第58話  褒美

 





「──────ようこそ、冒険者のオリヴィア。会えて嬉しく思うよ」


「……よろしく頼む」




 清掃の行き届いた白い壁に囲まれた謁見の間にて、オリヴィアは王都メレンデルクの王と会っていた。兵士長ダレルの先導の元案内され、ゴミ一つ無い王城の中に入城した。


 王都の中央にそびえ建っている白城。マルロの孫であるティネが言う通り、城は外壁も内壁も綺麗だった。流石は綺麗好きなだけはあると思った。すれ違う使用人のメイドは、客人であるオリヴィアを見ると姿勢を整えて頭を下げ、会釈をする。それに軽く返しながら廊下を進み、装飾の施された両開きの扉に立った。


 ダレルが扉をノックして大きめの声で連れて来た事を報告する。すると入っていいとの声が聞こえてきて扉が開けられた。中に入ると王が座る為の玉座があり、そこには40代くらいの王冠を被った男性が座っていた。王都を治める王である。だが目が痛くなるくらいの装飾がある服は着ておらず、王にしては普通の格好だった。


 本来は謁見の間に入って前まで来たら、片膝を付いて頭を下げるのだろうが、オリヴィアはそんなことはせず立ったままだった。不敬に当たる行為だが、元々畏まった態度はとらないと忠告はしていたので、咎められる事はなかった。納得がいっていない見張りの兵は居たが、王の決定なので口は挟まなかった。




「それで、私に何用だ?この国の王よ」


「君が魔物を最も淘汰した者だと聞いた。兵士長のダレルからは突然変異の赤いオーガをも斃したとも。Aランク冒険者も敗れてしまったという相手だったらしいが、それは一先ず置いておくとして……感謝する。君のおかげで王都は今もなお平和を享受出来ている。そして、殉職した冒険者には冥福を祈らせてもらう」


「別に私は冒険者の代表者ではない。それはギルドマスターに言ってくれ。……話は以上か?」


「いやまだだ。魔物の最多討伐者には褒美をあげたいと思っていた。無理の無い範囲内で欲しい物を言ってみてくれ。出来るだけ用意しよう」


「ほう……?」




 王は魔物の大軍が攻め込んでくるという報告がされてから、決めていたのだ。最も魔物を斃して王都を護る事に貢献した者に褒美をやろうと。今回はそれがオリヴィアだった。国が欲しいとか王になりたいといった無理な願いは兎も角として、欲しい物があったら褒美としてくれるという。


 オリヴィアは考えるフリをしてリュウデリアに何がいいか小声で尋ねた。特にこれといって欲しい物は無く、王都に済むわけではないので爵位も要らない。さて何を頼もうかと4人で考えていると、リュウデリアがふと思い付いたことを口にした。


 クレアとバルガスが内容に首を傾げ、オリヴィアはいいじゃないかと賛同した。特にこれだと決まる様子もなく、欲しい物も無かったので、リュウデリアの案を採用して頼むことにした。決め倦ねていると判断して待っていた王を見て、口を開く。




「決めたぞ。欲しいのは──────」



























「へぇ……コイツが本?かぁ……」


「……多い……な」


「圧巻だな。街にあった図書館の比ではない」


「素晴らしい。知識は純粋な力にも並ぶ武器だからな。これが最良だろう」




 オリヴィア達が今居るのは図書館である。それも単なる図書館ではない、王立図書館である。王都に存在する図書館の中で最も大きく、内蔵する図書の数が最も多い。更には一般人は入ることが出来ず、王に許された者のみが入って本を読むことが出来る。


 置かれているものは歴史書であったり研究の論文だったり、魔導書も安置されている。つまり探せば王都のこれまでの事や、魔法についても詳しく知ることが出来るのだ。


 王立図書館の入口には警備兵が交代で24時間見張っており、紙の劣化を防ぐために窓はない。室内は明るさを出すために光で照らす魔道具が天井に設置されている。本来の図書館は1階建てなのだが、この王立図書館は本の数が膨大なため、2階建てになっていて所狭しと本棚が並んでいる。


