第35話 兄弟
龍の為の天空に浮かぶ浮遊する大陸“スカイディア”。ここには世界最強の種族である龍のみが住んでいる。だが基本的にこの巨大な大陸は厚い雲に覆われ、更にその周りを相反する方向へ流れる強風が吹いて纏っている。故に力強い飛行能力を持つ龍以外には侵入が出来ない。
超実力至上主義。力を持つ者こそが偉い。そんな龍の世界には、偶にだが愚かな存在が居る。生まれたばかりの我が子が途方も無い魔力を内包していて、将来は確実に龍王にも認められる程の力をつけると確信させられるというのに、何の躊躇いも無く捨てる。そんな龍が居たりする。
子供を産んだ龍は、親龍という事になる。読んで字の如く、親の龍だ。どれだけ強い龍でも、生まれてきている以上は、その龍を産んだ龍が必ず居る。そう、あのリュウデリアにも親龍は居るのだ。当然、産まれて間もない彼を捨てた以上、親という認識はされていないが、自身を産んだ奴という最低限の認識はある。
まあ、だからと言ってリュウデリアが普通に話すということは無いのだろう。何故ならば、オリヴィアを除いて興味を持つのは強い者や、変わった者だけなのだから。
「──────なんで、なんで龍王様の下に就かないのよ!」
「なんて栄誉を蹴るのだお前は!?」
「…………リュウデリア。この龍達は何だ?」
「ふん。気配で解る──────俺の親龍だろう」
「親龍……親……か?」
「既に下らん類というのが知れたがな」
スカイディアに2泊したリュウデリアとオリヴィアは、もう下に降りようという話になった。龍が住まう故郷ということで色々なところを回って粗方景色を覚えたので、もう戻っても良いかということになったのだ。
やって来た時に降り立った場所へ2人で向かっている途中、人間形態の男と女の龍に出会った。出会ったと言っても、目的地に向かっている途中、向こうからも歩いてやって来たので素通りしようとしたのだが、どうやら用が有るらしく通せんぼするように止まった。
歩きを意図的に邪魔されたオリヴィアは眉を顰めて訝しげな表情をするが、リュウデリアは目を細めるだけだった。特に見覚えのある顔では無い。何なら初めて見る。しかし通せんぼをしてきた龍はこちらを知っているようで、主にリュウデリアに向けて鋭い視線を向けていた。そして先の話がいきなり出て来たのである。
はっきり言ってオリヴィアは、こいつらは一体何を言い出しているんだ?という状況である。それもそうだ。帰ろうとしていたら邪魔された挙げ句、龍王のスカウトを蹴ったことにご立腹という。端から見ても意味が分からない。
だがリュウデリアには解るようで、この二匹はリュウデリアの実の両親……であるらしい。そして状況から察するに、龍王に直々にスカウトされることは栄誉で、我が子がそれを受ければ自然と、その子を産んで育てた親龍も鼻が高くなるというわけだ。逆を言えば、スカウトを蹴ったことで陰口を叩かれるような存在になりかねない。
「産んでやったというのに、まさか龍王様の申し出を断るなんて……有り得ないわ!!」
「お前がどれ程の事をしたのか理解しているのか!?」
「ふはッ。産んでやっただと?産まれて間もなく俺を捨てておいて、力があると解れば取り入ろうとかッ!龍の癖につまらんなァ?こんなのが親龍だと知りたくも無かったわ!フハハッ!」
「親に向かってなんという口の利き方を……っ!!」
「──────巫山戯るなよ塵芥風情が。気配と魔力からして底辺に近い力しか持たぬ塵芥が、この俺に言うことを聞かそう等と片腹痛いわ。それに龍は実力至上主義。俺に言うことを聞かせたいならば……俺を下してみせろ」
「……くッ!」
黒い髪に、良くも悪くもどこにでも居そうな平凡な顔立ち。それがリュウデリアの両親の顔だった。醸し出される気配も全く強くなく、感じ取れる魔力は龍の中でも最低レベル。恐らく肉体的強さも大したことはないのだろう。だが、ある意味この程度ということは頷ける。
龍の突然変異として生まれたリュウデリアは、誰も傷付けられない程の強硬な鱗を持ち、魔力による肉体強化も無しに、龍の動体視力でも捉えられない速度で動くことも、抵抗を赦さない膂力がある。そして何と言っても底が感じられない程の莫大な魔力を内包している。そんな、会ったばかりの龍王ですら認めるトップレベルの強さを持つリュウデリアの親龍まで強ければ、完璧な突然変異とは言えないだろう。
