかし、バルガスをそう簡単に討ち取れると思ってはいけない。リュウデリアやクレアと同じく、容姿が醜いと言われながらも、龍としての最上位の戦闘能力を持つが故に、龍王から個人として認められた個体である。


 バルガスの鱗に傷を与えた鋭い爪が差し迫る。その爪を持つ手と顔の間に、掌が挟まれた。振り抜かれている掌に同じく掌が合わさり、完全にそこで止まった。全力で振り抜いた腕が、その場に挟まれた腕1本程度に受け止められ、先に持っていく事が出来ない。


 懐に潜り込み、下から掬い上げるような攻撃故に下がった頭。必然的に上から見下ろされる獣。その時見たのは、固く強く握り込んだ手と、筋肉を盛り上がらせて引き絞られた太い腕だった。そして次の瞬間、獣の左頬に大きな右拳が打ち込まれた。みしりと生々しい音を奏でて、そのあまりの威力に体が吹き飛んでいき、数十本の木を踏み潰してへし折りながら飛んでいき、背中でバウンドした後うつ伏せになって地面を擦って獣道を作っていった。




「魔力による……肉体強化を……抜きにして……私の……腕力は……クレアよりも……それこそ……リュウデリアよりも……ある。赫雷を……吸収したからと……良い気に……なるな。私の拳骨は……お前を殺せる……立派な武器だ。とくと……その身で……味わうといい」


「■■■■■■■■■…………ッ!!」




 リュウデリア、バルガス、クレアの3匹の中で最も体格が大きく、背丈もあるバルガスは魔力による肉体強化を抜いた純粋な筋力が3匹の中で最も強い。リュウデリアはバルガスと筋力勝負で拮抗して見せたが、それは魔力による強化を施した状態だったからだ。強化無しならばバルガスに分配が上がる。まあ、それでも強すぎる事に変わりないが。


 兎に角、獣が権能で力を高めたとしても、それを上回る力を持っているのだ。そこに魔力による肉体強化を合わせれば勢いつけて振り抜かれた腕を寸前で受け止めることなど造作もない。そして、そんな剛腕から生み出される拳の威力は想像を絶する事だろう。獣が長々と起き上がれないのがその証拠とも言える。


 薙ぎ倒された木々や削れている地面の上を歩いていき、バルガスは獣の元まで歩いて向かった。一方、殴られた獣は視界がぐるりと回って、意識も混濁としている頭を必死に振ったりして元に戻そうとしている。ずしゃりと目の前から聞こえてくる踏み鳴らされた音に気がついて顔を上げる。


 振り下ろされている拳。回った視界では何となくのシルエットでしか確認出来ないが、それでも危機を報せる頭の中の警鐘は鳴り響いていた。それに従い、形振り構わず後ろへ跳んだ。着地もできずに転げ回る羽目になったが、回避には成功した。そこで漸く混濁した意識が元に戻ってきて、バルガスの方を見る。


 視線の先には、大地に大きく開けられた大穴があった。拳を打ち込んできたできた、直径100メートルにも及ぶ、覗き込んでもそこが確認できないくらいの大穴。足場を無くしたバルガスは、翼を使ってその中心の真上で飛んでいる。受けていれば、頭が消滅していたことだろう。分身と言えどそれは本体と変わらないもの。故に感じたのは明確な死だった。


 たったの一撃に死を感じるのはリュウデリアに続いて2回目。それが腹立たしく、憤りを抱く原因となる。獣は立ち上がりながら、降り立ってきたバルガスを睨み付けて咆哮した。


 黒き獣に死を感じさせたリュウデリアとバルガス。ならば残りはクレアなのだが、2匹のように肉体面で類い稀なるものを持ってはいない。自覚している2匹に比べたひ弱さ。龍という種族の中では強い部類ではあるが、彼等と比べられたらどうしようもない。


 しかしそれでもクレアにはクレアの強さがある。リュウデリアにもバルガスにも認められる力。それは3匹の中でも圧倒的な魔法の精密なコントロール技術。風という系統の魔法は扱いが難しいとされている。自然の風の動きも掴まなければならない他、気温や湿度にも関係してくる。障害物があれば邪魔になるし、相手に向けても上手くコントロールしなければ風が散ってしまう。故に難しい。


 だからこそ、それが手脚のように扱えた時、その者は他者も認める精密さを持った存在とされるのだ。扱いづらいからこそ扱えた際の恩恵は大きい。変幻自在で最も自由な属性。それが風だ。その風を心臓を動かすよりも簡単に操ってしまうのが、クレア・ツイン・ユースティアという1匹の蒼龍である。




「──────どうしたどうしたァッ!?真っ先に突っ込んできておきながら最初にくたばるなんざ許さねェぞクソ犬ッ!!こっちはまだまだ体があったまってねェンだよッ!!死ぬ気でやって死んでもオレを殺してみせろゴラァッ!!」


「■■■■……■■■■■………ッ!!」




 本体と変わらない分身は、体中から血を流している。対するクレアに外見から解るダメージは見られない。そんな彼の周囲には、彼を護るように蒼い風が緩やかに吹いて渦を作っていた。払えば散らせるような弱々しい風に思えて、獣はその風が自身を容易に傷つける危険な代物であると身を以て経験している。







 黒き獣は、生まれてから感じていた風というものの怖ろしさを、骨の髄まで経験する事となる。対するクレアは、獣の強さに舌を巻きながら、あることを頭の中で考えていた。







 ──────────────────



 黒き獣


 分身を生み出してバルガスとクレアに差し向けた。生み出すまでは権能を使うが、その後は勝手に動いてくれるという自動型。なので負担にはなっていない。


 分身は本体と何も変わらない、本体という分身。なので血も流すし本体と同じ思考回路をしている。力も権能も全て全く同じ存在。現在は2匹を生み出すので精一杯。親の獣の分身の上位。自身の力が減ったりすることすら無い。





 龍ズ


 オリヴィア達と合流しようとしていたバルガスとクレアだったが、獣の分身がやって来たことで戦闘に移行した。


 バルガスは純粋な筋力勝負ならば3匹の中で1番強い肉体派で、クレアは魔法の精密なコントロール技術が最も高い魔法派、リュウデリアは力も強くて精密さを兼ね備えているオールラウンダー。それぞれ強みを持っている。




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