第212話  つけ込まれる




 使い慣れ、手に馴染むハルバード。長年使ってきた相棒は、瘴気の紋様を刻まれようとまさしく相棒だった。使う者は確かに少ない。自身の他に使っている騎士など見たこと無い。だが、彼はこのハルバードが使いやすく、使うならばこれが良いと思った。


 戦いの才能と呼べるものは、備わっていなかった。しかし生来の生真面目な性格を利用して鍛練を繰り返した。騎士を育成する為の学び舎にも通い、腕を磨き、知識を身につけた。成績で負けていたら努力して追い抜き、人望にも恵まれた。そうして騎士の学び舎を3位で卒業し、王都に仕える兵士に抜擢された。


 最高の栄誉を得ることが出来たのだ。それに加えて、国王は人格者だった。民からも慕われる、王の中の王だった。だからこれまで仕えてきたのだ。国王以外の者が、謁見の間に来るならば頭を下げるのが礼儀。子供でも知っていることだ。それをしないなどどうかしている。


 正義感もあるが、必要最低限の礼節を重んじろと言いたい。だから、あの日……頭を下げないどころか敬語すら使わずに接するオリヴィアには頭に血が上った。旅人だか何だか知らないし、冒険者だろうが関係無い。頭は下げるべき。今までもそうだったのだ。しかし王はその不敬を許した。王都を守ってくれたのだから、それくらいは全く気にしないと。


 心から尊敬する方が、一介の冒険者という身分の低い者に気安く話し掛けられているのが我慢ならなかった。だから一言言ってやろうと思ったのに、国王に咎められ叱責された。間違ったことは言っていないはずなのに。


 納得できない心と、忠を尽くす王の言葉故に呑み込めと我慢を促す心が鬩ぎ合う。決闘でもして、勝ったら改めさせれば良いのではないか?と妥協案を立てるくらいには悩んだ。その悩んだところをつけ込まれた。彼はオリヴィアを殺そうなど考えていない。態度を改めさせることさえ出来れば満足だったのだ。


 しかし、彼の心の中は自身で思っているよりも負の感情を持っていたらしく、瘴気に取り込まれた。一瞬だった。頭を冷やすよう王に言われて渋々従って、与えられた部屋に戻って決闘のことを考えていた時、ベッドに腰掛けている彼の足元から、黒い瘴気が体を這い上がってきたのだ。




「──────ッ!?な、なんだこれは……ッ!?何者かの攻撃……ッ!?」


『────、─────。─────────。』


「なん……だ……頭の中に……声が……ッ!?違う!私はあの冒険者を殺したいわけじゃない!態度が気に食わなかっただけで……ッ!!」


『─────、──────。』


「あ……あ……私が……わたしじゃ……なく…な……るっ!?」


『──────────、─────────。』


「──────殺す。殺してやる。我が王に無礼を働くものなぞ、この世に生かしてはおかんッ!!」




 瞬く間に変貌してしまう騎士の男。足元から這い上がってくる瘴気を振り払おうと、腰掛けていたベッドから立ち上がって藻掻く。振り払おうとする。だがダメだった。瘴気は炎のような形を作り、騎士の男が身につけていた甲冑と肉体を同化させ、思考を1つに絞らせた。そう、オリヴィア達の抹殺である。


 悪人でも無闇に殺してはならない。騎士として、相手を殺すのはやむを得ない理由がある時だけだ。それを塗り替えられ、己が慕う王に不敬を働く者を、一切合切殺さねばならないという強迫観念に縛られた。憎くて憎くて仕方がない。だから殺す。誰であろうと殺すという思考を、植え付けられたのだ。


 ハルバードを振るう。これまでに何人もの賊やら不届き者を討ち破ってきた相棒を。瘴気を纏わせ、全身全霊の猛攻を叩き込む。対するオリヴィアは、純黒なる魔力で大鎌を造り、柄頭の方を使って攻撃を防いでいた。