姿形だけが違うだけでなく、持って生まれなかっただろう肉体や魔力を持って生まれたからこその、この突然変異性。だからこそ、その異質さにこの親龍は生まれたばかりのリュウデリアを捨てた。何の未練も躊躇いも無く。不気味で、悍ましくて、異質過ぎたから。
しかし、そんな異質さ故に捨てた我が子が戻ってきて、決闘をして龍王の身の安全を確保する精鋭部隊の一匹に圧倒的な力で勝利したというではないか。そうなってくると話が別になってくる。今すぐにでも精鋭部隊に就いてもらい、龍王様に名誉を貰う。それがリュウデリアの親龍が考えていることだ。
なんという浅はかさ。龍にあるまじき事。いや、龍であろうと無かろうと、捨てておきながら優良だと解れば掌を返して親の顔をするのは、実に醜悪至極。リュウデリアでなくとも激怒するだろう。なので、オリヴィアが話を理解して怒りに顔を歪ませている。侮辱しているとしか思えないのだ。
親龍と子龍というのは、龍は気配で解るらしい。親と子という切っても切れない関係な上、DNAを分けられているので、何となくだがお互いに知らなくても親だ、子だと察知するという。それにより、リュウデリアは前の二匹が親龍であると解ったし、決闘をしたリュウデリアが実の子であることも、二匹は解り、接触した。そして説得というにはあまりに愚かな話し合いは、決裂する。
強い方が偉い。言うことを聞かせたいならば力でやってみろ。そう言われてしまえばどうすることも出来ない。何故ならば、リュウデリアが異常な強さを持っている事を知っているし、自身は龍の中で力を持たない方であることを理解しているからだ。挑むだけ無駄。もしかしたら、決闘の時のように殺されるかも知れない。つまりは怖いのだ。
「──────フン。お前が俺の兄か。龍王様の申し出を断るとは、余程の阿呆だということだろう。父さん、母さん。そんな気色の悪い奴なんかに言うことを聞かせなくたって俺が居るから大丈夫だ」
「シン……っ!」
「……そうだな。お前が居れば十分だ。今更こんな奴の親龍であろうとする必要は無いな」
「リュウデリア。アレは全員殺しても良いと思うぞ」
「意外と冷徹だな??まあ、アレはどれも下らん奴等だが……俺を兄と言ったシンという奴。アレはほんの少しだが“出来る”ぞ」
悔しそうに顔を歪めている親龍達を鼻で笑い、さっさと帰ろうとすれば、また違う存在が現れた。白い髪に黄色い瞳。顔も龍王達程では無いが整っている青年がやって来た。そして何と、リュウデリアの事を兄だと言った。
弟が居たのかと思ったが、捨てた後にまた違う子を設けても不思議ではないかと思い直して、特に何かを思うでも無かったリュウデリア。強いならば多少の興味は持ったが、シンと呼ばれた龍から感じ取れる魔力は精々中の上。精鋭部隊で決闘したロムの方がまだ魔力が有った。気配もそこまで強いとは思えない。しかし口から出るのは自身に満ちた声。
自身の力の強さも把握仕切れていない阿呆か。それが抱いた印象だった。そうなってしまえば、もう興味は湧かない。例え血を分けた兄弟なのだとしても、リュウデリアにしてみれば至極どうでもいい。その程度だ。
「リュウデリアとかいう名前だったな。俺はシン。シン・リヒラ・カイディエン。悍ましくもお前の弟だ。仲良くしようとは思わない。所詮は龍王様の言葉を呑み込まん阿呆。そんな奴とよろしくしてやる程、俺は優しくない」
「下らん。全く以て興味が無い。話があるならさっさと用件を言え。俺こそお前達のような塵芥との世間話に花を咲かせてやる程暇でも無く、お人好しではない」
「……チッ。なら用件を言ってやる──────俺と決闘しろ。お前を殺して勝利を収め、龍王様に認めてもらい、精鋭部隊へ入る」
「……はぁ。結局、あの決闘の……名前は何だったか……まぁいい。塵芥と同じ塵か。実につまらん」
何を言うのかと思えば、また龍王様に認めてもらう為。龍王様龍王様龍王様。何故龍に生まれたというのに、他者の下に就こうとしているのかが全く解らないし、下に就いて良しとしている者達は別の種族に感じる。天も地も好きに出来る力を持つというのに。
