第34話  果実





「──────俺の魔力純黒は総てを呑み込み塗り潰す。それ以外には必要ない。俺は俺であるからこそ純黒なのだ」


「……なるほど。やはりそれが君の本質のようだ」




 質問した内容に簡潔に答えられた光龍王は、何に対してなのかは解りかねるが頷いて言葉を呑み込んだ。普通ならば強大すぎる力は制御しきれず暴走に奔ったりするものなのだが、リュウデリアに至ってはそんな事は無いようだ。


 光龍王が本質を知った通り、己自身が純黒である彼にとって、純黒の力は己そのもの。故に暴走は有り得ない。右手を動かすのに暴走して左脚を動かしてしまうようなものを、リュウデリアが仕出かす訳が無い。


 用件はそれだけか、とでも言いたげな溜め息を吐くリュウデリアは失礼極まりないだろう。普通に相手に対して失礼だが、今対峙しているのは龍王である。本来は頭を垂れて目すら合わせるのも烏滸がましいというのに、コレである。しかしそれでも光龍王は咎めない。それだけの力を秘めていると解っているからだ。


 超実力至上主義。強いならば許されてしまう、狂った道理。その結果が今のリュウデリアの不遜なる態度であり、決闘の結果である。聞きたいことは聞けた、と満足そうな光龍王に対して、今度はリュウデリアが質問をする。昨日来たときから感じていた、この美味そうな匂いは何なのか、と。




「美味そうな匂い……?すんすん……別にそれらしき匂いを私は感じないが、何かあるのか?」


「はは。リュウデリアが言っているのは『龍の実』の事かな。これは私達龍にとってのご馳走でね。大好物だと言う龍が殆どだよ。しかも龍にしか嗅ぎ取れない匂いを放っているから、龍ではないオリヴィア殿では感じ取れないよ」


「『龍の実』……匂いが近いが何処に有る。ここまで良い匂いだと感じるのは豚バラの串焼き以来だ」


「本当に肉が好きだな」


「肉は最高だ」




 ノータイムで答えるリュウデリアは本気だった。肉が一番好きである。特に何処の部位が好きだという事はあまりないが、兎に角肉は好きだ。人間の街に来るまでは仕留めた魔物の肉等を生で食べていたが、美味しく食べられるようにと料理された肉を食べた時は、全身がビキリと固まるくらいの衝撃を受けた。豚串を食べた時はもっと買ってくれとオリヴィアに交渉した位だ。


 因みに、その交渉はオリヴィアがリュウデリアに全て食べさせてあげるという条件の元買ってもらった。食べさせる側も幸せそうで、食べてる側もとんでもなく幸せそうなのでWinWinの関係だろう。


 仲良く次の人間の町に行った時に食べる物談義をしている2人にクスリと笑いながら、光龍王は右足を少し上げて地面を軽く踏み込んで叩いた。すると、背後にある大樹の生い茂る葉の中から、黄金に輝く実が落ちてきた。形は林檎に酷似しているそれは、手を出している光龍王の手の中へ一直線に納まった。


 コレがその『龍の実』だと言われて手渡される。重さは普通の林檎と同じくらいだろうか。形も酷似している。違うのは赤い筈の色が太陽の光を反射して光っているように見える黄金の色だということ。まさかこの大樹に生っていたとは、と盲点だったようで若干悔しそうにしているリュウデリアと、彼の手の中にある『龍の実』を見て不思議そうにしているオリヴィア。


 近くで匂いを嗅いでみても、やはり無臭だ。しかしリュウデリアには此処に寄りたいと申し出る程の美味そうな匂いらしい。一緒にその感覚を味わってみたいので少しつまらない部分があるが、今にも齧り付きそうなリュウデリアを見ていると、まあ良いかという気持ちになる。




「そんな穴が空きそうな程見つめていないで、齧ってみると良いよ」


「……良いのか?」


「まさか手渡しておきながら返せとは言わないさ。初めて食べるんだろう?是非感想を教えて欲しいね。一応この大樹は私が育てているんだ」


「……しゃくッ」


「……どうだ、リュウデリア」


「…………………………………………。」


「……?どうした……………し、死んでる……」


「いや死んでない。美味すぎて固まっただけだ」


「おぉ、それなら良かった」


「美味しいなら何よりだよ」




 恐る恐ると一口齧ってから何の反応も示さないのでボケてみればツッコミで返ってきた。続いてしゃくしゃくと食べ進めるリュウデリアに満足そうにしている光龍王に、心の中でコイツは凄いな。まさかこんな代物を実らせる大樹を育てられるとは……と褒めていた。口にしていないなら褒めている内には入らないが。


