第213話 『英雄』の忘れ
向かってくる魔物の大群は、一様に瘴気の紋様を刻んでいた。炎が朦々と燃え盛っているかのようにも見えるその紋様は、刻んでいる者の力を数倍に強め、潜在能力などを高める効果を持ちながら、負った傷を治す力も与えられる。
ただし、理性は飛んで負の感情に支配される。刻んだら最後、誰彼構わず無差別に攻撃するか、最も負の感情を抱いた者に襲い掛かる。今向かっている魔物の大群は、王都に居る冒険者に仲間を狩られてしまった魔物ばかりである。つまり、王都に居る人間に対して負の感情を抱いていた。
辿り着けば、魔物は忽ち人間を襲うだろう。街を破壊し、王都が壊滅するまでその襲撃は終わらず、最後の1人になろうと人間を殺し続ける筈だ。
通り掛かった時に邪魔だから討伐したという理由で、ゴーレムから王都を救ったオリヴィア。守ってやろうと思って守った訳でもないが、曲がりなりにも救った王都が次の瞬間には滅ぼされました……では、自分の行動に意味が無い。無駄なこと意外の何ものでもない。
そう思うと
少し振ってみて違和感が無いことに頷いて、今度はこれで行こうと決める。背後からやって来る気配に、態々出て来なくて良いものを……と思いながら振り返った。そこには出来るだけ急いで駆け寄ってくるソフィーの姿があった。有事の際の避難場所へ住民を移動させてから来たのだ。
「オリヴィアっ……はぁ……はぁ……ぼ、ボクも戦うよ!君にばかり任せてはいられないからさっ!」
「いらん。お前のその体で何が出来る?あの時のゴーレムと同じような魔物ばかりだぞ。また死にかけるつもりか?私が片づけてやるから、お前は休んで見ていろ」
「えっ……なんか、優しいね?もしかしてさっきの騎士との戦いで頭でも打った?」
「魔物より先にお前を片づけてやろうか?」
「ごめんなさい!……『英雄』として情けないけどここは任せるね。でも、援護くらいは出来るからそれくらいはさせて!」
「好きにしろ」
魔力で造った片手斧で脅されたのですぐさま頭を下げたソフィーに、フンと鼻を鳴らして正面に向き直った。肉体を魔力で強化して戦いに備える。騎士にトドメを刺すときの斬撃で十数体を巻き添えに斃してはいるが、それでも元は100体以上も居るためそこまで変わったようには見えない。
『英雄』が負けた瘴気の紋様を刻んだ魔物が大群となって押し寄せていると思うと、並の人間や冒険者などは絶望する事だろう。どうやっても勝てないのが目に見えているのだから、戦って勝つよりも時間を稼いで住民を王都から避難させることに重きを置く。しかしオリヴィアは正面から戦うつもりだった。
あの時のゴーレムと同じような相手ならば、別に逃げる必要も無いだろう。分裂したゴーレムの方を相手し、瘴気を刻んだ本体はリュウデリアが斃したが、彼の純黒なる魔力ならば瘴気に修復の力を使わせずに斃すことが出来る。つまり、オリヴィアは普通の魔物を相手する時と同じ事をすれば良いのだ。
さて、ではさっさと終わらせてしまおう。終わらせて、リュウデリアが戻ってきた時に笑顔で出迎えてやるのだ。帰ってきて雑魚の掃除をさせるなんて手間を与えたくない。オリヴィアは地面を踏み締めて駆け出す姿勢に入った。その横を何かが通り過ぎていき、魔物の大群へと突っ込んだ。
突っ込んで行ったのは……ソフィーだった。その姿を目に収めると、流石のオリヴィアも固まった。一体何をしているのかと呆然としたのだ。今先程
訳も分からず出遅れたオリヴィアは駆け出した。魔力で肉体を強化しているので風のように疾走し、魔物の大群との間にあった距離を瞬時に埋めて接敵した。片手斧を振り上げ、跳躍して真上から振り下ろす。棍棒を持ったオークが防御の姿勢を取ったが、棍棒ごと体を真っ二つに裂いた。2つに断たれた体は純黒に染まり絶命した。
「おい!何故お前が前に出る!援護はどうした!」
「あれー?
