第36話 塵芥
シン・リヒラ・カイディエン。リュウデリアの前に現れた弟の龍である。全身を灰色の鱗で覆ったその姿は、やはり従来の龍の姿そのもの。突然変異として生まれたリュウデリアとは似ても似つかない。言葉遣いは少し似ているところがあるが、それだけだ。オリヴィアから言わせてもらえば、何の魅力も感じない。
感じ取れる魔力はそこまで多いとは言えず、リュウデリアにとって初めての決闘をした相手の精鋭部隊、ロムにすら劣る。これは不快な態度で接してきたから虚仮威しているのでも無く、客観的に考えて弱い。それこそ、リュウデリアに決闘を申し込むなど烏滸がましいと言えるほど。
言ってしまうと、リュウデリア・ルイン・アルマデュラはまだまだ子供である。長命である龍にとって100年というのはあっという間の時間だ。つまりそれだけしか生きていないリュウデリアは、人間でいう少年の域を出ない。だが優秀な頭脳が本を介して知識を得、歳に反した大人びた存在へと変えた。
だが、シンはまだまだだった。教えられるべき事を教えてもらっていない。とても重要なことだ。それは、自身より強い者の力量の差を感じさせる感知能力であった。知っていれば挑もうとも思わない、リュウデリアの肉体に内包された莫大な魔力。巧妙に隠しているとはいえ、それを見抜けなければ今のような自殺行為の行動に出てしまう。
龍は世界で最強の種族だ。それは世界の共通認識になっている。たった一匹でも戦争に介入すれば、一瞬で勝者と敗者が決定する。それ程の力を持つ存在。だが、そんな龍の相手が同じ種族の龍であったならばどうなるか。それは当然、考える間も無く、より強い方が勝つだろう。
「──────うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」
「………………………。」
審判は居らず、好きにかかってこいとでも言うように、人差し指を向けてから曲げて、早く来いというジェスチャーを向けられたシンは、額にビキリと青筋を浮かべながら魔力を練り上げて魔法陣を構築した。灰色の魔法陣が目前に現れ、煉獄の炎を噴き出して前方へと突き進む。
前で仁王立ちしながら腕を組んで待ちの姿勢に入っているリュウデリアは避けようともせず、放たれた煉獄の炎の渦に易々と呑み込まれた。人間ならば触れた途端に灰へと還されることだろう。龍が当然のように使う魔法は、人間にとっては異常な威力といっても過言ではないのだ。しかしやはり、龍には効かない。
放たれ続けた煉獄の炎が止むと、中からリュウデリアが煉獄の炎に呑み込まれる前と寸分違わずの姿で現れる。ダメージは一切無く、その代わりにシンに対して呆れた視線を向けている。この程度か?そう言っているようだ。
ムカつく。全く相手にしていないどころか、敵とすら思っていない目だ。俺の方が強いのに。俺の方が龍王様の傍に居ることが相応しいのに。何故こんな、悍ましい姿をした認めたくは無いが血を分けた兄に声が掛かるというのか。全く以て理解出来ない。理解したくない。
全身を魔力で覆い尽くし、肉体を極限まで強化させてシンは駆け出した。巨体を動かして足音を響かせながら真っ直ぐ突き進み、リュウデリアの腹部へ体当たりをした。衝撃波が生まれる体当たりをし、シンとリュウデリアの親龍は喜色の声を上げるが、体当たりをした側はそう喜べる状態に無いらしい。
頭突きのように体当たりをしたシンが感じたのは、自身大きな体なんぞ米粒に見えてしまう程の大きな大きな山そのものだった。微動だにせず、仁王立ちしている姿も変わらず。そして、向けてくる視線すらも変わらなかった。この近さは流石に拙いと悟ったのだろう。翼を大きく広げて距離を取ろうとした。しかしそれは悪手だ。
こんな伸ばさなくても手が届く場所で、巨体を浮かせるのに必要な大きな翼を広げれば、今から飛び立つから阻止して下さいねと言っているようなものだ。そしてそんなあからさまな隙を見逃してやるほど、リュウデリアは甘い龍では無い。だから背中に奔る激痛は必然の痛みなのだろう。
「──────がぁあああああああああああッ!!!!」
「そうがなり立てるな。たかだか翼を引き千切っただけだろう」
「龍の……ッ!!龍の翼によくもォ──────ッ!!」
「まるで龍以外の者に言うような台詞だな。俺も龍なんだがなァ?」