 口の中に広がるのは豊潤な濃い味。龍好みとしか言えない味が口いっぱいに広がっており、一口目を齧った時には思わず尻尾がピンッと立ってしまった。思っていたよりも10倍は美味い。まさか果実でここまで美味いと感じるとは思いもしなかったのだ。


 そこまで大きな果実ではないので、リュウデリアが大きな口を開けて齧ればすぐに無くなってしまう。あっという間に食べ終えてしまった後、ジーンと余韻に浸っていた。そして漸く気が戻ってきたようで、1人で食べてしまった事に気が付いてハッとオリヴィアを見た。折角貰ったのだから一緒に食べれば良かったと思ったようだ。


 そんな考えが表情から簡単に読み取れる。オリヴィアは美味さのあまりにさっさと食べ終えてしまった己自身に対してショックを受けているリュウデリアに大丈夫だと語り掛けるように微笑んでやった。




「随分美味しそうに食べていたな」


「……根に持っているのか?」


「ふふ、冗談だ」


「大丈夫だよ、もう2つあげるし、育てれば『龍の実』を生らせる大樹の苗もあげよう」


「うま……」


「良いのか?貰えるなら貰うが。……普通の林檎と同じ味がする」


「龍にしか解らない美味しさを秘める果実だからね、仕方ないよ。まあ、ここは普通の林檎だと思って食べて欲しい」


「あ゛ー、美味いな本当に」




 また新たに2つの『龍の実』を光龍王から貰った2人は、各々齧り付いた。美味さを先程知ったリュウデリアは嬉々として食べて美味い美味いと言っているが、オリヴィアの口の中に広がるのは、美味いは美味いが新鮮の林檎としか言えない味だった。


 これがそんなに美味いのか?と首を傾げていると、光龍王から説明が入った。龍が食べるからこそ、その美味さが解るというのだ。それ以外の種族には色以外の見た目通りの林檎の味しかしない。オリヴィアはふと思った。龍の実というよりも、龍の為の実だなと。


 確かに美味いは美味いが、リュウデリアがカチコチに固まる程の美味さとは、どんな味なのだろうという単純な興味があるが、知ることが出来ないならば仕方ないと諦めた。一緒に美味いなと言い合うのもイイが。




「それで、お前は俺に何を要求するつもりだ」


「要求……?私は要求するつもりは無いよ。龍ならば知っていて当然のことを教え、美味しいというのならば育てれば実る苗をあげる……というだけの話だよ。つまりは単なる私が君に与えるだけの善意だ。敢えて君の要求というのをするならば、私の善意を甘んじて受けて欲しい。それでいいよ」


「お前……龍の中でズレてると言われないか?良い奴過ぎないか」


「あぁ……ズレてると良く言われるよ。……まあ仕方ない。これが光龍王なのだから」


「念の為に言っておくが、俺の中で一番良い龍はお前だからな」


「はは、光栄だね」


「この短時間で認める程『龍の実』が気に入っていたのか……」




 少し困惑しながら言うオリヴィアだが、実際リュウデリアは光龍王が最も良い奴だと思っている。そもそも、謁見の間に入って精鋭部分が眉を顰めたり嫌悪感を表情に出していたりとする中で、七匹の龍王は何の反応も示さなかった。


 四足歩行が常識の龍の姿の中で、突然変異として生まれたリュウデリアの姿は、何度も言うが他の龍達にとっては異形も良いところ。そんな姿をしたリュウデリアが自分自身の事を龍と言うと、お前みたいな者が龍と名乗るなという気持ちにさせる。それ程のことだ。


 しかしこの姿を拒まなかった。今もこうして普通に話をしているし、嫌悪感を抱いていないことも。全て解っているからこそ、光龍王が良い奴であると結論付けたのだ。勿論、他と比べてという域を出ていない。まだ話してから数十分しか経っていないのだから。それ程お人好しにはなれない。


 そしてそれらも更に全て解っている光龍王は、人の良さそうな笑みを浮かべながら、よろしくという意味も込めて右手を差し出した。人間達が友好的になったり、なろうとする時にする挨拶である。


 此方を見つめる光龍王の瞳を見返して、小さく頷いたリュウデリアはその手を取った。一度上下に振って互いに手を離す。友人……というわけではない。そうなるには接した時間が少なすぎる。だからこれは、親しくなる為の第一歩。その為の握手だ。




「では、お前の善意に甘えさせてもらおうか。俺は龍でありながら龍の常識に疎い。生まれて間もなく捨てられたからな。少しは知っているが、龍としての常識を身に付けている者からすれば程度が知れるものだ」


