第201話  擬きの森






 オリヴィアは落胆した。何にか?頼まれた調査と言えど、リュウデリアとのデートと思っていたところに、異物が混じったからである。






「異物!?異物は流石にひどくないかな!?」


「では何と言えば良いんだ?」


「そんなに思いつかないの!?」


「異物は異物だからな」


「ひどい!?」




 はぁ……と、これ見よがしに溜め息を吐くのはオリヴィアで、その横には頬をぷっくり膨らませているソフィーが居た。受付嬢から頼まれた北東へ進んだところにある森の調査依頼を正式に受け、王都を出発したオリヴィアとリュウデリアなのだが、出入口の門を目指す途中でソフィーに出会した。


 知っている顔が居たので笑顔で話し掛けてきたソフィーに、フードで顔を隠しながらチッと舌打ちをした。頬を引き攣らせて元気よく挨拶をしてくるソフィーに最低限の挨拶を返してから王都の出入口を目指して歩き続けると、何処へ行くのかと問われた。言ったら付いてきそうだったので黙っていたのだが、黙っていても付いてきた。


 何処まで来るつもりなのかと思えば、王都を出ても付いてきたという訳だ。しかもその間ずっと話し掛けてくる。腰から伸びる尻尾が揺れているのを見ると、ご機嫌のようだ。こちらはリュウデリアと一緒に森へ行きたかったのに、とんだ邪魔者が入ったと急降下した機嫌だというのに。


 遊びに行くと思われるのは癪なので、依頼で森に向かっているからさっさと帰れと言ったのだが、報酬とかは別に要らないから一緒に行きたいと言うソフィー。当然断った。即座に断った。まあソフィーは許可を貰えなくてもついて行くつもりだった。




「リュウデリア。昼食は猫の姿焼きだ」


「ボク食べられちゃうの!?」


「誰が食うか。魔物の餌だ」


「殺意が高いね!?ちょっとくらいいいじゃーん……ねっ、同じ女の子のよしみでさ♪」


「はー……うざ」


「ほ、本当にうざそうに言うのやめよ……?」


「……お前ならば使い魔の姿に偽っている必要は無いな」


「ぅわおっ……びっくりした」




 ご機嫌斜めのオリヴィアの機嫌を取る為に和やかに話し掛けるソフィーと、変わらず機嫌が直らないオリヴィアの会話を聞いていたリュウデリアは、周りを確認してから使い魔のサイズから人間大のサイズへと変化した。


 オリヴィアの肩から跳んで大きくなったリュウデリアに、ソフィーが驚いて後ろに下がった。無意識に腰に差す二振りの魔剣へ手を伸ばして柄を握る姿は、流石は『英雄』ソフィーだと思うだろう。彼からしてみれば、未だに警戒心が取れていないという明らかな表れにしか見えない。


 目敏くソフィーの、魔剣へ伸ばされている手を見たリュウデリアは、鼻で嗤った。やはりまだ自分に対して警戒心が抜けられない。いや、抜くことができないのだ。『英雄』である彼女の力では歯牙にも掛けられない。それでも、何かあった時のために対応できるよう姿勢を整えておく必要があった。それを見せてしまった。




「案ずるな。俺の敵にならなければ殺しはせんし、不快にさせなければ王都を滅ぼす事も無い。俺を警戒するより、俺の周りを警戒した方が賢明だぞ」


「変なことをすれば、次の瞬間には死ぬことになるから気をつけることだな。怒ったリュウデリアを安易に止めることはできないぞ」


「うーん。相当気を遣わないといけないね!」



 ──────適当な出任せとか、誇張した言葉ならどれだけ良かったことか……『殲滅龍』怒らせたら本当に王都が消し飛んじゃうよ。実際に、南の大陸では跡形も無く王都が吹き飛ばされたって事だし。四六時中一緒に居て見ていたいけど、そうすると機嫌損ねちゃうからなぁ。難しいんだよなぁ……。




 不快な気分にされなければ、その場でいきなり殺しに掛かる事は無い。別に殺すことに快楽を感じている訳でもないので、その言葉は安心できるだろう。しかし裏を返せば、不快な思いにさせれば即座に殺すということ。誰が相手でもそれは同じで、止めることが出来なくなってしまう。


 龍にも序列があり、その頂点に君臨する龍王にすら軽薄な態度を取るのでその部分はお察しだろう。相手が強ければ強いほど、リュウデリアの戦闘意欲は爆発的に燃える。相手が弱くても、不快にさせられたならば殺す。ソフィーはその徹底ぶりから『殲滅龍』と謳われて恐怖される彼のことを理解する。