「お前が……お前みたいな醜い奴が龍を語るなッ!!」
「ならお前は、よくもまあこれ程弱くて龍を語れるなァ?俺なら恥ずかしくて自害しているぞ。それに他の龍に申し訳が無い」
「──────クソがぁああああああああッ!!」
千切られた翼が目の前に落ちてきた。べちゃりと音を立てて転がる左の翼は、まさしく自身のもの。あって当然のものを千切られ、別に何とも思っていないのに、態とらしく皮肉を言ってくるリュウデリアにシンは頭が可笑しくなりそうだ。背中から感じる痛みで目が充血している。怒りの感情を爆発させ、今この場で、今すぐに殺してやる。それだけが頭の中を占領していった。
魔力が感情の起伏によって増大していく。怒りや憎しみの感情は、体内に内包する魔力を高めやすい。だが一方で、一時の感情や増大した魔力に自我を見失い、理性を無くして暴走する獣に成り果てる事がある。今のシンがその例だろうか。我を見失って殺意だけが先行し、肉体が後になって動いている。
怒りと殺意の感情で乱れた魔力が右腕に籠められ、爪を延長させたような形になる。体を持ち上げて右腕を振りかぶり、体を倒しながら切り裂かんと振り下ろした。迫る魔力の爪を見ながら……蠅が止まれるような遅い動きで向かってくる爪を見ながら、歩いてシンの右側に立つ。
遅緩した世界。リュウデリアの動きが速過ぎる事によって生まれる時間のズレ。シンにはどうしようも無い世界で、尻尾の先に純黒なる魔力の刃を創り出した。それを一振り。ひゅるりと尻尾を撓らせて、先まで自身が居た場所へ魔力の爪を振り下ろそうとしているシンの上腕の中間当たりを斬った。
ピッと線が入り、純黒なる魔力によって形成された刃が通った場所が斬れ始めた。ゆっくり、ゆっくりと斬られた腕が離れていき、両断されて先が無い腕を振り下ろしたシン。斬り離された腕は、尻尾で掴んで手の中に収めた。遅緩した世界が終わり、等倍の世界がやって来る。
「……は?腕……俺の腕がぁああああああああッ!!」
「……はぁ。動きが遅いんだよ、塵芥が」
シンの右側に立っていたリュウデリアが、今度は左側に立っている。瞬間移動したように感じるその動きの速さの中、加速して遅緩した世界でまた斬った。今度は何を斬ったというのか。それは、すぐに解った。
手の中に収まるのは先程斬った右腕と、今斬って両断した左脚だった。腿の中間当たりを斬って斬り離された脚もその手に持ち、適当に宙へ放って弄んだ後、ゴミを捨てるように放った。宙を舞う腕と脚は、見ていて今呆然としている二匹の親龍の目の前に落とされた。
あれ程自慢していた愛息子の大切な腕と脚が、斬り落とされて目の前にある。信じられず、顔色を蒼白くさせていると、リュウデリアはまだ足りないのかと思い、落ちている千切った翼に人差し指を向けて横に振った。すると千切れた翼が勝手に動いて、親龍の前に落ちている腕と脚の上に乗った。
正真正銘、龍の肉の盛り合わせが出来上がる。どうだと目の前に置かれた腕や脚や翼を見て、親龍である母親が蹲って吐き出した。父親は蹲る母親の横で懸命に背中を撫でている。そんな二匹を見ながらリュウデリアはあくどい笑みを浮かべて嗤った。何処までも下に見た侮辱する嘲笑の笑み。ひとしきり嗤った後、今度はシンに視線を向ける。
左の翼を千切られて飛ぶことは出来ない。右腕と左脚を斬り飛ばされた事により前に進むことすら至難の業だ。それでもどうにか動いて、此方に向かって殺意を孕んだ視線を向けてくる。小さな仔犬が懸命に威嚇しているようだ。少なくともその程度にしか感じない。
口の端が吊り上がっていき、中から真っ白な歯が覗いてくる。段々と口が開かれ、出て来るのは嘲笑の笑い声だった。視線は完全に侮辱しきり、醜く憐れなものを見ながら、愉しくて仕方ないと語っているようだった。
「フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハッ!!アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!惨めだなァ?えェ?この上なく惨めだぞ塵芥の弟よォ?遙か格下だと思い込んでいた奴に良いようにやられ、怖くて怖くて体を震わせながら睨むしか出来ん弱者がこォんなところに転がっているなァ?」
「テ……メェ……ッ!!」
