第11話  旅立ちの日



 晴れやかな日。出掛けるにはもってこいの天気と澄んだ空気。風も強くなく、心地良い加減で吹いている。何と素晴らしい日だろうか。旅立つと決めた日の天気が、こうも心地良いものだと世界から祝福されているように思えてしまう。


 とある村の住人だったアレクは、今日という日を以て村を出て行くのだ。小さな頃からの夢であった冒険者となるために。父親のガレスは元冒険者だった。冒険者として魔物を倒して生計を立て、母のレミィと出会って交際をし、ある程度の金を貯金したら冒険者を辞めてこの村へ引っ越してきた。だからか、アレクはよくガレスから冒険者時代の話を聞きたがった。


 小さな子供にとって、冒険者の送っている日常は煌びやかで冒険に溢れ、未知に囲まれた素晴らしいものなのだろう。実際、見たことも無いような魔物と戦ったり、珍しい植物を発見したり、時には命からがら逃げる事だってある。だがそれは普通に過ごしていれば起きない出来事ばかりだ。新たな出会いがあって、寂しく辛い別れもある。


 新しいに満ちたものが冒険者であり、そういった経験を積んでいく事によって一人前となり、大人になっていくのだ。その一歩をアレクは踏み出そうとしている。両親のガレスとレミィは勿論、アレクを見送るために村の入り口まで来ている。そしてその他にも、アレクを見送りに来てくれた村の人が大勢居た。




「アレク……もう行っちまうんだな……」


「アレクちゃんが生まれてもう14年か……」


「長いようで短いもんだねぇ」


「アレクにはほんっと、世話になったよ」


「寂しいもんだなぁ」


「みんな……」




 口々に別れを寂しそうに語る、お世話になった村人の人達。アレクは涙を流すまいと、堪えるようにして顔を歪ませた。村の人達には本当にお世話になった。村に移住してそう年月が経っていない夫婦の子供だからと、何かと良くしてくれた。外に出れば話し掛けてくれる。店に買い物に行けばおまけをして何かをくれたり、多く入れてくれたりした。


 魔力を持っている人に限っての話になるが、アレクが膨大な魔力を持っているということは知っているので、簡単な魔法を教えたり、魔法のことが書いてある魔道書のお下がりを無料で譲ってくれたりと、アレクにとってありがたいものだった。


 成長してからはアレクも日頃お世話になっているということもあり、魔物が畑を荒らすという問題を解決出来るように知恵を絞った。畑を囲うように杭を打ち込み、その杭に鉄の紐を巻き付けていく。そして先端を魔石に繋いで高圧電流を流すのだ。


 魔石に籠められた魔力が尽きれば、魔力を持っている人が魔力を補充すれば良いだけで、魔物が来るのを監視している必要は無くなるし、勝手に撃退してくれるので、身体的な負担も無い。この対魔物用の柵を作るだけで畑を持っている人達にはとても感謝されたものだ。被害が極端に減った事に喜ばれ、よく野菜などのお裾分けを貰うことがあった。


 骨格が出来上がって筋肉も更に付き始めた頃には、村を出て行く時の為に狩りの練習ということで、ガレスに付いていって動物を狩ったり、魔物を狩ったりしていた。最初は子供らしく怯えたり腰を抜かしたりするのだろうか……と、少し心配していたガレスだったが、杞憂に終わった。魔物を見つければ死角から接近して一撃で鎮める。


 素早い動きが特徴の魔物が相手だろうと、速度で負けること無く跡を付けて易々と捕まえる。体が大きい魔物も剣を一振りすれば豆腐を切ったように頭を落として仕留めてしまう。幼少の時から既にガレスと打ち合えたアレクが、今更低級の魔物程度に後れをとるわけがないか……と、考えすぎだった自身を納得させた。


 勿論、普通の子供ではこうはいかない。アレクの他にも小さな子供が村には居るが、試しに連れて行ってやってくれと子供の両親にお願いされて、絶対に傍から離れない事を条件に連れて行けば、魔物を見た途端に帰ろうと騒ぎ立てる程だ。普通の子供はそうだ。自身と同じくらいの獣が、こっちを見て今にも突っ込んできそうな剣呑な雰囲気を出していれば、好奇心よりも恐怖が勝って動けなくなってしまう。


 子供の両親は良い経験になると言って笑っていたが、ガレスは苦笑いだった。何故ならばアレクが同じくらいの年齢の時には、魔物に対して全く怯まず、寧ろ己の手で仕留めても良いかと聞いてきた位だ。幾ら実力があろうと、まだ早いのでやらせはしなかったが、アレクには戦いに関する才能はやはり凄まじいようで、自身の勘違いではないということが解り、少し誇らしい気持ちだった。