 三日月の形をした刃の部分は広く大きい。防御をするには使いづらいのだ。オリヴィアはリュウデリアに無理して刃で受ける必要は無いと教えられた。柄やら、柄頭の方を使って攻撃をいなして防ぎ、攻撃の際にだけ刃を使っても良いのだと。使い方はそのもの次第。ましてやオリヴィアは武器術だけでなく、体術も教えられているのだ。


 柄頭でハルバードから繰り出される連撃を凌ぎつつ、1歩踏み出す。攻撃している筈なのに押されていることに苦々しい表情を浮かべる騎士は、強く攻撃を弾かれたことで一瞬だが隙を作ってしまった。そこへ滑り込んだオリヴィアは、肘鉄を騎士の鳩尾に打ち込んだ。魔力を纏わせ強化し、内部に衝撃を伝えて背中から突き抜けさせた。




「ぐぶッ……ごぼっ!?」


「楽には殺さんからな。四肢を斬り落としてくれる」


「──────ッ!!」




 じゃらり。鉄が擦れ合う音が聞こえた。嫌な予感が背筋を突き抜ける。額に噴き出た冷や汗を拭うこともせず、前すら見ないで形振り構わず左横へ回避行動を取った。肘鉄を食らって弾きとはばされ、数メートル離れた場所に居た騎士を襲ったのは大鎌だった。ただし、大鎌の柄頭にはいつの間にか純黒の鎖が取り付けられていて、オリヴィアがその鎖を握っていた。


 大鎌を上から叩き付けるように投げたのだ。避けなければ左肩から左腕が根刮ぎ斬り落とされていたことだろう。地面に深々と突き刺さった黒い大鎌に、そんな使い方をするのか!?と吃驚していると、オリヴィアが手の中の鎖を上下に大きく振った。撓んだ鎖が地面に突き刺さった大鎌を引き抜いて宙に浮かび上がらせる。その直後、彼女は鎖を右に向かって振った。


 先行する鎖を追いかけるように、大鎌の刃が左横へ避けた騎士に向かっていく。凄まじい速度で迫る大鎌をハルバードの斧部分で受け止める。瘴気を纏わせているのに刃の部分に大鎌の刃がめり込んで斬り裂こうとしている。何という切れ味かと思う傍ら、真面に受けたら体は両断されることを悟る。


 と、そこで大鎌が強く引かれた。受け止めたのは良いが、刃が長い大鎌に背後を取られている。鎖を引けば引き寄せられてしまう。オリヴィアの魔力で強化された肉体。その腕力に勝てず無理矢理引き寄せられた。マズいと直感し体をどうにか屈ませて刃の軌跡上から脱した。


 引き寄せた大鎌の柄を握ったオリヴィアが、強く振り抜いた。屈んだ回避行動が間に合わなければ、体は上下に真っ二つだっただろう。大鎌を振った後にやって来た風が肌を撫で、ひんやりとしたものを感じた。その彼へ、大鎌を振り抜いた時の遠心力を利用した跳び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。ハルバードで受けたが、威力を殺しきれず建物に頭から突っ込んでいった。


 オリヴィアと騎士の戦いが始まってから、近くに居た住民達は避難を開始している。店の中にも人は居ない。吹き飛ばされて突っ込んだ騎士に押し潰される者は居なかった。騎士は叩き付けられた壁に背中をめり込ませながら、手放さなかったハルバードを握る手を見た。受け止めただけで手が痺れている。気を抜くと武器を取り溢してしまいそうだ。




「何故ここまで膂力の差が……ッ!それに蹴りは刃で受けたんだぞ!?足が斬れてもおかしくはないだろう……っ!」


「斬れるわけないだろうが。私は(身に纏うローブのお陰で)物理攻撃が効かないんだ」


「そ、そんな出鱈目な力があってたまるかッ!」


「効かないものは効かない。あぁ、理解する必要は無いし、仕組みを知る必要も無い。何も知らないまま死ね」




 後ろ回し蹴りを、ハルバードの刃部分で受けたにも拘わらず、オリヴィアの足には傷一つ無い。流石におかしいと思っていたが、誰が物理そのものが無効されていると思うだろうか。彼女を害する攻撃は強弱何であれ、全て無効される。瘴気を纏っていようと物理攻撃は物理攻撃。ローブの無効範囲内なのだ。


