第148話  一旦退避




 神々を喰らい、根底から殺し、権能を奪う獣。その力は強大で、リュウデリア達ですら手を焼いた神を歯牙にも掛けない。まさしく神界を滅ぼせる獣。そして今日、その獣から新たな命が誕生した。


 それがただの獣の子供ならば良かった。それだけならば、親の雄の獣同様殺せたからだ。しかし生まれ落ちたのは、普通の獣ではなかった。


 地上には、突然変異というものがある。産まれる筈のないところから何か違ったものを持って産まれた存在を指し示す言葉だ。例えば、両親のどちらも病に伏せがちで、筋力も乏しく、物覚えが悪いとする。


 しかしその2人の間に産まれた子供は病知らずで、万人力の筋力を持ち、一度見聞きしたものは永久に忘れない頭脳を持っている。


 それは歴とした突然変異となる。他にも、普通の人間の間の子供に腕がもう2本余計に付いていたり、人馬の姿をしていたり、到底それが産まれてくるという理由が不明である場合、それは突然変異である。


 数自体は少ないが、どんな種族であろうと、突然変異は存在する。ならば神界では如何だろうか?神はその神の『役』に嵌まる神が生まれてくる。復活する。故に突然変異は地上よりも余程起こりづらい。では、神界に住む獣はどうだろうか。


 無限に広がる次元の世界に居る、たった2匹しか居ない獣の間の子供はどうなるか。勿論、突然変異の可能性はある。しかしたったの1組しか居ないのだから、初めての出産で、その子供が突然変異である確率は天文学的数字となるだろう。だが誕生した。神を殺す事ができる獣の、突然変異だ。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「──────ッ!!」




 ──────此奴……本当に今先程産まれたばかりの獣か?何がどうなったら産まれたばかりでここまで俺と殴り合えるというんだ。突然変異とは恐ろしいものだな……だが。俺も突然変異なんだよッ!




「図に乗るな餓鬼がッ!!」


「……ッ!!」




 親が全高300メートルもある巨体を誇っていた事から、子も同じくそれだけの高さまで成長するのだろうが、突然変異として生まれたこの黒い獣は、リュウデリアと殆ど同じ背丈の30メートルの大きさで止まっていた。まるで見上げねばならぬ程の大きさなんぞ必要ないと否定しているようだ。


 殺させる訳にはいかないオリヴィアとシモォナを投げ飛ばしてこの場から退避させたリュウデリアは、黒い獣と殴り合っていた。人型になったということもあり、指は人と同じように5つに分かれている。それを固く握り込んで打ち込んでくる。使い方をよく知っていた。


 同じく拳で殴っているリュウデリアは、殴られる度に獣の純粋な強さに感嘆としていた。技術なんてものは欠片も無いが、打ち込んでくる拳に速さと威力には目を見張るものがある。そしてこちらの殴打を時には躱す要因となる動体視力。それも大きく発達していた。親の獣には見切れなかった動きの速さで動いてもついてくるのだ。


 それに加えて、単純な肉体の強さ。リュウデリアが殴ってもその場に踏み止まり、大したダメージを負った様子無くしている。いや、事実そこまでのダメージを負っていないのだろう。それはきっと、全身を覆っている強靭な筋肉の他に、生えている黒い毛並みがその防御力を実現しているのだろう。しなやかなのに硬い、黒い毛並み。リュウデリアの純黒の鱗のようなものだ。


 神からすれば、神からの攻撃に対して耐性を持ち、根底から殺してきて権能すらも奪うという天敵の権化に、更なる強さを加えられる突然変異を混ぜてできたという理不尽な存在。必ずしも突然変異に生まれれば強いという訳でもないのに、力を手に入れて生まれるのだからある意味運が良い。




「ぐッ……ははッ……かはッ……はははッ!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!良いぞ良いぞッ!これを待っていたッ!親の獣を既に殺せる力を持つお前は、俺に何を見せてくれるんだッ!?いいや、俺を魅せてくれッ!突然変異の仲間として生まれ落ちたお前の輝きをッ!俺を魅了して死んでゆけッ!!」


「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 殴り殴り返され、蹴って蹴り返され、頭突きを入れる。一撃では壊れない敵を見つけた突然変異の龍と、喰った親の獣よりも強い存在を前に闘争本能を全力稼働させる突然変異の獣。両者の戦いは激しさを増していった。






