それ故にリュウデリアは龍王のスカウトを呼吸をするように蹴ったし、年上だろうと何だろうと敬おうという気持ちが無い。弱い奴に興味は無い。だから光龍王とは話が弾んだ。教えてもらおうという気持ちにもなった。何時か決闘をしてみたいと、挑む側の考えも持ったのだ。
だがコイツ等は違う。この親龍だと言い放ち始めた奴等も、弟だと言う奴も、龍の癖して龍たり得ない出来損ないだ。力も大して持たない。下に就く事に喜びを見出そうとし、認めてもらおうと必死で滑稽だ。自身の姿のことを悍ましいというが、コイツ等は中身が醜悪ではないか。
故郷であるスカイディアに来て良かったと思ったことは、龍王という世界で最強クラスの力を持つ奴等が居るということを知れた事。龍の実が生る苗を貰ったこと。龍の常識を教えられたこと。それくらいだけ。後はつまらない奴をつまらなく殺して、つまらない血を分けた者達に絡まれている。
はぁ……と溜め息を溢す。つまらない。つまらないの極みだ。それはオリヴィアも同じようで、怒りを通り過ぎて呆れに移行したらしい。リュウデリアと同じく溜め息を溢していて、同じ事をしている事に気が付いた2人は目を合わせて笑った。
「心底不愉快だが、良い機会だ……この決闘にシンが負けたら親龍のお前達は二度と俺に関わるな。不愉快過ぎてうっかり殺すかも知れんからな」
「お前なんかがシンに勝てるわけないでしょう!?」
「シンはこれから龍王様の元で側近となる相応しい良く出来た息子だ。お前とは違う」
「俺からの慈悲だ。死ぬ前にそこの奴と話をする時間をくれてやる。別れの挨拶でもしておくんだな」
「アレは本当に殺して良いと思うぞ」
「寧ろ殺してやった方が優しいな。最初から最後まで何がしたいのか解らん」
勝つ気しかないというか、勝つことを確信しているのか良く解らないが、腕を組んでさっさとしろとでも言いたげな表情で睨み付けているシンに溜め息しか出ない。
最後の会話と言うが、それは自分達が必要なのでは無いのか。今は魔力を抑えているから解りづらいとはいえ、気配の察知に長けた者には解るだろう。リュウデリアが内包する莫大な魔力が。そして、先日の決闘で見せた純粋な強さ。それらを加味すれば、相手がどれ程強いのかなんて想像は容易い筈だ。
まあ、どちらにせよ負ける道理が無い。決闘して下したロムよりも弱いシンにどうやって負けろというのか。相手との力量差も計ることが出来ない、弟だというシンに失望しか感じない。そんな弟に絶大の信頼を抱いている親龍にも失望しか感じない。ここまで酷いのが家族というのは、リュウデリアを以てしても恥としか言えなかった。
「少し行ってくる。その後は下に降りて何か食おう」
「龍の実を育てる為の鉢と肥料も買いに行こうか」
「そうだな!!」
「食い気味だなぁ」
すっかり忘れてた!みたいな感じで答えるリュウデリアに、オリヴィアはニッコリと微笑む。食べ歩きも良いし、一緒に買い物をするのも楽しみだ。楽しみだなぁと考えているオリヴィアに、リュウデリアが負けるという考えは無い。まあ、今更感もあるが。
主な目的を2人で決めると、さっさと決闘を終わらせてしまおうとシンに声を掛けた。フンと鼻を鳴らして歩き出し、場所を移す。他の者達があまり通らず、決闘をしても大丈夫な広い場所で行う為だ。
互いが位置につき、シンが人間形態から元の龍の姿へと変わった。見上げるほどの大きさになり、リュウデリアも元の大きさへとなり、四足歩行の龍よりも頭の位置が圧倒的に高いので上から見下ろす。対してシンは見上げながら殺意を込めて睨み付けた。対峙する兄弟龍。魔力を滾らせる弟と、腕を組んで仁王立ちしているだけの兄。
「お前なんぞ直ぐに殺して、兄が居たという記憶を頭から消してやる」
「はッ。実力差も解らん塵芥が吠えるな」
龍の大陸、スカイディア。ここでは兄弟による決闘が始まろうとしていた。対峙するは、自信に満ち溢れた灰色の龍、シン。そして純黒の黒龍、リュウデリア。片や認められる為に。片や向かってくる者を蹴散らす為に。血を分けた者達の戦いが幕を開ける。
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