 騎士の目前まで、破壊された店の壁から入って接近したオリヴィアが大鎌を円を描いて振るった。前転をしながら転がり、回避する。後頭部の髪を数本斬られたのが感触で伝わってきた。それが数センチズレただけで、脳髄を床にぶちまけることになっていた。


 騎士の突っ込んだ店の壁が一周回って両断された。ぴッ……と線が入って両断された。壁が斬られた箇所より上の重さによって亀裂が生まれ、天井が降ってきた。跳躍して宙へ跳びながら避けた騎士は、空中で振り向きながら眼下の光景を見る。上から何トンもの重しがのし掛かった。獣人に配慮した石造りの建築物故に重い。物理が効かなくても圧死はされるだろうと思った。


 砂埃を巻き上げる建築物の瓦礫の中から、純黒の鎖が飛来する。上の瓦礫を吹き飛ばしながらやってくる鎖に驚くが、空中での回避行動は出来ない。足首に巻き付いた鎖に囚われ、地面に叩き付けられた。鎖を斬ろうとハルバードの刃を打ちつけようと斬れず、傷一つつかない。そうしている間に、上の瓦礫を魔力放出の力だけで吹き飛ばした。中からはオリヴィアが出てくる。傷なども見られない姿でだ。




「オリヴィア……ッ!ごめん!横から口出しみたいになっちゃうけど、そいつを王都の外に追い出して!まだ避難していない人も近くに居るんだ!それに街をあんまり壊したくない!」


「……チッ。本当に横から口出しだなッ!そォらッ!!」


「ぐッ……おぉおおおおおおおおおおおッ!!!!」




 捕まえたので威力任せの魔法でも撃ち込んでやろうかと思ったところで、膨大な魔力の練り上げを感じ取ったソフィーが叫んだ。込めた魔力で魔法を放てば、街に大穴が空いてもおかしくないと予測したからだ。特にオリヴィアならばやりかねないとも思ったのもある。なので、騎士を王都の外へ追いやるように頼んだ。


 面倒くさいから無視してやろうかと思ったが、曲がりなりにも助けてやった王都を自分の手で破壊してしまうのも面白くないので、ソフィーの言う通りに王都の外へ出すことにした。騎士の足に鎖が巻き付いたままなのを良いことに、振り返りながら背負い投げの要領でぶん投げた。


 上空に投げられた騎士が叫ぶ。景色が一気に変わった。街並みから、それを見下ろすくらいの上空へと。踏ん張ることも出来ず放り投げられた騎士は、王都を囲って守る外壁を余裕を持って飛び越えていき着地した。外壁より外に追い出されたのだ。続いて、オリヴィアが魔力の大鎌をぐるりと回してからしゃがみ込み、地面を踏み砕きながら跳躍した。


 純白の長髪と純黒のローブを靡かせながら空中を移動するオリヴィアは、高く跳んだことで遠くの景色を見ることが出来た。そして遠方に見えたのは、王都に向かってくる魔物の大群だった。何時ぞやの大群程の数は無い。しかしその代わりに、それら魔物の肉体にはゴーレムや騎士と同じ紋様が刻まれていた。つまり、力を底上げされていた。


 数を大雑把に数えて100だろうか。最低でもそれだけは居るだろう。ゴーレムのような魔物が100体も大群となって向かってきている。『英雄』が勝てなかったゴーレムと、同じような魔物がだ。オリヴィアは目を細めて、チラリと後ろの眼下を見る。視線の先にはソフィーが居て、頭の中で想像をして視界の拡大をする魔法を発動させる。眼のすぐ前に小さな純黒の魔法陣が展開された。