 手を伸ばす程度では絶対に届かない位置にも本があるので、そういった場合は移動式の梯子はしごを使って取らなくてはならない。本に包まれた空間に、紙とインクの匂いが漂う。本を読み漁った経験のあるリュウデリアは心なしか目を輝かせ、クレアとバルガスは首を傾げていた。


 王に頼んだのは、この王立図書館の利用権限だった。それも滞在している間は無制限の。それだけでいいのかと聞かれたが、寧ろこれがあればもう他にはいらないとさえ思うくらいだ。この王立図書館には他にも一般人が利用できる図書館に置いてある本と同じものが全て揃っているので、ここを網羅すれば他を利用する必要はない。


 室内に居るのはオリヴィア達だけなので、リュウデリア達はオリヴィアから降りて人のサイズになる。伸びをして筋肉をほぐし、関節をバキバキと鳴らすと、早速読もうと歩き出す。本なんてものは読んだことがないクレアとバルガスはあまり乗り気ではないが、一度読めば止まらなくなることをリュウデリアは確信していた。




「バルガス、クレア。お前達文字は読めるか?」


「まぁ、大体はな」


「……それなり……だな」


「ならばまずは辞書から目を通していくといい。それを最初に読めば意味で躓くことはない。解らなかったら聞くといい。教えてやる」


「ふーん。まっ、取り敢えず読んでみっかぁ」


「……そうだな……リュウデリアが楽しそうだから……間違いはない……筈だ」


「オレは飽きとの勝負だな。なあおい、辞書ってどこにあんだ?」


「んー……これだな。オリヴィアも気になるものがあれば読んでみるが良い。神に関するものもあるやも知れんぞ」


「どうせ神聖視しているのだろうが、ここは一つ読んでみるか」




 他に人間が居る時だとオリヴィアが読んでいるように見せ掛けて、リュウデリアに読ませなくてはならないが、ここは好きに読める。クレアとバルガスに辞書を渡すと、さっさと行ってしまった。足取りは軽く、鼻歌を歌いそうな程上機嫌に見える。奥の方から順に読んでいくようだ。


 解らないことがあれば聞くようにと言われ、単語の意味や詳細を載せた辞書を渡されたクレアとバルガスを見ていたオリヴィアは、ふとあることに興味を持った。リュウデリアは本一冊あたり2~3秒で読んでしまう。ただページを捲っているようにしか見えなくても、しっかり最初から最後まで読んでいるのだ。


 だが他の龍……同じ突然変異の2匹はどのくらいの速度で読むのか。それが気になった。件の2匹は辞書を摘まんでプラプラと揺らしたり、匂いを嗅いだりしていた。そして表紙を開けて目を通す。ここまでは普通の人間と同じだ。やはりあそこまで早く読むのは無理なのかと思ったが、やはりと言うべきか、2匹共普通とは違った。


 ページを捲る速度が早くなっていく。始めは30秒ほど掛かっていたのだが、段々と早くなり、最後はリュウデリアを彷彿とさせる速度で読み始めた。結局3分も掛からずに2匹とも分厚い辞書を読破してしまった。龍が総じて頭が良いのか、突然変異の3匹が特別なのか解らなくなったオリヴィアだった。




「いいねぇ。途中途中で面白そうな単語が山とあったぜ」


「……まだ始まりであり……これだけの本がある……楽しめるかも……知れない」


「本は楽しめそうか?」


「まだ分かんねーが、つまらなくはないぜ」


「……リュウデリアは……自分の世界に……入っている」


「前に立ち寄った街で本を読んでな。それから本は良いものだと認識したらしい。王都に来てから図書館に行かなかったのは、お前達に人間の食べ物を味わって欲しかったからだと思うぞ」


「……ケッ。別に此処の食い物は逃げねーんだから変に気遣う必要なんかねーっつーの」


「……だが……満足できるほど食った……」


「……まーな」




 プイッとそっぽを向いているが、揺れている尻尾で丸わかりだ。照れ隠しだというのは分かっているので、本が気に入るといいなという意味を込めてクレアの肩をポンと叩いた。それからオリヴィアも本を読むために神に関する事が載ったものを探す。