 監視はしたい。けど出来ない。実にもどかしい。ただ、監視と言ってもリュウデリアとオリヴィアの監視ではなく、彼等の周りに変な者が寄ってこないかを見る監視だ。直接止めることが出来ないため、せめて周りを改善する……という手しか取れない。


 機嫌が良ければ良い。変な刺激を与えなければ大丈夫。言うは簡単だが、そのアウトゾーンがどれだけ広いのかをまだ把握しきれていないので、ソフィーは慎重に行動している。若干、オリヴィアから邪魔者扱いされているが。




「さっさと行くぞ、『英雄』。調査依頼なんぞ即行で終わらせて食べ歩きがしたい」


「王都にはまだ食べたことのないものがあったからな。楽しみだな、リュウデリア」


「あぁ。行って帰ればちょうど良い時間だろうからな。こんなところで道草食ってる場合ではない」


「遅くなっても『殲滅龍』……リュウデリアには瞬間移動があるじゃん。帰るときの時間はあまり気にしなくていいんじゃない?」


「瞬間移動があるからと、それに頼りきっていれば脚が退化するぞ。楽な方楽な方と進むことは後退することと何ら変わらん」


「あはは……失言だったかな」




 移動する際に点と点を繋いで、途中の過程を跳ばす瞬間移動。距離によって消費する魔力が代わり、計り知れない魔力を持つリュウデリアにとっては地球の反対側に行こうが大した魔力消費にはならない。制約として1度見た場所じゃないと跳ぶ事が出来ないことが難点だが、見さえすれば何処へでも行ける。


 しかし便利だからとそれに頼りすぎると、瞬間移動でいいか……という短絡的な考えが根付いてしまう。なのでリュウデリアは、時間が押している場合や、早めに戻りたいと思った時を除いて瞬間移動は使わない。風情を楽しむためという理由もあるが、動かさないと鈍る体のことを考えているのだ。


 龍であるリュウデリアにとって、魔法は確かに必要なものだが、それよりも必要としているのは己の強靱な肉体だ。これ無くしてリュウデリアは語れないだろう。オリヴィアから褒められる強靱な肉体は、彼の自慢でもある。それが衰えてしまうというのは、かなりの苦痛だ。そこで、歩くという簡単な動作も、瞬間移動に頼らずに行っているのだ。


 使い魔の役をやっている時は仕方ないが、人目が無ければこうして人間の大きさになり、歩くのも同じ理由だ。加えるならば、オリヴィアと一緒に歩きたいという思いもあるのだが。結局のところ、脚があるのに使わないのは勿体ないだろう?という話だ。


 便利な魔法があると、つい使ってしまう身であるソフィーは、耳が痛いなぁと言いながら困ったように笑った。まさかそんなことを龍に言われるとは思ってもみなかったので驚きなどもあるが。彼の言葉を聞いて、ソフィーは真面で良く考える龍だなと、リュウデリアの認識を更新していく。


 人間大になったリュウデリアと一緒に歩くオリヴィアとソフィー達は、与えられた依頼の目的地である森を目指している。途中で話ながら向かっているので、時間が経つのは早く、いつの間にかと思えるくらいの体感時間で森へ着いた。伸び伸びと成長した木々が生えて、奥の景色は見えない。見た目は普通の森なのだが、近くで人が行方不明になっていると事前に知っていると、少し薄気味悪いものを感じるのは気のせいだろうか。


 加えて、死んだ人を見るという噂の真偽も確かめねばならない。思い出深い故人を見たという声が多く、行方不明者が出ているという森。何があっても対応できるように臨戦態勢を取りながら調査するのが望ましいが、一行にはあまり関係の無い話かも知れない。森を見つめ、目を細めるリュウデリアの腕にそっと触れて、何か見つけたのかとオリヴィアが問うと、首を縦に振って是と答えた。




「取り敢えず、行方不明者が出るという話の原因は解ったぞ」


「もう解ったのか?」


「まあな。そこの『英雄』も気づいているようだぞ」


「ボクは冒険者になって長いからね。こういう経験は何度もあるんだ」


「気づいていないのは私だけか……」


「無理もない。気配を感じ取れるようになったはいいが、踏んだ場数が少ないからな。少しずつ覚えていけばいい。ちなみに、原因は魔物だ」


「魔物……それらしい気配も無ければ、姿さえ見えないが……」


「見えるぞ。というよりオリヴィアも目にしているではないか。目の前のこの木を」


「木擬き……?あ、そういえば……」




 ふとした事を思い出した。オリヴィアがリュウデリアと一緒に、歩く王国が管理しているダンジョンに潜った時のことだ。魔物の情報を模倣して偽物を造り出すダンジョンが、最深の核を破壊されないために用意する自衛目的の魔物達。その中に木の姿をした魔物が居た。