 オリヴィアが戦っていたが、いつでも援護出来るように武器を手に取っているソフィー。しかしその手は震えている。完治すらしていない体は、使い慣れた武器を握ることすらやっとなのだろう。持っているだけで触れるかどうかも怪しいと感じる。




「次から次へと面倒ごとを持ってきおって……」


「我が王を愚弄する冒険者が……少し攻勢に出れたからといい気になるなよ?これからが本番だ……ッ!!」


「そうだな。これで漸くお前を殺せる」


「何……?」


「この鎖も大鎌も、全て魔力で造られている。既存の物ではない。なら、おかしくはないよな?」


「がッ!?」


「それに加え、何処から出てきても不思議でもないわけだ」




 騎士の周りに魔法陣が展開され、純黒の鎖が幾本も伸びた。体や四肢に巻きついて引っ張り、大の字にする。ハルバードを握っていた右手の手首が強く巻きついたまま締め上げていき、ごきりと嫌な音を立てた。無理矢理腕の骨をへし折られた騎士が痛みに顔を歪める。瘴気が肉体を修復しようとしても、締め上げ続ける鎖に邪魔をされて修復が完了しない。


 そうしている間に左手の手首。両足首の骨も締め上げて無理矢理へし折られてしまった。更には強く引っ張る所為で、四肢が引き千切れそうになり、肩や股関節などの関節部分が脱臼した。動ける状態にないのに、解放されても修復されるまでその場から動くことは出来ないだろう。


 苦々しい表情を隠さないまま、騎士はオリヴィアのことを睨み付けた。そして件の彼女と言えば、フードが外れて晒された美貌に嘲笑の笑みを浮かべている。体勢を低く取り、両手に持った大鎌を構える。動かせない拘束中の体。一撃で死ぬと悟れる大鎌の構え。睨み付けてはいるものの、騎士は絶体絶命の状況に焦りを抱いていた。




「クソッ……クソックソックソォォォッ!!!!」


「リュウデリア直伝──────『静謐に忍ぶ大一刈ラ・モルス・サイズ』」




 斜め下から掬い上げるが如く振り抜かれた大鎌は、大の字となって無防備を晒す騎士の体を斜めに斬り裂いた。純黒なる魔力により、両断された傷口から純黒が広がっていく。断ち切られた心臓。そして命。悔しさ滲む歪んだ表情で叫んだまま眼から光を失い、倒れた。


 全力で振った大鎌の一撃は純黒の斬撃を生み出して突き進む。斜めのまま奔る斬撃は大地を深く裂きながら止まることは無く、延長線上に居た、王都に使って進行している魔物の大群の内、十数体を巻き添えにして絶命させた。やはりそこまで巻き込めないかと思いつつ、オリヴィアは手の中の大鎌を消し去り、向かってくる魔物達を眺め、背後からこちらに向かってくる気配を感じ取った。







 痛むだろうに走って追い掛けてきたソフィーに、大人しくしていれば良いのにと溜め息を吐きながら、魔力で武器を形成して構えたのだった。









 ──────────────────



 オリヴィア


 大鎌という扱いづらい武器の使い方もリュウデリアから教わっていた。最後の一撃は、彼なら空をかち割らん勢いだったことを思い出してまだまだだなと反省している。そんな力を手に入れたら最早敵無し。リュウデリアが基準になっているのは敵にとって可哀想である。


 騎士の男を殺すときに、大きな魔法を撃ち込むかのどちらかで迷ったが、折角手に持っているので大鎌を使おうと思い、魔法はやめた。





 ソフィー


 本来なら自分が戦わないといけないのは分かっているが、負傷した体で入り込める余地がなかった。でも避難誘導くらいなら出来た。王都の外に出てきたのは、その誘導が終わってから。急いだつもりだが、痛みで走るのが遅くなっている。





 騎士の男


 騎士を育成するための学び舎で3位の成績で卒業した、努力家。生真面目な性格だったので、オリヴィアの不敬な態度が許せなかった。殺そうとは思っておらず、決闘でも申し込むかと考えていただけ。


 負の感情につけ込まれたので今回のように駒として使われてしまった。




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