 クレア達はたったの一冊で読むコツを掴んだようで、リュウデリアと同じくパラパラと捲っているだけのような早さで読んでいる。あの速度ならば1週間もかからずに全て読み終えるだろうと直感した。あまりにも早過ぎるし。


 本の数が膨大なので探すだけでも一苦労。色々な棚を見て回ってやっと見つけた、神に関する本を手に取ってページを開く。オリヴィアも字が読めるように覚えていたので、本を読むことが出来る。読んでいる部分を指で追いながら読んでいくと、聞いたことが無いような神の名前や、似ている名前があった。




「……チッ。最高神アイツが載っている……気持ちの悪い」




 苦々しい表情で、あるページを見て言葉を吐き捨てた。存在する神の中で、全ての神を束ねる文字通り最高神。世界を創造した者とも言われている、いと尊き神であると。そう記されていた。名前までは載っていなかったが、何故最高神のことが載っているのかと、名前が載っているわけでもないのに吐き気がしてきたので本を強めに閉じてしまった。


 世界を創造?あんな神の名を語るだけの性欲の塊が、そんなことをするわけがない。そもそも世界は神の手によって創造されたのではなく、出来るべくして出来上がったのだ。あんなやつの力だけで罷り通っていると思われているだけで腹が立つ。


 嫌なものを見てしまい不機嫌になったオリヴィアは、フードを外して長い髪を取り出して頭を振る。ふるりと一度振られる度に純白の絹のような髪が揺れる。手櫛で整えなくても真っ直ぐになる髪をゆらゆらと揺らしながら早歩きで王立図書館内を進み、翼を使って飛びながら本を物色しているリュウデリアの元まで行った。


 気配だけで近付いて来ていることと不機嫌なことを察知したリュウデリアはゆっくりと降りて来て翼を畳み、本を片手に持ちながら首を傾げた。此処には本しかないのに何で不機嫌になるんだ?と。不機嫌そうな表情と態度を隠す気もなく、自身の方へズンズンやって来る。前まで来たらと思えば、そのまま正面から抱き付いてきた。


 ギュウギュウ強めに抱き締めてくるので、流石に訳が分からないながらも本を持っていない方の手でオリヴィアの頭を撫でた。抱き付いても鱗が硬くて痛いだろうに、キツく抱き締めるので頭を撫でていた手を離して肩に置いて引き剥がそうとするが、頭を左右に振って離さないと意思表示してきた。


 ずっとこのままなのもなと思い、手に持った本を魔力操作で浮かび上がらせ、オリヴィアの背中と膝下を腕で支えて横抱きにした。すると自身の背中に回されていた腕が首に回される。離れる気がないようだと判断して好きなようにさせた。


 翼を広げてばさりと羽ばたく。一度のそれで体は浮き、設置されている3人は座れる長いソファの元まで飛んだ。ソファの上に腰を下ろすも、オリヴィアは横抱きにされたまま動こうとせず、首に顔を押し付けて黙ったままだ。仕方ないのでその状態で本を読むことにし、魔力が浮かせた本を正面に持ってきてペラペラと捲る。すぐ読み終わってしまったので離れた場所の元に位置に本を戻し、物色するときに覚えた配置から読んでない本を取り出して持ってきた。


 遠隔操作で本を読みながら、背中をあやすように叩いたり、頭を撫でたりする。それでもオリヴィアは何かを語ることはなく、何となく今は不機嫌なだけだろうと判断して好きなだけ膝の上に乗せておくことにした。




「………………………はぁ」


「…………………。」


「……何も聞かないんだな、リュウデリアは」


「聞いて欲しいならば聞こう。機嫌が悪いのに無理に聞こうとは思わん。龍は不機嫌な時に絡まれると尚更不機嫌になるからな。神はどうか知らんが……それ故に黙っていた」


「……そっか。ならまだ、このまま……頭もいっぱい撫でて。もっと触って」


「分かった。日頃お前に動いてもらっているからな、ゆっくりするといい」


「……うん」




 首元から聞こえてくる声が固いトーンなのを気付いているが、敢えてなにも言わない。無理強いはしない。それが龍にとっての悪手であるという事もあったからだ。リュウデリア自身も、不機嫌な時に絡まれたら死ぬほどキレると思う。何だったら相手は殺す方向に思考が定まることも有り得る。


