第214話  曖昧な記憶





 何かがおかしい。ソフィーは魔物の大群と確かに戦っていた筈なのに、まるでそれを知らない、戦っていないとでもいうような言動をしていた。自身が立っている場所が魔物の死体だらけな場所だと分かると、血塗れなことに顔を顰めている。


 妙な奴だとは思っていた。何故か知らないが懐いているのか、積極的に関わってこようとする。他の冒険者よりも強いということや、使い魔の正体がであって観察する必要があるということを抜きにしても、深く関わってこようとする彼女だった。そこら辺がイマイチ理解出来ないが、今回のは最も理解出来ない。


 手を引かれながら、彼女達の手によって守られた王都へ歩いている途中、オリヴィアはこの変な違和感が拭えず気持ちの悪い感覚を味わっていた。敵意は無い。最近分かるようになった気配察知で把握している。向けられるのは好意だ。むしろ真逆の感情。つまり騙そうとしている気配は無い。


 自覚症状も無いときた。自覚が無く、そしてその時の記憶も無い。一時的なものであったにしろ、頭を強く打った訳でもないのに、これは明らかな異常だろう。歩きながら考えるオリヴィアは、手を繋がれていない右手でフードを被り直しながら、目を細めて口を開いた。




「おい」


「んー?なにー?」


「森の調査依頼で回収した、魔法陣の刻まれた石はどうした」


「あー、あれ?帰ってくる途中でゴーレムと戦ったじゃん?その時に砕けてたみたいでさ。粉々だったよ」


「……壊れたんだな」


「残念だけどね。ま、すんごい威力の魔力放出を受けちゃったからね。単なる石くらい壊れちゃうよ」




 ごめんね。その事を含めてギルマスにはボクから報告しておくよ。そう言って話を終わらせたソフィーに、そうかとだけ返した。そして、歩いていた足を止める。ピタリと止まり、繋いでいた手を引かれる形でソフィーの歩みも止まった。不思議そうに振り返り見つめてくる。彼女の瞳を、オリヴィアは真っ直ぐ見返した。


 繋いでいる手を振り払われる。強く払ったことでばしりと弾かれた。ソフィーは驚いたような、不思議そうな表情を作る。払われてしまった掌に目線を落とし、何か気に障ったことでもしちゃった?と聞いてくるので、答えてやることにした。




「お前の話はおかしな点がある」


「……何かな?」


「魔法陣の刻まれた石は、粉々に砕けてしまったと確かに言った。だが、そんなことは有り得ない」


「何でそう言い切れるの?」


「ゴーレムの戦いが終わった後、ボロ雑巾のようなお前を診療所に運んだ際、報告するために石は回収しておいた。いつ目覚めるか分からん奴を待つよりも、私が自分で出して報告した方が早いからな。石の在処は、入れるところを見ていたため知っている。ちなみに、石は奇跡的に無傷だった」


「………………………。」


「お前が気絶している間に、ギルドへ行って報告は済ませている。さて、お前は何故壊れたと嘘をついた?無くした後ろめたさから誤魔化すならばまだしも、態々壊れたと嘘をつく必要は無いだろう」


「………………………。」


「そもそもな話、依頼内容の詳細は正規の手順で受けた者に報告義務があると、ギルドの規則で定められている。本人の言葉と他の報告者との差異を無くす為だ。SSSランクのお前が知らないわけがないだろう。人間に興味を持っていないから、そういった細かい点はどうでもいいと考えている……とでも思ったか?最低限のことくらいは頭に入れている。私は、リュウデリアのように賢い訳ではないから、実際に思い感じたことを総合的に見て判断するしか出来ない。少ない知識の中でだ。それでも、お前はおかしいと判断はつく。長くなったが、どういうつもりだ?」




 ギルドには、そもそも多くの規則は存在しない。金さえ払えば誰でも冒険者になれてしまうので、むしろ多くの規則が必要になると思われるだろうが、攻撃的な者達であったり気性の荒い者達が多いので、多くの規則を提示しても従わないのだ。そこで、絶対に守れという規則を少なく提示している。これだけは、厳守しろと。その中に、報告の義務が入っている。


 昔に、オリヴィア達と似たような状況になって事件に発展した事があった。ソロの冒険者がギルドの受付で手続きをし、依頼の指定場所へ向かっている途中で同じ冒険者に出会した。最近冒険者になったばかりで、依頼は数件しか受けたことが無い。そこで先輩として一連の流れを見せて教えて欲しいと言った。


 依頼を受けた冒険者は快く許可した。仕事を覚えるのは良いことだからと。依頼自体は簡単なものだ。依頼者の元へ赴き、記載されていない詳細を聞いて、これから依頼を開始することを告げれば良いのだ。最近動物が騒がしくしている、近くの森の調査を頼まれた冒険者は仕事に取りかかった。


