第195話 『英雄』の猫獣人
神とは、地上に住む生物よりも高次の存在であり、超常的存在の尤もたる者達の事だ。秘められた力も凄まじく、天変地異は息をするが如く起こす者もおり、気紛れで地上に影響を与える者までいた。
見上げられて当然と思っている傲慢な思考が多く、神こそが総ての頂点に相応しいという意見は問い掛けた神の大多数から聞こえるだろう。中には違う者もいるので一概にそうだと言えるわけではないが、神とはそれだけ強く気高く崇高な存在である。
「はぁ……本当に素晴らしいよ、リュウデリア。お前に欠点なんてありえないな」
「座って本を読んでいるだけだぞ。それだけなのに、よくもまあそこまで蕩けた表情ができるものだ」
「リュウデリアだからだな。はー……全てがイイ……♡」
「はは。俺がオリヴィアに思っていることと同じだな。お揃いだ」
「──────ッ!」
そんな神は、1人掛けのソファに座って肘置きに片肘を付いて、手で頭を支えながらもう片方の方で本を読んでいるリュウデリアを眺め、熱い吐息を吐き出して見惚れていた。彼等が居るのは王都ハーベンリストにある一般人も入れる図書館だ。日中の昼過ぎあたりなので、人は殆ど居ない。
人間大の大きさになったリュウデリアは、先程言った姿勢で本を読んでいる。本を本棚から魔力操作のみで浮かび上がらせている。そのままやっていると人目についた時に面倒な騒ぎになるので、予め魔法を掛けている。浮かぶ本とリュウデリア、オリヴィアを認識できないようにする結界型の魔法だ。
静かな図書館で普通の声量で話していても、認識ができなくなっているリュウデリアとオリヴィアの声を聴き取ることはできず、姿を見ても居ると判らない。なのでリュウデリアは気ままな姿勢で本を読めているのだ。
背中に生えた翼を折りたたみ、座っていると脇から出ている長い尻尾。尻尾の先が一定のリズムで床を叩いているのを見ると、やはり尻尾だなと思う。尻尾は尻尾なのだが、見ていて何故か飽きないのだ。オリヴィアはリュウデリアに関係することで飽きるところは無いのではと思う。
「オリヴィアは読まなくていいのか?睨んだとおり読んだことが無い本がそれなりにあったぞ」
「んー……それよりもリュウデリアを眺めていたい」
「眺めているだけでいいのか?」
「……その言い方はズルいじゃないかっ」
「ははは」
頬杖を付いているまま、チラリとオリヴィアを見る。本を持っている腕を広げて胸元を見せれば、我慢できなくなったのか飛び込んできた。苦もなく受け止めたリュウデリアは、自身の上に彼女を乗せると正面から抱き付いてくるので受け入れた。体がぴったりとくっついていると、幸福感が凄まじい。
首に腕を回して抱き付いたと思えば、匂いを擦り付ける猫のように頬擦りをしてくるので静かに笑った。大切な番がこうも自身に夢中になり、自身も夢中になっている中で読む本は楽しい。
自身が頬杖を付いていた手を解いて、オリヴィアの背中を撫でる。触れた時はピクリと反応するが、撫でていると強く首に抱き付いて肩に顔を埋める。人間よりも少し長い首を曲げて顔の位置を下げると、手で外させたフードの中から現れる純白の長い髪に鼻先を埋めて肺いっぱいに匂いを嗅いだ。
「あっ……リュウデリア、匂いを嗅いでは……っ」
「ダメか?」
「うぐっ……でも、まだ風呂に入っていないから臭うかも知れない……」
「俺は気にせんし、そもそもお前からは甘くて
「……っ。恥ずかしいだろう……ばか」
「ククッ」
肩に埋められた所為で見えなくなっているオリヴィアの頬は、美味しそうに赤く色づいていることだろう。何度も何度も、優しくだったり激しくだったり抱いているというのに、そういった初心な反応を返してくるのだから魔性だなと思う。引き摺り込まれてしまいそうになるのだ。残念ながら、オリヴィアはリュウデリアに呑み込まれている訳だが。