 触って欲しいと言うオリヴィアのために、囲い込むように腕を回して軽く抱き締める。リュウデリアという籠の中に囚われた治癒の女神は、不機嫌そうな表情が和らいで嬉しそうになった。頭を撫でれば目元をうっとりとさせ、胸元の純黒の鱗を指先で撫でたりと遊び出す。


 そんな小さなちょっかいも気にすることなく、魔力の遠隔操作で本を次々と持ってきて読破する。その光景に気がついたのか、本を片手にクレアとバルガスが近付いてきて、ソファに座るリュウデリア達を覗き込む。


 その頃にはオリヴィアは安心したように眠ってしまい、静かな吐息が漏れている。気配だけでも眠っているのだと分かったので、クレアとバルガスは音を立てて起こさないように、足音を立てないでやって来てくれていた。




「そいつはどうした?疲れたンか?」


「……熟睡……している」


「さぁな。俺のところに不機嫌そうに来たかと思えば、抱き付いて眠ってしまった」


「ふーん?さっき読んだ本だと、女は生理痛があるんだってな。月に一度子宮の痛みで不機嫌になりやすいんだとよ」


「……人体の……本か……私はまだ……読んでいないから……解らん」


「面白いぜ。人間の体は良く出来てやがる。脆いくせにシステムだけはいっちょ前なんだよ。尻尾や翼の一つや二つありゃ、まだ便利な体なのにな」




 そういって尻尾の先を指でクルクルと弄っているクレアは、ホント人間の体って不便だなと吐き捨てた。人間に翼や尻尾があったら、それは最早人間ではなく獣人の域だというツッコミを入れる人は居なかった。寧ろ確かにと頷く龍が2匹居ただけだ。


 少しの間オリヴィアの顔を覗き込んでいたクレアとバルガスは、元の場所に戻ることはせず、クレアはリュウデリアの横に座り、バルガスは体が大きいので前の床に座った。そして読む本を魔力の遠隔操作で持ってきて読み始めた。


 眠っているオリヴィアを3匹の龍が囲って見張りをしているような状況。実はこの光景は龍の中でもよく見られるものだ。自身の番であったり、親しくなった者が戦えない状況にあった時、仲間の手を借りて護る事がある。


 クレアとバルガスもオリヴィアのことを友人ならぬ友神として認めているので、この陣形に入ったのだ。番でもなく、頼まれたわけでもない、自発的にこの行動に移ることは稀であり、それが同じ龍でもないともなれば、オリヴィアが世界で初めてだろう。そしてこれだけ鉄壁の守護を受ける存在は、世界広しと言えどもそう居ないはずだ。




「世界には随分と色んな種族が居ンだな」


「……海は……塩分濃度が高い……上から何度も見たが……行った事が無い……一度は行くべきか……?」


「龍の文献は矢鱈と少ないな。まあ近づけば察知されるから逃げるのだろうな。滅ぼされたという話はよく書かれているが」


「ンだよ聖騎士物語ってよ。戦場で1対1で勝負とか意味が分かんねー。関係無しに殺せば良いだろメンドクセー」


「……ここに載っている雷系の魔法陣……欠陥だらけで……アホらしい……こんな事も……満足に構築出来ないのか……」


「ん?前に見た地図とこの地図は差異があるな。まったく……これだから人間は低能なのだ」




「んん……」




「「「……シ────ッ」」」




 小声であっても3匹が同時に話せば、それ相応の騒がしさになってしまう。リュウデリアの腕の中で眠っているオリヴィアが身動ぎをして起きそうになったので、3匹は互いに口に指を当てて牽制しあった。折角寝ているのだから寝かせてやろうということだ。







 オリヴィアが目を覚ましたのは1時間後のことであり、不機嫌だった様子はもう全く無く、寧ろ上機嫌であったという。因みに、リュウデリアの膝の上からは降りなかった。







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