 結果から言えば、依頼は完了した。動物が騒がしくしていたのは、魔物が動物を襲っていたからだった。原因の魔物を討伐し、証拠の部位も剥ぎ取った。依頼人に報告もしたので帰路についたのだが、途中から付き添った新米の冒険者が、依頼を受けた冒険者を襲った。毒を使い、身動きを封じるという狡猾な手口だった。


 依頼内容は依頼者との会話で把握している。依頼を受けた冒険者の名前も自己紹介した時に知っている。どこのギルドで受けたかも話している最中に聞き出した。つまり、事細かに報告するための準備はできていたのだ。依頼を受けた冒険者を襲い、殺し、金品を奪いつつギルドへ戻った冒険者は、あたかも途中から一緒に受けて、一緒に魔物と戦ったかのように語った。


 依頼を受けた冒険者は、そのまもとの戦闘で惜しくも亡くなってしまったと嘘の報告をした。ギルド側は依頼内容を事細かに知っている点と、依頼した冒険者のことも知っている点から、仲間だと思い報酬を払った。殆ど何もせず、報酬の金額全てと奪い剥ぎ取った金品を売った金を手に入れた冒険者だったが、その後憲兵に掴まって牢獄に入れられた。


 また森が騒がしいという理由で、依頼者が名指しで殺されてしまった冒険者を指名したのだ。彼は亡くなってしまったのでは?と聞き返すと、依頼完了時には無傷であったことを語る依頼者。おかしいと思ったギルド側が捕まえて尋問すると、嘘をつき続けるのは無理だと察したのか、冒険者は真実を語り認めた。


 こういった事件が過去にあったからこそ、依頼の完了報告は正規の手順で依頼を受けた冒険者がすることと定められている。もし本当にその冒険者が亡くなってしまった場合、特例として認められているのは受付を済ませた時に一緒に居たチームのメンバーが報告をした時だ。その時は報酬は半分になるようになっている。


 メンバー内でのいざこざがあり、同士討ちをして嘘の報告をして報酬を受け取ろうとするのを防ぐためだ。それらを踏まえた上で、冒険者は依頼を受けている。ちなみに、全員が亡くなってしまった場合は依頼者が報告するか、何の音沙汰も無く1年が経過した時点で無効となる。




「何を企んでいる?」


「……企んでいる訳じゃないよ。騙すつもりも無いんだ。信じて欲しい」


「はは。私がその言葉を信じるとでも?まさかだろう。何をするつもりなのかは知らないが、敵ならば『英雄』と言えど容赦はせんぞ」


「……じゃあ、ボクが話すから、それだけは信じて。お願い」


「内容による。下らん理由ならば、信じるに値しない」


「……うん」




 寂しそうな表情をするソフィーに対して、オリヴィアは胸の前で腕を組んで一応の話を聞く姿勢は見せている。しかし彼女を警戒しているからか、いつでも魔力で武器を造り出せるように想像の準備はしている。それを気配で感じ取っているので、寂しそうに笑うのだ。


 命を賭けて王都を守ったソフィーが、実は人間の敵でした……ということは無いと考えている。敵なのに死にかけるまで戦うようなことはしないだろうと思っているのだ。もしかしたら、その死にかけるというのもブラフという可能性があるが、少なくともオリヴィアはその線は感じていない。




「ボクはね、時々記憶が曖昧になるんだ」


「先の戦いを覚えていないということも、それに繋がると?」


「うん。石については……そうだね。多分ボクが魔法陣を刻んだんだと思うよ。ボクの記憶ではやっていないけど、何となく……見覚えがあるような気がするんだ。そういう感覚の時は、大抵ボクが関わっているからさ。でも、どうしてそんなことをしたのかは分からないんだ。だから理由については答えられない」


「何故、何のためにあんな魔法陣を刻んだのかは解らないが……見覚えがある感覚があるから恐らく自分でやったと思う……か」




 ソフィーは誰にも言えない事があった。それは記憶の曖昧性。夢遊病を患っているというわけでもないが、時々記憶に無いことが起きていた。それに気づいたのは、いつも通り過ごしていただけなのに、見に覚えのないことに感謝されたことがきっかけだった。


 助けた覚えもないのに、いきなり知らない親子から感謝されたのだ。息子が街の通りにある階段から転びそうになっているところを助けてくれてありがとうと。その時は間違いじゃないかと問うたのだが、『英雄』のソフィーを見間違えるはずもなく、親子で目撃しているし、息子に至っては助けてもらっているので印象が大きい。