「はぁ?」
「そんなことより、遊び相手がいっぱいで退屈しなーい!あははっ。
「なんだ彼奴は……意味が分からん」
言ってたこととやってることが違っているソフィーに、戦いながら首を傾げる。こちらが言ったことを守らずに突っ込んだとするならば……まあ苛つくが従わないことも分かる。しかし自分で今さっき言ったことを数秒後に反故にするというのは何なのだろうか。
それにソフィーの戦い方だが、ちょっとおかしいように感じる。速度で翻弄して隙を見つけたら強力な一撃を叩き込むといった戦い方をメインにしていただろうに、今の彼女は速度で戦場を駆け巡りながら、適当に魔物に斬り掛かって攻撃し、その場を離脱して違う魔物に斬り掛かるという行為を繰り返している。
体がダメージを治しきっていないからか、両手に持つ双剣の鋒を背後に向けて魔力放出で加速して速度を出している。自力の速度は不調な今では大したものでもないことは察せられる。それでも、強力な攻撃をしようと思えば出来るはずなのにしない。自由に走り回って適当に攻撃しているだけだ。
あっちへこっちへ好きに動き回るソフィーは、魔物を斃そうとする意思が無いように思える。速度に追いつけず攻撃しても空振る魔物を見てクスクス笑いながら挑発している。あの時の躯体が変わったゴーレムのような速度は出せないらしい魔物の大群は、逃げ回るソフィーを殺そうと必死だ。
何がしたいのか一向に分からないオリヴィアだったが、顔を隠すために羽織っていた外套が風で外れたソフィーと目があった。何が楽しいのかニコニコしている彼女の目は、楽しそうに細められているが何となく意図が伝わってきた。そういうことかと察しつつ、やはりソフィーの今の状態がよく解らない。
上空に不自然な速度で広がる黒い雷雲が発生する。雷鳴を轟かせ、純黒の雷が帯電している。自分達が居る場所だけ突然暗くなったことに魔物達が上を見上げている隙に、オリヴィアは右手の片手斧に冷気を纏わせた。ぱきりと音を立てて空気を冷やし、朝霧のような黒い靄を発生させた。
左手の片手斧には黒い雷が帯電している。しっかりと魔力で造った武器に魔法が付与されたことを確認すると、意識が自身に戻された魔物達へ片手斧を振った。右手の片手斧で少しでも魔物のことを斬ると、その部分から体が凍りついていった。冷気により凍りつき、体が動かなくなる。そこですかさず左手の黒雷を帯びる片手斧を斬りつける。
瞬間、黒雷が上空の雷雲から落ちて来た。左手の片手斧で斬られた魔物の脳天に向かって落ちた黒雷が一瞬にして魔物であるオーガを消し炭にした。だがそれだけでは終わらず、黒雷は消し炭にしたオーガを中心として数メートルの範囲に居る魔物達を足元から感電させた。白目を剥く程の電撃で動きが止まる。明らかな隙に、オリヴィアは右手の片手斧を振って首を刎ね、宙を舞いながら黒く凍った頭は着地と共に砕け散った。
右の片手斧で斬られれば体が凍結し、左の片手斧で斬られれば空の雷雲から黒雷が落雷する。一撃で対象を消し飛ばしながら、周囲も感電させるので動きを阻害させ、その間に次の攻撃を入れる。どちらを受けても動きが止まり、致死ダメージを与えられる。分かっていても防げない攻撃に、距離を取ろうとする。
それをソフィーが邪魔をした。魔力放出で速度を上げながら走り回り、オリヴィアから距離を取ろうとする魔物に斬り掛かって注意を引きつける。一瞬でもオリヴィアから意識が逸れると、懐に潜り込んで片手斧を振るうのだ。
「■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」
「背後から来ても解るぞ。それに、誰も斬らないと落ちないとは言っていない」
ゴーレムがオリヴィアの背後からやって来て襲い掛かった。撹乱してくるソフィーよりも、一撃で絶命するような攻撃を仕掛けてくるオリヴィアの方が脅威だと理解しているのだろう。狙うならば確かに彼女だ。不意を突いて押し潰そうとしたのはいい。問題は、後ろから来ていることを彼女が察していることだ。
左手の片手斧を無雑作に上から下へ振り下ろす。黒雷を帯びた片手斧に反応して、斬った訳でもないのに雷雲から黒雷がゴーレムに向かって落ちて来た。魔物の中でも鈍重な動きでそれほど早く動けないゴーレムは、避けることも出来ずに飛来した黒雷の餌食となった。
躯体の変化で速度を上げることは、前に襲撃してきたゴーレムのように出来る。しかしそれをやるだけの隙を与えてくれない。最初からそれを警戒してか、ソフィーがゴーレムを中心に撹乱して、オリヴィアが攻撃しやすいようにしている。敵が入り乱れる乱戦で、次々と魔物を葬っていった。
「あ、コラーッ!空から行くなー!」
「鳥系の魔物か」
「オリヴィアー!アレ撃ち落としてー!ボクがやろうとすると他の魔物に隙を叩かれちゃう!」
「速度で翻弄することしか出来ないのかお前は」
地上で戦う魔物を余所に、空から王都を目指そうとしている魔物が居る。スティンバードと呼ばれる鳥の魔物の特徴は、長く鋭い嘴である。空から急降下して獲物に体当たりし、嘴で刺突攻撃をしてくるのだ。そのため自分より大きな体を持つ獲物は基本的に狙わない。翼を広げると4メートル近くになる大きな体をしている。
