第196話  露呈した姿




 冒険者ギルドに立ち寄り、適当な依頼を受けて魔物を斃し、リュウデリアに手料理を振る舞おうとしているオリヴィアの元へ、王都に滞在する『英雄』ソフィーが絡んできた。


 顔立ちが非常に整った少女で、猫の獣人。爽やかな青い髪を揺らしながらオリヴィアに詰め寄る。大通りの噴水近くで擦れ違う時に見掛けただけの仲なのに、矢鱈と話し掛けてくるソフィーに鬱陶しさを感じていると、それが伝わったのか面白くなさそうに頬を膨らませた。


『英雄』なので、まあチヤホヤされる。王都の城下町を歩いていれば、『英雄』様『英雄』様と言って持ち上げてくれて、武器のメンテナンスは言わずとも最高ランクの武器屋が行ってくれる。宿代など街を守ってくれているからという理由で無料だ。最高ランクの宿屋なのに。


 冒険者ランク最高峰のSSSは伊達ではなく、まさに冒険者達の最上位に君臨する存在。『英雄』が冒険者ランクSSSと同等と言われているのは、ソフィーが実際に冒険者をやっていて『英雄』に至っているからだ。彼女が居なければ同等とは言われていなかっただろう。


 本当に『英雄』か?とか、お前みたいなガキが『英雄』なら俺も『英雄』になるのが当然だとか、よく解らない理論を並べて突っ掛かってくる冒険者などが必ず現れるが、そういう鬱陶しいことを除けば良い暮らしをしていると自分でも思う。だから、オリヴィアのような冷たい対応が新鮮であり、面白くないのだ。


 別に全ての者達に持ち上げて欲しい、チヤホヤされたいと思っている訳ではなくて、ただちょっと冷た過ぎない?興味すら持ってくれないってどういうこと?と、少々困惑しているのだ。




「ブーバスの狩猟?初めて聞く魔物だな」


「ブーバスはねー、ボアのもっと体が大きくなった奴だよ!立派な捻れ角があって硬いんだ。得意なのは突進なんだけど、魔力を纏って体を強化しなから突っ込んでくるから、受け止めようとすると跳ね飛ばされちゃうから気をつけないとだね!お肉は柔らかくてジューシーで美味しいんだけど、最低ランクBからだから手を出せる人ってあまり……ってあれ?どこ行っちゃったの?」




「このブーバスの狩猟を受ける。狩った印は頭を斬り落として持ってくる」


「あ、頭……」


「体は私が貰う。肉が欲しかったんだ」


「あはは……それは狩猟された冒険者様に優先権がありますので大丈夫ですよ。討伐した印さえ持ってきて証明していただければ十分ですので」


「うむ」




「あっれぇ!?ボクの話最後まで全然聞いてくれてない!?しかも行っちゃった!?」




 受付カウンターで受付嬢に対応と手続きをしてもらっているオリヴィアを見て衝撃を受けた。折角ブーバスのことについて教えてあげていたのに、丸っきり無視してもう行ってしまっていた。得意気になって解説していたが、誰も居ないところに話し掛けていたようで恥ずかしく、頬を赤く染めた。


 興味ないにしても、そこまで徹底的に無視しなくて良いのにと不貞腐れて、ソフィーもオリヴィア達のところへ向かおうとした。依頼の実行をソロで登録しているので、ソフィーが同行してブーバスを何体も斃したとしても、それは依頼を正式に受けて狩猟するという手続きをしているオリヴィアから報酬の分け前は貰えない。なのでついて行っても意味は無いのだが、話しをして親睦を深めようとしているらしい。


 意気揚々と出掛けようとしたソフィーに、影が落ちる。先程『英雄』の力を見せてみろ。負けたら俺が今から『英雄』だと行って突然殴り掛かってきた大男を蹴りでノックアウトしたばかりなのに、同じような図体の大きい獣人が立ちはだかり、俺の方が強いから『英雄』に相応しいと言って絡んできた。


 顔を顰めて、そんなことをしている暇なんて無くなったんだけどと言っても、相手はそんなことお構いなし。最中に背負う大剣の柄に手を伸ばしたので本気だと察して、溜め息を吐きながらその場で跳躍。回し蹴りを男の顔面に叩き込み、無事だった片方の扉を粉砕して大通りに蹴り飛ばした。その頃には、オリヴィア達の姿は見えなかった。