 アレクが強いというのは村の人々も知っていて、大きくなって出稼ぎに出て行った息子が居る村の人は、小さいのに大人になった息子よりも強いアレクに最初は驚いていた。ある程度の自身の身の安全を守れるように、男の子ならば必ず1回は狩りに行って魔物か動物を獲ってくるようにしている。


 魔物と言っても低級のものに限るので、冒険者のように強い魔物と戦える術を持っていなくても、剣を振れれば十分である。因みにであるが、魔物は食べられるものと食べられないものの2つが居るので、気を付けなく手はならない。食べられない魔物は素材にして商人が引き取って換金してくれるので、獲ってきて損をすることは無い。




「アレク。最初に何処へ向かうかは決めてるのか?」


「うん。とりあえず魔道具とか気になるし、行こうかなって考えてるよ」


「あー、あそこか。あそこは魔道具を開発してる国だから魔道具に関してはもってこいだな」


「そんなにすごいの!?楽しみだなぁ」


「楽しみだからってはしゃぎ過ぎんなよ?」


「道中は商人が通っている道を使うにしても、魔物だって出るんだからな」


「勿論気を付けて行って来るよ!」




 村の人達はアレクの肩を叩きながら、別れを惜しみ、思い思いの言葉を掛けていく。アレクは村の人達にとっても自身の子供のように可愛がっていた。そんな子の巣立ちにはやはり、思うことがある。でも、アレクは小さい頃から冒険者になるんだと言って素振りをしていたり、ガレスに鍛えて貰ったりしていたことを知っているし、見ていたので、頑張ってこいとしか言えないのだ。


 そろそろ良い時間だろうということで、アレクの巣立ちの時間がやって来た。時々帰ってくるという事は知っていても寂しいので、アレクと握手をしたり、肩を組んで笑い合ったりしている。そしてここまで育ててくれたガレスとレミィの前までやって来て、誇らしそうに胸を張った。




「いってらっしゃい、アレク。気を付けるのよ。怪我したりしたら、母さん心配しちゃうからね」


「うん。分かったよ」


「アレク。お前は強い。まだまだ小さいお前だけど、この村でお前に敵う奴なんざ居ない。だからといって油断するなよ?この世界には強い奴なんていくらでも居るんだからな」


「分かった。危ないときは無理しないで直ぐに逃げるようにするよ」


「……良し。じゃあ、行って来い。偶には帰ってくるんだぞ」


「分かってる!」




 アレクはレミィに抱き締められて頭を撫でられてから、ガレスと拳を合わせて挨拶を終わらせた。荷物の入ったリュックを背負い、ガレスから餞別にと貰った剣を腰に差してあることを確認し、村の外に出て行った。


 狩りに出た時にも村の外へは行っている。別段見慣れない光景ではないというのに、村を出て行くとなると、急に何度も通った道が新鮮な感じがしてくる。まるで一度も通った事がないところを初めて歩み進めていくかのようだ。


 歩けば2、3日で着くという……それ程遠い旅路でもないというのに、気分は旅そのものである。深呼吸してから、後ろでアレクの名を叫びながら大きく手を振ってくれている村の人達や、ガレスとレミィに振り返って手を振り返した。次に帰ってくる日は何時になるだろう。村を出たばかりだというのに、もう帰ってくる日の事を考えている自身に苦笑いした。


 頬を手で叩いて気合いを入れると、意気揚々と商人が使う道を歩く。気持ちが高揚しているので、少し走ろうかと思ったその時、アレクの事を空から狙ってくる存在が現れた。龍の下位互換とされながら、それなりに高い討伐難易度とされるワイバーンである。体長は3メートル程。駆け出しの冒険者には厳しい相手である。


 アレクを見送っていた村の人達は騒然となる。ワイバーンなんて魔物はここら辺には居ない筈。それに何匹かで群れるので仲間が居る筈なのだが、見当たるのはアレクを狙うワイバーン一匹だけであるは。それから推測するに、このワイバーンは群れから離れて此処までやって来たのだろう。


 流石に相手がワイバーンともなると厳しいかも知れない。相手は空を飛んでいて、飛ぶ手段が無いアレクでは剣を振っても当たらないだろう。助太刀に向かおうとガレスが剣の柄を握り締めた時、上空から鋭い爪で狙ってくるワイバーンの方を見てすらいないアレクが、ガレスに向けて手を翳し、大丈夫というジェスチャーをした。


