第59話  修復依頼

 




「それで、昨日呼ばれたのに今日も呼ぶとは何用だ?こっちは本を読んでいたんだが?」


「いやいやすまない。昨日オリヴィアが帰った後に気が付いてね。王都にも関係することだから呼ぶようダレルに伝えたんだ。満喫しているところをすまなかった」




 王立図書館に置かれている本の量は尋常ではない。リュウデリアでも四分の一も読めていないのだ。だから読める内からさっさと読んでおきたいと、今日も王立図書館に行って本を読み漁っていた。と言っても読んでいたのはリュウデリア達3匹なのだが。オリヴィアは味を占めたリュウデリアの膝の上に居た。


 昨日、読んでいるといい時間になり、使い魔の同伴が許される宿に行って泊まった。今朝は早めに出て途中にあった屋台で朝飯を購入し、王立図書館にやって来た。


 本にはクレアとバルガスもハマっていて、朝から本尽くしだとしても文句を言わなかった。寧ろ上機嫌である。しかしそんな王立図書館に近付いてくる気配を察知して、体のサイズを使い魔のものへと落とし、オリヴィアの肩だったり腕の中に来る。フードを被って準備を整えたと同時にドアがノックされ、入ってきたのは兵士長のダレルだった。


 まだ朝早く……8時だというのに兵士としての鎧を身に纏っているダレルに、こんな早くから何だと言うと、王立図書館に居たことにホッと安堵の溜め息を溢してから、連日ですまないが王が呼んでいると言ってきた。何故昨日の内に言わないんだと異口同音だったが、ダレルに言っても仕方ないのでついていった。


 昨日通ったばかりの道を歩き、いつもは上げられている橋を渡って王城の敷地に入り、王城の真っ白い壁が続く廊下を進んで謁見の間にやってきた。相変わらず頭も下げず言葉遣いも他の者達と同じオリヴィアに、控えている兵士が眉を顰めたが、何も言わなかった。国王も気にすることなく、寧ろまた呼びつけてしまったことに少し申し訳なさそうにしている。




「さて、用件なのだが……オリヴィア。君は戦場に居たから知っていると思うが、突如やって来た灰色の龍の攻撃によって、王都を取り囲む塀としての役割を持った岩壁の正面部分が大きく破壊された。今では残っている部分にも罅が入り、いつ砕けてもおかしくない状況だ」


「……なんでそれを防がなかったと問いただしたいのか?」


「ははは!そんなまさか。龍の攻撃を受けられるとは、流石に思っていないよ。それに君を含めた冒険者達は、命を賭して王都を守り抜いてくれた。文句を言える立場にないだろう?私は。兵士から送られてくる情報を聞いていただけなのだから」




 一国の国王だというのに、そんな立場にないと平気で口にした。普通ならば色々と取り繕ったりすると思うのだが、本気で言っているようだ。国王も、冒険者達には心から感謝していた。半数近くが殉職してしまう程の戦いだったのに、誰1人として逃げ出さず、最後まで戦ってくれたのだから。


 しかし自身に出来たのは、逐一入れられる報告を聞いているだけ。何人死んだ……と聞いたときは心を痛めるばかりだ。それでも気を付けてくれと言えないし、出来るのはこれ以上死なないでくれと願うばかりだ。結果的に冒険者は半数近く、兵士は5分の1が殉職した。


 重傷者も合わせればかなりの数になる。謂わば魔物の大群と戦ってくれた者達は勇者だ。力を持たない民のために、数の暴力に強い力を持つ魔物に、逃げず戦う心強い味方だ。だから気休め程度だろうが報酬を生き残った1人1人に出し、傷の手当てでお世話になるだろう診療所の代金は国が負担し、必要な傷薬と回復薬は王都中から掻き集めて無料で使ってもらい、その金も国が出している。


 本当ならば、幾らかの魔物が王都に攻め入って、建物を破壊したりしただろうに、今回の被害は驚異の0だった。門ですら傷一つ無い。街の修復費を出さなくてはならないところを出さなくて済んでいるのだ。ならば代わりに、戦ってくれた者達に使っても、誰も文句は言うまい。