飽きもせずずっとリュウデリアに抱き付いて離れないオリヴィアは、心底嬉しそうに愛おしそうに、彼の鱗を撫でていた。息遣いで盛り上がる胸板に自身の胸が当たり、形を変える。押し付けると、互いの心臓の音が音楽を奏でているようだ。オリヴィアはずっとドキドキしているが。
時折髪に鼻先を埋めて匂いを嗅がれたり、首筋を舐められたりするが、その度に耳を真っ赤にして頬を赤らめる。恥ずかしさと嬉しさを同時に感じてしまって、行き場が無くなった幸福感を抱き締めることでしか発散できないオリヴィアは、ギュウギュウ抱き付いて本当に離れなかった。
1冊の本を数秒足らずで読破してしまう速読力を持つリュウデリアは、今日は何となくゆっくり読みたい気分だったので数分ペースで読んでいたのだが、オリヴィアがいじらしいことをしてくるので適当に区切りを付けた。今日で全部読まないといけないというわけでもないので、また後日でも構わないのだ。
読み終わっていない様子なのに図書館を後にしたリュウデリアに、オリヴィアは首を傾げている。内心では、すこしベタベタし過ぎたか?と、先程までの自分の行いを後悔していた。ついつい許されていると思って調子に乗ってしまったと思ったが、使い魔サイズになった彼が小声で、そういう訳じゃないと教えた。
気配で何となく思っていることを察したリュウデリアは、折角オリヴィアが居るのにずっと図書館で本を読みながら、片手間に相手をしているような状況が気に食わなかったのだと言う。つまり、彼は普通にオリヴィアと過ごしたいと思ったのだ。
「……そういうところだぞ、リュウデリア」
「俺は本心を口にしているだけだ。それに、買い食いするのも良いが、そろそろオリヴィアの作る料理が食いたい。魔物でも狩って作ってくれないか?」
「……うん。もちろん構わないとも。リュウデリアのためならいくらでも作るぞ?」
「ではついでだ。ギルドに寄って適当な依頼でも受けよう」
「了解した」
王都の中を歩いて散策しつつ、冒険者ギルドに向かった。普通に魔物を斃してもいいのだが、やるからにはギルドの依頼を受けておいた方が特だろう。使い切れない金が増えるのは何とも言えないが、ランクが上がるのは別に構わない。面白い依頼などがあれば斡旋してくれるかも知れないからだ。まあ、なんだったら自力で見つけるが。
窓の外から店に並ぶ商品を眺めてウィンドウショッピングしつつ、料理に使う調味料などを確認して足りなそうなら買い出し、ゆっくりと向かうこと1時間。オリヴィアとリュウデリアは目的の冒険者ギルドへ到着した。
外観はやはり煉瓦造りの2階建て建築物だった。住宅街の建物よりも大きいのは当然だろう。中には冒険者達が集まっているのだから。広間などを広くしておかないと狭くて全員入れなくなってしまう。獣人のことを考えて石造りになっている建物はかなり頑丈そうで、見えないだけで壁は煉瓦を三重にして厚みを増している。
獣人の体は細身から筋骨隆々と様々だ。中には2メートルを軽く超える背丈を持つ獣人も居る。特にそういった体に恵まれた獣人は、普通の人間よりも高い身体能力を存分に発揮できる冒険者になることが多い。戦闘を好む血の気の多い獣人も居るので、堂々と戦いを楽しめる冒険者は打って付けの職だろう。
体が大きな獣人のために大きく作られた両開きの扉の前に立ち、右側を開けようとドアノブに手を伸ばした。すると、左側の扉が内側から何かに衝突されたようで、木製だった左側の扉は粉々に砕け散って、その中から大きな塊が大通りの道に投げ出された。白けた目になったオリヴィアが振り返って飛んできたものを見ると、背丈が2メートルと30はあるだろう、筋肉にも恵まれた体を持つ獣人の強面な男だった。