人間を狙うこともあり、串刺しにされて死亡したという事例は少なくない。空を飛んで行けるのでソフィーが気づいて攻撃しようと思っても、攻撃の為に溜のある行動をすると囲んでいる魔物達に襲われてしまう。そこでオリヴィアに助けを求めた。あの鳥の魔物を代わりに斃して欲しいと。
左手の片手斧をウルフに向かって振り下ろして頭を真っ二つにしながら黒雷を落とす。ウルフの体は消し飛び、周囲に居た魔物達は感電して身動きが出来なくなった。オリヴィアは頭の中で想像し、飛んでいるスティンバードを撃ち抜く為の黒雷を、雷雲の中に造り出した。そして発射するように思考し、黒雷で形成された矢が放たれた。
全部で7体。その最後尾を飛んでいるスティンバードに黒雷の矢が直撃した。近くを飛んでいる他のスティンバードに黒雷が移ってほぼ同時に7体が雷の餌食となった。撃ち落とすつもりだったが、火力が高かったことで羽1つ残さず燃え尽きた。
狙った通りにスティンバードを蹴散らしたオリヴィアは満足げに頷いた。そんな彼女を真横から狙ったハイオーク。体についている多くの脂肪のお陰で感電から抜け出すのが1番早かった。持っている棍棒を横殴りに叩きつけるが、触れる前に透明な壁のようなものに阻まれてオリヴィアに攻撃が届かない。
よく解らない方法で攻撃が防がれたことに驚いていると、棍棒が粉々に砕け散った。それだけではなく、ハイオークの脂肪だらけの腹にはいつの間にか大穴が開いていた。内臓がはみ出て血を噴き出す。それが彼女に注がれることはなかった。何も無いところで血が止まり、不可視の膜で守られているように見えた。
「──────『
「魔物の数も大分減ってきたねー!さっすがオリヴィア!」
「お前は走りながら少し斬っているだけだがな」
「それは言わないで欲しいにゃーん♡」
連携しながら斃した魔物は相当な数になってきた。100体以上も居た魔物の大群は、今ではもう十分の一程度の数となった。ここまで来ればソフィーも大分動きやすそうだ。変に囲まれる心配も無いのだから。オリヴィアは元より物理攻撃が無効化されるので、乱戦のど真ん中に居ようと平気だが。
一体一体確実に絶命させていくオリヴィアと、その手伝いとして意識を逸らす役割を担うソフィーが健闘し、魔物の大群は打ち倒された。どの個体も逃げなかったのは、瘴気の紋様によって逃げることを許されていなかったのか。
この瘴気の紋様については、詳しく知らないオリヴィアには判断が出来ないので放って置くことにした。それよりも、言動と行動が噛み合っていなかったソフィーだ。血塗れの魔力で造った片手斧を2つとも消し、ハイタッチをしようとして近づいてきたソフィーを見る。目を細めていると、首を傾げているので解っていないようだ。
「それで?何故援護をすると言いながら私よりも先に突撃した?」
「突撃……?
「はぁ……惚けるな。今先程の戦いの話だ。馬鹿にしているのか」
「戦い……戦い……?あ、そうだ!魔物の大群はどうなったの!?って、うわッ!?ここら辺すごい血塗れじゃないか!血生臭い……」
「はぁ……?」
心底何を言っているのか分からないと言いたげな表情をしてくるので、オリヴィアは少し困惑した。今先程の、本当に今先程の戦いの話をしているのだ。あれだけ縦横無尽に、自由に走り回っておきながら何もしていないというのはおかしいだろう。困惑するから、言ったことと違うことをするのはやめろと言おうと思ったのに、出かかった言葉を飲み込むことになった。
ソフィーは何かおかしい。魔物の大群と戦っていたのに、まるでそれを知らない、戦っていないとでもいうような言動をしている。自身が立っている場所が魔物の死体だらけな場所だと分かると、血塗れなことに顔を顰めている。顰めたいのはこちらだというのに。
魔物の大群を斃したなら、早く王都に戻ろうと言って手を取って歩き出すソフィーの背中を眺めながら、オリヴィアは彼女に何が起きているのかと不思議に思った。
──────────────────
スティンバード
鳥類の魔物。特徴は、長く鋭い嘴。空から急降下して獲物に体当たりし、嘴で刺突攻撃による串刺しを狙う。そのため自分より大きな体を持つ分が悪そうな獲物は基本的に狙わない。翼を広げると4メートル近くになる大きな体をしている。
オリヴィア
魔力で造った武器に魔法を付与した。斬りつけると凍る冷気を纏わせるのと、斬った相手に雷雲から黒雷を落として範囲に感電させる雷を纏わせる。どちらかを食らうだけで動きが止まるので戦いやすかった。
ソフィー
援護をすると言った途端に突撃をかました。自身の攻撃が致命傷にならないことを悟り、魔物を斃すのはオリヴィアに任せていた。その代わりに動き回って魔物の注意を引きつけて撹乱していた。
何故か援護すると言って突撃したことや、魔物の大群をオリヴィアと一緒に戦ったことを覚えていない。
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