「だから私が教えれば良いんだね。勿論構わないとも。龍に生まれて龍を知らないなんて酷い皮肉だからね。折角仲良くなろうとしているんだから、存分に甘えて欲しい」


「……ここまで頼りになると逆に怪しさが降って湧くわけだが、良いのか?」


「大丈夫だ。光龍王は嘘偽りを口にしていない。それは俺が。解っていないならばここまで世話になっていないぞ」


「疑い深いのは良いことだよ。度が過ぎるのは拙いけれどね。それにリュウデリアの為を思っての言葉なんだから。大事に思われているんだね」


「と、当然だろう……っ!リュウデリアだぞ……っ!私が大切に思わない訳が無いっ!」


「俺も同じだ」


「──────っ!?」




 サラッと言われた事に顔を赤くして俯いてしまったオリヴィアの横で、リュウデリアと光龍王が話に花を咲かせていた。スリーシャから教わった、龍の常識だろう情報や、大して紐解かれていない龍についてを書き綴った人間の本よりも、謂わば龍を知り尽くしている龍王から教えられる龍の常識は為になった。


 スリーシャには悪いと思うが、別に龍と一緒に生活をしてきた訳でも無いスリーシャが知っている龍の事は少ない。余程のことが無い限り接点すらも生まれないのだから。なのでリュウデリアと出会ったのは奇跡にも近い出来事だ。それが突然変異ともくれば尚更だ。


 兎にも角にも、あまり知らなかった龍の常識を存分に光龍王から聞いて把握したリュウデリアは、満足そうにして別れた。最後にはしっかりと『龍の実』の苗も貰い、育てるときのコツや注意するべき点も教わった。これで育てられれば何時でも食べられるようになると思えば、俄然やる気が出るというものだ。


 ホクホクした気分で、寝泊まる為に与えられた部屋に向かっている途中、オリヴィアはまだ赤くなりながら俯いていて、声を掛けてもあまり反応が無いのでリュウデリアが手を繋いで引いている。触れた時はぴくりと反応した癖に、手を握るとしっかり恋人繋ぎをしてくるところを見るとちゃっかりしている。


 別に急ぐ必要は無いのでゆっくりと部屋へ戻っていると、冷静さを取り戻したオリヴィアが顔を上げてリュウデリアを見た。視線に気が付き目を向けてどうしたと問えば、オリヴィアは素朴な疑問を口にした。




「龍王というのは実力至上主義の龍の中で強い者達が就くのだろう?」


「そうだ。上から数えて1番から7番までが龍王だ。そして龍王になるには、龍王に実力を認められてから決闘を申し込み、勝利を収めねばならない」


「ならば、その龍王の中で、リュウデリアの見立てではどの龍王が1番強いと思う?」




「──────光龍王だ」




「……ん?本当に先程まで話していたあの龍が1番強いと思うのか?」


「あぁ、間違いない」




 炎、水、氷、樹、雷、光、闇、と七匹居る龍王の中でも、リュウデリアは真っ先に光龍王が最強だと答えた。龍王の最強。それは地球上で一番強い存在であるということを指し示す。


 世界最強の種族である龍。その頂点は、あの善意を振り撒いていて、人が良さそうな微笑みを絶やすこと無く、優しげな雰囲気を纏う奴が、実は世界最強だと言われれば困惑するだろう。現にオリヴィアもあいつが一番強いのかと疑問に思っているようだ。


 そんなオリヴィアに少し笑いながら、リュウデリアは繋いでいない右手の掌を持ち上げて見つめる。友好的になる第一歩として握手した時、一瞬感じた……というよりも感じ取らせられた膨大な魔力の片鱗。気配。隙の無い姿勢。手を握った時に伝わったずしりと重い感触。肉体から発せられる生き生きとした生気。


 そのどれもが、炎龍王を除いてまだ話したことも無い他の龍王すらも、即座に選択肢から切り捨てる程の圧倒的力の波動。あそこで襲い掛からなかった己自身を褒め讃えたいくらいだ。あそこまで濃厚な強者の波動は早々感じ取れないだろう。




「光龍王は強い。龍王の頂点と言っても過言では無いだろう。だが──────敗けるつもりは無い」


「私も、お前が敗けるところは想像出来ないな」


「そうか。だがそれにしても──────龍王との決闘も楽しそうなものだな」




 精鋭部隊がつまらないと感じてしまう程度だったのでガッカリしていたが、これならば捨てたもんでは無いなと思ったリュウデリアだった。そして一瞬だけ離れた所に居る光龍王に自身の気配を叩き付けてやった。今頃面白そうに笑っているだろう光龍王の事を思い浮かべ、ひっそりと嗤った。






 オリヴィアと仲良く歩くリュウデリアは、ゆらゆらとご機嫌そうに尻尾を振っているのだった。







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