 ワイバーンは急降下してアレクを狙っている。風を切り、鋭い爪を備えた足を伸ばす。距離が縮まっていき、アレクに触れようとした瞬間、アレクはその場から忽然と姿を消していた。ワイバーンの一撃は虚空を掴んで空振り、もう一度上空に上がろうとした。だがワイバーンは上空に上がることは無く、地面へと叩き付けられた。


 何故、如何してと困惑しているワイバーンは、自身の翼にあった膜が斬り裂かれていることに気が付いた。膜が無ければ空気を掴んで浮かび上がる事が出来ない。飛んで獲物を上から狙うことも出来ない。地面に落とされた所為で、ワイバーンの厄介性の1つが消えた。


 ワイバーンに攻撃を受ける瞬間には姿を消していたアレクは、ワイバーンから離れた所に居た。村を護るような立ち位置。ワイバーンは自身の翼を傷付けて制空権を奪ったのはアレクだと解り、怒りの雄叫びを上げながら地面を蹴り上げ、猛烈な速度でアレクへと向かっていった。しかしアレクは焦らない。焦らず、ワイバーンに向けて手を翳し、魔力を練り上げて魔法陣を展開した。




「──────『飛ぶ炎の玉ファイア・ボール』」


「────────────ッ!?」




 撃ち放ったのは炎系魔法の最下級の魔法である。魔法陣から炎の玉が生み出され、走って寄ってくるワイバーンに向かって一直線に飛んでいった。何かが来るとは解っていたワイバーンだったのだが、アレクが生み出した炎の玉は異常の速度で飛んで行き、ワイバーンが避ける前に顔面へ直撃した。炎の玉は最下級の魔法なので、威力はそれ程高くはなく、殺傷性は無い。だがアレクが使うと化けるのだ。


 ワイバーンに炎の玉が着弾すると、大きな爆煙と爆発音を周囲一帯に響き渡らせながら爆発した。離れた所に居るというのに、踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうになっている村の人達は、皆で身を寄せ合って爆風に耐え、風が止んだら恐る恐る前を向いた。そこは黒い爆煙が広がり、晴れるとワイバーンの姿は無かった。


 あったのはワイバーンが立っていた所に空いた巨大な穴だった。最下級の魔法の威力とは思えない威力に、村の人達は口を限界まで開けて呆気に取られている。そんな村の人達の様子に疑問を覚えたアレクは、首を傾げていた。この程度のことで何で固まっているのだろう……と。




「「「えぇ────────────ッ!?」」」




「え?みんなどうしたの?俺なんかやっちゃった?」


「いやいや!?お前どんだけ魔力籠めたんだよ!?」


「普通そこまでの威力にならないから!」


「んー、そんなに魔力籠めてないよ?」


「はぁッ!?」


「あはは!まあワイバーン倒したし大丈夫だよ!じゃあみんな、行って来まーす!!」




 アレクは自身のやった事に今一良く理解していないのか、村の人達の反応を大袈裟だなと軽い気持ちで受け止め、再び目的地へと向かっていった。アレクの魔法の威力に冷や汗を流している村の人達は開いた口が塞がらない思いだ。確かにアレクには膨大な魔力が内包されているが、どうやったら最下級の魔法があのように大爆発をおこすというのか。


 何故そうなるのかと叫んだら、何でも無いように返してきた。若しかしたら日常生活に於いての常識はあるが、他を巻き添えにするからという理由で余り使わなかった魔法に関しては常識が無いのでは?と思い至る。外には強い魔物も居るだろうから心配していたが、何だかアレクの心配をしているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな村の人達である。




「……アレクは大丈夫かと、心配してたんだけどな」


「やっていけるのかと思ってたんだが……」


「まあ、アレクだしな」


「そうだな。アレクだし」




「「「……アレクだから大丈夫だろ!」」」




「……アレクに魔法に関しての常識教えるの忘れてた」


「大丈夫よ。なんたって私達の子だもの。何だかんだ上手くやるわ」




 ガレスはやってしまった……とでもいう言うように額を手で押さえて大きく溜め息を溢した。レミィは特に気にしていなそうで、アレクが元気に向かっていくのを嬉しそうに見て微笑んでいた。普通とは思えない、村育ちの普通の少年は進む。ルサトル王国を目指して。


 転生してからの14年間で力を付けた。魔物も魔法で一撃で倒せるようになった。魔力の操作技術もかなり上達し、魔力を限界まで使うことで魔力の総量を増やした。魔法もオリジナルで幾つか作ったし、剣の腕も村で一番強かったガレスに認められた。これでラノベの主人公のような無双に一歩近付いただろうと、アレクの気分は最高だった。






 アレクは気付かない。既に彼が言うラノベ主人公のような道を辿っているということを。そして知らない。それがこの世界で何処まで通じるのか……ということを。





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