「うぅ……無視された挙げ句、見失っちゃった……ブーバスの簡単な倒し方を教えてあげようと思ったのに。……帰ってきたら一緒にご飯食べようって誘おうかな?少ない女冒険者だもん。仲良くしたいもんね!」






















「──────ブーバスの簡単な倒し方を教えるとしようか」


「簡単な……そんなのがあるのか?」


「あるぞ。突進して来たら取り敢えず前脚を引っ掛けてみろ。簡単に転倒する。それに足が短いのに図体は大きいものだからすぐには立ち上がれず藻掻く。そこで適当にトドメを入れるだけだ」


「そんな簡単に倒せるのに、推奨ランクはBからなんだな」


「それなりの速度で突っ込んで来る上に、脚を掛けるにしても持ち堪えられる力が必要だからな。行うタイミングもある。誰でも出来るという訳ではないようだ。西の大陸用魔物図鑑に載っていた」


「ほほう……」




 王都ハーベンリストから出て、少し歩いたところまでやって来たオリヴィアとリュウデリアは普通の声で会話をしている。使い魔が喋ると面倒な騒ぎになったりするので、基本的に誰かが居るところでは喋らないようにしているリュウデリアは、やっと小声とかではなく普通に話せる……と、大きなあくびをした。


『英雄』であるソフィーを完全に無視して来たと思うが、聞いていた部分もある。それはブーバスという魔物の肉が美味いという話だ。今こうして依頼を受けて魔物の狩猟に来ているのは、リュウデリアに手料理を振る舞うための肉を獲りに来ているからである。態々美味しくもない肉を使って料理し、食べてもらおうとは考えないだろう。


 ちなみに、ブーバスというのはイノシシのような姿をしたボアよりも体が大きく、ボアと同じように突進の攻撃を主として繰り出してくる頭突きが得意な魔物だ。頭には左右に捻れた太い立派な角が生えていて、突進の際に威力の底上げの役割をしている。雄にしか生えておらず、求愛は大きさ次第で応えてもらうので、ブーバスにとってはかなり重要な代物でもある。


 体の大きい四足獣でありながら、全身を茶色く長い体毛が覆っている。毛皮の分厚さもあり、皮下脂肪が蓄えられているので剣などを刺しただけでは致命傷になりづらい。大きな体を動かす筋肉もあるので、なまくらでは倒しきれないことが多い。そんな聞くだけなら強そうに思えるブーバスだが、簡単に倒せる方法がある。


 リュウデリアが言った通り、体の大きさに比べて足が短く、転んだ際の起き上がりに時間が掛かる。重量があるので転ばせるのにも力が必要であるし、タイミングなども重要になってくるのだが、転ばせてしまえば無防備も良いところだ。オリヴィアの場合なら武器で首を断てばそれで終わる。


 油断してはならないが、傍にはリュウデリアが居るので万が一の事態になったとしても大丈夫だろう。軽い気持ちで戦えばいい。ブーバスは草や果物を食べるので草原などに居ることが多い。気性はそんなに荒くないのだが、食べ物を求めて人の居る場所にやって来て、追い返そうとすると怒って襲ってくるのだ。




「■■■■■■■………」




「居たな。気配で解っていたが」


「もう気配察知に関して教えることはないな。あとは回数を熟して慣れていき、感知範囲を広げるだけだ」


「努力していこう。ちなみに、リュウデリアはどのくらいの範囲を感知できるんだ?」


「そうだな……気配の強さにもよるが、ただの人間が相手ならば俺を中心として大凡10キロくらいか?この範囲ならば居ることは解る。姿形は近ければ近いほど詳細に解る」


「凄まじいな」




 超広範囲を常に把握しているリュウデリアに不意打ちはほぼ不可能だ。地面に潜って攻撃してくれば良いのかも知れないが、それはどこぞの神殺しの獣にやられて把握してしまっているので、同じ手は通用しないだろう。オリヴィアは今のところ200メートル程の範囲ならば感知できるようになっているので、彼女も大概だろう。


 気配を読んで近くにブーバスが居ることを知っていたので向かうと、ちょうど草を食べているところだった。受けてきた依頼はブーバス3体の狩猟なので、この個体を倒したら残るは2体となる。早速リュウデリアに教わった倒し方を試してみようと、オリヴィアは魔力で形成したナイフを投擲した。


 狙いは完璧でブーバスの鼻先の地面に突き刺さり、驚いたブーバスが前脚を持ち上げながら少し立ち上がった。攻撃されたことに驚いた後は当然怒る。鼻息が荒くなって前脚で地面を削ると、大きな体を活かした突進をしてきた。求めていた突進攻撃なのでフードの中で笑みを浮かべ、柄の長い槍を魔力で形成する。