ひっふぇはぁ痛ってェなァ……は?」




 傾斜の斜面に激突したあと、その奥まで突き進んでまた傾斜に叩き付けられたクレアは、怠そうに上半身を起こして殴られた頬を手で擦った。それから攻撃が効いて痛みが奔ったので独り言を呟くと、上手く喋ることができないことに気がついた。


 口が閉まらない。何だこれはと思ったが、どうやら殴られた拍子に顎の関節が外れてしまったようだ。面倒くさいことをしやがってと心の中で愚痴りながら、右手で下顎を支えてごきり……と、元の場所に関節を嵌め込んだ。


 喋らずに口を開け閉めして感触を確かめると、しっかりと嵌まったようなので、はぁ……と溜め息を溢した。まさかいきなり後ろから殴られると思わなかった。何の気配も無かったので気がつかなかったのだ。自身と対面する形でリュウデリアが見ていたから、背後に居る何かに気がついたのだろう。


 まんまと殴られて此処まで吹き飛ばされ、挙げ句に顎まで外された自身が端から見てアホに見えて仕方ない。親の獣と戦っていい感じに昂ぶっていた気分が急降下した。頭が冷えたと言い換えても良い。取り敢えず、クレアは膝に手を置いて立ち上がり、肩や翼に掛かった土を払った。




「はーあ。次はリュウデリアがやってンのか?出遅れちまったぜ」


「私も……出遅れた。次の……奴は……あの……獣よりも……強いと……いうのに」


「だよなー。もったいねーことしたわー」




 上から聞こえてきた声に楽な声色で返すクレア。気配でバルガスがこっちに来ている事は解っていたからだ。上から翼を使って飛んでいたバルガスが降りてくる。降り立った彼を見れば、顎辺りと腹部の鱗に罅が入っていた。


 クレアが自身の頬に手を伸ばして触れてみる。感触はやはり罅割れてガリガリと指先に引っ掛かる感じがする。また一段と硬くなった鱗を、こんな簡単に割るとは、中々如何してやるじゃないかと笑う。察するに生まれただろう獣の子供だろうと当たりを付け、殴られて飛ばされる最中、チラリと見た時の黒い獣の姿を思い返す。


 獣の親とは全く違った色の毛並みに、どう見ても人型の姿。全身から垂れ流す気配は明らかに親の獣を超えている。先程生まれたばかりの癖にもうこれ程の力を手に入れているのかと感嘆とせずにはいられない。確実に自分達と同じ突然変異だと、何と幸運な事かと思った。




「あ……」


「どう……した?」


「オリヴィアとシモォナ居たよな?今どうしてンだ?まさかリュウデリアの近くには居ねェだろ」


「ふむ……恐らく……リュウデリアが……何処かへ……逃がすだろう。流石に……アレが……近くに……居ては……戦いに……集中……できまい」


「あー、だよな。なら大丈夫か。近くに彼奴らの気配が無ェから気になっただけだ」




 気がついたように声に出した疑問に、バルガスが答える。よくよく考えれば、あのリュウデリアが大切な番を危険な場所に居させる訳がない。勘だが、あの場から投げて適当に離れさせ、それからは自力で離れるように言うと思っている。


 他に体に何か起きていないか、一瞬だが確かに感じた権能の気配で何かされていないかを、体を動かして確認して、問題ないと判断すると翼を大きく広げた。


































「──────きゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


やかましいぞ」


「死んじゃいます死んじゃいますっ!お願いしますオリヴィアさん離さないでぇええええええええええッ!!!!」


「はぁ……」




 轟々と風の音が耳に入る。前方から吹いてくる強い風を浴びながら、シモォナは叫び声を上げていた。現在居るのは地上から800メートルは離れた上空。足場の無い空中では、言葉にし難い不安を抱かせられて涙が溢れる。


 必死で一緒に投げられたオリヴィアに抱き付き、完全にコアラ化している。離れれば絶対に死んでしまうと解っているからだ。リュウデリア達をこの時間軸に置いているのは、シモォナが現在も権能を使っているからだ。一度死ねばその権能の効果は切れて、元の時間軸に戻す事となる。


 こんな状態で、獣を斃していない状態で居なくなられるのは困る。なので絶対に死ぬ訳にはいかないのだ。あと、単純に怖いということもある。


 そんな叫びまくりながら強く抱き付いてくるシモォナに溜め息を吐く。オリヴィアならば大丈夫だからと言われているのに、何故こうも精神崩壊起こしたみたいに叫ぶのか解らないのだ。まあ、そんな冷静なオリヴィアだって、ローブが無ければ危なかったかも知れないが、万が一は起きないのだから安心して良い。