完全に伸びているようで、顔が何かに打たれたことで歪み、白目を剥いて気絶している。騒ぎになるのかと思いきや、殆どの通行人はまたかと言いたげな表情をするだけで気にも留めず、買い物等を再開させた。それを見ると、どうやらこの光景は良く起こる事らしい。
意図せず半分常に開きっぱなしになったギルドの扉から、
そんな人と獣人が混じる冒険者の中で、円を描いて人が避けている場所の中央に、ある獣人が居た。脚を振り上げた姿勢で止まっている水色の髪をした猫の獣人だった。腰には二振りの双剣が差してあり、その整った可愛らしい顔立ちは頬を膨らませたものになっている。。状況から察するにあの大男を蹴り飛ばしたのが、この猫の獣人の少女なのだろう。
「もー。だからやめようって言ったじゃん!ボクは強いんだよ?こんな事何回もやってるんだから!」
「あーあ。まーたギルドの扉が粉々になった」
「これで何百回目だよ。いい加減見るのも飽きたぞ」
「お前だって一撃でぶっ飛ばされたクセによく言うぜ」
「うっせー!」
「流石は『英雄』様だな。負けたところなんざ見たことねーや」
「あの獣人が『英雄』だったのか」
「まあ、納得の魔力だがな。そこらの者共では比べるまでもない。だがあの獣人……」
「うん?どうした?リュウデリア」
「……いや、何でもない」
「毎回それで何かしらあるじゃないか……」
そこに居たのは、図書館に行く前に昼休憩をとっていた時、子供達が遊んでいてボールを木に引っ掛けてしまったところに現れた、水色が特徴の猫の獣人だった。数時間前に見たばかりの獣人のことを忘れるほどボケていないオリヴィアとリュウデリアは、なるほどなと納得した。
素人目から見ても只者ではないと感じ取ったのだから、武器を持っていることから冒険者で高位な者だとは思っていた。まあ、あんなところに『英雄』が居るとは思わなかったが。冒険者ランクSSSが『英雄』と同等と言われているが、冒険者が『英雄』をやっているならば、彼女がランクSSSならばまさしくその通りなのだろう。
リュウデリアが会った『英雄』とは別の『英雄』を一目見てみたいと思っていたところにこの邂逅。もはや目的は達したようなものだった。戦ったところで彼の敵ではないし、オリヴィアは別に『英雄』に対してそれ程興味は無い、どのくらい強いのだろうかと思うくらいだ。
普通は大陸にも居るか居ないかくらいしか居ないので、会えれば騒いだりはしゃいだりするのだろうが、オリヴィアとリュウデリアは何とも淡泊な反応だった。それよりも、目的の依頼を受けようと依頼が貼ってあるボードの前まで行った。見上げて、自身が行ける最高ランクのBランク冒険者用の依頼を見ていく。討伐系が多い中、採取の依頼もある。
さて、何にしようかなと思って眺めていると、オリヴィアは自身のものにでき始めた気配察知で背後から何者かが近づいてくるのを感じた。後ろからやって来て、リュウデリアの居ない左肩に手が伸ばされていることを察知し、右にずれて触れられないように避けた。背後から伸ばされた手は虚空を撫でる。
「わぉ!よく解ったね?」
「気安く私に触れようとするな。何の用だ」
「あ、ごめんね。ちょっと君とお話ししたくてさ!噴水の近くに居たよね?ボクあそこに行ったら偶然困ってるちびっ子達が居てね。助けたら真っ黒な君を見たの!」
「だからなんだ。『英雄』が態々一介のBランク冒険者に自分から声を掛けるとは……暇を持て余しているのか?」
「えぇー……辛辣ぅ。ていうかソロのBランクは一介とは言えないよね?まあ、取り敢えず自己紹介しよっか!ボクはソフィーって言うんだ。よろしくね?」
「オリヴィアだ」