「結局何の用件なんだ」


「君は使い魔を伴う魔物使いだが、君自体も強力な魔法を駆使して戦うという話を聞いた。そこで一つ頼みたい。先も話した破壊された岩壁。その修復を」


「あぁ……そういうことか。それなら他の冒険者にも言えばいいだろう。今更私を直接呼んで頼まなくとも、国王の言葉ならば従うと思うが?」


「君以外の冒険者は傷を負ってまだ疲れている。せめて1週間は休んで欲しいというのが私の考えだ」


「私ならばき使ってもいいと?──────この私を舐めているのか?」


「いやいや!そう聞こえてしまったのなら謝る。誤解はしないでくれ。私は純粋に、冒険者としてのオリヴィアを買っているだけだ。君ほどの強力な魔法を扱える魔導士ならば、岩壁の修復も出来るのではないか……と。勿論それ相応の報酬は用意させてもらう。事が事であるし、それなりに修復する範囲も広いので期限は提示しない。だがこういう時を狙ってやって来る賊が居ないとは言えない。なので期限は提示しないが……少し早めにやってくれるとこちらとしてはありがたい」


「まだやるとは言ってないが?……まあ、ずっと本を読んでいるのもな……良いだろう。岩壁の修復は受けてやる。金はすぐに用意しておけよ」


「ん?今すぐかい?」


「あんなもの、移動を含めた2時間で終わる」


「な、2時間!?」




 他の人は休ませるけど、お前は働けよと言われているように感じて、一気に不穏な空気を醸し出すオリヴィアに、国王は急いで否定して謝罪した。そんなつもりで言ったのではなく、無傷に近い筈との報告だったので、一番動けるオリヴィア達にやってもらおうと思ったのだ。


 もちろん、1人で全てやらせようという魂胆はなく、先に始めてて欲しいという意味だ。冒険者達がある程度体や精神が休まったら岩壁の修復の手伝いをして欲しいと考えていた。しかしオリヴィアは報酬を用意しておけと、岩壁の修復は2時間で終わるからと言った。


 流石に驚きを隠せない国王は、声が大きくなりながら2時間かと復唱した。普通に有り得ない。かなり大きく破壊されているし、何より厚みもあるので一部を修復するには多大な時間と魔法練度、そして魔力が必要となる。魔力は大気にある魔素を体が自動で取り込み、魔力へと変換するが、そう早く貯まるわけではない。それも総魔力量が多ければ多いほど、全て貯まるのに時間が掛かる。


 なのにたったの2時間で終わらせるのかという思いと、流石に話を盛っているのでは?という思いの2つがあったが、踵を返して謁見の間からさっさと出て行ったオリヴィアを見て、本気で言っているようだと驚いた。そして近くに居る兵士に声を掛け、すぐに報酬を用意するように指示を飛ばすのだった。




「人間はあの程度の岩壁を直すのにどれ程時間を掛けるつもりだったのやら」


「となると、使う人間の数も相当なンじゃねーか?」


「……人間の……魔力量は……たかが知れてる」


「恐らく、この岩壁を直せばもう用は無くなるだろう。最後だと思ってやってしまおう。報酬も入るしな」


「どーせ断っても後々要請が入るンだろー?クソかったりーな。兵士居ンだから何年かかろうがやらせとけっつーの」


「中の人間が襲われてどうなろうが興味ないからな。俺達は」




 所変わって王城から出て街の中を歩いているオリヴィアとリュウデリア達は愚痴を溢していた。別にやる気のなかった岩壁の修復をやることになってしまった。本を読んでいたかったが、ずっと本の虫と化すつもりもなかったので頑なに拒否するつもりはないが、あの程度もすぐに直せないのかと思うのも仕方ない。


 さっさと終わらせてしまおうと、本を読む息抜きの散歩程度にしか思っていない4人は岩壁へ向かった。門を通って魔物の死骸が片づいてきた岸壁と王都の間の領地へ出る。1キロ先に見える岩壁は、魔物が攻め込んで来てシンに破壊される前よりも無惨なこととなっている。