 まだ彼等が顔を合わせる前。オリヴィアが神界からリュウデリアの事を覗き見ていた時にも、その木の魔物の突然変異と戦ったところも見た。まさかそれか?と思いついた。しかし気配がしないのだ。いくら姿が木そのものだとしても、魔物は魔物。生きているのだから気配があり、感じ取れてもおかしくないのに。


 困惑しているオリヴィアに、リュウデリアがクツクツと笑うと前に生えている木の元へ歩いて近づき、幹を鷲掴んで持ち上げた。超常的な剛腕で木を無理矢理地面から引き抜くと、根の部分が異様に長く、触手のように蠢いていた。敵と認識したのかリュウデリアの体や腕に枝や根を巻き付かせて締め上げるが、彼は微動だにしない。


 ぎしりと音が聞こえるが、リュウデリアが苦しそうにする様子は見られない。一方で木に化けていた魔物……トレントの上位種であるハイトレントが高い悲鳴を上げ始めた。彼が掴んでいる部分から大きく罅が入り始める。そして数瞬後には、罅は全体に広がって砕け散ってしまった。絡み付いた根や枝を純黒の炎で燃やし尽くすと、オリヴィアの方へ振り返った。




「トレントの上位種、ハイトレントだ。トレントは木に似た姿をしている魔物だが、ハイトレントは木に寄生する。気配が無いと思ったのは、寄生した木の気配に騙されたからだ。トレントよりも耐久性は劣るが、その分他の木に気配が紛れて見つけづらい」


「森を通っている間に少しずつ人がやられて、いつの間にか仲間が全員やられてた……なんて事もあったんだ。見分けるのはコツが要るんだよね。簡単な方法もあるけどさ」


「奴等は火を恐れる。簡単に燃え移るからな。だが、トレントと違うのは寄生云々だけでなく──────」




「──────■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「火を恐れるクセに、危険が迫ると炎系の魔法を使ってくることだ。他の仲間と共に一斉にな」


「森があることを考えて欲しいものだよね!」




 魔法陣が展開される。炎系の魔法で、炎の球を造り出して飛ばすだけの簡単な『飛ぶ炎の玉ファイアボール』ではあるが、如何せん数が多い。仲間に被弾しないように射線上から避けて、こちらに向かって数十球の炎を発射した。ハイトレントは今まで襲ってきた人間と違い、リュウデリアのことを脅威と判断したのだろう。


 加減無く、全力の炎球がやって来る。ソフィーが腰の双剣を抜いて前に出ようとするのをオリヴィアが手を上げることで止めた。彼女達の前には、ハイトレントを1体葬っていたリュウデリアが居る。目の前で仲間が殺されたのだから、攻撃する優先順位は間違っていない。でも、狙う相手としては悪手の上に悪手を重ねていた。


 右腕を持ち上げて、伸ばした人差し指を上に向かって振った。簡単な動作で魔法が発動し、ハイトレントだけが宙に浮かび上がった。前方に見えていた森だと思っていたところの1部……左右へ約10メートル。奥へ約15メートルの範囲内の全ての木がハイトレントだった。それらが全て浮かび上がって浮遊している。地面に固定していた根も関係無く、無理矢理引き抜かれている。


 次に、リュウデリアに向かっていた数多くの炎球が、彼の目前に展開された純黒の魔法陣によって跳ね返された。『現象反転リフレクション』である。跳ね返す倍率は10倍になっている。初級程度の魔法である『飛ぶ炎の玉ファイアボール』と言えど、10倍の威力になればトレントと比較して脆いハイトレントを消し炭にするには十分なものと言える。


 ましてや今、ハイトレント達はリュウデリアの魔法によって空中に浮かび上がっている。逃げ場が無く、防ぐ方法も無い。相殺しようと『飛ぶ炎の玉ファイアボール』を今から撃っても、10倍の威力になって返ってきた炎球に押し負けるだろう。つまり、ハイトレント達はもう既に詰んでいたのだ。


 上空で炎球がハイトレント達に叩き込まれ、爆発した。連続した爆発音が響き渡り、大気を叩く衝撃が地上にも届いた。髪や服の裾を煽り爆風が吹く。黒煙が発生し、その威力を物語った。上空の煙から小さな破片が落ちてくる。ハイトレントが粉々になったものだ。それらが本物の森に降り注ぐ。依頼された調査内容の内、1つが呆気なく終了した。