 頭の中でイメージするのは、空中を減速しながらふんわりと浮かぶ自身の姿。早い話、空中浮遊だ。翼を生やしても良かったが、その翼で羽ばたいて飛ぶイメージが出来ても、リュウデリア達のように姿勢制御を上手く出来る自身が無かったので今はやめておいた。


 猛スピードで地上に向かって落ちて行っているオリヴィアが頭の中でイメージをすると、落下速度が緩くなっていった。それには泣き叫んでいたシモォナも気がついたようで、固い地面に叩き付けられないように必死にしがみ付いた。


 純黒のローブが頭の中で構築されたイメージを読み取って魔法陣を新たに構築し、自動で発動してくれる。2人分の重さもものともせず、ゆっくりと地面に向かって降りていった。最後は何も無かったように優しく足が地に着き、シモォナはその場でへたりこんだ。




「こ、怖かった……本当に肉の塊になる自分を想像しました……」


「大袈裟だな。私が居るのだからそんなことにはならんと解っていただろうに」


「それでも怖いものは怖いです!見てください!腰が抜けました!」


「だがリュウデリアの言う通りにこの場から早く移動しなければならない。だから無理矢理にでも立て」


「うぅ……もう少し優しくしてくれても……」


「獣との戦いに巻き込まれたいのか?」


「すぐに立ちますっ!!」




 一瞬だけ見えた黒い獣の姿を思い出したのか、青い顔をしたシモォナが立ち上がった。腰が抜けてしまっていたのではないのかと疑問に思うくらい素早い起立だった。それを呆れたように見て、オリヴィアは飛んできた方向とは逆に向かって歩き出した。


 シモォナが後ろをついてくるのを感じながら、オリヴィアは今は姿が見えないリュウデリアの事を思った。先程まで見ていた獣とは明らかに違う強さ。気を抜いていたとはいえ、あのクレアとバルガスを殴り飛ばして、蹴り飛ばしてしまったのだから。


 それに、自分達が巻き込まれてしまうのを避けるために、こんなに離れたところまで投げて距離を取らせた。更には此処からまた移動してくれと言っていた。つまり、それだけの相手であるということだ。




 ──────リュウデリアやバルガス、クレアならば大丈夫だと思うが、少し心配だな。最近傷を負う事も無かったから心配性になっているだけだと良いが。




 今傍に居ないリュウデリアの事を考えて、少し心配する。いくら強いと言っても、やはり怪我はして欲しくないものだ。それが愛する者ならば尚更だ。


 次に会うときは、いつものような声で、何でもなさそうに勝ったぞと言ってくるのだろうかと考えながら、オリヴィアはシモォナと共に歩みを進めた。神々が住まう場所に向かって。



















「まったく……──────突然変異は強いものだなァッ!」


「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 所戻りリュウデリアは、黒い獣と存分に殴り合っていた。生まれたばかりとは思えない、速実戦に入ってもこれだけ戦えるとなれば、やはり戦いの中で戦い方を学んでいると考えて良いだろう。それに、戦い方が狡猾になってきている。


 純黒なる魔力で体を覆っているので無効化できているが、握り込んでいる黒い獣の手には触れた物を腐らせる猛毒性を付与する権能が使われている。リュウデリアでなければ、一度殴られる度に鱗が溶けていって、戦いが長引けば長引くほど不利になっていったことだろう。


 そうして毒が効かないと解ると、今度は黒い獣自身の体の温度を上昇させていった。熱さが鱗越しにも感じ、近くに生えていた木々が一瞬にして灰となる。魔法で顔の周りに創り出している空気が熱せられて吸い込む度に肺が熱い。常人ならば体の内側から焼けている頃だろう。






 黒い獣は、まるで学ぶためにリュウデリアを使って実験しているような戦い方をし、戦い方を学んでいっていた。






 ──────────────────



 黒い獣


 戦いを通して戦い方を独学で学んでいる。強靭な肉体を持っているので、リュウデリアと正面から殴り合いができる。





 龍ズ


 クレアは顎の関節が外れていた。バルガスは下顎がじんわりと痛んでいる。


 何が起きるか解らないので、リュウデリアはオリヴィアとシモォナをぶん投げて退避させた。それでも距離はもっと稼いで欲しいので、そこから更に移動してくれるように頼んでいる。





 オリヴィア&シモォナ


 リュウデリアに投げられて、数キロ先で退避中。どのくらい距離を取るかは決めていないが、彼等が戦うとなると相当な範囲が射程内になってしまうので、できるだけ進もうとは考えている。


 シモォナは割と本気で怖かった。




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