 そうだったね。どういたしまして。そう返してその場を凌いだが、普通に忘れているだけかと思っていた。しかし同じようなことが何度も繰り返されると、不信感を抱くというものだ。ましてや、今回のように事件が起きて、原因にも成り得たものを製作していたりもした。


 今回の石も、人を迷わせるようなことになり、噂が飛び交って人が集まり、結果的にハイトレントの餌食となって人が死んでいる。自分の所為だとあの時は思っていた。初めて見る気がしない。つまり自分が関わっている。ならば、ハイトレントに襲われてしまった人達は自分が原因と言ってもおかしくないだろう。




「ボクにも原因が解らないんだ。不定期に、突然そんなことになる。解決しようにも解決できないんだ」


「記憶が飛ぶからと言って直接害があるわけではない以上、まだマシだと言いたいところだが、私にはお前が何故そうなっているか皆目見当がつかない。もしかしたら、リュウデリアが解っているかも知れないが」


「彼は知ってるの!?」


「リュウデリアは解っていても、頭の中で全て解明させるまで話してはくれない。聞けば教えてくれるが、聞かねば教えない。不確かな情報をあまり与えたくないのだろう」


「そうなんだ……あれ、そういえば彼はまだ帰ってこないの?」


「……確かに遅いな。何かあったのか?」




「──────そんな大した用事ではなかった。待たせたな、オリヴィア」




「おぉ、驚いた。まさか後ろに居るとは」


「『瞬間転移テレポート』で跳んできたからな」




 突然声が聞こえた。愛しい彼の声ならば、1文字目で判別できる。オリヴィアはフードの中で蕩けるような笑みを浮かべて振り返った。そこには人間大の大きさのまま佇むリュウデリアの姿があった。負傷した様子も見られないので、恐らく戦いには勝ったのだろう。


 お帰りと言って抱きつくと、抱き締め返してくれる。少し遅くなっただけで、いつも通りの彼だ。まあ、戦いに関して彼のことを心配するのは無粋だろう。誰よりも強いことを、オリヴィアがこれでもかと知っているのだから。


 背中に回された逞しい腕の感触に頬を赤く染めて幸せを享受していたいが、今は気になることがあるので後回しにすることにする。断腸の思いでリュウデリアから離れると、先程までソフィーと話していた事の顛末と、魔物が襲って撃退したことも話した。静かにオリヴィアの話を聞いていた彼は、指で顎の下を擦っている。




「──────ということなのだが、何か知らないか?」


「ふむ……まあ大方は理解した。恐らく間違いはない筈だ。俺の推測でも聞いてみるか?」


「あぁ。お前の推測なら信頼も信用もできる。頼んでいいか?」


「ボクからも……お願い。自分のことだから知りたいんだ」


「構わん。構わんが……ソフィー、聞いたら最後、お前は人間のソフィーでは居られなくなるぞ」


「……え?」




 帰ってきたリュウデリアは、どうやらオリヴィアから聞いた話を自分の把握しているものと繋ぎ合わせてある程度の事情を理解したらしい。推測と言っているが、殆ど真実を明らかにしているようなものだろう。故に、ソフィーは是非とも聞きたかった。彼の推測とやらを。


 だがそれは同時に、今のソフィーがソフィーではなくなるということらしい。話の内容に全くピンとこないので、聞くのが怖くなる。彼にとってソフィーとはそれ程興味を惹く存在ではないだろう。これから強くなるならば強くなって、自分に向かってきて欲しいと思っている程度だ。


 だからこそ、聞きたいと言えば教えてくれるだろう。1から10の全てを。聞きたくない話でも、何の憂いもなく、そして躊躇いなく教えるはずだ。何せそこまで興味が有るわけじゃないから。精神的に追い詰められようが構わないのだ。







 でも、ソフィーは知りたいと思った。自分のことで知らないことがあるのは嫌だから。また同じように他者が犠牲になる原因など作りたくないから。それに応え、リュウデリアはその口を開いた。









 ──────────────────


 ソフィー


 時々記憶が曖昧になる現象に陥っていた。対処法が思いつかず、これまで隠してきた。人死にが出る原因を作ったことに後悔があるが、自分がそれを作った理由が解らない。


 どうやってリュウデリアが自身でも解らないことを知っているのかは気になるが、それよりも純粋に自分のことを知りたい。





 オリヴィア


 実はリュウデリアのことを一言どころか1文字目発しただけで判別できる。何だったら匂いでも気配でもいける。リュウデリアの方が断然頭が良いので大した考えは思いつかないと思っているが、地頭は良い。伊達に頭の良い友神を持っていない。





 リュウデリア


 あることをしてから戻ってきた。オリヴィアの真後ろに転移したのはまぐれ。見た光景ところにしか跳べないので跳んだら、偶々オリヴィアの真後ろに居た。


 ソフィーのほぼ全てを看破している。




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