「空中で爆撃とか、エグいね」


「自分で撃った魔法が返っただけだ。自業自得だろう」


「……この何も無くなった範囲の木が、全て魔物だったのか?」


「そうだ。驚いたか?普通は気づかん。その所為で近くを通る者達が襲われ、栄養になっていたのだろう。それなりに埋まっているようだしな」


「……はぁ。これ、報告するの面倒くさいなぁ」




 彼等の視線の先には、ハイトレントが無理矢理引き抜かれて露出した根が生えていた下の地面がある。そこには、襲われて体液やら何やらを吸われていたのだろう、人の死骸があった。白骨化しているものもあれば、肉が残っているものもある。腐って異臭を放ち、残った肉が崩れている。


 見るも無惨な姿に変わっている死体が、幾つもあった。それを目にして、遺族の人になんて説明するんだろうなぁと面倒くさそうな表情をするソフィー。直接挨拶するのは彼女の役目ではないが、見つけた者として説明する義務があるので、その説明が面倒だと思っていた。


 オリヴィア達に説明を任せても良いが、確実に適当な報告になると思うし、何だったらこの死体達をギルドへ直接持って行ってしまうかも知れない。そうなるとややこしい事になるので、報告は自分がしようと考えたのだ。実に賢明な判断と言えるだろう。任せたら、頭だけを持っていったに違いないから。




「ま、報告の事はボクに任せてよ。次は色んな人が目撃したって言ってたオバケのことだね!」


「また魔物の仕業なのではないか?」


「幻惑系の魔法使う魔物は、この近辺に居ない筈だから違うかな?何だろうね。本当にオバケだったりして……っ!」


「ふーん」


「すっごい興味なさそう」


「何にしても、俺を驚かせるモノであって欲しいものだ」




 歩き出したリュウデリアに続いて、オリヴィアとソフィーも歩き出した。死体があるところを避けて進んでいき、本当の森の部分に入っていく。見た目は今度こそ普通の森だ。此処で、死んだはずの人を見たという声が上がっている。頼まれた依頼の内容の最後。噂の幽霊の正体について。


 既知よりも未知を求めるリュウデリアが、どういう原理で死んだはずの者を見るのかと考えている。そして、死んだ者が本当に見えるのだとしたら、自身には誰が見えるというのだろうか。そこら辺に興味がある。オリヴィアも誰を見るのだろうかと考えて歩みを進める。





 死した存在を幽霊のように見てしまうという、謎の噂を呼ぶ森。彼等はその正体を掴む事ができるのだろうか。






 ──────────────────



 ハイトレント


 トレントの上位種。トレントは元から木のような姿をしているが、ハイトレントはその姿のまま普通の木に寄生する。それにより気配や魔力を隠蔽する。


 耐久性は普通の木と同じになってしまうが、気配やら何やらで見つからないので奇襲で獲物を捕獲する。捕獲したら、根のところに埋めてエネルギー吸収する。死体が見つからないのは、地面に埋まっているから。


 燃えやすい木に寄生しているので、火を恐れる。が、危険が迫ると仲間達と一緒になって炎系の魔法を使用する。





 リュウデリア


 片手で、しっかりと根が張られたハイトレントを引っこ抜いた。元の大きさや、それに伴う腕力を考えれば当然と言えば当然だが、人間大の大きさでそれをやられると圧巻。ソフィーは引き攣った笑みを浮かべていた。


 ソフィーがまだ警戒していることを知っている。隠しているようだが、手に取るように解っている。だがそれは、自分の周囲を警戒していることを知っている。直接戦っても勝てないのだから、怒らせる理由を排除した方が効率が良いと解っている様子に感心している。





 オリヴィア


 調査依頼という名のデートだと思いきや、邪魔者のソフィーが来たことで不機嫌になっている。リュウデリアが戦うところを見るのは普通に好きだし、楽しそうにしているならば尚更。


 ハイトレントの気配は読めなかった。寄生して気配を普通の木に偽られていたので、何処にどのくらいのハイトレントが居たのか全然解らなかった。想像以上に居て普通に驚いた。


 気配を読み取る力をもっと鍛えた方が良いなと、前向きに考えている。リュウデリアが傍に居るので奇襲される可能性はほぼ無いに等しい。





 ソフィー


 リュウデリアには勝てないことを理解しているので、彼を警戒するよりも彼の周りを警戒することにした。怒りを買うような事が起きそうならば、飛び込んで阻止するつもり。王都を消し飛ばされたくないから。


 オリヴィアとは女の子同士なので普通に仲良くしたいのだが、間が悪く良い印象を持たれていないので前途多難だなぁと思っている。好待遇ばかり受けていたので、冷たい態度を取られると中々に悲しいことを知った。



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