 足が短くても4足なので凄まじい速度で迫ってくる。重量も合わせれば突進された時のダメージは致命傷にすらなり得るだろう。だがそれがオリヴィアに当たることはなかった。寸前まで動きを見せなかった彼女に突っ込んだはいいが、ひらりと横に移動して躱される。そして持っていた槍をブーバスの足元に突き刺し、足を引っかけたのだ。


 ブーバスが足を取られて顔から転倒する。手から伝わってくる衝撃は確かに強いが、ローブの魔力で肉体を強化しているオリヴィアには軽いものだ。あっという間に転んだブーバスは興奮した様子で起き上がろうとするが、上手くいっていない。起き上がろうと藻掻いている。本当に簡単なんだなと納得しつつ、槍を体の周りでくるりと回しながら近づいていった。


 起き上がる前にさっさとやってしまおうと、オリヴィアは両手で槍を回転させながら駆け出す。ブーバスは彼女が迫ってくることを足音で察知して慌てる。どうにか起き上がろうとして失敗を繰り返し、やっと起き上がれそうになったその時、純黒の軌跡が奔った。


 振り回していた槍の回転をゆっくりと止めて、手の中から消す。振り返ってブーバスを見てみると固まって動いていない。しかし首元の毛皮が遅れて斬れて落ちる。そこから更に遅れて、ぴッ……と、太い首に一条の線が入って頭が地に落ちた。擦れ違い様に両断したのだ。




「うむ、見事だった」


「ふふ。ありがとう。異空間に送っていいぞ。頭はあとでギルドに渡すとして、体はリュウデリアの料理に使うから待っていてくれ」


「楽しみだな」




 魔法陣が展開されて死体となったブーバスが異空間に跳ばされる。300キログラム以上はある大きな体なのだが、リュウデリアからしてみればまだまだ小さい。元の大きさだと一口で丸呑みに出来てしまうくらいの小ささなのだから。


 残るは2体なのだが、ブーバスが怒って突進してきた時の鳴き声が仲間に伝わっていたらしく、離れたところから自分達の所に向かってくるのが感じられる。次は何で仕留めようかと考えて、オリヴィアは悩む素振りをしてから、魔力で純黒の大鎌を形成して、振り回しながらやって来る2体に向かって歩き出した。






















「んー……うむ、美味い!」


「本当か?それなら良かった」


「友神に料理の神が居るだけある。濃い味付けが実に俺好みだ。やはり肉ならば豪勢に厚切りステーキだな」


「作ったのはソースだけで、肉は焼き加減を見ているだけだがな」




 バーベキューセットを異空間から取り出して、ブーバスから肉を切り取って次々と焼いていく。厚切りステーキにして食べさせているが、厚みは約10センチはある。リュウデリアはそれを大口開けて齧り付き、引き千切って食べているのだ。ステーキにはオリヴィア特製の味変用濃厚タレが掛かっている。


 調味料は街への買い出しの際に大量に買ってあるので混ぜるだけだ。肉ならば大抵大喜びするリュウデリアだが、濃いタレが絡まっていると、味を楽しめて喜んでいる。時には塩コショウを使った素朴な味も楽しんでいるようだ。ご機嫌なのは座りながら振っている尻尾を見れば一目瞭然だろう。


 元気な尻尾を見てクスクス笑いながら、オリヴィアはステーキを焼きつつ違う物を別に作っている。霜降り部分が多いブーバスの肉をふんだんに使ったサイコロステーキ乗せ焼き肉丼である。米を炊いている間にステーキを出して、炊けたら丼ものを出すのだ。こってりにこってりが重なるが、リュウデリアはむしろそっちの方が好きだ。


 濃いめの味付けや、主に肉を好き好んで食べている龍であるリュウデリアにとって、胃もたれや胸焼けとは無縁の存在なのだ。けれど、彼の健康の為にもしっかりサラダを出すのがオリヴィアである。食べられない物は基本ないので、出されたものは完食する。サラダも例外ではない。




「この肉丼も美味い。実に米に合う!」


「ハンバーグも作ってみたから食べてくれ」


「どれどれ……フッ──────美味い!」


「ふふふっ」




 肉。肉。肉尽くし。見ているだけで胃に重い光景が広がるのだが、リュウデリアは一向に構わないようで喜びが絶えない。味も素晴らしい出来なのだろうが、最も美味いと感じるのは最愛のオリヴィアが作ってくれているからだろう。どんなスパイスよりも、彼女が自分のために作ってくれているというだけで特別美味いのだ。