「数少ない同じ女の冒険者だから仲良くしよっ」
「断る」
「えぇっ!?」
ガーン……とショックを受けている『英雄』改めソフィー。容姿が優れているからなのか、強者そのものが人を惹きつけるのか無下な対応というのは殆ど受けたことが無かったからこそ、オリヴィアの冷たい対応に目を丸くしていた。しかも、超無下にされた。仲良くしようと言ったら1発目で断ると言われたのは、流石に初めてだ。
照れ隠しで言った訳じゃないのは、自身に背を向けて依頼ボードを見直しているオリヴィアを見れば一目瞭然だ。もう完全に興味が無い人の対応だ……と、内心では2度目のショックを受けているソフィー。なんだったら、話しているときも少し顔を向けるだけで正面から顔を合わせて話してくれていない。
ムッとして、猫の耳と尻尾をピンと伸ばした。自由気ままに行動するソフィーだが、ここまで無下にされると逆に面と向かって話して欲しくなってしまう。嫌がられると分かっていても、やっぱり少しは話して欲しくて肩に触れようとした。もちろん避けられた。
「お前のその耳は飾りか?」
「ちょっとはお話ししよーよー。このギルドって男の人ばっかりで肩身が狭いんだもん」
「大男を蹴り飛ばしておきながらよく言う」
「あれはあっちが喧嘩売ってきた……じゃなくて!もっと楽しいお話しがしたい!ほら、ボクと目を合わせよう?最低限そのくらいしよう?何で背中に向かって話し掛けないといけないのさ?」
「どれにしようか、リュウちゃん?」
「え、とうとう無視された!?ほ、ほーら!今ならボクの頭撫でても良いよー?滅多に触れない猫耳も触らせてあげようかなー?」
「なんだ、まだ居たのかゾルフィン」
「ソフィーだよ!?」
チラチラと見ながら猫耳をぴくりと動かすソフィーは、最早居ないものとして扱われたことに3度目の衝撃とショックを受けた。どんだけ無視されてるの……と落ち込んでいる彼女に、周りの冒険者はオリヴィアに対して感心している様子。あんだけ絡まれてるのに全然相手にしねぇ……ある意味スゲーわ。あれでも『英雄』なのに……と。
一目見れて、実力が高いだろうことはボールを取った時の動きで大体掴めたので、リュウデリアとしては別に接触している理由はない。オリヴィアは『英雄』よりも、魔物を狩って愛しのリュウデリアに沢山の料理を作ってあげたいという感情が大部分を占めていた。なので、全然相手にされない青い猫……の獣人。
ぷっくり膨れた頬で手を伸ばして構ってもらおうとするソフィーを避けて、話し掛けられても無視し、大陸に数人しか居ない『英雄』を精神的に追い詰めたオリヴィアだった。
──────────────────
ソフィー
青い色が特徴の猫の獣人。冒険者ランクが最高ランクであるSSS。同時に『英雄』をしている超凄腕。構ってちゃんな感じではあるが、戦うともちろん強い。
それなりにチヤホヤされてきたのに、オリヴィアにめちゃんこ無視されるので意地になっているのもあるし、普通に女冒険者として仲良くしたいと思っている。
リュウデリア
なんだコイツしつけーな……と思っているが、使い魔ポジションなので我関せず……に見せている。あまりにオリヴィアが鬱陶しそうにしているならば、それ相応の対応をしてやろうと思っているが、普通に(無下な)対応をしているので今は何もする気はない。
オリヴィア
なんだコイツしつけーな(2度目)……と思っている。確かに『英雄』のことは少し気になっていたし、強そうなソフィーのことを頭の片隅には入れていたが、愛しいリュウデリアに手料理を作ってあげることに天秤が秒で傾いた。めっちゃ無視している。
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