 厚さも30メートルはある立派な岩壁に着くと崩れた部分を見る。最後に見た時よりも心なしか罅が広がっているように感じるのは気の仕業だろうか。まあ最も、どれだけ崩れていようと、それを直すためにこうしてやって来たのだから問題は無いのだが。


 頼む。そうオリヴィアが言うと、リュウデリア、バルガス、クレアが魔法陣を構築し始めた。足下が小刻みに揺れ、前方の土が盛り上がって隆起し、岩壁の崩れた断面に張り付いて壁を延長していく。何度も見た破壊される前の岩壁を再現していった。入口の幅も高さも、岩壁の厚さも何もかも。そうしてものの30秒やそこらで、岩壁は元の形を取り戻したのだった。




「完璧じゃないか。流石だな、3匹とも」


「当然だ」


「ンなもん楽勝だわ」


「……出来ないわけが……ない」


「ふふっ。じゃあ終わったことだし、一度王城に行って報酬を貰ってこよう。やってくれたから食べたいものを買ってやるぞ。何がいい?」


「「「──────肉ッ!!」」」


「クスッ。はいはい」




 案の定だなと思いながら踵を返した。背後には破壊される前の形に戻った岩壁。あれだけ広がっていた罅も見当たらない。これなるば満足するだろう出来だった。今回は何もしていないので、やってくれたリュウデリア達にご褒美を買い与えるのだ。


 2時間で終わると言ったものの、作業は一分も掛からずに終わったので1時間でも良かったかも知れない。オリヴィアは歩いて王都に戻っていくと、岩壁が直る瞬間を目撃した2人の門番は、口をあんぐりと開けて驚いていた。その間を通って中に入り、王城を目指す。慣れた道を進んで謁見の間へやって来たオリヴィアは、こちらを見て驚いている国王に予想の範疇を出ない表情だとマイペースに考えた。




「もう終わったのか!?」


「うむ。記憶にある形に出来るだけ近付けた。嘘だと思うならば確認させるといい。……あぁ、門番が見ていて呆けていたから、門番に聞けば直す様子も教えてくれるんじゃないか?」


「あ、いや……疑っているわけではない。ただ……早いなと思っただけだ」


「そうか。まあ、元々2時間で終わらせると言ったからな。……それで、報酬は?」


「1時間半しか経っていないが……んんッ。報酬をオリヴィアに渡してくれ」


「はッ!」


「報酬は500万Gだ。少なければもう少し出すが……どうだ?」


「……まあ、良いだろう。別にそこまで金を貯める必要もないからな」




 脇に控えていた兵士が、パンパンになった袋を持ってオリヴィアの元までやって来た。報酬はなんと500万G。単純な修復費ともなれば人費としてもっと掛かってしまったかも知れないが、今回はオリヴィアたった1人だけということでこの金額となった。だがそれが不満だというならば、報酬額を増やしてもいいと考えていた。


 だがオリヴィアはこの報酬だけでいいという。個人が一度に貰う金としては大金だが、別に金はそこまで欲しているわけではない。あるに越したことはないが、あり過ぎても使い切れないので要らないのだ。そもそも彼女達は薬草を納品するというだけの依頼で30万稼いだりするので、あまりに低すぎなければどうでも良かった。


 大人の男が両手で抱えなければ持てないくらいの重さをした袋を、手渡していいのか悩む兵士。だがオリヴィアが魔法陣を構築して小さめの袋を取り出したのを見て思考が飛んだ。紐を解いて口を開き、この中に入れろと言われてハッとする。どう考えても入らないと思われるが、試しに言われた通りにする兵士は、大きな袋に入った金貨が雪崩れ込んで呑み込まれていくのを呆然と見ていた。