「ん?すまんが、喋っている位置が低すぎて声が届かん。もっと頭を上げたらどうだ?まるで土下座しているようだぞ。今更そんなことをせんでも、そうしたい気持ちは伝わっているからもう十分だ」
「────────────ッ!!!!!!」
声にならない怒号を上げながら、残る左腕と右脚を使って跳び上がり、ケタケタと嗤っているリュウデリアに向かって襲い掛かりながら魔法陣を構築した。叩き込むのは今出来る最上級の魔法。炎系の魔法だ。それで焼き殺してやる。そう意気込んだところなのに、構築されて展開した魔法陣を叩き割って突き破り、純黒の鱗に覆われた腕が伸びてきた。
跳び上がって襲い掛かったので、従来の龍の骨格では伸ばされた腕に対して迎撃体勢も取れない。いとも簡単にシンの頭を鷲掴んだリュウデリアは、腕力のみで体を捻りながら地面に叩き付けた。ばきりと不快な音がなりながら、次いで轟音が響いて床が蜘蛛の巣状に罅が入った。
叩き付けられたシンは白目を剥き、頭から流れる大量の血が川を作り出し、罅が入った地面の隙間へと流れていった。どこからどう見ても決着。シンが手も足も出ず敗北し、実力の1割も出さずにリュウデリアが勝利した。達成感は無い。勝って当然のものを、唯勝っただけなのだから。
「実に下らん決闘だった。俺が勝った以上、俺達に関わるな。良いな」
「…………っ」
「何だ、返事をする口すらも無いのか。ならばその顎、取ってやろうか?」
「……わかっ……た」
「……お前達もつまらん」
言葉を吐き捨てて見下した視線をくれてやった。見下されるのは怒りが湧いてくる。誰だってそうだ。しかし言い返す事は出来ないし赦されない。何故ならば弱いから。挑めば必ず殺されるということが解るから。リュウデリアの方が圧倒的……という言葉を使う必要が無いくらい強いからだ。
強い方が偉い。弱い方が悪い。だから親龍はもうリュウデリアには何も言えない。これからも接触することは無い。決闘で定められた言葉は絶対。どれだけ不利でも、是と答えたならば守らねばならない。
血塗れになって倒れているシンの傍に寄って泣き崩れている母親と、絶望している父親に背中を向けて歩き出した。その足取りは軽く、淀みないものだった。思う事なんてあるわけが無い。こうなって当然で、それで泣こうが叫こうが、最早リュウデリアにとっては関係無いことだから。
はーあとつまらなそうに溜め息を吐きながら、巻き添えを食らわないように離れて見ていたオリヴィアの元まで行く。大きさ的に見上げていた彼女の前に手を差し出す。掌の上に乗り込むのを確認したら腕を大きく広げるので、顔の前まで持ってきて目を閉じる。そんなリュウデリアに、オリヴィアは優しく抱き付いた。
「お疲れ様。さぁ、行こうか」
「あぁ。待たせてすまなかった」
「大丈夫だ。とてもかっこよかったぞ」
「そうか?あの程度では全く力を出せなかったが、お前が喜んでいるならばやって良かったかもな」
「ふふっ」
オリヴィアからの優しい抱擁を享受して少し経つと離れ、翼を大きく開いて二度三度軽く羽ばたいて準備を始めた。最後に離れたところに居る親龍二匹と血塗れの弟を見て、鼻で笑ってから、大きく翼を羽ばたかせて巨大な体を浮かび上がらせた。
此処へやって来た時に降り立った場所までは歩いて向かおうと思っていたが、また歩いて目指している最中に親龍達のような奴等に絡まれても対処が面倒なので、このまま飛んで帰ることにしたのだ。オリヴィアはもう少し一緒に散歩しても良かったが、邪魔されるのも嫌なので反対はしなかった。
ばさり、ばさりと羽ばたき、龍のみが住まう大陸“スカイディア”を後にしたリュウデリアとオリヴィアは、顔を合わせて笑ったのだった。
だが、リュウデリアとオリヴィアが真っ直ぐにスカイディアへ向かう前に滞在していた町へ辿り着くことは無かった。
「──────あーあァ」
「──────こうして出会うとはな」
「──────突然変異の龍が一カ所に
何の運命か、リュウデリア以外に存在していた、人型に生まれた龍の突然変異2匹と邂逅を果たしてしまった。
一カ所に集まった、それぞれが莫大な魔力を内包する3匹の突然変異な龍。浮かべるのは、好敵手を見つけたという、何処までも獰猛な笑みだった。
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