 出された趣を変えたさっぱり味のハンバーグを食べているリュウデリアの前に、しぐれ煮などを次々と手際良く出している。純白の髪が陽の光を浴びて輝き、それ以上に嬉しそうな蕩ける微笑みがまた美しい。彼女は今、とても生き生きとしていた。


 次はローストビーフならぬローストブーバスをやってみようと、魔石を使うオーブンを使おうとした時、リュウデリアが唸り声を上げた。何か変なものでも混入させてしまったか?と焦る気持ちを抱きながら振り返ると、虚空を見上げて顔を険しくしていた。敵意を向けるときの顔に、オリヴィアが気を引き締めた。純黒のローブのフードを被る。何が起きても対応出来るように。




「……敵か?」


「敵とは言い切れんが、何処ぞから俺達を覗き込んできた不届き者が居た」


「見られたか?」


「魔法だったから弾いて『解除ディスペル』したが、恐らく俺の姿を見られたな」


「騒ぎになると思うか?」


「それも何とも言えん。南の大陸では『殲滅龍』の話が広まっていたが、西の大陸だとどうなっているか解らん。今のところ話は聞いていないが、注意喚起として伝えられている可能性がある」


「相手は」


「遠くない。恐らく王都……ハーベンリストで何者かが見たのだろう。魔力の繋がりがあっちの方角からしたからな」


「なるほど……分かった。私もフードを外して顔を晒していた。騒ぎになっているようなら消えてもらうしかないな」


「──────そうだな」




 何者かに見られたというリュウデリア。今のこの状況はかなりマズいだろう。使い魔のサイズから人間大のサイズになり、普通に食事をしていた。加えてオリヴィアは、料理をするためにフードを脱いで顔を晒していた状態だ。フードを外していてもローブは着ているので正体が完全に露呈してしまっている。


 リュウデリアの『殲滅龍』としての姿が、南の大陸から離れた西の大陸に伝わっているのかは解らないが、これで大騒ぎになっていれば口封じに消すしかない。リュウデリアとオリヴィアが人間に紛れて冒険者をしているという秘密は、人間に紛れる上で必要なものなのだ。誰かに壊されてやるつもりはない。






 リュウデリアが指を鳴らして防御用の魔法陣を展開する。最初からこうしておけば良かったなと反省しつつ、オリヴィアに出された料理を平らげた。王都の運命は、このあとに決まることとなる。






 ──────────────────



 ブーバス


 イノシシのような姿をしたボアよりも体がかなり大きい、ボアと同じように突進の攻撃を主として繰り出してくる頭突きが得意な魔物。頭には左右に捻れた太い立派な角が生えており、突進の際に威力の底上げの役割をしている。雄にしか生えておらず、雌への求愛は角の大きさで決めてもらう。


 体の大きい四足獣でありながら、全身を茶色く長い体毛が覆っている。毛皮の分厚さもあり、皮下脂肪が蓄えられているので剣などを刺しただけでは致命傷になりづらい。大きな体を動かす筋肉もあるので、なまくらでは倒しきれないことが多い。推奨冒険者ランクはB。


 バッファローみたいな見た目だと思えば想像しやすい。





 リュウデリア


 肉に肉を重ねられても動じない肉大好き黒龍。オリヴィアの作る料理を本当に美味いと思って食べている。心からの美味い。自分のために作ってくれているというだけでも、もう美味い。


 幸せな味を噛み締めて堪能していたら、魔法で何処からか見られていることに気がついた。そういう魔法を弾く魔法を掛け忘れていたので、丸っきり見られた。





 オリヴィア


 友神の料理の神から料理を教わっていたので、美味しい料理は作れる。レパートリーが無くなったらまた教えてもらうつもり。作っている間も幸せだし、美味しそうに食べてくれるリュウデリアを眺めるともっと幸せ。幸せすぎてつい作り過ぎちゃうけど、全部食べてくれるのでまた幸せ。


 ローブを身に纏ったまま、フードだけ外して料理していた。そしたら遠くから魔法で見られてしまったことをリュウデリアに聞く。『殲滅龍』と一緒に居ることを誰かに話されたら面倒なので、王都が騒ぎになっていたら消えてもらうつもり。




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