 入れても入れてもオリヴィアが持つ袋は膨らまない。珍しい空間系の魔法を袋に施しているようだと察する。結局袋の金貨全部が入ってしまった。膨れた様子は見られない。全部入れ終わったオリヴィアは、また魔法陣を構築して異空間に袋をしまってしまった。兵士達は空になった袋を持って呆気にとられるだけだった。


 使い手はあまり居らず、使えるとすればかなりの実力を持った者、例えばSランク冒険者などだ。なので見たことのないものを見て呆然としていた。一方報酬も受け取って王城にはもう用が無いオリヴィアは帰るために背中を向けた。だが扉を開けて出て行く前に少し振り向いた。




「もう呼び出すなよ。あとは本に集中したいのでな」


「あ、あぁ。分かった。協力感謝する」




 本当に出て行ってしまったオリヴィアに、稀有な力を持つ魔導士だ……という感想を抱く国王。あの岩壁を2時間も掛からずに直してしまい、Aランク冒険者でも手も足も出なかった魔物を瞬く間に屠るという。報告によればそれでも冒険者登録をしてそれ程年月が経っていない新米で、ランクもDに上がったばかりだという。


 それに普通に見せていた異空間を作る空間系の魔法。実力はDどころではなく、SやSSと言われても納得できるかもしれない。そんな人材が居れば是非国のために仕えてくれと言うのだが、国王を前にしても敬う態度をせず、用件が終わればさっさと帰ってしまう姿勢。冒険者になったのも旅を続ける為の手段でしかないという。ならば縛り付けるのは無理だ。


 オリヴィアは自由に生きている。それを縛り付けるということは、怒りを買う事にもなるし、恨まれるだろう。そうなれば叛逆されたときの損害が尋常ではない。国王は賢明な判断でスカウトを諦めた。実に正しく、平和的な答えだった。無理矢理丸め込もうものならば、使い魔が黙っていないからだ。






















「店主。肉団子を31個くれるか」


「ずいぶん食べるんだねぇ。使い魔ちゃんのかい?肉団子1個50Gだから1550Gだけど、1個おまけして1500Gでいいよ!」


「分かった。……1500Gだ」


「はいピッタリね!ありがとうね!」




 ふくよかな女性が出している店で大きめな肉団子を買って紙の皿で受け取る。3皿に分けてもらったので、リュウデリア達に持ってもらった。尻尾で器用に持ってくれている間に座れる場所を探す。すると噴水があったので、そこに腰掛けて食べることにした。


 肉が売っている店を歩きながら探していたのでちょうど昼頃になったのだ。腹を空かせている腹ぺこ龍3匹に飯を食わせるタイミングなので良かった。肩からクレアとバルガスが降りて、腕の中に居るリュウデリアを膝の上に降ろす。


 尻尾で持っていたたこ焼きを入れるような壁が出来た紙皿を手の中に置いて食べ始めた。オリヴィアは1個あれば十分なので、それぞれ10個ずつのところ1個多めに入っているリュウデリアの紙皿の中から1個爪楊枝を刺して受け取り、食べた。一口齧ってもまだ半分は残る肉団子は肉汁が溢れ、塗ってあるタレが甘めで美味しかった。




「タレ甘ェ!けどうんめッ!!」


「……出来たてで……美味い」


「齧り付く肉もいいが、こういう捏ねたものも美味いな」


「この大きさで一つ50Gは安いな」




 2口で食べきった肉団子を、一口でパクパクと放り込んで食べていくリュウデリア達にクスリと笑った。大人でも10個はキツいだろうに、早くも最後の一つまで食べてしまった。3匹は同時に完食し、クレアとバルガスがリュウデリアにゴミを渡すと、純黒の炎で燃やして消した。


 肩と腕の中に戻ってきたリュウデリア達にまだ足りないか聞いて、もっと何か食べたいというので、違う店を探すのに歩き出すオリヴィア。その後も4軒店によっては食い物を買ってみんなで仲良く食べた。






 食事を終えたオリヴィア達は王立図書館へ赴き、昨日と同じように本を読み進めていく。その日はもう誰かの横槍が入れられる事はなく、帰るその時までゆっくりと読書に没頭した。







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